新たな町へ
宿に戻ると私たちは各々夕飯まで自由に過ごす。
「そういえば、夕飯はどうします?私とアウロラちゃんはさっきの店でいいですけど」
「う~ん、もうちょっと探そうかねぇ。リックはどうだい?」
「そうだな。確かに俺も明日以降に備えて食べておきたい。少し見てくるか?」
「じゃあ、あたしらはそういうことでちょっと店を探してくるよ。遅かったら夜はそのまま食べててくれ」
「分かりました。リュートは?」
「僕は同じ店でいいよ。ちょっと味で気になることがあったから」
「じゃあ、時間になったら一緒に行こうね。アウロラちゃんはどうする? 一度部屋でゆっくりしておく?」
「そうですね。食事の時間になったら来て貰えれば」
「分かった。時間になったら呼びに行くね」
「あたしらは外に行ってくるね」
「は~い」
ジャネットさんとリックさんは直ぐに身支度をして出ていった。二人とも街へ出る時にあんまり普通の服を着ないな。色々着たら似合うと思うのに。
「それじゃあ、私は細工してようかな?」
にゃ~
「キシャルはお代わり? でも、しばらく続くよ?」
にゃ!
焼いた肉が食べられないから追加が欲しい? ううん、まあ食べたいならいいか。まだいっぱいあるし。
「それじゃあ、一切れだけだよ」
私はマジックバッグの中からサーロインステーキを150gぐらい出す。これが一切れ? と思うけど、キシャルは二枚とか平気で食べるからね。
「さて、私は細工に移ろう。アルナが起きないように結界を張ってと……」
音が漏れないようにして私は細工に移る。今回の題材はポーチュラカだ。しっとりとした花びらに中央の黄色い部分。中央の部分は細かいけど、今日はここを黄色い守り石にする。
「守り石なら一度だけだけど、強力な守りの力が発動するし贈り物にはぴったりだもんね!」
早速、以前に書いたスケッチからポーチュラカのページを探し出してイメージする。そして、ひとつはオーク材を使って形を魔道具で整えたあと、手彫りで。もうひとつに関しては最大の効果を発揮するために銀で作る。
「手彫りのものも作らないと細工の腕もさび付いちゃうからね。さて、まずは銀の方を……」
先に銀の細工を作るのにはわけがある。完成までの時間が短いからということと、彩色をするためだ。手彫りの方もできたらいいけど、恐らく彫るだけで時間ギリギリになるからね。
「というわけで、発動!」
私は銀を取り出すと、まずは必要なサイズだけ切ってさらに大まかな形を作る。こっちは髪飾りでもブローチでもできるように裏側を加工しないとね。
「じゃあ、花の形に近づけて……発動!」
ある程度花になってきたら、最後にもう一度スケッチを見て頭の中で思い描く。こうして、魔道具使用の方は完成した。やっぱり魔法の力ってすごい。イメージが出来ていれば、こんなこともできちゃうんだから。
「あとは彩色だね。これを先にすれば、時間も無駄にならないし」
マジックバッグを開けて彩色用の塗料を取り出す。今回のメインは薄紫だ。ただ、これを直接塗るだけではない。今回の花びらはしっとりした薄紫だ。普通に塗ってしまったらイメージと違ってしまうので、他の塗料を混ぜて調整する。
「これが難しいんだよね。一度色味を変えないといけないし」
ちょうどの色があったとしても、こういう効果を出すためには一度濃くしたり薄めたりしないといけないのが大変だ。まあ、私は〝特異調合〟という、通常では難易度の高い調合のみ成功率が上がるスキルのおかげでまだましだけどね。代わりに普通のポーションとかは全滅だけど……。
「えっと、あとはここにシェルオークの葉を粉末状にしたものを加えてと」
しっとり感を出すために、シェルオークの葉を粉末状にしたものを混ぜ込む。薬効を高めたりするだけじゃなくて、こういう塗料に混ぜても変化が出ていいんだよね。
「あとは慎重に塗るだけ。筆を取って慎重に……」
花びらは色味も途中で変わるから、そのためにパレットも多めに用意して塗っていった。
「ん~! ちょっと薄い部分はあるけど、ここは重ね塗りで対応しよう。それじゃあ、乾くのを待つ間に手彫りをしないとね」
私はいったん塗り終わった銀のポーチュラカを汚れないように置くと、手彫りに移る。
「この感触! やっぱりこっちはこっちで良いよね」
魔道具でイメージ通りに作れるのもいいけど、自分のペースで少しずつ形にしていく手彫りもいい。一つ一つが味わい深いものになるし、触った感じを細かく調整するのは実は魔道具を使ったものより良くなる。
「まあ、こっちはずっと触りながらだもんね。重ね塗りをするところとか、模様に合わせて小さい溝を彫ったりするのは手彫りの方がやりやすく感じるし」
こうして私はリュートが声をかけてくるまで作業にのめり込んだ。
「……スカ、アスカ」
「ん、リュート?」
「そうだよ。そろそろご飯の時間だよ」
「もうそんな時間!? アウロラちゃんを呼んで行こう!」
「うん」
「おっと、その前に片づけとかないとね。うっかり、塗料が付いても嫌だし。ティタにキシャル。ご飯はそこに置いてあるから食べてね」
「分かりました」
にゃ~
二人にもご飯を出すと、帰ってきた時は気が抜けているだろうから今のうちに軽く片付けてアウロラちゃんのところに向かう。
「アウロラちゃ……」
「はい」
「は、はやっ!?」
「アスカさんの気配がしましたので」
「そう。ご飯の時間だから行こう!」
そして私たちは再び昼に行ったお店に向かう。
「いらっしゃいませ!あら、お昼のお客様ですね」
「はい。美味しかったのでまた来ちゃいました。明日は町を発つので」
「そうなんですか、残念です。あら、アルナちゃんだっけ? あなたも来てくれたのね」
ピィ!
お昼によくしてもらったからか、アルナはもう緊張していないようだ。
「それじゃあ、注文ですけどセットメニューってありますか?」
「はい。お昼とは少し変わりますけど」
「じゃあ、私はそれとジュースで。アウロラちゃんはどうする?」
「私はここからここまでお願いします。見ないとどういうものか分かりませんので」
「分かりました」
アウロラちゃんはお昼同様にメニューを順番に五品ぐらい頼んだ。
「アルナは?」
ピィ!
「あげないわよ?」
ピィ…
「しょうがないわね。余ったところだけよ」
アルナとアウロラちゃんの攻防はアルナに軍配が上がった。ちなみに会話の内容はというと、アルナはアウロラちゃんが大量に頼むから少しずつ分けてもらう腹積もりで、アウロラちゃんは自分で頼めというスタンスだ。最終的にはアルナの食べる量を考えて折れてくれたみたいだ。
「リュートは決まった?」
「うん、アスカと同じセットとこれを追加で」
「かしこまりました」
料理を頼んで
「それじゃあ、料理が運ばれてくるまでゆっくりしよう」
そして運ばれてきた料理をみんなで食べた。まあ、私もリュートも気になった料理をちょっとつまんだだけで、ほとんどがアウロラちゃんの胃袋に納まったけどね。
「それじゃあ、帰ろうか。ごちそうさまでした」
「ありがとうございました!」
ピィ
最後に会計を済ますとアルナが羽根を二枚落としていく。
「あら? もらっていいの?」
ピィ!
「ありがとう」
こうして満足のいく食事を終えた私たちは宿に戻った。
「アウロラちゃん、また明日ね!」
「はい」
「また」
「……」
私に挨拶を返すとアウロラちゃんは部屋に引っ込んでいった。
「ま、まあ、いまさらだし気にすることないよ」
「そうだよね」
部屋に戻るとまだジャネットさんたちは帰ってきていなかった。
「やっぱりまだかぁ」
「二人ともよく飲むから酒場に寄ってるかもね」
「あっ、それはありそう。私も飲めればなぁ」
「アスカは飲めないの?」
「飲んじゃダメって言われてるの」
「そっか、それじゃあどうする?」
「う~ん、明日も早いし片づけを終わらせて先に寝とこうかな?」
「分かった。僕はちょっとだけ本を読んでから寝るよ」
「それじゃあ、お先に」
私はアルナのおうちを出すと、キシャルとティタに挨拶をしてベッドにもぐりこむ。
「あっ、その前に着替えなきゃ。ごめん、ちょっとだけ出てくれる?」
「分かった」
すぐに寝間着に着替えると、机の隅にアラシェル様の像を置いてリュートを呼び戻す。
「ごめん待たせちゃって」
「ううん。もういいの?」
「うん。おやすみなさい、アラシェル様。おやすみ、リュート」
「おやすみ、アスカ」
こうして私はみんなより先に眠りについた。翌朝……。
「アスカ、朝だよ」
「は~い」
男性陣に出ていってもらって簡単に身支度を済ませると、みんなで装備の確認をする。今日はもうこの町を発つのだ。
「これから寄る町もみんなこのぐらいの規模なんですかね?」
「さてね。でも、あんまり期待しない方が良さそうだねぇ」
「はぁ、旅ってままなりませんね」
「しょうがないさ。それより、こっちの準備は終わったからアウロラのやつを呼びに行くよ」
「はい! アルナにキシャル、ティタも行こう」
そして、アウロラちゃんと一緒に私たちは町を出て次の町へと向かう。
「港町へのルートはどうします?北側と北西に進むルートがありますけど……」
「毎回、検問がうっとおしいから通る国の少ない方にするよ」
「地図は俺が見よう……。これだと北側ルートだな」
「じゃあ、港町に向けて出発!!」
港町へは早ければ五日だ。その間、どんな町があるかと頭の中で思い描きながら私は進んでいった。




