食事とショッピング
「ご注文は如何なさいますか?」
「あたしは野菜炒めの大盛りにこっちのほうれん草と大根のパンチェッタソテーを」
「あっ、俺も同じもので頼む」
「リック。別に真似しなくていいんだよ?」
「いやぁ、ちょっと肉っ気が欲しくてな。他にはあまりないだろう?」
「そりゃあそうだけどねぇ。リュートはどうするんだい?」
「僕は三種の野菜パスタにベーコンを追加でお願いします」
「追加なんてあったのか!? 俺もソテーに追加でベーコンを」
「リック、肉を入れすぎじゃないかい?」
「これぐらいでないとな。騎士は体が資本なんだ」
「それには同意するけど、どうせまた肉ばっかりの暮らしだよ?」
「ジャネットにも一度騎士の野営訓練を受けさせてやりたいな。ろくなものを食えんぞ?」
「あ、あの、ご注文は…」
「おっと済まない。以上だ」
「かしこまりました。ごゆっくり」
「リックのせいで迷惑かけちゃったじゃないか」
「いや、あれは不可抗力だ。それより野営訓練だがな、あれはひどいぞ」
「ひどいって言っても、騎士の人たちなんですよね? それなりの食事じゃないんですか?」
「リュート君、それは淡い期待というものだ。実際はそんなものじゃない。野営訓練の中には新人研修のものがあってな。その研修中は現地調達のみになるんだ。分かるかい? 温室育ちの騎士達がろくに薬草やキノコの見分けも付かず、食材と言い張ったものを持ち寄るんだぞ?」
「いや、その中にリックもいたんだろ?」
「まあ、初年度は俺もそうだった。しかし、学んだから二年目からは違ったぞ」
「やっぱりかい…」
「今はそこじゃないだろう? それでだな、本当に毒草まで交ざってくる訳だ。致死性のものだけは監督官が止めてくれるが、後は見て見ぬふりだ。そんな中、食べる食事ときたら…そういう訳で俺は肉を食べられる時は食べることにしている」
「ふんぞり返って言うんじゃないよ全く…おっ、アスカの方はもう運ばれて来たみたいだね」
「本当ですね。やっぱり野菜だけだからか向こうは早いですね」
「アウロラは単品を頼んだみたいだねぇ。うん?」
「どうかしたのかジャネット?」
「いや、あの食べ方…」
あたしはあの食べ方に見覚えがあった。確かにあれは…。
「あっ、アスカと似たような食べ方ですね。アウロラちゃんって」
「やっぱりあの子、どこかおかしいねぇ」
「そうだな」
「えっ!? そうですか?」
「ああ。確か俺たちと離れて前に串焼きを食べていた時は手づかみだった。串で食べるのも煩わしそうにな」
「だよねぇ。それが今ではアスカと同じぐらいのテーブルマナーだ。アスカも村育ちだけど、どうせ貴族のマナーをどこかで覚えたんだろう。そのマナーに匹敵する技術をたかが数日で覚えられるもんかねぇ」
「最初から知ってたんじゃないんですか?」
「いや、それなら串を食べる時の所作に出るはずだ。アスカだって、俺たちと食べていてもマナーの良さは出るだろう?」
「言われてみれば…本当に謎な子ですね」
「ああ、悪いやつじゃないのがまた困ったことだよ」
「まあ、港町についたら聞けばいいだろう。その時、彼女がどういう行動をとるかにもよるかだが…」
「それって一体…」
「料理をお持ちしました!」
「おっ、来たみたいだよ。リュート、まだまだ先は長いしそれより飯だよ飯。リック、そっちの追加のベーコン分けてくれよ。思ったよりパンチェッタが少ないんだ」
「分かった。だが、半分までだぞ?」
「了解」
確かにアウロラのことは気になる。でも、今は腹ごしらえが先だ。あたしたちは出された料理に向き直った。
「ん~、結構量があったね」
「そうですね。アスカさんは大丈夫ですか?」
「それを言うならアウロラちゃんだよ。あれだけ食べてお腹は大丈夫なの?」
「はい。栄養を取るとすぐに変換してますから!」
変換…消化が早いってことかな? アウロラちゃんの言葉が気にはなったものの、そろそろジャネットさんたちの食事も終わりそうなので、店を出る支度をする。
ピィ…
「アルナもお腹いっぱい?」
「あら、こちらの従魔の小鳥さんは大丈夫ですか?」
「はい。ここの野菜がおいしくて、いっぱい食べちゃったみたいです」
「そう言っていただけると嬉しいです。こちらの野菜は少し南西にあるフェルメルという村から運んできてるんですよ」
「そうなんですね。とても美味しかったです」
アウロラちゃんも私の言葉にうなずく。
「ありがとうございます。こちらをどうぞ」
お姉さんはアルナとキシャル、それに私たちのために水まで出してくれた。私たちの分には少し柑橘系の果汁も入っているみたいだ。
「アルナおいしい?」
ピィ!
野菜から水分も取れるとはいえ、直接飲む水にアルナも満足げだ。
「ふふっ、喜んでくれて嬉しいわ」
ピィ
「わっ⁉」
アルナが料理と水に満足したのか、お姉さんの肩にとまる。
「アルナ、急に飛んだらびっくりさせちゃうよ」
ピィ…
「ちょっとびっくりしましたけど、大丈夫です。私の肩は良い?」
ピィ
アルナがお姉さんの肩で飛び跳ねながら翼を広げたり閉じたりする。まるでダンスを踊っているようだ。
「アルナったらいつの間にそんな踊りを…」
「人懐っこい子なんですね」
「いえ、人見知りします。でも、ご飯をくれる人には慣れやすいですね」
「あら、そうなんですね。それにしてもこっちのキャット種の子は大丈夫ですか?食べていなかったみたいですが…」
「この子は肉が好きなんで野菜はあんまり食べないんです」
「そうなんですか、もったいないですね」
「出してもらっていた豆で肉料理風に作れば食べると思うんですけど…」
「豆で肉料理⁉」
ピィ⁉
「あっ、ごめんね。アルナちゃん、こちらの人の言葉に驚いてしまって」
お姉さんがアルナに謝ると、アルナもいいよと羽根を顔に当てて慰める。心の広い子だ。
「こっちじゃないんですか?私の住んでいた町だと見かけたんですけど…」
正確には前世でだけど。
「そういえば、以前に商人ギルドでそんな設計料の登録を見かけたような…」
きっとイリス様だ! これなら切り抜けられそうだ。
「あっ、多分それですね。どうしてもお肉っぽい料理が食べたい人もいると思いますから、代用になりますけど、試してみたらどうですか?」
「そうするわ。このお昼が終わったら」
行動が早い。この世界の料理に関係する人って本当にアクティブだなぁ。
「今はこの子を愛でたいし」
そして、欲望にも忠実だった。まあ、乱暴に扱う人じゃないからいいけどね。アルナも気持ちよさそうに撫でられてるし。
「ありがとうございました~」
「いえ、ごちそうさまでした」
食事も終わり、私たちは店を出る。やっぱり食事代はそれなりにしたけど、こればっかりはしょうがない。私も食べたくないものは食べないし、アウロラちゃんの事情もあるからね。
「これからどこに行くんだい?」
「う~ん、あとは夕食までゆっくりするだけですから、一度帰ってから魔道具屋さんと食料の買い足しでしょうか?」
「それならみんなで行くとするか!」
「あれ、ジャネットさん。武器屋さんにはいかないんですか?」
「この規模の町にかい? 王都だっていっても、旅の冒険者が買えるものなんて知れてるさ」
「そうだな。それなら掘り出し物があるかもしれない魔道具屋の方がましだ」
「じゃあ、僕は先に食料品店に行ってきます」
「あっ、リュート。頑張ってね」
「任せてよ!」
リュートだけが別行動になり、私たちは宿に戻る。
「ティタ、ただいま。何かあった?」
「いえ、なにもありませんでした」
「よかった。さ、キシャルご飯にしよう」
にゃ~!
笑顔でキシャルが返事をする。さっきまで我慢してたからしょうがないよね。ピアースバッファローの肉を取り出してお皿に盛る。さすがに今日は焼いてあげられないけどね。
「この子猫は食事をしなかったのですか?」
「あっ、うん。行った店がほとんど野菜のお店で…」
「全く、贅沢な猫ですね」
「本当に。アスカさんの手を煩わせて」
おおっ!? なんだかティタとアウロラちゃんが被って見える。キシャルには悪いけど、二人の共通点を見つけられた気分だ。
「それじゃあ、キシャルはこのままで買い物に行くとするか。アルナはどうするんだい?」
ピィ
アルナも食後なので部屋にいるということで、従魔チームはお留守番になった。それから、持ち物だけ再度確認して魔道具屋さんへ。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
魔道具屋さんはそこまで広くなく、これならレディトの方が品揃えもいいかも。しばらく見て回ったものの、やはり良さそうなものはなかった。しょうがないのでクズ魔石とちょっと高いけど、グリーンスライムより高位のウィンドスライムの魔石を購入する。まだ使ったことがないから興味本位で買ってみたのだ
「ま、こんなもんだね」
「そうですね。じゃあ、リュートと合流しましょうか」
リュートが向かうという店に着くと、直ぐにリュートは見つかった。見つかったのだが…。
「ねぇ、さっきからあまり動いてないけど、どこか行かない?」
「いえ、連れを待ってるので」
「またまた~、さっきから誰も来ないじゃない」
「あれ何?」
アウロラちゃんが指さした先ではリュートは変なお姉さんに絡まれていた。
「変なお誘いを受けてるみたいだねぇ」
「リュートもすぐに断ればいいのに」
「断っても話しかけてくるんだろう。彼もなかなかの顔だしね」
「そりゃあ、リックが言うと説得力が二重にあるね」
「うっ」
「あっ、アスカ! 待ってた…よ?」
「あら、あの子が彼女なの?顔はいいけど、まだ子どもじゃない!」
ビキッ
「リュート、買い物は終わった?」
「あ、後、支払うだけ。アスカこそ見るものはある?」
「ううん。こっちの用事は終わったから行こう!」
私はぐいぐいとリュートの腕を引っ張るとレジに向かう。
「なによ!あんな子ども」
「何か言ったの?」
「い、いえ、失礼します…」
リュートに絡んでいた女性はアウロラちゃんのひと睨みで店を出て行った。こうして何ごともなく買い物を済ませた私たちは再び宿に戻ったのだった。




