合流と正体
「侵入成功!」
「そうだねぇ。後はアウロラのやつを見つけてこんな無茶をした理由を聞き出さないと」
「そうだな。まさか貴族街に入るとは思わなかった」
「アスカ、場所はどう?」
「んとね、この先の方みたい。奥の建物に向かってる」
「おいおい、そこはまさしく伯爵邸だぞ。すぐに止めた方がいい。警備はもちろんだが、魔道具も設置してあって、絶対に見つかる」
「それが目的かもねぇ」
「でも、なんでそんなことを……」
「それは大事にならないようにしてからだね」
私はジャネットさんの言葉にうなずくと、伯爵邸に向かって進みだした。
「ん? 今気配が……」
「どうした?」
「今誰か通らなかったか?」
「誰もいないみたいだが?」
「気のせいか」
ふぅ~、危なかった。どうやら見張りに配置されている兵士さんも、入り口とはレベルが違うようだ。姿を見えにくくしているのに気づきかけるなんて。
「全員を飛ばしたいけど、魔力の流れを読まれる恐れもあるし……」
ただでさえ光学迷彩もどきで魔力も使っているのに、これ以上の併用はアウロラちゃんに気づかれる心配もある。そうなったら元も子もない。大胆かつ慎重に行かなければならないのだ。
「このまま進むと見つかるかもしれないねぇ。あいつ、さっきからこっちに目が合ってきてる」
「どうします?」
「ひとり空に飛んで注意をそらしてもらうか」
「それって……」
「もちろんリュート君が適任だ。なにせ、途中離脱しても困らない」
「ひどいけど当たってますね。軽くやってきます」
リュートはそういうと空に飛び上がり、胸元から何かを静かに投げる。
トン
「むっ、何の気配だ?」
感のいい兵士は音に気が付くとその方向へ向かう。私たちはその隙に一気に通り過ぎた。リュートも気づかれないように空を飛んであとからやって来る。
「緊張した……」
「その割には一発だったじゃないか」
「ばれたら僕一人のことじゃないですからね」
「ありがとう、リュート。危ないこと頼んじゃって」
「いいよ。それより、早く行かないと」
「そうだね」
私たちはさらに奥へと進む。そしてしばらく進むと…。
「アウロラちゃんの動きが止まった。どうやら邸の正面じゃなくて奥の離れに行くみたいです」
「離れに? 流石に正面突破は諦めたのかい」
「いや、そうとは限らん。これだけの相手だ。正面には間違いなく魔道具が張られているだろうし、そもそも目的はそちらにあるのかもしれん」
「ひとまずは近づいてみましょう」
私たちも急いで離れの方に向かう。すると今まさに離れに立ち入ろうとするアウロラちゃんが見えた。しかも、その向こうには魔道具で作られたと思われるバリアのようなものが見える。
「ティタ、あれって……」
「魔道具で作られたバリア兼侵入者警報装置ですね。アウロラの魔力操作でなら何とか通り抜けられるかもしれません」
「だけど、無理かもしれないんだろ? 止めるよ!」
ジャネットさんたちとすぐに駆け寄って声をかける。
「アウロラちゃん待って!」
「ア、アスカさん……どうしてここに?」
「アウロラちゃんの魔力を辿ってきたんだよ。それよりこんなところに入っちゃダメ。危ないよ?」
「いいえ、ここには仲間が捕らえられているのです。退くことはできません」
アウロラちゃんは決意を目に宿して答えた。
「仲間? それに伯爵が捕らえるだと」
「そうよ。私は仲間を取り戻しに来たの」
「待ちな。ここで話はなんだ。あっちの小屋の裏に一旦下がるよ」
ジャネットさんの提案で私たちはアウロラちゃんの目的を聞くために後ろの小屋の裏手まで下がる。
「んで、攫われた仲間っていうのは?」
「文字通りよ。私はあなたたちがアダマスといっている国の南部に住んでいたの。そんな私たちの元にあいつらが現れた……」
「あいつら?」
「ここの伯爵家のやつらよ。本来なら私たちが集まって負ける訳はないの。でも、どうしてか分からないけど、あいつらには私たちの力が効かなかったの」
悔しさをにじませて言うアウロラちゃん。
「私たちの力って、もしかして最初に使った氷魔法のこと? あの魔法ちょっと普通じゃなかったよね?」
「はい。アスカさんの言う通りです。私たちが普段使っているのは人間が〝精霊魔法〟と呼ぶものです」
「精霊魔法……アウロラ君はまさか」
「残念ながら精霊様ではないわ。私はそれより下位の〝妖精〟に当たる存在」
「妖精。だから、アウロラちゃんって背中に羽根があったんだね」
「えっ!? アスカさんって私の羽根視えてたんですか?」
「うん。みんな見えないって感じだったから言わなかったけど……」
「お、おかしいですね。魔力の大小じゃなくて、普通の人には視えるはずがないんですけど……」
何故か私の発言に驚くアウロラちゃん。今まで行動を共にしてきた中で一番驚いているかもしれない。
「ねぇ、アウロラちゃん。それってそんなに変なの? ティタも見えないってことは魔物も見えないとか?」
「あ~、魔物には視えます。正確には自然と共生する種族で、私たちより魔力が大きいことが条件ですけど」
「自然と共生ってどういうことだい?」
「例えば、ウルフ。あの子たちは自然の中で生活しているけど、別に森がなくても生きていけるわよね? ああいうのは違うわ。森がなければその存在が隠せないトレントや、そこのゴーレムみたいに岩なんかから魔力を摂って生活する種族ね」
アウロラちゃんがジャネットさんの質問に答えてくれる。
「でも、ティタには羽根が見えなかったんだけど……」
「そこのゴーレムの魔力が私より低いからです。高くないとまず視えません。それに高くても魔力操作が一定以上に達していないと視えません。そういう意味でどうしてアスカさんが視えるのか……」
「そ、その話はまた今度ね。それより今はこれからのことだよ。アウロラちゃんは精霊魔法が通じないのに何でここへ来たの?」
私は強引に話を逸らしながらも、聞きたかったことを尋ねる。
「私も最初はダメもとでこの町まで来て、何とか協力者を探すつもりでした。でも、アスカさんに会ってここに来ることを決めたんです」
「えっ!? 私の行動がアウロラちゃんをここに来させたの? な、何かしたっけなぁ……」
まったく身に覚えのないことを言われ、しばし思案する。すると、アウロラちゃんの方から教えてくれた。
「アスカさんが初めて私に会った時のことを覚えていますか?」
「初めて会った時? えっと、私が適当に名前を読んだことかな?」
思い当たるのはそれしかない。でも、それが何だっていうんだろう?
「はい。私たち妖精や精霊様ですら、低位の存在は名前を持ちません。それは生活する中で名前が不要であることが大きいんです」
「名前がいらないの? でもそれって大変じゃない。誰を呼んでいいか分からなくなりそう」
私は頭の中でその光景を思い浮かべる。私とリュートとジャネットさんとティタとリックさんにキシャル。身長でいえば話しかける時にティタとキシャル以外には顔を上げないといけない。そうなると、3人とも自分のことかと勘違いするだろう。逆にティタとキシャルに話しかける時はどっちか分からなくなる。すごく大変そうだ。
「あっ、私たちは魔力の扱いに長けているので相手に向かって糸のような魔力を伸ばすので大丈夫です。それに花の妖精たちなら〝個〟という感覚が薄いから誰に話しかけても大丈夫ですよ」
ん~、群体鳥のような感じかな? 個体としては分かれているけど、群れとして行動するからその中の誰に伝えてもいいみたいな。
「それで、なんでアスカが名前を付けただけでここに来る気に?」
あっ、そういえばその話の途中だった。興味が移ってしまったことに私は心の中で反省する。
「私たちは名前を付けられることによって、付けた相手の力を貰うのよ。そうでないと私たちにメリットがないでしょ? 名前なんてなくても困らないんだから」
「付けた相手の力ってどういうもんだい?」
「基本は魔法の属性ね。別に体格とかが変わるわけじゃないから」
「アスカの魔法というと、火と風か」
「まあ。私は氷の妖精だから火は使えないけどね。それに、妖精や精霊様が人と繋がると、その人の経験を見ることができるの。これは相手がロックをかけていない場合だけだけどね」
「それじゃあ、あんたのマナーがいきなり良くなったのって……」
「アスカさんの記憶から人の食べ方を教えてもらったのよ。魔法も人の魔法の使い方を学んだの。だからここに来たのよ。私たちの精霊魔法は通じないけど、この人間の魔法ならってね」
「あっ、そういうことだったんだ。でも、さすがに一人は無茶だよ」
「だけど、これ以上はご迷惑ですし」
「確かに大変なことだけど、アウロラちゃんとその友達のためだよ。もっと頼って!」
「アスカさん!」
私はアウロラちゃんと抱き合って絆を確かめ合う。すると耳元で呟いて来た。
「空間魔法とか光魔法のことは黙っておきましたから」
「あ、ありがとう」
本当に助かる。特に空間魔法なんて自分でもほとんど使えないからなぁ。
「それでこの後はどうするんだ? 結局ここからどうしようもないだろう?」
「いいえ、アスカさんたちが手伝ってくれるならもう少し状況は良くなるかも」
「何か考えがあるのか?」
「うん。これならあのバリアの中にみんなも入れると思う」
「そういえば、バリアがあるんだったね。ティタ、このまま気づかれずにあの中に入れるのは誰だい?」
「ご主人様と私とアウロラだけですね。他の方は無理です」
「リックでも無理なのかい。それで方法ってどんなだい?」
ジャネットさんの言葉にアウロラちゃんが自分の作戦を説明してくれる。
「それは……大丈夫なのか?」
「うん。これで私の位置をアスカさんが辿れば到着できるし、最初の段階でみんなも中に入れる」
「だ、だけど、危険だよ?」
「大丈夫です。あいつらは私に価値を見出してるから」
「アスカ、アウロラの言う通りなら事態は一刻を争う。他に手はない」
「それはそうですけど……」
そうはいうものの私に代案は思い浮かばず、アウロラちゃんの作戦を実行することになった。




