会議とやりたいこと
「ふぅ~、疲れた~」
「アスカお疲れ様」
「あっ、リュート。警備ご苦労様」
つい先ほど会議が終わり、私は会議室から出てきたところで見張りをしていたリュートに声をかけた。
「どうだった?」
「う~ん、お部屋に戻ってからでいい?」
「いいけど……」
リュートは周りにいる騎士たちを見る。ここにいるのは元伯爵と、リックさんの国の大使が連れてきた騎士たちだから遠慮してるのかな?
ちなみに今も私以外の人たちは中で打ち合わせをしている。私はそこに加わる必要がないから出られたけどね。ジャネットさんもそのまま室内警護に残った。あとで中での会話を教えてもらえるから助かる。
「さあ、リュート行こう!」
私は気にせずリュートの手を掴むと部屋まで一緒に行く。ただ、一応私は偉い立場に立たされているからか、元伯爵家の騎士も二人ついてきたけど。
「それじゃあ、入って」
「僕が入ってもいいの?」
「うん。そうしないと中での話を聞けないよ? 気になってるでしょ?」
「そりゃあ、まあ」
ドアを開けてリュートを押し込むように部屋へと入れる。
「アスカ様、お戻りになられましたか。そちらの方はお連れの?」
「はい、リュートです。さっき話し合ったことを聞いてもらおうと思って」
「では、私も念のため控えております」
「あっ、えっと……」
私が何か言う前にモーリアさんはドアの横にピタリと張り付くように立った。これは動かないタイプの人だ。イリス様のところにいたテレサさんを思い出すなぁ。
「それじゃあ、モーリアさんは気にせず会議の内容に移るね。まずは最初なんだけど……」
二人とも椅子に座ったところで、私は会議の内容をできるだけ順番に話していく。まずは全員の自己紹介からだ。
「最初に私が紹介されて挨拶をしたんだ。そのあとはここの執事さんで、それからリックさんとリックさんの国の大使さんと、この港町から定期便が出てる国の大使さん。続いてこの町の町長さんと港の責任者の人っていう順番だったんだ」
「へ~、偉い人ばかりだね」
「そうなの。最初から気疲れしちゃって。それに、大使さんたちは事前に私のことも事件のことも知らされてたんだけど町長さんと港の責任者の人は聞かされてなかったんだって!」
これには本当に私も驚いた。だって、緊急で集まってもらうのに事情も説明なしだなんて。普通は書簡とか送るものだと思ってたから。
「大使の人たちは出向いてもらうわけだから事情の説明が必要なのは当然だけど、町の人たちにはなんで知らされなかったんだろう?」
「それは二人とも思ったみたいで、すぐに執事さんに質問してた。あと、私はすっごく睨まれちゃった」
「ええっ!? アスカが? どうしてまた……」
「今回の集まりに他国の貴族が何の用だって。大使の人たちとは交流があるみたいだったけど、フェゼル王国とこの国は国交もないしね。事情が分からないからしょうがないと思うけど」
「う~ん、分かるような分からないような」
「でもそこでジャネットさんがカッコよかったんだよ!」
私はリュートにその時のことを立ち上がって説明する。
「まず、騎士さんたちはみんな、鞘を体の前に持って立ててたの」
「えっと、こんな感じかな?」
「そう! まさにそのポーズだよ」
私の言葉を受けてリュートがその時のポーズを取る。
「それでね。事情も説明する前から気に入らないって視線を向けられて、ジャネットさんは二度鞘を床に当てて音を鳴らしたの!」
「こんな感じ?」
リュートがその時のジャネットさんと同じ動作をする。まあ、あっちは剣でこっちは槍だけどね。
「そうそう。それで、無言で二人を睨み返して私を守ってくれたんだ。かっこよかったな~」
ジャネットさんが男性だったら、絶対惚れちゃったよ!
「でも、大丈夫だったの?向こうは立場もある人だし……」
「リックさんもジャネットさんを諫めようとしたんだけど、執事さんが私をこの場所で一番立場がある人物だって言ってくれて、何とか収まったの」
「それでその後どうなったの?」
「そのあと? 確か……」
執事さんが妖精の誘拐事件について話をして二人ともすごい勢いで謝ってきたっけ。特に港の責任者の人の対応の変化にはびっくりした。船の出航には天気が大きく関わるから、そもそも港湾関係者は精霊様や海の神様への信仰心が強い。そんな精霊様の機嫌を損ねる事件とあって態度が豹変したんだよね。以降はものすごく丁寧に接してくれたけど、私は逆に緊張しちゃったな。
「自分の領地でこんな事件が起きるなんてって言ってた。私にも理解を示してくれたよ」
「そっか、誤解は解けたんだね」
「うん。それからの話なんだけど、実はあんまり覚えてないの」
「そうなんだ。でも、どうして?」
「だって、政治とか難しい話ばっかりだったんだもん。イリス様や他の貴族の人とも話したことはあるけど、ある程度分かるように言葉を選んでくれたけど、今日は全然だったの。町のことに話題が移っても、船員たちへの説明とか今後の出航予定を変えるかどうかとか」
「あ~、それは難しそう」
リュートと二人でうなずき合う。
「でしょ? そのあとも町長さんは町の損失について話をしだすし、大使さんたちも新しい領主についてどうするのがいいかとか、終始難しい話ばっかりだったの」
最初こそ話を覚えておこうと頑張って聞いていたけど、途中経済の話が入ってきたところで諦めた。以降は観念して笑顔で話に時々頷いていたのだ。
「それで外に出てきた時、疲れた顔してたんだね」
「嘘っ!? ばれてた?」
「他の人は分からないけど、僕には分かったよ」
「そっかぁ、まだまだだなぁ。このドレスも着慣れないし」
「ドレス姿似合ってると思うけど?」
「やめてよ、リュートったら。ドレスは窮屈なんだもん」
「まあ、それはあると思うけど、そういうものじゃない? 僕もこの服は窮屈だし」
そういうリュートの服装も鎧こそ自前のものだけど、その下の服は騎士服だ。鎧の金属部以外からのぞく服が良質なものだと語っている。
「あっ、それでね。今もみんなで打ち合わせしてるんだけど、リュートにちょっとお願いがあって……」
私は途中で退室して話したかったことを口にする。
「お願い?」
「うん。明日、町の人たちに今回の出来事を説明するみたいなんだ。そこで私からも一言言わないといけないんだけど、横に立ってもらえたらって思って……」
「僕に? でも、立ってるだけだよ」
「うん。それでいいの。ほら、当日って今日みたいに偉い人ばかりじゃない? だから、緊張を解したくて。ジャネットさんにも頼むつもりだけど、一人より二人だし」
前にも大勢の前で話したことがあるけど、本当に緊張するんだよね。この際頼れるものは頼りたい。
「分かった。それじゃあ、警備の一員に加えてもらうよ」
「お願い! リュートへの用事も済んだしあとは料理だね」
「料理?」
「この前からモーリアさんたち邸の人にお世話になってるから。それに……リュートは知らないんだっけ? 私が寝てる間にアウロラちゃんたちが邸の人に無理言ったみたいで……」
「ああ、そのこと。僕もちょっとだけ聞いたよ。伯爵家は自業自得だけど、この邸で働いている人は関係ないからね」
「そうでしょ? だから、お詫びにアイスを作るんだ。ヤギのミルクなら用意できるって聞いたから、これから厨房へ行くの」
「行くってその格好で?」
「あっ!?」
そういえば、早くリュートに話を聞いてほしくてドレス姿のままだった。さすがにこの格好で厨房にはお邪魔できないや。
「着替えないと。リュート、ちょっと外に出ててくれる?」
「分かったよ。準備が出来たら呼んでね。僕もついて行くよ」
「本当? アイスの作り方を知ってる人がいるか分からないし、助かるよ」
「任せてよ!」
着替えるため、リュートには外に出てもらい私はモーリアさんに着替えを手伝ってもらう。
「こちらの服でよろしいのですか?」
「はい。せっかく綺麗な服を着せてもらっても、料理中に汚れると思いますから」
ただ、今着せてもらってる服も相当上質なんだけどね。シルクだし。着替えを済ませたら後は厨房に向かうだけ。
「リュート、着替え終わったから厨房に行こう」
「思ったより早かったね。あっ、髪は上でまとめたんだ」
「うん。粉とか使うだろうし、この方が邪魔にならないでしょ?」
モーリアさんの手で綺麗にまとまった髪を見てもらいたくて、私はその場で一回転する。
「どうかな?」
「似合ってるよ。じゃあ、行こうか」
「うん!」
こうして私はメイドさんたちの慰労のために、厨房へと向かったのだった。




