驚きの朝食メニュー
「こちらが本日のメニューになります」
男性が持って来てくれたのはメインのお皿にスープとパンの朝食だった。奥にはフルーツのデザートも用意してくれている。今まで貴族の邸でごちそうになった時はコース形式が多かったけど、ここではまとめて出してくれるみたいだ。
「でも、このメニュー……」
私はメニューを見てアウロラちゃんたちの方を一瞥する。
「どうかしましたか、アスカさん?」
「ううん。ちょっと気になるんだけど、このメニューってアウロラちゃんやリエールちゃんは大丈夫なの?」
「はいっ! アスカさんやミネルナ様のご協力の元、作りましたから!」
「私とミネルナ様?」
アウロラちゃんの言っていることが良く分からないままもう一度メニューに目をやる。今出されているメインのメニューはなんとハンバーグだ。ひき肉文化も貴族の中では浸透していないこの世界で出てくることもまれだけど、肉嫌いのアウロラちゃんが苦にしていないのも気になる。
「まあ、食べて見れば分かるかな?」
私は論より証拠。まずはハンバーグを口にしてみることにした。それにしても、このハンバーグ。プレートである鉄板には温野菜も並べられており、彩りもきれいだなぁ。
「それではいただきます」
手を合わせてから私はナイフをハンバーグに入れる。ん? ちょっといつもと感触がおかしいような……。まあ、ひき肉自体食べられる機会も少ないし、気のせいかな? 私は気を取り直してハンバーグを口に含む。
「ん、美味しい! でもこれって……」
「気づきました? 私の努力ですよ。これならみんなで楽しめると思って!」
笑顔で私に言うアウロラちゃん。確かにこれならみんなで食べられる。私が食べたのは豆腐ハンバーグだった。どうやって再現したのかは分からないけど、中には細かく刻んだ野菜も入っていて、ヘルシーかつ肉も使われていないのでアウロラちゃんたちも問題なく食べられるのだろう。
「ソースも野菜くずを煮込んだものと、醤油を合わせたものを使ったんですよ!」
「醤油? アウロラちゃん、よくそんなもの知ってたね」
豆腐ハンバーグの発想と言い、実は天才発明家の才能があるのではないだろうか?
「あっ、それは……」
私の方にアウロラちゃんが来て耳元でそっと耳打ちする。
「ちょっと明日香さんの記憶を見せてもらいました」
そういえば、院内学級の料理教室の時に手作り豆腐を作ってみようということで、実際に体験してみたこともあったなぁ。まさか、そこからだったとは……。
「でも、食材とか豆腐を作るのって大変じゃなかった?」
「あっ、それはそっちの人がやりました。私は料理なんてできませんからね!」
えっへんと胸を反らして言うアウロラちゃん。私が奥の方にいるメイドさんたちを見ると、こちらに笑顔を向けている。しかし、その目元にはばっちり隈が出ていて、どういう状況だったかは計り知れた。リエールちゃんも夜の内に邸を見回ったっていうし、きっと妖精さんたちは寝ないでもいい種族なのだろう。
「すみません、私のせいでご迷惑を……」
「いいえ、お役に立ててうれしいです!」
メイドさんたちの代表らしき女性が一歩前に出ていってくれるものの、足元はおぼつかない。あとで何か差し入れしないとな。
「私も実は手伝ったんです」
「リエールちゃんも?」
「はい。そちらのフルーツもそうですが、ソースの中にも少し。あとはスープに入っているバーネットもそうですね。木の方はちょっと疲れましたけど、似た品種があったので助かりました」
リエールちゃんに言われて私はフルーツを改めて見る。そこには洋ナシのようなものが乗っていた。それにハンバーグのソース、甘みが強いと思ったけどあれって砂糖じゃなくてフルーツの甘みだったんだ! スープのバーネットからもいい香りがするし、感謝しないとね。
「じゃあ、スープも早速……ん、私好みのいい味だ。パンも柔らかい。こっちもどうやったの?」
「ん、作らせた」
「ア、アウロラちゃん。厨房の人とかに無理言ってないよね?」
「大丈夫、みんなアスカさんに感謝してる」
「それとこれとは別問題だと思うんだけど……」
「アスカ様、お料理が冷めてしまいますし、今は食べませんか?」
「あっ、そうだね。リエールちゃん」
「リエールは良いこと言うねぇ」
会話に加わったジャネットさんはすでに半分以上食べ進めていた。いけない、私も食べないと!
「それじゃあ、やっぱりメインからだよね」
私は豆腐ハンバーグを中心に食べ進めていく。でも、やっぱり女性だけで四人一緒に食べていると姦しいもので、会話にも花が咲く。
「へぇ~、最初はリエールちゃんがアウロラちゃんのところへ訪ねて行ったんだ」
「はい。その年は暑くて暑くて、我慢できなかったので花の妖精の噂を頼りにアウロラの家に向かったのです」
「あのさ、さっきからずっと気になってるんだけど、あなたリエールって名前付けてもらったの?」
「そうですよ? 今朝方、アスカ様につけて頂いたんです」
「そんなこと言って無理やりじゃないでしょうね? 名付けにはMPを大量に消費するんだから無理言っちゃだめよ?」
「アウロラがそうだっただけでしょう? 私は違いますから」
どうやら、リエールちゃんは私がアウロラちゃんに名前を付けた時のことを知っているみたいだ。自分はそうではないと胸を張っているけど、状況的にはどっちもどっちなんだよね……。
「アスカ、あれ放っておいていいのかい?」
「久しぶりに会った友達同士ですから!」
うん、そう思おう。二人とも食事を取るスピードは早いからもう食べ終わりかけだしね。逆にまだ私は半分とちょっとだ。この機会に挽回しないと。そんな楽しい食事も終わり、再び報告に戻る。
「ああ、そうそう。明日はアスカも活躍の機会があるから」
「活躍?」
報告を再開していると、ジャネットさんから急にそんなことを言われた。
「ああ、ほら臨時の領主にリックのところの大使を迎えるって話をしただろ? そいつと一緒に邸の代表としてアスカも会った執事と、代官にこの町の有力者を迎えて今回の事態の説明を行うんだとよ」
「私、要ります?」
そんな政治色全開のところに必要だとは思えないんだけど……。あっ、ここでも調査隊責任者っぽい立場なのかな?
「アスカの表情から察するに分かったようだね。調査隊の代表者としての出席だよ。身分が高いと辛いねぇ」
「からかわないでくださいよもぅ。ジャネットさんたちは?」
「当然、調査隊の副隊長としてリックも出るから安心しな。あたしは警備要員だね。リュートは……会議室の外になるかも。特に役割がないからねぇ。あとは調査隊に協力を申し出たアウロラと、囚われていた妖精の代表としてそこのリエールも出ることになるだろうね」
「えっ、嫌」
「アウロラ、みんなのためよ。我慢しなさい」
「はぁ」
なんとかなだめて出てくれるようになったけど、アウロラちゃんは心底嫌そうだった。今も私とは普通に会話してくれるけど、やっぱり人間は好きになれないみたい。ここはちょっと機嫌を直してもらうために話題を変えてみよう。
「アウロラちゃんといえば、前に夜空が見えるところに住んでるって言ってたよね。どんなところなの? 冬と木漏れ日の妖精って聞いて想像つかないんだけど」
私のイメージだと、氷の国に住んでる感じなんだよね。でも、アウロラちゃんの出身だって言う地方はそうじゃないし。
「私の家ですか? 背の高い木に囲まれた森の中ですね。そこに小さい洞穴があるんですけど、中は年中涼しいんですよ。その中央には穴が開いていて、夜になると真下からのぞくんです。すると満天の星空が視界に広がるんですよ」
なるほど、野営の時はその光景を言ってたのか。
「想像しただけでもとてもきれいな光景だね。機会があったら行ってみたいな」
「本当ですか!」
立ち上がらんばかりの勢いでアウロラちゃんが言う。でも、本当にきれいな光景なんだろうなぁ。
「アスカ様、やめておいた方がよろしいかと」
「なんでよ、リエール」
「アウロラは冬と木漏れ日の妖精です。当然、その洞穴の中は特殊な地形で夏や秋でも気温は氷点下ですよ。人間には耐えがたいでしょう」
「ありゃ、それはきついねぇ」
ジャネットさんもアウロラちゃんの話を聞いて、行ってみてもいいかもと思っていたらしい。声に残念さがにじみ出ている。
「ちなみに何度ぐらいなの?」
「う~ん、大体マイナス一五度というところでしょうか?」
「コ、コールドボックスの中とほとんど同じ温度……」
アルトレインでは寒冷地の面積が少ないため、一部地域を除けば防寒装備や設備はほとんど発達していない。私もボアとウルフの毛皮以外は持ってないし、これはまずいかな。
「あ、あの、火の魔法をまといながら行くっていうのは……?」
一縷の望みをかけて私はアウロラちゃんに尋ねてみる。
「すみませんが、アスカさんでもそれは無理です。洞穴に生えている植物たちにも影響が出ますので」
「そうだよね! その時までに十分な装備を考えておくよ」
できれば、完全に冷気を断てるようなものをね。
そのあとも報告を兼ねた打ち合わせがあり、明日この邸の会議室で私は会議に出席することとなったのだった。
「はぁ、偉い人ばかりだなんて憂鬱だなぁ……」
ん、明日でアウロラ編終わらないかも…どうして




