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港町の手前で

 あれから三日、私たちは北側のルートを使って進んでいた。


「ん~、結局いくつか町に寄りましたけど、あんまりいいのなかったですね」


「まあ、あの規模じゃねぇ。どこもレディトぐらいの規模で交易路も連合国家でばらけちまってるしね」


 そう、普通の国だと商人さんは自分の住んでる領地に本拠地を構え、国内にも支店を持ったりする。でも、このアダマスは連合国家で小さい国を跨ぐごとに検問があるため、なかなか大きい商会が生まれないのだ。そういう事情もあり、店の商品も安定しない。珍しいものがあると思ったら、普通に置いてあるはずのものがなかったりした。


「この国で暮らすのは大変そうですね。今はイリス様がくれたこの乗船証があるけど、なかったら移動が大変そうです」


「まあそうだねぇ。でも、アスカのことだからどうせ外に出ないだろ?」


「うっ、確かにそうなるかも……。でも、きっと落ち着いて家を持ったら出歩きますよ」


「本当かねぇ。アルバにいた頃でも引きこもってたのに」


「ほう? アスカは長く暮らしていた町にいたころからあまり外に出なかったのか?」


「出てましたよ! ただ、細工の依頼とかもあるからちょっと機会を逃すこともあったんです」


「まあ、給仕とかで忙しかったもんね」


「そうそう。宿のお手伝いがね」


 そんな話をしていると、今日の宿がある町についた。


「ここでも店を見るかい?」


「う~ん、もういいです。夕食までの時間は細工してます」


 ということで、町で宿を取ると私は細工に勤しんだ。


「今日はアラシェル様たちの像にしよう。たまに作っておかないと急に必要になることがあるかもしれないし」


 宗教というか神様関連の像は、結構一気に注文が入ることが多い。その地方でまとまって不足していることがあるからだ。前にもグリディア様の像をいっぱい欲しいって言われたこともあるし、今のうちに確保しておかないとね。


「ついででもいいから、アラシェル様やシェルレーネ様の像も勧めたいし」


 神様たちの強さは信仰心だけど、ひとり一神というわけでもなく一緒に祈ってもらえるときちんと力に成るからね。


「今は実りの季節の前だし、〝稲を育てる三女神〟にしよう」


 この細工はアラシェル様が祈り、グリディア様が警備し、シェルレーネ様の水によって育ったコメを描いた作品だ。どの信者の人にも他の神様はもとより、コメもアピールできるという素晴らしいものになっている。


「ただ、今のところコメの流通に関して言うと、飼料扱いがほとんどなんだよね。原因はほとんどの種類が野生種なことだけど」


 端的に言ってしまえば美味しくないのである。私が前世で食べていたご飯は品種改良の元、選び抜かれたコメたちだ。それこそ銘柄の書いていないものでさえ、戦いを勝ち抜いてきたものたちなのである。一方、アルトレインのコメはまだ赤子レベル。幸いにして私の元にエヴァーシ村から送られている品種はそれなりにおいしいからましだけどね。


「今度イリス様に種もみを送って何とかしてもらおうかなぁ?」


 イリス様は商品開発とかもしていたバリキャリな人だし、何とかしてくれるかも? そんなことを考えながら、スケッチを見て神像を作っていく。



「アスカ、そろそろご飯に行くよ」


「あ、うん。ちょっと待って」


 リュートの呼びかけで、作業をいったん中断してごみを片付ける。


「お待たせ!」


「じゃあ、下でジャネットさんたちが待ってるから行こう。リックさんが探してきた店だって」


「うん」


 そのまま下に降りると、全員が揃っていた。


「アスカ、遅いぞ」


「すみません。つい、集中しちゃって」


「じゃあ、行くとするか」


「あっ、そういえばアウロラちゃんは大丈夫ですか?」


 リックさんが探してきたということはお肉とか出る店だろうし。


「はい。メニューに野菜があるのは確認してるらしいです」


「そうなんだ。だったら大丈夫だね」


 リックさんの案内でついて行った店は大衆食堂。ただし、ちょっと違うのはテーブルが大きめということだ。家族で外食っていう文化のない国が多いので、多くの店は二,三人用中心で、あとは冒険者用の店が大きめのテーブルを採用するぐらいだ。町の人向けではちょっと珍しいかな?


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 店に入ると店員さんに案内されテーブルに着く。見た感じ四割が冒険者、残り六割が街の人って感じかな? やっぱり、冒険者的にも大勢で座れるのが人気みたいだ。


「メニューはと……」


 出されたメニューを見ていく。う~ん、結構メジャーなものばかりだな。


「あっ、トマト焼きにデミグラスシチューがある! これにしよう」


「私はこれとこれとこれで」


「あっ、アウロラちゃんも決まったの?」


「はい。私の食べられるものが少ないのもありますが、いくらか食べた中でおいしかったものを選びました」


「そっか、よかったね」


 ただ、野菜だから食べるんじゃなくて好きなものが出来てよかった。やっぱり、町に出てきたんだから美味しいものも食べてほしいし。


「じゃあ、店員さんが来たら頼むね」


 私がトマト焼きとデミグラスシチュー、それにつけ合わせのパン。アウロラちゃんはミックスサラダに果物と温野菜だった。


「アルナたちも来れたらよかったのに」


「まあ、あの子たちには後でたんまり土産を買っていってやればいいさ」


 今回は大衆食堂で、色々な人が利用するから小型でも従魔は難しいとのことで、アルナたちにはお留守番をしてもらっている。ジャネットさんの言う通り、きちんとあとで買って帰ろう。


「お待たせしました」


 みんなでお話をしていると早いもので順次料理が運ばれてくる。ジャネットさんたちはそろって肉ばっかりだったので早いと思いきや、厚切りの肉だったみたいで私とアウロラちゃんの分が先に来た。まあ、私は食べるのが遅いから助かるけどね。


「じゃあ、先で悪いですけど、いただきます」


「いただく」


 アウロラちゃんのちょっと不思議ないただきますを聞いて吹き出しながら料理を口に含む。


「んっ、おいしい! やっぱり色々野菜が入っているからか甘いや」


 それに肉もほろほろに煮込まれていて口の中で簡単にほどけていく。これは当たりの店だったな。ちなみに今はデミグラスシチューを食べているけど、滅多にクリームシチューは食べられない。魔物が跋扈しているこの世界では牧畜というか畜産業自体が大変で、ミルクもなかなか高価だからだ。ジュムーアが牛に近いけど、あれも乳牛とか肉牛とか細かく分類するまでには至らないのがほとんどなのだ。


「そう考えると、デミグラスシチューは最適解なのかも?」


「どうかしましたか?」


「ううん。アウロラちゃん、そっちはどう?」


「おいしいです。生の野菜もいいですが、少しだけドレッシングをかけるのもいいですね


「でしょ? ちょっと変わった味になっていいよね。苦手な味も優しくなるし」


「こちらお待たせしました」


「おっ、ようやくか」


 私たちが話しながらゆっくり食べていると、ジャネットさんたちの元にも料理が届く。あっちはあっちでおいしそう。


「だけど、この香ばしい匂いはちょっとね」


 私は指先から風の魔力を放出して、こっちに匂いが来ないように調整する。


「?」


 リュートだけは風魔法が使えるから気づいたみたいだけど、私は口元に人差し指を当てて内緒にねとサインを送った。私のサインが分かったみたいでリュートは知らないふりをしてくれるようだ。


「あっ、そういえば……」


 料理を食べ始めて数分、落ち着いてきたのかふとジャネットさんがこっちを見て質問してきた。


「アウロラ、あんたこのひとつ前の村……フェネクタだっけ? あそこの村で夜に出歩いてたけど、どうしたんだい?」


「あっ、それは……知り合いに会いに行ってました」


「知り合い? アウロラちゃんって出身の村から出たことあったの?」


「いいえ、以前遊びに来てくれた子がいたんです。それで、村の外れに住んでいるといっていたのです」


「そうだったんだ。言ってくれれば時間を取ったのに」


 悪いことしちゃったな。きっと、長い間会ってなかったはずなのに。


「いえ、彼女は留守でした。それに、私は急ぎですから」


「そ、そう?」


 いくらかアウロラちゃんの目つきが鋭くなった気がするけど、気のせいだろう。それにしてもせっかく立ち寄った村で会えないなんてタイミングが悪かったな。


「なるほどねぇ。おっと、料理が冷めちまうな。ほら、アスカも食いなよ」


「あっ、はい」


 ジャネットさんから肉をひと切れ貰って口に含む。


「ん、こっちのお肉も美味しい! こっちは少し歯ごたえがありますね。シチューの方はとっても柔らかかったですよ」


「ふ~ん、どれどれ」


「あっ!?」


 私の言葉に興味を持ったのか、ジャネットさんが見事な槍……フォーク捌きでお皿の中の肉を一突きして口に運ぶ。


「ああっ!?」


「おっ、本当にうまいねぇ。こりゃあ、こっちも注文しておけばよかったかな?」


「ジャネットさんが私の食べた……」


「あっ、ほら、アスカ。こっち食べてみてよ。美味しいから」


「本当だ。でも、歯ごたえがある肉だね」


「わ、悪かったよ。ほら、機嫌直してこれ食べたらアルナたちの食事を買うよ」


「そうでした! みんなもお腹空かせてるだろうなぁ」


 まだお預け状態の子たちのことを思い出して、私たちは夕食を済ませたのだった。




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