精霊の加護
「家名はこれですね。ああ、全く問題ありません。むしろ、リックさんの家名だとこちらが助かります」
「では、この件が終わったら父上と一度席を設けてくれ。それでうまくまとまるだろう」
「そうね。許せない出来事だけど、こっちとしては縁が出来たわね」
今は、リックさんとイリス様とアレンさんの3人で書類作りだ。みんな優秀なので私の出る幕はない。
「アスカ、ここにいてもしょうがないからもう帰る?」
「えっ!? 私は構いませんけどリックさん置いていくんですか?」
「ああ、そうよね。私は別にいいけど」
「よ、よくはありません。アスカもきちんと止めておいてくれ」
「は~い」
とはいうものの、やることもないし向こうの様子も気になるなぁ。こっちはこっちで大事なことは分かってるんだけど……。
「ふむ。そんなに暇ならこの子たちも協力してくれたことだし、お礼でもしましょうか。そこのあなた!」
「はっ!」
シルフィード様に呼ばれ、壁で控えていたテレサさんが返事をする。さすがはイリス様付きのメイドさんだ。急に呼ばれてもキリッと返事を返せるなんて。
「そこの夫婦の子どもは何人なの?」
「お嬢様のお子様ですか? お二人です」
「それなら都合がいいわね。呼んできて」
「はっ!」
もう時間は二十一時近いと思うけど、精霊様の依頼だからか当然のように呼びに行くテレサさん。それからすぐに二人を連れて戻って来た。一度は寝ていたみたいで、二人とも眠そうだ。
「来たわね。それじゃあ、こっちも用意しましょうか。ミネルナ聞こえるでしょ?」
『シルフィードか? さっきお前が急に男を連れていくからこっちは大変じゃったんじゃぞ?』
「あっ、説明してなかったからジャネットさん、心配してたんだ」
精霊様の前でも暴れるなんてよっぽどびっくりしたんだろうなぁ。
「それはあとで説明するわ。それよりこっちにこれそう? できたらちょっと来て」
『やれやれ、さっきといい今といい精霊使いの荒いやつじゃ。皆の者! しばし留守にするがおかしなことをせんようにな』
「いいわね? それじゃあ、来てくれる?」
「了解じゃ」
「わっ!?」
今度もゲートの魔法を使うのかと思ったら、急に部屋の花瓶からミネルナ様が姿を現した。そっか、ミネルナ様は水の精霊だからこういう移動方法もあるんだった。
「わっ、なにこの人? 急に出て来たよ」
「本当ね、フィル。気を付けるのよ」
「お、御二方とも。この方は……」
「いいわよ。なかなか分かる子たちじゃないの。ねぇ、ミネルナ」
「うむ。よく教育できておる」
「あ、ありがとうございます」
いままで今後の対応について話していたイリス様もさすがの出来事に驚いて答えた。
「お母様、こちらの方は?」
「あ、二人とも紹介するわね。あちらの方がシルフィード様で先程、水の中から現れたのはミネルナ様。どちらも精霊様なのよ、凄いでしょ?」
「ほんとに? 妖精さんじゃないの? ぼく、今日読んでもらったご本には妖精さんが出て来たよ」
「フィル、お母様が嘘を吐く訳ないじゃない。精霊様、初めまして。カーナヴォン子爵はイリスが娘、シャルローゼと申します。先ほどは弟が失礼いたしました」
「いいわよ」
「うむ、子どもの言うこと故、気にしておらぬ」
「ありがとうございます」
そう言うとシャルちゃんはカーテシーをする。おおっ! まだ七歳なのに立派な淑女だ。
「それでシルフィードよ、どうしてわらわを呼んだのじゃ?」
「理由はね、この貴族たちは一応今回の件とは無関係じゃない?」
「まあ、人間という意味では関係者じゃが、そう言えぬこともないの」
人間単位で考える精霊様の規模の大きさ。本当にアウロラちゃんと一緒に事件を解決できてよかった……。
「だから、今回妖精の解放と捜索に力を貸す、この領地の子どもたちに加護をあげようと思って」
「よいのか、シルフィード。加護は自分の力を使うんじゃぞ?」
「本当はそんな気なかったんだけど、事態が事態だしね」
「では、どちらがどちらじゃ? 魔法の属性は分かっておるのか?」
「か、加護って……」
イリス様も急な事態に驚いている。というか、今日改めて思ったんだけど、イリス様って急な出来事に対応が難しいのかな? 純粋な人だしなぁ。
「あっ、魔法の属性なら私が水と地属性で、フィルは火と地属性です」
「ほう? そうなのか。ならばちょうどじゃの。お主はシャルローゼといったか? わしは隣の領地のミネルナ村の近くに住んでおるから、気が向いたら尋ねよ。ではゆくぞ」
シャルちゃんにはミネルナ様が、フィル君にはシルフィード様がそれぞれ頭に手を置いて、何やらつぶやく。すると、二人の足元から大きな魔方陣が広がり、それが縮まっていく。
「すごい! あれだけ大きくて複雑な魔法陣がどんどん小さくなっていく」
当たり前のことだけど、大きな魔法陣で複雑なものは効果が高い。しかし、その複雑な魔法陣を小さくするのはもっと難しいのだ。分かりやすく言えば、パソコンと一緒だ。大きいのはある程度安くても性能が高いけど、ノートパソコンだと値段や品質を大きくあげないとそれだけの性能にはならない。びっしり書き込まれた魔法陣が2人の足元で定まると、やがて頭の方へと立体的に伸びていく。
「り、立体型魔法陣……実現可能だったの!?」
「人間にはちょっと難しいかもね」
イリス様の驚きに涼しい顔で答えるシルフィード様。いいなぁ~、あれってティタの作ってくれるものよりすごそう。
「残念じゃが、これを作るのには魔力が800は要るぞ?」
「はっ、800……」
私の思考を読んだのかミネルナ様から回答が飛んできた。今の魔力の二倍かぁ~。どう頑張っても無理そうだ。ただ、使っては見たいので今のうちに頭に焼き付けておこう。
「この光、綺麗……」
「ほんとだ! ぼくの方は赤く光ってる!!」
それぞれの属性のためか、シャルちゃんの方は青く、フィル君の方は赤く輝いている。そして二人の頭頂部まで陣が上がると、消えていった。
「これで終わりじゃな。フィルといったかの? お主の方は火の魔力がうんと上がったじゃろう」
「私の方はどうなのでしょうか?」
ミネルナ様の言葉に心配そうに質問をするシャルちゃん。
「シャルには悪いが、わしはミネルナ村を守る巫女を優先せねばならん。今お主に与えられる魔力は50ほどじゃ。お主が自然を愛し、その行動が届けばまた上がるかもしれんがのぅ」
「村の人を守るためなのですね! 私は大丈夫です。そんなに魔力を使う機会もありませんし」
「うんうん、良い心がけね。精霊に加護を貰ったからって調子に乗らないのは良いことよ。その力もずっと続くわけじゃないわ。あなたたちやその子孫が、自然への感謝の心をなくしたらすぐになくなるから気を付けることね」
「分かりました!」
「は~い!」
「シャルと、フィルが精霊様の加護を……」
未だ放心状態のイリス様に代わり、二人で元気よく返事をする子どもたち。まだ、どういう意味があるか分かってはいないだろうけど、この領地の将来を安心させてくれる二人だな。
「わしの用事は終わったが、そっちはどうじゃ?」
「あとはこちら側での打ち合わせだけですね。領地を移動しないといけないので、今日にはこれ以上難しいです」
そんな間もリックさんと打ち合わせを進めていたアレンさん。こっちはこっちですごいなぁ。
「そうか。ではシルフィードよ。わしらはもう帰るとするか」
「そうね。これからどうなるかはエディンとアウロラを通じてみるとしましょう。と言う訳でエディン!」
「はっ、ハイッ!」
テレサさん以上に壁の花となっていたエディンさんはいきなり名前を呼ばれて驚く。まあ、周りにいるのは領主とか精霊様だからしょうがないよね。私もほとんど話に加われてないし。
「そういうわけだからあなたはこの件について必ず同行するのよ? 私はあなたを通して、ミネルナはアウロラを通して事態の流れを掴んでいくから」
「承知しました!」
エディンさんは苦労人だなぁ。イリス様のメイドなのにシルフィード様にも仕えないといけないなんて。
「そういえばいくら隷属関係にあるとしても、あなたにも褒美をあげないとね」
「い、いえ、そのようなものは……」
「いいからいいから。じゃあ、暇な時に頭に私が聞いた話とか見て来た話を流してあげる。お話好きでしょ?」
「そ、それはまぁ」
そう言えば、私たちが来た時に机の上に本を一冊置いてたっけ。タイトルはと……『夢で逢った王子様は現実世界の私の婚約者!?』あっ、こういう本読むんだ。私が机の上に視線を動かしたのに気づいたのか、エディンさんとばっちり目が合う。
「あっ……」
「こ、これは違うんです!」
「あら、この本。別にいいじゃない、最近巷で噂の本よね。流行を追うのもいいことよ」
「そうですよね! そうなんです!」
イリス様のフォローによって水を得たのか、元気よく答えるエディンさん。
「さて、報酬の話も済んだし帰りましょうか。アスカ、戻るわよ。そっちの男も来なさい」
「はっ!」
「では、わしは先に帰るぞ。またな、シャル」
「はい! 今日はありがとうございました」
シャルちゃんにだけ挨拶をして帰っていくミネルナ様。こういうところもやっぱり人間とはちょっと違うみたいだ。ミネルナ村だと、みんなが信仰していたから割とフレンドリーだったんだなぁ。
「じゃあ、私たちも帰りましょうか。じゃあね、エディン。フィル」
「はい」
「またね~、精霊様」
エディンさんは頭を垂れ、フィル君は元気よく手を振りながら私たちを見送る。
「それじゃあ、イリス様。アレンさん。あとは頼みます」
「ええ、任せておいて」
「あっ、お嬢様。当然ですがレイバン領にはお一人で行くのですよ」
「なんで!? アレンは?」
「アレン様には領主の仕事がありますからね。事の説明をアレン様からになるとまた話がもつれるでしょう?」
「うっ! テ、テレサは……」
「私はお嬢様に仕えるメイドですので」
「やったぁ!! あっ……」
「お母様ったら」
娘に少し冷視な目線を向けられるイリス様を見ながら私たちはセリアレアへと戻った。




