妖精と精霊
「よっと、戻って来たわね」
「シルフィード様、お疲れ様です。あっ、アスカただいま戻りました!」
「アスカ、大丈夫だったかい?」
「はい。イリス様のところに行っただけですから」
「そうかい。リックも……まあ、元気でよかったよ」
「いやぁ、済まないな! 心配を掛けてしまって」
「全くだよ……」
「こっちは問題なかったよ。ほら、騎士たちもあの通り」
「そっか。リュートもご苦労様」
リュートが指した先にはツタやロープで縛られた騎士達の姿が。誰もあの後は暴れていないらしい。
「アスカさん、おかえりなさい!」
「アウロラちゃん。みんなとは再会できた?」
「はい。これもアスカさんや精霊様たちのおかげです」
「うむ! そうじゃろう、そうじゃろう」
「感謝しなさいよ。無報酬でやってあげてるんだから」
そのシルフィード様の言葉に違和感を覚えた私は尋ねてみる。
「無報酬って妖精からの要請でも何かいるんですか?」
「ん~、まあね。この子たちは私たち超然的な存在と、あなたたち人間みたいな存在との間に存在する子たちなの。私たちを見ることも話すこともできるからこっち側として扱われているけどね。だから、この世界に積極的に介入する要請にはそれなりのものが必要ね」
「例えば?」
「そうねぇ……アウロラの場合だと冬と木漏れ日の妖精よね。その場合だと冬を貰うとかかしら?」
「冬を貰う?」
「要するにその子が持っている妖精としての在り方を貰うの。そうすることで私たちは自身の存在を強化できるでしょ? その対価として関わりましょうって訳。私たちも地上のことに関与して全くペナルティがないわけじゃないからね。今回のはやりすぎだから問題ないけど。それも、アスカのおかげで事情が直ぐに分かったからだし、その前なら何か貰ったかもね」
「そうだったんですね。でも、確かにこれだけ精霊様は強いですから仕方ないですね」
妖精たちはつるを作ったりして、今は騎士たちを抑え込んでいるけど、その誰もが精霊である二人には一歩引いている。それだけ存在の強さが違うのだろう。
「シルフィード様、ミネルナ様。今回は本当にありがとうございます。おかげで多くの仲間ともう一度会えました」
「ええ。まあ、感謝しなさい。ところで多くってことは全員じゃないの?」
「はい。知り合いもまだ数人。他にもここにいる中には私が知らない子もいるので、合わせると十人以上はいますね……」
「分かったわ。人間側の情報のまとめは私の眷属がやるから、あなたは妖精の方をお願いね。そこの大精霊様が力に成ってくれるから」
「えっ⁉」
「うむ。わしは湖底の大精霊じゃから、アウロラとは同じ水の存在。任せておくのじゃ!」
「ありがとうございます!!」
アウロラちゃんが感動の涙を流している。よかったね!
『あ~あ、あんなこと言ってるけど、実際はミネルナって水属性だけで氷は使えないのよね』
『あれ? そうなんですか』
私は急なシルフィード様からの念話にもティタとの会話で慣れていたので返す。
『ええ。でも、これでミネルナも氷が使えるわ』
『どうしてですか?』
『だって、今の言葉ってアウロラを眷属に置くってことだもの。眷属って盟約者の下ぐらいの立場だから、その力も少しだけど使えるのよね。あいつにとっては良いパワーアップかも』
そうなんだ。まあ、ミネルナ様の態度から単純に頼られて嬉しいんだろうけど、そうなるとファラちゃんにも影響を及ぼしそうだし、良いことだな。
「あっ、でもそれってシャルちゃんにも影響が……」
「ん? 何の話だい」
私はジャネットさんにも現状を説明する。実はシャルちゃんとフィル君が加護を貰ったことも含めて。
「あ~、まあ、その辺はエディンに任せてりゃいいだろ。あたしらがあっちに戻るわけにもいかないしねぇ」
「そうですね。じゃあ、お任せしちゃいましょう!」
いまさらこの件ひとつでエディンさんの苦労が減るわけじゃないしね。イリス様もいることだし。私はこれ以上の処理についてイリス様たちに任せることにした。
「とりあえず、今はこいつらをぶち込む檻が必要ね。えっと、そこの……」
「あっ、この子はバラの妖精です」
「そ、そんな! 私はバラの妖精って言っても大きいバラの花じゃなくて、ツタの小さい花しか見せられません」
「別に今はそれでも良いのよ。それに、バラのツタだとそいつらずたずたになるわよ?」
確かに、騎士がどこまで伯爵に同意してたかは分からないし、それはちょっとかわいそうかも。ただ、妖精を捕まえていたことを知っていたなら別に構わないけどね。
「じゃあ、今から特製の檻を作りますね」
そう言うとバラの妖精さんは見る間に丈夫な檻を作ってどんどん騎士たちを入れていく。檻から感じる魔力を考えると、人の力程度ではどうにもできそうにない。
「おっと、これでも安心はできないからこれを仕込んでと。ミネルナも描いとく?」
「いいのか? 昔のやつとかも久し振りに描きたいんじゃが……」
「……ちょっとそこに描いてみなさい」
「よいぞ!」
ミネルナ様が小さい魔法陣を描くと、それを発動させる。
「ええ……」
発動した魔法陣は上下に伸び、そこからものすごい水流が襲い掛かった。発動する時に感じた魔力はすごく小さかったので、これに魔力を多く込めたら岩どころか金属も簡単に貫通しそうだ。
「ミネルナ! あなたこんなの作ってどこで使うのよ!!」
「うん? じゃから試し撃ちをと思うてのう」
「もうちょっとまともな陣を作りなさいよ。暇だからってこんなの作り上げて!」
「でも、有用じゃぞ?」
「ちなみにこれどのぐらい魔力があればできるの?」
「う~む、400かの?」
「ダメじゃない! それ人間が使えるわよ。立体魔法陣をどうやったらそんなに効率化できるのよ!」
「どうやったらといわれてものぅ。長年の研究成果じゃ! 多分、四千年ぐらいはかけたかのぅ」
精霊様たちの会話を聞きながら私は長年が千年単位なんだと別のことに感心していた。
「本当に暇してたのね、ミネルナ。ちょっと見直したわ。だけど、二度と使わないでね。この技術は危険だわ。檻にかける魔法陣も私のやつだけにするわね。あなたたちもこの床みたいになりたくなかったら、暴れない方がいいわよ」
騎士達は一瞬でぼこぼこになった床を見て大振りに首を上下させる。まあ、ミネルナ様の水魔法の威力は見たわけだし、そうなっちゃうよね。その後は騎士たちを音の漏れない結界に閉じ込めて檻ごと端に追いやる。
「じゃあ、精霊が人と一緒にいてもあまり良くないし、後はこの邸の責任者のところに乗り込んで終わりね。リックって言ったかしら? あなたそこそこ偉いんでしょ。代わりに説明お願いね」
「承知しました」
リックさんが騎士の礼をしてシルフィード様について行く。私たちはこの人たちを監視できる環境をここに作るため居残りだ。ボロが出ても困るしね。
「リックさんまだですね~」
「そうだね」
あれから二時間ぐらい経った。一時間ぐらいで帰って来るかなと思ったら、なかなか話は長引いているようだ。早く寝たい……。
「アスカ大丈夫? 眠たくない」
「ちょっとだけ、ふわぁ~」
「アスカさん、寝て下さい。ベッドは用意するので」
「みんなに悪いよ」
「そんなことないさ。アスカは精霊様を二人も呼んだんだし、休む権利があるよ」
「バラの妖精、お願い」
「分かった」
バラの妖精さんはツタを器用に操って、たちまちツタのベッドを作り出してしまった。
「さあ、アスカさんどうぞ!」
「えっ、あっ、うん」
バラの妖精さんに乗せられるまま、私はベッドに横たわってみる。
「すごい! クッション性もいいし、ふかふかってわけじゃないけど、気持ちいい!」
「ありがとうございます。日持ちはしませんけど、造りはいいんです」
なるほど、元は植物だから枯れてきちゃうと、そこだけは残念だなぁ。
「アスカ、あんまり欲しそうにしないの」
「ジャ、ジャネットさん。顔に出てました?」
「まあ、疲れてるしね。それより、そのまま寝てな。顔にも疲れが出てる」
《にゃ~》
キシャルも私を心配してか休むように言ってくる。しょうがない、みんなにこれ以上心配かけるのも悪いし寝よう。
「それじゃあ、悪いけど寝させてもらうね」
「ああ、そうしなよ」
「アスカさん、ごゆっくり」
アウロラちゃんにも見守られながら、私は目を閉じた。自分が思っていたよりも疲れていたようで、私は直ぐに眠りについた。
「ようやく寝たか。シルフィード様、アスカはかなり疲れてたんだろ?」
「そうね。私とミネルナ、二人を召喚できるなんて並の魔法使いにはできないからね!」
ニンマリして言うシルフィードだが、誰もその言葉では笑わなかった。実際に精霊と知り合うだけでも奇跡的なのに、それを二人も呼びだす少女がいるなんて考えない方が健康に良いからだ。こうして、長い夜が明けた……。




