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コールドボックスとリュート

 何やら船乗りの人に敬礼されてしまった私。どうしようかと思っていると、リックさんが一歩前に出てきてくれた。


「この場にいるみんなは分かると思うが、アスカ様はまだ15歳だ。その歳ながら、妖精の危機ということで自身の危険をかえりみず、調査団のリーダとしてこの国にやって来た。その功績はすでに周知のとおり。しかし、今は各国を巡る旅をされておいでだ。くれぐれも穏便に済ませてほしい」


「はっ!」


「分かりました。このような素晴らしい方のお邪魔はしません」


 ほっ、このまま騒ぎになるかと思いきや、何とかなりそうだ。リックさんの言葉で群衆も落ち着きを取り戻し、その後も町長が少し話をして解散となった。私も再び馬車へと乗り込み広場を後にする。


「ふぅ~、疲れた~」


「お疲れ様、アスカ」


「本当だよ~。このドレスも着慣れないものだし」


 そう言いながら二重になったドレスの上だけを振る。


「ちょ、ちょっと、はしたないよ」


「大丈夫だよ。帰りは窓も閉めてるし、誰も見てないって」


「それはそうだけどさ……」


 まだ何か言いたいリュートをおいて、私は生地を見てみる。柄も様々で細かいレースがあしらわれ、貴族用に作られたということが一目で分かるものだ。


「これ一つで家が建ちそう」


「もう、他に言うことはないの? 綺麗だとか、自分に似合ってるとか」


「じ、自分に似合ってるだなんて言えるわけないよ」


「でも、実際似合ってるよ?」


「リュートってばからかって!」


 邸を出る時に私が散々「本当にこのドレスで行くんですか?」って言ってたのを聞いてたくせに。


「でも、町の人がある程度納得してくれたのは良かったよね」


「そうだね。ただ、アスカはもうこの町を歩けないよ」


「リ、リックさんが静かに生きたいって感じで言ってくれたけど、ダメかな?」


「無理でしょ。まあ、すぐに船に乗るわけだし、そこは心配しなくていいよ。問題なのは乗った後だけどね。船乗りの人、熱かったからね」


「今日の件を知らない人の船だったり?」


「無理でしょ」


 私の淡い期待はリュートに打ち破られ、邸へと戻った。



「おかえりなさいませ。今すぐ食事にいたしますか?」


「はい。お願いします」


 気を取り直して私は少し早めの昼食を取る。その後はもちろん……。


「アスカ様、銀の手配は終了しております」


「ありがとうございます、モーリアさん。ところで、アイスの評判はどうでしたか?」


「はい。あの後、仕事で食べられなかったものにも渡したのですが絶賛しておりました。ただ、作り方は分かったものの製造に使用する冷却装置が……」


「そうですよね、そうなりますよね!」


 私はむふふと笑顔を浮かべながら言葉を返す。


「笑うなんて悪いよ、アスカ」


「ふふふ。違うの、リュート。モーリアさん、この邸に野菜とかを保存する地下室ってないですか?」


「それでしたら、厨房にございます」


「そこへ案内してください」


 私はまだ理解できていないモーリアさんを連れて、厨房にある地下室へと移動する。


「わっ、やっぱり冷えますね」


「大丈夫ですか? ドレスから普段着に着替えられましたが、薄着ですので羽織るものを持ってきましょう」


「大丈夫です、すぐに終わりますから。やっぱり、スペースが結構ありますね」


「はい。品目の管理もそうですが、あまり物を置いても持ちませんので」


「ここの温度は八度ぐらいですね。これなら中ぐらいの大きさでいけそうです」


 私は寸法を測ると、再び部屋へと戻る。


「それで、どうしてあちらへ?」


「これを見てもらえますか?」


 モーリアさんの質問に私は設計図を出す。私が出した設計図はもちろんコールドボックスのものだ。急な製造にも慌てずに済むよう大中小と分けてあるものの中で、今回は大サイズだ。それも冷凍専用の方を持ち出した。

 さっきの会話から冷蔵冷凍機能でもよかったんだけど、貴族の邸なら野菜は簡単に調達できるだろうし、魚も冷凍できた方が良いと思ったからね。


「これは金属製の箱ですか?」


「はい。コールドボックスと言いまして、物を冷凍できるものです。これは一番大きいサイズになるので、魔石を二つ使うタイプですね」


 冷蔵なら一つで足りるけど、今回作るサイズで冷凍だと心もとない。蓋は一つにするけど、内部を仕切りで分けられるタイプの設計だ。


「こちらがあればアイスが作れるということなのですね?」


「そうです。それで銀の手配をお願いしたんです。魔石の効果で冷やすのに魔力はもちろんですが、庫内の冷却を維持しやすくするために魔力の通りがいい銀が最適なんです。一般向けはコストの関係で、主要部分以外は鉄とか銅ですけど」


「ありがとうございます。こちらでアイスなど新たなメニューを作れると、料理人たちも喜ぶでしょう。早速、こちらを作る人間の手配を……」


「あっ、モーリアさん。手配は不要です。私が作れるので!」


「は?」


 私の言葉に訳が分からないという顔をするモーリアさん。まあ、私が冒険者とはいえそういうことまでできるとは思ってないよね。


「これでもこういうものを作るのは得意なんです。ただ、あまり広めたくないので、作業部屋として一室貸してもらえますか?」


「わ、分かりました。直ちに用意して銀を運び込みます」


「お願いしますね」


 その言葉通り、三十分後には搬入まで終わったと報告があった。モーリアさんって優秀だなぁ。


「というわけで用意してもらったこの部屋でやりますか!」


「それはいいけど、なんで僕まで……」


「思ったんだけど、リュートも手先が器用だからできないかなって。別に私以外の人も同じように細工してるはずだし」


「いや、僕には難しいんじゃないかな? ほら、アスカと違って魔力操作も無いわけだし。器用さもそこまで高いわけじゃないしさ」


「でも、この先船に乗るんだったら時間の潰し方も考えなきゃ!」


 今回は大陸間の移動となるので、少なくとも二週間。長かったら一か月はかかるはずだ。


「アスカ、僕が船酔いすること忘れてない?」


「でも、酔い止めもあるんだし、一度挑戦しようよ」


 私ばっかり細工してるのもなんだしね。それに、細工のおじさんもいないし、細工のことについて話ができる人も欲しいのだ。だから、じーっとリュートを見つめて粘ってみる。


「わ、分かったよ。でも、出来上がったものを見て笑わないでよ?」


「やったぁ! ありがとうリュート」


「はぁ、絶対後でジャネットさんにからかわれるよ」


「大丈夫。私が初めて作った細工だっていい出来じゃなかったけど、笑われなかったもん」


「そりゃあ、アスカが作ったものならね……」


 話がまとまったところで細工道具と細工の魔道具を出して、それぞれの作業へと移る。


「だけど、どんなものを作ればいいのかな?」


「それなら私のスケッチブックを見るといいよ。まだまだ作ってないのもいっぱいあるから」


 アルバにいた時から書き溜めているから、ストックはいっぱいある。冒険を始めてからは作る時間も限られてて、最近は新作もあまり作れてないからね。


「ページの左上か右上にチェックが入ってるのは作ったやつだから、できればそれ以外でお願い」


「ええっ!? 僕が新作を作るの?」


「もちろん! リュートが慣れてきたら消化するペースも早くなるし、私も色々見れるからね!」


 最近はアルバのおじさんの言うことが分かってきた。細工ってずっとしてるとアイデアって出てきにくくなるんだよね。私は今スケッチしてるのはあるけど、これだって新しいギミックとか今まで学んできた技術の組み合わせのものは少ない。


「大体は単純なものの組み合わせになってるんだよね~」


 それが悪いわけではないし、見た目だってこだわっているものもあるけど、もう少し何かないかな? と思うこともあるのだ。


「それじゃあ、題材が決まったらこのオーク材を使ってね。私はコールドボックスの製作に入るから」


 リュートにそう伝えると作業へと入っていく。まずは大きい銀の塊を切り分けるところからだ。まずは本体を覆う板を切り出す。これは塊の状態が一番楽だからね。それが終わったらフレームの切り出しにかかる。


「えーっと、棒状のものが何本だっけ?」


 こうして設計図を見ながら私はどんどんフレームを切り出した。一方リュートは……。


「どれがいいかな? アスカにつけるにはまだまだだし、最初は単純なものを……」


 まだ迷っていた。これは指定してあげた方が早いかも。


「リュート、それじゃあ最初だしこれはどうかな?」


 私はコスモスの花を指差す。


「これ? でも、花びらを作るのって難しくないかな。僕がやると折れちゃいそうだよ」


「難しく考えるからだよ。最初に円形の枠を作るでしょ? そこから花を正面から見た感じで作っていくの。そうやって作ったら花びらも一枚一枚薄く細工を作らなくてもいいよね?」


「なるほど! ありがとうアスカ。それで一回やってみるよ」


 リュートもやる気になったことだし、私は切り出したフレームを組み上げられるように加工していく。私たち二人の作業は夕食の時間だとモーリアさんが話しかけてくるまで続いたのだった。



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