事件をめぐるサミット
「全く、大体個人の部屋に呼ぶなんて……ってアスカじゃない!」
「こんばんわ。ご無沙汰してます」
「どうしたのよ、あなた。アダマスから船に乗るんじゃなかったの?」
「それが色々とありまして……」
本当に色々あった。ここにもしばらくは来ることもないと思ってたし。
「アスカがここにいることもだけど、後ろの少女は誰なの?」
「私? 私はシルフィードよ」
「シルフィード? どこかで聞いたわね……」
「イ、イリス様! 先日ご報告いたしましたフェゼル王国の精霊様です!!」
「せ、せせ、精霊様!? それを早く言いなさいよ、エディン! はは~、とんだご無礼を……」
イリス様は時代劇の町人よろしく、見事な土下座を決められた。前世でイリス様も見てたんだなぁ。私がそんな場違いなことを思っていると、シルフィード様が一歩前に出る。
「うむ、くるしゅうない。面を上げ~!」
「はは~!」
「イリス様、何ですかそれ?」
一応主の手前か、同じように土下座をしていたエディンさんがイリス様にたずねる。
「いい、こういう時は必ずこうするものなのよ。覚えておきなさい!」
「はぁ……」
いまいち納得がいかないエディンさんをしり目に、イリス様が言葉を続ける。
「そ、それで、精霊様がアスカを連れてどのようなご用件でしょうか?」
「その件だけど、ちょっと人間のしたことで面倒が起きてね。アスカが信頼している貴族の貴方にやってほしいことがあるの」
「なんなりとお申し付けください」
「あ、あの~」
「何、アスカ。今私は立て込んでいるの」
「イリス様、そんなに精霊様は偉いんですか?」
いくら精霊様が偉いといっても、生きる世界が違うからそんなに気遣う必要があるのだろうか? 確かに実力はすごいけど、前みたいにディーバーンから領地を救ってもらったわけでもないのに。
「当たり前でしょ? 精霊様は神様と各大陸を守護する神獣様を除けば、他に比類なき存在なのよ。何なら大貴族でも一生のうちに一度お目通りできるかどうかなの」
「そ、そうなんですね。知りませんでした」
どうやら、精霊様は存在自体が神聖視されているようだ。でも考えてみたらミネルナ様も神様として祭られていたぐらいだし、そう考えると妥当なのかな? そういえば精霊様には手出ししないような法律もあるんだっけ?
「イリスと言ったわね。聞いているかもしれないけど、アスカは私の名づけ親だから、その辺もよろしくね」
「へっ!?」
シルフィード様の言葉でイリス様がこっちを見る。あの目は『なんでそのことを先に言ってくれないの!』という非難の目だ。でも、特に言う機会とかなかったしなぁ。
「え、えっと、ちょっとだけ人を追加してもいいよろしいですか?」
「私は話がスムーズに進めば別にいいわよ」
「で、では失礼します!」
ピューンという表現が最適なスピードでイリス様は部屋を出ていった。そして2分後、夫のアレンさんと専属メイドのテレサさんを連れて来た。
「こ、こちらが、夫のアレン。政治や外交など私より優れております。そしてこちらは私の精神安定剤のテレサです。同席を許可いただけますか?」
「お嬢様。二児の母となられてもそのようなことをまだ……」
「だ、だって、精霊様からのご依頼よ? しょうがないじゃない!」
「……精霊様? そちらの少女がでしょうか?」
「ええ、改めて自己紹介するわ。私はフェゼル王国の泉に住む精霊シルフィードよ。アスカの盟約者で、今回は貴方たちの力を借りたくて来たの」
「そうでしたか。私はイリスの夫のアレンと申します。どうかご依頼内容をお聞かせ願えますか?」
「あら、貴方は話が早そうね。じゃあ、アスカ説明して」
「私でいいんですか?」
てっきりこのままシルフィード様が説明するかと思ったのに。
「当たり前じゃない。私は最後にしか絡んでないんだもの。アスカの記憶を見て言うことはできるけど、貴方の思いや人としての考えは分からないわ」
そういうものなのかなぁ。シルフィード様も人間っぽいけど。
「じゃあ、説明しますね。ことの始まりは…」
こうして私はアウロラちゃんに出会ってからのことをかいつまんで、イリス様たちに話した。
「なっ、何よそれ! 妖精たちにそんなひどい仕打ちをしてたなんて、許せないわね! アレン、今すぐそこに転がってる首謀者をアダマスに突き出してやりましょう」
「イリス落ち着いて……」
私の話を聞くと、まるで自分のことのようにイリス様は怒ってくださった。心なしか後ろで控えているテレサさんの表情も厳しく見える。いつもは冷静なのに。
「何で落ち着けるの? 絶対許せないわ!」
「確かにそうだけど、うちの領から伯爵をアダマスに突き出すのは得策じゃないよ」
「どうしてよ?」
それは私も気になった。首謀者を捕らえているんだからそのまま突き出して、裁判にかけてもらって被害者の妖精も捜してもらう。私もそれが一番だと思っていたからだ。
「落ち着くのは難しいと思うけど、まずはイリスの身分が問題だ。イリスはリディアス王国の子爵。これは良いよね?」
「まあ、そうね」
「そして、この領地でアダマス連合国家に隣接しているのはごくわずか。マルディン姉さんのいるサーシュイン領も、強い魔物がいてアダマスとはほとんど関わりを持ってこなかった」
「それがどうしたのよ」
「だから、このカーナヴォンの領主がアダマスの妖精騒ぎに口を出しても、不自然なんだ。かつては敵対していた国同士の下位貴族からの報告。最悪、伯爵を処分して妖精の捜索を約束させるだけで終わりかもしれない」
「それじゃあ、ダメなんですか?」
それだけでもよくはないけど、一時的には十分に思える。
「アスカさん。妖精というのは精霊様と繋がっているものもいるんだ。そして、今回本当に精霊様の怒りを買ってしまった。これは大問題だ。たかが、連合国家を形成する一国家の伯爵の処分だけでは世界中が納得しない。そういう流れに持って行かないと、繰り返される可能性がある」
「繰り返されるのは困るわ。今回はアスカの手前我慢したけど、次は周辺の町ごと潰すわよ?」
シルフィード様の表情が真剣だ。それだけ妖精たちを思っているんだろう。
「我々もそのことは承知致しました」
「で、それならどうするわけ?まさか、帰しちゃうの?」
「とんでもない! イリスには頼りになる人がまだいるだろう?」
「頼りになる人? 陛下かしら?」
「さすがに一報で陛下は不味いよ。義兄上だよ」
「お兄様?」
「うん。レイバン侯爵を継いだイリスの義兄上なら、領地もアダマスに大きく接しているし鎮護の家。国境の村で異変があると報告を受け、調査をしたということにすれば違和感もない。その結果、アダマスの妖精騒ぎを知り調査隊を秘密裏に派遣したことにするのさ」
「でも、調査隊ってアスカたちのことでしょ?それはどうなの」
「そこはアスカさんのお父上の身分を使わせてもらえるとありがたい」
「お父さんの!?」
話を聞いていて、急に自分のことになったのでちょっと驚いてしまった。
「ああ、フェゼル王国の侯爵家に連なる娘が、たまたま滞在していてその話を聞きつけた。そして、義憤に駆られ調査隊に加わったということにできればいいと思っている。それなら、かつて敵対関係にあったアダマスとリディアス王国という図式に、第三者の国が加わりある程度公平な目で世界中も見るだろう」
「ある程度?」
「残念ながらというべきかフェゼル王国とリディアス王国は最近国交を結んでしまったからね。全くの公平性はなくなってしまったんだ。かといって、これ以上貴族の知り合いは……」
そこでアレンさんは言葉を区切った。ん? そういうことならいい感じの人がいるかも。
「私、その人に当てがあります!」
「本当なのアスカ? あなた貴族とはあまり関わり合いになりたくないって言ってたじゃない」
「それはそうなんですけど、貴族だってわかったのがあとというか……」
「何でもいいけど、その人の協力がある方がいいのよね? 連れてくるわ、誰なの?」
「リックさんです。多分、それなりの爵位の家の生まれだと思います。それに、一度アダマスへ訪れたことがある人なんです。それだったら公平性が保てるんじゃないでしょうか?」
「本当かい? それは一番いい条件かもしれないね。シルフィード様、どうかリックさんという方をお連れ願えますか?」
「いいわよ。えっと、あの騎士よね。ここかな?」
「うわっ!? 空間が歪んでる……」
「初めて見ましたね、お嬢様」
「あんたはもう少し驚きなさいよ」
「私は精神安定剤ですから」
そんな主従のやり取りをしているうちにリックさんがこっちにやって来た。
「こ、ここは……?」
「リックさん、こんばんわ」
「アスカか。俺は一体どうして?」
「君がリックさん? 僕はカーナヴォン領領主のイリスの夫のアレンだ。訳あって君の家名を貸してもらいたい」
「どういうことだ?」
いきなり、こっちに呼ばれて困惑しているリックさんにアレンさんが説明する。アレンさん、本当にできる人だなぁ。イリス様が頼りにするわけだ。
「なるほど、話は分かった。精霊様のお役に立てるなら我が家も力を貸そう。といっても、できることは家名を出すことだけだが」
「いえ、それだけで十分です。では、家名の方を……」
「筆記でも構わないか?」
「問題ありません。ですがなぜ?」
「アスカにあまり知られたくないのでな。ジャネットに言われそうだ」
「あ~、確かにこの子ならいいそうね。ジャネットってあの女剣士よね。ああいうのが好みなの?」
「運命を感じている」
「あっ、そう」
リックさんのイケメン回答にさらりと受け流すイリス様。どっちも凄いなぁ。というか、リックさんの口から初めてそういう話を聞いたかも?
「アスカ~、今はそういう話じゃないわ」
「はっ! すみません、シルフィード様」
「別に私はいいけど。ここで話がまとまらなかったら、帰ってミネルナと暴れるだけだし」
「それはダメです!」
やはり、シルフィード様たちはお怒りのようだ。




