一夜明けて
「う……ん?」
目が覚めて体を起こす。昨日は……。
「えっと、妖精さんたちを助けてそれから眠くなって」
そうだった。ツタでベッドを作ってもらったあと、そこで寝ちゃったんだ。じゃあ、ここはどこだろう? 辺りを見回してみると、何やら豪華な部屋にいる。調度品も色々と置かれていて、まるで貴族の邸だ。
「あっ、アスカ様、おはようございます。お目覚めになられたんですね!」
「うん。えっと、あなたはバラの妖精さん?」
「はい。昨日お眠りになられたあと、あの場所には置いておけないということで、伯爵家の邸にお連れしたんです。今は邸の客間を使っています」
「あっ、そうだったんだ。運ぶのも妖精さんが?」
「もちろんです。まあ、元々私が作り出したものなので苦労もありませんでしたけど」
「運んでくれてありがとう。ところでみんなは?」
辺りには誰もいないのでどうなったのか気になり尋ねる。
「リック様とリュート様はこの町に滞在されている他国の方へとお話に。ジャネット様は扉の前で警護されています。お呼びいたしましょうか?」
「あっ、ううん。先に髪を整えてからにする」
ちょっと髪に手をやっただけでも乱れているのが分かったので、簡単にセットだけでもしておこうとベッドから出る。ツタのベッドの横には豪華なベッドも置かれており、ここが伯爵家であることは間違いなさそうだ。
「では、私が髪は整えさせていただきますね」
「あれ? バラの妖精さんはそういうのもできるの?」
「はい。妖精もこういうことをするんですよ。遊びの範囲ですけど」
「なるほど。バラの妖精さんはアウロラちゃんと仲がいいみたいだしやってあげてたの?」
「冬と木漏れ日の妖精……アウロラにもやってあげてましたよ。年に二回ぐらいですけど」
案外少ないんだな。再会を喜んでいる時は親友って感じだったけど。
「あっ、私はアウロラが住んでいるところから離れていて、北の村外れに住んでいたんです。だからあまり会うことはなかったんです」
髪を整えながら私の疑問を鏡越しに読み取ったのか、バラの妖精さんが教えてくれた。そっか、途中の村でアウロラちゃんが捜してた子ってバラの妖精さんだったんだ。それにしてもバラの妖精さんってなんだか呼びにくいな……。お世話してもらってるし、何か呼び名があった方が便利かも。
「あの、バラの妖精さん」
「何でしょう?」
「ずっとバラの妖精さんって呼び方も変だし、呼びにくいからあだ名みたいなもの付けてもいい?」
「私は今のままでも構いませんが、アスカ様が呼びにくいのでしたらお願いします」
私はまだ寝ぼけた頭をフル回転させながら、バラの妖精さんの名前を考える。その間にも髪は整えられていく。
「うう~ん、うう~ん。リ、リエ、リエール。リエールってどうかな?」
「リエールですね。お名前を頂きました」
「えっ!? なん……」
私が二の句を継ぐ前にリエールちゃんの体が光る。
「あ、あれ? これひょっとして……」
いや、私はあだ名って言ったんだけどな。もしかして、名付けって受け手の方に寄ってるのかな? 魔力も吸われた感覚があるし。分析もそこそこに光が収まると、リエールちゃんが目を開いた。確かさっきまでは濃い緑の目だった気がするけど、今は若草色に見える。
「あ、あの、リエールちゃん。その瞳の色……」
「使える属性に変更がありましたので、目に現れたみたいですね。驚かせてしまい、すみません」
「い、いや、それはいいんだけど」
未だに事態を把握できずにいると、扉の向こうから声がかけられた。
「アスカ、起きたのかい?」
「あっ、ジャネットさん。起きました。今はリエールちゃんに髪を直してもらってるところです。それが終わったら行きますね」
「リエールちゃん? 誰か知らないけど分かったよ」
それからすぐに髪も整い、服を確認したら外に出る。今回の髪型はハーフアップのロングストレートだ。途中でバラの成分を配合した薬液も付けてくれて髪からはいい香りもしている。
「お待たせしました!」
「ああ、って決まってるねぇ。自分でやったのかい?」
「いいえ、リエールちゃんにやってもらいました!」
「さっきも言ってたけど、そのリエールちゃんって誰だい?」
「私ですジャネット様」
「ああ、バラの妖精のことだったのか。また名付けたのかい?」
「そういうつもりじゃなかったんですけど。やっぱり、お世話になってて呼ぶのに『バラの妖精さん』って言うのも違う気がして」
「アスカらしいねぇ。ま、今は朝飯にするとしよう。あんた、あたしらの朝食の用意をしてくれ」
「ただいま!」
ジャネットさんが伯爵家の人に声をかけると、すぐに準備に向かう。いいのかなぁ、私たちはただの冒険者なのに。
「まだ良く分かってないみたいだねぇ。あたしも飯はまだだから、食べながら説明してやるよ」
「お願いします」
食べながらお話しするのはちょっと行儀が悪いけど、昨日は途中で寝ちゃったから現状を早く知りたい私にはありがたい。
「それではこちらへ向かいましょう」
「あれ? リエールちゃんってこの邸について詳しいの?」
「先程はアスカ様に付いておりましたが、夜の内に建物内部は把握しております」
「すごいなぁ。またあとで案内してね!」
「はいっ!」
笑顔で返事を返してくれるリエールちゃんのあとについて行く。しばらく歩くと大きな扉があり、この奥が食堂なのだろう。
「アスカ様ですね? 連絡は受けておりますのでお入りください。ただ、食事の準備にはもう少しかかります」
「分かりました。ありがとうございます」
「「はっ!」」
扉の左右に立っていた騎士さんが敬礼したあと、扉を開けてくれた。昨日の騎士とは違ってこの人たちは妖精さんたちの誘拐事件と無関係のようだ。
「アスカ様、こちらへお願いします」
部屋に入るとメイドさんに案内され、テーブルの正面一番奥へ着席する。でも、ここって……。
「あの、ここって伯爵の席では?」
今回の問題を起こした人物なので、あえて敬称は付けずに質問する。
「元伯爵は現在、投獄されていると伺っております。その家族も昨日の夜の内に地下牢へと移しておりますので、現在その席にふさわしいのはアスカ様かと」
「ま、そういうことだから諦めな」
ジャネットさんに伯爵家のことを簡単に説明してもらった。なんでも、今回の件で関わった人間の中で、一番爵位が高いのが私のティリウス侯爵家だからだそうだ。いや、別に直系じゃないんだけどな。最大の決め手は精霊様と一緒に伯爵の悪事を暴いたからみたいだけどね。
「この度は我が王国、並びに領地が大変なご迷惑をおかけしました。国を代表してお詫び申し上げます」
この邸の執事さんから謝罪を受ける。どうやら私たちが昨日忍び込んでいた離れの方は、以前から伯爵が自分で管理しており、こちらの本館の人間は立ち入りも難しかったとのこと。
「いいえ、それに謝っていただくのはこちらのリエールちゃんを含めた妖精の皆さんですから」
私がそこまで話したところで再び入り口のドアが開く。
「アスカさん起きたんですね!」
「あっ、アウロラちゃん。今から朝食を食べるところだよ」
「私もご一緒しますね」
「うん」
追加で一人分朝食を頼んで、再び今の話へ。
「それで今、リックさんたちは大変なんですよね?」
「まあ、あたしらも三日後の船に乗り込むしねぇ。今はこの領地の管理をリックのところの大使に任せる予定で話をしに行ってもらってるのさ」
「えっ!? それっていいんですか? 別の国ですよね」
「まあそうだけど、妖精や精霊の事件は国家的な問題だからねぇ。連合国を形成してる一国家に負える責任じゃないし、リックの国はアダマスと国交もあるからその方がいいんだってさ」
そう言いながらもちょっとぶっきらぼうなジャネットさん。きっと、リックさんの身分とかちゃんと説明してもらってないから、すねてるんだろうな。
「アスカはリックの身分って知ってるのかい?」
「残念ながら私も教えてもらってないんです。でも、ジャネットさんに今度教えるって言ってましたよ?」
「本当かねぇ……」
私の言葉に疑問を持ちながらも、口の端をあげるジャネットさん。青春だなぁ。
「おっと、話が逸れたね。リュートの方はリックからの手紙を持って他の大使館に行ってるところさ。ちゃんとここの騎士もついて行ってるから、こっちも問題はないはずさ」
「じゃあ、私たちはその人が来たら宿に戻るんですか?」
「そんな! アスカ様はこの領地を救ってくださった方です。臨時の領主様が来られても、変わらずここにいて下さい」
メイドさんたちから一様に頭を下げられ困惑する。なんでも昨日リックさんから、『アスカがいなかったらこの町は精霊様の怒りを買い、今頃火の海だった』と説明されているらしい。この町は港町だけあって、天候が生活を左右する。だから、精霊様や自然への畏敬の念が強い。それもあって余計に今回の件では感謝していると言われた。
「成り行きですよ。アウロラちゃんに付いてきただけですから!」
「いいえ、他国の侯爵令嬢とは言えこの国では危険もあったはず。調査のために自らを危険にさらすなんて普通はできません!」
うんうんと他のメイドさんたちもうなずいている。そう言えば、私って事件の調査のためにリディアス王国からやってきた設定だったっけ。過大な評価が怖い。
「お話し中のところ申し訳ございません。お食事をお持ちしました」
まだまだ聞きたいことはあったけど、食事が来たということでひとまず中断だ。はたして出てくる料理はなんだろう?




