新たなる大陸へ
「アスカ様、こちらをお持ちください。MP回復用ポーションと銀でございます」
「ありがとうございます、モーリアさん。でも、本当にこんなに貰ってもいいんですか?」
「もちろんです。アスカ様にはこの町の一同、感謝してもしきれませんから」
今日はいよいよ船に乗る日だ。出発の準備を済ませて邸でお見送りをしてもらっている。モーリアさんからはコールドボックスを作る時に約束したMP回復用ポーションと銀を貰ったのだけど、ポーションは十本以上あるし、銀も大きい塊が三つもある。こんなに貰っちゃっていいのかなぁ?
「ああ、それとこちらもお持ちください」
「それは?」
「是非ここで開けて下さいませ」
両手で収まるぐらいの長細い包みを受け取ると包みを外していく。
「ヘアバンド?」
「はい。こちらは伯爵夫人が身に付けるものになります。左側についているものが、ブルーワイバーンの魔石になります」
「ブルーワイバーンって高いんじゃ……」
確かワイバーンがBランクの魔物でその変異種の魔石だ。しかも、汎用魔石だった気がする。
「貴族の持ち物ですから特段、値が張る訳ではございません。こちらは初代伯爵夫人が付けていたものになります」
「そんな大切なもの私がもらっていいんですか?」
「はい。歴史あるこちらのヘアバンドですが、昨今は宝物庫にしまわれていたものですし、問題ございません」
そう言いながらモーリアさんは私にヘアバンドを付けてくれる。さりげなくこの青い魔石が、私の水色のネックレスに合わさって綺麗だ。
「ありがとうございます。似合ってますか?」
「ええ、それはもう! 短い時間しかお仕えできなかったのが残念です」
「ふふっ、私もです。コールドボックス、大事にしてくださいね!」
「はい。厨房のものには粗雑に扱わないよう言い含めておきますので」
あっ、いや、そこまで力いっぱいにはしなくていいけど。
「アウロラちゃん、リエールちゃんも元気で」
「はい、アスカさん。きっと、みんなを見つけてみせます!」
「あまり力を入れすぎないの。海を渡ったんだから時間がかかるのよ」
「分かってる」
「リエールちゃんの方が社会経験があるみたいだし、後のことはお願いね」
「はい。アスカ様の期待を裏切らないよう精一杯やりますから!」
「やれやれ、この二人もかい。アスカはしょうがないねぇ」
「私が何か?」
「いいや。あたしらは先に馬車で待ってるよ」
「分かりました」
ジャネットさんとリュートが先に馬車に戻る。すると、ルイン帝国の大使さんが話しかけてきた。
「アスカ様は旅の途中だとか。こちらのリック殿がレザリアース大陸については詳しいので、是非とも一度我が国に」
「あっ、はい。リックさんも里帰りしたいでしょうし、ルーシードから行こうとは思っています」
「それは良かった。リック殿、アスカ様を頼んだぞ」
「承知しております、大使殿。この度は色々とお世話になりました」
「いや、こちらも世話になった。お父上にも手紙をよろしくな」
「……必ず届けます」
大使さんの眼差しから何かを読み取ったのか、リックさんは神妙に答える。
「それにしてもリックも良かったな。ようやく相手も見つかったようで安心したぞ。兄君も奥方を娶られてはいるが、女児だったであろう?」
「そうですね。ですが、別にそういうわけで選んだのでは……」
「はっはっはっ! 良いではないか。結果として国のためにも家のためにもなるのだ」
「大……領主様。そろそろお時間です」
「おっと、もうそんな時間か。まだまだ書類が片付かなくてな。今回の報告書も途中なのだ。では、アスカ様の旅路が良きものになるようここから祈っておりますぞ」
「ありがとうございます」
そういうと領主様は邸に引き上げていった。
「リックさん、元々お知り合いだったんですか?」
「ああ。悪い方ではないんだが、面倒見が良すぎてな。俺も何度か縁談を頂いたのだ」
リックさんが渋い顔をしている当たり、領主様が良さそうな人を選んで紹介していたんだろうな。多分だけど希望を聞かずにね。
「でも、それで縁談嫌いになったんだったらよかったじゃないですか?」
「まあな」
「お~い、早くしな~」
「は~い!」
待ちきれなくなったのか、ジャネットさんが馬車から声を上げた。おっと、つい話し込んじゃったな。
「それじゃあ、そろそろ行きますね。みなさんもお元気で! そうだ、忘れるところでした」
私は持っていたバッグから小さい箱を三つ取り出す。
「こちらは?」
「みなさんの髪色に合わせたネックレスです。アウロラちゃんは金色、リエールちゃんは緑色、モーリアさんは黒色です。全部輝石を使ったんですよ!」
私は説明しながら一人ずつ渡していく。
「ありがとう、アスカさん」
「ありがとうございます」
「過分なものを頂いて……家宝に致します」
「そこまで大層なものじゃないですよ。一応全部に魔法がかかってますから。だけど、数回しか使えないので注意してくださいね」
それぞれどんな効果かを伝える。アウロラちゃんのものは周囲を包み込むバリアタイプ。これは仲間も守れるように三メートル先から囲むように出現する。
リエールちゃんの物は自分を中心に竜巻が発生する。リエールちゃんの攻撃はツタだから、危険になる時って接近された時だと思うからね。
最後のモーリアさんのものだけはちょっと特殊だ。なのでこれだけは一度使って説明する。
「モーリアさんのだけは説明しづらいので使ってみますね。えいっ!」
「こっ、これは!?」
私が輝石の力を発動させると、周囲が闇に包まれる。実はこの黒い輝石は光魔法を応用していて、光を放つのではなく光を吸収する効果を発揮するのだ。モーリアさんは戦えないだろうから、こうやって光を吸収することで相手の動揺を誘い時間を稼ぐ形をとった。
光らせても良かったんだけど、それだとクリーム色の輝石になっちゃって、仲間外れみたいになるからね!
「何と! これは素晴らしい効果ですね」
「えへへ、ちょっとだけ頑張りました。使うことがないといいですけど……」
「もちろんです。このような効果もったいなくて使えません! 騎士たちに言って使わなくて済むように致します」
「が、頑張ってください。それと、私を訪ねてエディンさんがリディアス王国からくると思うので、その時はよろしくお願いしますね!」
「もちろんでございます!」
元気よく答えてくれるモーリアさんの耳元へ私はそっと耳打ちする。
「後、エディンさんってシルフィード様の眷属になるのでそのところだけよろしくお願いします」
「重々承知いたしました」
「それじゃあ!」
モーリアさんを始め、みんなに頭を下げられながら馬車に乗り込む。ううっ、そこまでしてもらわなくてもいいのに。
「アスカ、長いこと話してたけどどうしたんだい?」
「あっ、エディンさんが来るからよろしくって。今回はシルフィード様やミネルナ様も絡んでいるので、失礼のないようにお願いしてきました」
「ああ、あの人かい。苦労人だねぇ」
「本当です」
同意しながらも、立場を変わってあげることはできないので、心の中で応援する私だった。
「アスカ様、港に着きました」
「ありがとうございます。ここで結構です」
それからしばらく馬車に揺られると、港に着いた。後はイリス様からもらった乗船証を見せて乗り込むだけだ。
「この大陸って結構滞在してたけど、それも今日までかぁ」
「色々あったねぇ」
「そうだな。俺もこのパーティーに入ったのはここからだしな」
「リックさんってもっと長くいるイメージでしたけど、案外短いんですね」
「時間なんて些細な事さ。なぁ、ジャネット?」
「あたしに聞かなくてもリュートにでも聞けばいいだろう」
「ぼ、僕に振らないでくださいよ」
《ピィ!》
「アルナもお友達とお別れ済ませた? 妖精さんたちと仲良かったもんね」
アルナは邸で自由に動けない分、妖精たちに面倒を見てもらっていた。妖精は保護されているのもあって、そこについて行けばそれなりに自由だったこともあるけど、元々自然で暮らす者同士だ。すぐに仲良くなっていた。
《ピィ》
「ちゃんとお別れできたんだ。えらいね! キシャルは……まあ大丈夫かな?」
一方のキシャルと言えば、動かなくていいということで、リエールちゃんに自分用のベッドを作ってもらい、一日中そこでゴロゴロしていた。途中からはアスレチック的なものも追加で作ってもらっていた。
最終的に遊・食・住の全てを詰め込んだタワーは圧巻だった。その主として過ごすキシャルを見ていると、何も言う気にならないぐらいだ。
「キシャルは遊び場がなくなったから残念だね」
《にゃ~!》
「えっ⁉ 私が作るの? う~ん、ちゃんと遊んでくれるならいいよ」
アルナのお家みたいにずっと使ってくれるならいいけど、飽きちゃったらマジックバッグの容量も圧迫しちゃうしね。でも、キシャルってあんまりあれが欲しいとか言わないからここは頑張って作ってあげようかな?
「船に乗ったら作ってあげるから、その時はちゃんと希望を言うんだよ?」
《にゃ!》
「そう言えば、ティタは何かないの?」
「私は石さえもらえればそれで構いません」
「そ、そう」
あっさりしているというか、何というか。そんなことを思いながら私たちは乗船受付を行いに向かった。




