休憩と細工
「こんにちは。お邪魔します」
「アスカ様! 本当にお越しいただけたのですね」
「もちろんです!」
厨房に向かうとスタッフの人が全員で迎えてくれた。お昼の準備もあるはずなのにちょっと申し訳なかったかな?
「さてと、それじゃあ始める前に出番まで寝ないでね、キシャル」
《にゃ~》
「じゃあ、それまで寝てるから起こしてって? しょうがないなぁ~」
でも、協力は取り付けたし気を取り直して作業に移ろう。
「まずは材料だね! シャディッシュのミルクはありますか?」
「はい。今日の朝の内に取ってまいりました」
シャディッシュとはヤギに似た魔物だ。草食で大人しいため一部の地域では飼われている。魔物は肉食動物より厄介なので、牧草地が少ないこの世界で牛乳は高価だけど、この地域では飼われていると聞いて、昨日の内に頼んでおいた。
「後はイリス様に貰った乳化剤と増粘剤。それにシャルパン草と砂糖に……フルーツはどうしようかな?」
初めてだし、バニラの味を楽しんでもらいたい気もするけど、やっぱりバリエーションがある方が喜ばれるよね?
「後、フルーツってありますか?」
「はい。そちらも取り揃えてございます」
スタッフさんに聞くと、私からデザートを作るという話を聞いて用意していたとのこと。シャディッシュのミルクは頼んでたけど、そこまでしてもらえるなんてこれは頑張らないと。
「それと卵だけど……」
「卵でしたらハウルスカリーの卵があります」
「ハウルスカリー?」
「六十センチ程度の飛べない鳥ですよ。魔物ですが、我々一般人でも飼えるものです」
裏庭で育てているということで見せてもらうと、鶏のような鳥がいた。卵はちょっと大きいけどこれなら使いやすそう。
「じゃあ、この卵を貰いますね。作り方はリュートも知ってるよね?」
「うん」
「なら、手伝ってね。スタッフの人もこれから作るなら見ておいてください」
「よろしいのですか?」
「もちろん! さて、まずは卵黄と卵白に分けて……。この卵の大きさなら一つでいいかな?」
「次は砂糖だったよね。卵黄と砂糖を混ぜるのは僕がやろうか?」
「あっ、それもこっちでやるよ」
「分かった。じゃ、僕は生クリームを作るよ」
二人でボウルの中身を混ぜていく。
「次はミルクと生クリームを熱して入れるんだよね。先にミルクの方を殺菌しよう」
「殺菌ですか?」
「はい。そのままだとちょっと危ないかもしれないので殺菌するんです」
ミルクは新鮮なものだけを飲むこの世界ではあまり浸透していないけど、それでも安全には変えられない。私は火を鍋の中に投げ入れて殺菌を済ませると、そのままリュートの作ってくれた生クリームを入れる。
「上手く混ぜられたかな? 後は私の作った卵黄と砂糖を混ぜたものに合わせて、いったん冷まさないとね。キシャル、起きて~」
《にゃ~》
のんびり眠っていたキシャルに起きてもらうと、ボウルの中の材料を冷ましてもらう。
「ありがとう、後はコールドボックスの中に入れないとね」
私はコールドボックスを取り出すと、その中へとアイスの素を入れようとする。
「アスカ、ボウルのままで大丈夫?」
「あっ、そっか。アイスの型取りするのがないから最初に分けておかないと!」
アイスといえば大きいボックスから専用の道具で取り出して丸形にするんだけど、その道具がないので冷やす時に小分けの器へと移し替える。ついでにここで小さく切ったフルーツを器ごとに種類を変えて入れておいた。今回はアイスの味を楽しんでほしいから、
「後は時間を待って完成だね」
「どの程度で完成するのですか?」
「三時間ほど経ったら、一度かき混ぜて以降は三〇分ぐらいに一度、またかき混ぜるんです。それを四回ぐらい繰り返して全体が固まったら完成ですね」
「では、お昼を過ぎますね。それであれば私たちでもできますから、アスカ様はお休みなさってください。会議でお疲れでしょう?」
「良いんですか? では、お任せします」
最後までやりたかったけど、ちょっと疲れもあるし休ませてもらうことにした。後は確認だけだしね。それに、スタッフさんたちの休んで~って視線も痛かったし。どうも貴族令嬢みたいに思われているみたいで、みんな心配そうに見つめていた。やったことといえばボウルに入れた材料を混ぜたぐらいなんだけどね。
「アスカ。それじゃあ、部屋に戻ろうか」
「うん!」
リュートと一緒に部屋に戻る。
「おかえりなさい、アスカさん」
「おかえりなさいませ、アスカ様」
「あっ、アウロラちゃんにリエールちゃん! どうしたの?」
「会議も終わったというので来てみました。身体の方は大丈夫ですか?」
「うん、妖精のみんなももう大丈夫?」
「はい。アスカ様から頂いたMP回復用ポーションやここから出したもので、多くのものは元気になりました。不調のものにも付き添いをして、数日後には住処に戻れると思います」
「そっか、よかった。リエールちゃんはもうすぐ村に帰るんだよね?」
「はい。村の人たちは私に何かあったことは分かっていると思うので、できるだけ早く帰りたいのです」
「そっか、それなら私たちと同じぐらいに出発かな?」
今日の会議だと、レザリアース大陸への船便の変更はないって話だったし。
「そうなりそうですね。でも、一日や二日変わってもしょうがないですから、アスカ様のお見送りは致します」
「ありがとう、リエールちゃん」
「別に先に帰ればいいのに」
「貴方だけだったらそうしてたわ」
「なによ!」
「ふふっ、二人とも仲が良いんだね」
「別に良くなんて……」
そういうアウロラちゃんだったけど、ちょっと寂しそう。アウロラちゃんはミネルナ様から今回の件を見届ける使命があるから、しばらく帰れないもんね。
「アスカ様、これからのご予定は何かありますか?」
「あっ、モーリアさん。予定はありませんけど、ちょっと細工をしたいです」
最近はあまり集中してできなかったから、この機会に少し作っておきたい。船上でも魔道具を使えば作れるけど、やっぱり陸の方が集中できるしね。
「そうですか。では、そのように手配いたします」
「手配? 何かあったんですか?」
「いえ、特に」
モーリアさんによると、改めて施設の案内をとのことだったけど、もうアウロラちゃんたちにしてもらったし、長居もしないので遠慮した。
「それじゃあ、お昼までの間はおしゃべりしようか。あと一時間ぐらいだよね?」
「左様でございます」
モーリアさんにも確認を取って、お昼まではみんなで話をする。ちょっとリュートは気まずそうだったけど、まあそこは女三人に男一人だしね。会話には加わらなかったモーリアさんの視線もあってか、視線も泳いでたし。
「そろそろお昼です」
「もうそんな時間ですか? みんなでいると時間が経つのが早いなぁ」
「そうですね。じゃあ、お昼に行きましょう、アスカさん」
アウロラちゃんの言葉でお昼を食べに行く。出された料理は今日も美味しくて満足だった。
「あっ、そろそろ一度目のかき混ぜる時間だな。一度見に行こうかな?」
お昼が終わり、アウロラちゃんたちと別れた私はちょっとアイスの出来が気になった。任せてはいるけど、何度見てもあの固まっていく瞬間が良いんだよね。食べる前の楽しみだ。
「でも、あの人たち緊張しちゃうと思うよ?」
「やっぱり?」
リュートにもそう言われ、諦めて細工に勤しむことにする。
「その前に……銀の塊ってありますか?」
「ございますが、どの程度でしょうか?」
「う~ん、このぐらいですけど」
私は必要な量を書いた紙を渡す。
「えっと、本当にこの量で間違いございませんか?」
「はい。多分必要じゃないかなと思うので」
「分かりました。すぐに用意いたします」
モーリアさんは銀の手配のために部屋を出ていった。私はというと調達に時間がかかると思い、久し振りに宝石を使ったアクセサリーを作る。
「最近ずっと魔石を使ったものばかりだったから、逆に緊張しちゃうな」
魔石と違って宝石で作るものは効果でごまかせないから大変なのだ。
「ここは海だし、モチーフもそういうものが良いよね?」
私はこれまでに書き溜めてきたデザインから海に関するものを選んでいく。
「まずはサンゴを題材にしたものと、錨を模したもの。最後は舵をモチーフにしたコイン型のネックレスかな?」
コインは裏にも帆船の細工を施して、裏表に絵が入るようにする。こうすればもっと楽しんでもらえるからね。
「そうと決まれば早速作っていこう。いつものように銅の塊で型を作ってと……」
サンゴの細工については実物を用意することができない代わりに、アクアマリンなどの宝石を前後から合わせることでサンゴの細工を中に閉じ込めたデザインにした。
「費用は掛かっちゃうけど、この方が綺麗だもんね!」
サンゴを透明な宝石やきれいな単色のもので作り、それを宝石で閉じ込めれば同じデザインでも全く違う見た目になる。これが楽しくて、一気に四つも作っちゃった。
「アスカ、そろそろ別のやつに移らないとそればっかりになっちゃうよ?」
「はっ!? ありがとうリュート」
リュートの助言のおかげで、私はなんとか他のデザインも二つずつ作ることが出来たのだった。




