ミルカリス王国
「ジャネット、帰ってきたか。それでどうだった?」
「あたしらの予想通りだった。でも、アウロラのやつが倒しちまったけどね」
「全員か?」
「今からそれを調べようと思ってね。ここはリュートとティタに任せていいかい?」
「大丈夫です」
「お任せを、ジャネット様」
「なら、こっちは任せたよ」
ジャネットが段取りをして再び人間のところに戻る。
「これはまた……全部一撃だな」
「風魔法は便利」
「それ以外に感想はないのかい、全く。そんで他がいると思うかい?」
「そうだな。これだといないだろう。全部で5人か。根城が分かればいいんだが、そう簡単には行かないだろうな。ここへは獲物を確認しにきていただけだろうからな」
「調べる?」
「いや、あまり動くとアスカが起きるし、この頭っぽいやつの冒険者カードだけ持っていこう。これぐらいならアスカも不審がるまい」
「そうだねぇ」
「アスカさんには秘密にしておくの?」
「まあ、あんたが戦ったとこを説明するのも良くないだろうし、あんだけ色々作ったのにそれが野盗どもの罠だったって言うのもねぇ」
それだけ言うと、ジャネットは腕を組んで目を閉じた。アスカさんの反応でも予想しているのだろうか?
「まっ、そういう訳だからアウロラも言うんじゃないよ」
「分かった。それで、これはどうするの?」
「とりあえず、魔物が寄ってきたら面倒だし埋めるか。リック」
「了解だ」
冒険者カードだけ抜きとると、リックが埋めていく。
「しかし、よく気づいたな。俺たちでも探知はできていなかったというのに」
「昔から得意。最近まで使ってなかったけど」
「そうかい。まあ、これからも余裕があったら頼むよ。それじゃあ、戻るかね」
テントの側まで戻ると、リュートが見張りをしていた。魔物もいないようだし、あとは何もなさそうだ。
「戻ったんですね。どうでした?」
「追加はなし。ただ、根城も分からないからここまでだ」
「そうですか。でも、直ぐに片付いてよかったです」
「まあな。話していた通り、この近辺で暴れていたようだ。このことをアスカと一緒にギルドで話したくはないが、ばれない程度に話す必要はあるだろう」
「周囲を行く商人たちも困ってるだろうしねぇ」
「おっと、それもいいがそろそろ寝ないとな。リュート君、テントに戻りたまえ」
「そうですね。すぐに襲撃ってこともないでしょうし。おやすみなさい」
リュートも自分のテントに戻り、三人だけになる。
「アウロラは眠らないのか?」
「気が向いたら。私もテントの上に戻る」
「そうか。身体が持たないようになる前に寝るのだぞ?」
「ええ」
私は邪魔者扱いされたのでテントの上に戻る。ふと下をのぞくとアスカさんが寝息を立てていた。
「起きなかったみたい、よかった」
それだけ呟くと空を見上げる。私の住んでいたところは夜に上を見上げるといつも満天の星空が見えた。
「あの頃の光景をきっと取り戻す!」
私はぎゅっと手を握ると目を閉じた。
「アスカ~、そろそろ起きな!」
「ふわぁ~い」
私はいつものようにジャネットさんに起こされ目を覚ます。
「ん~、よく寝た~。昨日はどうでした?」
「ん? 特になんもなかったよ。それより、さっさと起きる」
「は~い」
寝間着から服を着替えたら、鏡でチェックをして完了。今日も冒険者アスカのお目見えだ。
「おはよう、リュート」
「おはよう、アスカ。もう食べるでしょ?」
「うん。リックさんは?」
「今は見張り。一足先にご飯も済ませてるよ」
「そっかぁ、悪いなぁ」
「いいんだよ、勝手にやってるんだから」
「でも、感謝の気持ちは大事ですよ」
「ならあたしにも感謝しなよ。毎日起こしてあげてるだろ?」
「うっ、そうですね。いつもありがとうございます。ジャネットさん」
「分かればよろしい」
「二人とも、できましたよ」
「ありがとな」
「ありがとう。あっ、今日もピアースバッファローなんだね」
「うん。やっぱり量も多いし、しばらくは続くかな?煮込む時間も少なくて済むバラ肉にしてるから」
「そうなんだ。いただきま~す!」
私は出されたスープを飲む。うん、塩味は程よくてバラ肉から出た脂も混ざっていい味だ。でも、やけに出汁がいいような気がする。
「ひょっとしてこのお肉って……」
「うん。アスカの予想通り、昨日の見張りの間に燻してたやつだよ」
「う~ん。見張りの時間も無駄にしないなんて、さすがはリュート」
「嬉しいけど、発案者はアウロラちゃんなんだよ」
「アウロラちゃんが!? 肉を食べないのに考えてくれたなんて嬉しい~。そういえばどこにいるんだろう?」
「今は、あっちの木の上だよ。見張りをしてるみたいなんだけど、よく登れたよね」
「あ~、そうだね」
ちらりとアウロラちゃんの方を見る。すると、羽根が動いていた。きっと、あの羽根で飛んだんだろうなぁ。変な動きをしたら目立っちゃうけど、隠しているから注意できないのは辛い。
「今は飯だよ。アウロラもいつの間にか食べたみたいだし、あたしらが最後だからね」
「そうなんですか? なら、こうしちゃいられませんね」
私はただでさえ食べるのが遅いので、集中して食べる。そして、三十分ほどかけてテントを片付けたら、いよいよ出発だ。
「それじゃあ、ミルカリス王国へ向けて出発!」
「「おお~っ!」」
ノリのいいリックさんとリュートが乗ってくれた。リュートは少し恥ずかしそうだったけどね。
そうして私たちはミルカリス王国へと歩き出したんだけど…。
「魔物は出ませんね」
「だねぇ。元々、そこまで危険な地域じゃないみたいだし、こんなもんかもね。この辺だとオーガかソードウルフか。まあ、そこまで出ないだろ」
ジャネットさんの予言通り、街道を行く私たちの元に魔物が出ることはなかった。そして、いよいよミルカリス王国の検問所というか城壁までたどり着いたのだけど…。
「ここって、メリサリアより小さくないですか?」
「しょうがないよ。あっちは城塞都市、前は最前線だったんだから」
「それでも、三分の二あればいい方じゃないですか? 仮にも王都ですよ」
「あたしに言われてもねぇ。ほら、貴族入口に行っておいで」
「は~い」
怪しまれないように、ジャネットさんと小声で話してから貴族入口に近づく。
「なんだお前は?」
「私はこういうものです!」
前回にも使った身分証を印籠のように取り出す。
「これはリディアス王国の……照会させていただいても?」
「どうぞ」
ここでもどうやら貴族の印章を確認するようだ。すぐに兵士の人が戻ってきた。
「確認が取れました。ようこそ、ミルカリス王国の首都ミルカリスへ!」
「ありがとうございます」
入場許可が出たので私たちは王都へと入って行った。行ったんだけど……。
「小さいですね」
「ああ、どう見てもメリサリアの方が大きいねぇ」
「しかも、城壁がどんどん奥に行くにしたがって低くなっていくんですけど……」
「しょうがないさ。一般人が思っているより維持費がかかるものでな。きっと、前方への守りだけに注力したんだろう」
さすがはリックさん。すぐにこの壁の高さの違和感に答えを見つけてしまった。
「でも、そういう場合は包囲された時にどうするんだい?」
「それは簡単だ。この程度の都市なら包囲された時点ですぐに落ちる。要はこれ以上の高さは過剰なのさ。きっと、向こう側の魔物も弱くてあの高さでも登って来れないのだろう」
えっ⁉ 単なる見栄ってこと? そんなに実用性がないだなんてさっきの兵士さんが聞いたら泣きそうだ。
「それより、明日出発するのに依頼だけでも見ていかないか?」
「あっ、良いですね。この規模だと滞在しても何もなさそうですし、そうしましょう」
私たちは冒険者ギルドの位置を看板で確認して向かう。王都ということを考慮してか、なかなか立地は良かった。
「いらっしゃいませ!」
「ああ邪魔するよ」
受付の人から挨拶を受け、簡単に返すジャネットさん。私たちも軽く会釈だけして依頼を見ていく。
「うう~ん、街道付近の依頼はありますけど、この討伐依頼はどれも数日かけるタイプのやつですね。地元の冒険者向けです」
「こっちの護衛依頼も往復だねぇ。片道なら受けてやったのに」
「そうだな。採取も国が変わるからか、次の町から離れたところだな」
結局、良い依頼は見つからなかったので出ようとすると、リックさんが受付に向かう。何だろ?
「どうかしたんですか?」
「ああ、昨日見張りをしていると落とし物を見つけてな。一応届けておこうと思ってな」
「落とし物ですか?」
別にこの世界では交番があるわけでもない。もちろん、国が変わったら法律も変わる。でも、そういう施設はなかった気がするけど……。
「あっ、こちらは手配……捜索依頼の出ていた方ですね。お預かりいたします。」
お姉さんがちらりとこちらを見ると、そう言った。どうやら捜索依頼が出ていた人のカードのようだ。
「黒いカード。落とし物って亡くなった方だったんですね」
「ああ、流石にそのままではかわいそうだと思ってな」
黒いカードとは亡くなった冒険者のカードのことだ。更新が行われなくなり、ギルド以外ではお金の出し入れもなくなる。これを届けることで持っていった人には報奨金が支払われる。ただ、それとは関係なく届けてあげることが大事なんだ。途中で死んだってことは無念だっただろうからね。
「発見場所は?」
「少し分かりにくくてな。奥でいいか?」
「分かりました。少々お待ちを。あっ、お連れの方はそのままお待ちください」
五分ほどでリックさんも受付の人も出て来た。
「では、こちらはお預かりいたします。ありがとうございました」
「なに、道中たまたま見つけただけだ。アスカ、運が良かったぞ。それなりに金持ちの冒険者だったらしい。金貨十五枚だそうだ」
「結構多いですね。それでなんで私に手を向けてるんですか?」
「何って見張り中に見つけたからな。パーティーカードに入れようと思っているんだが」
「いいんですか?」
「もちろんだ」
こうして、思わぬ報酬を手に入れた私たちは王都ミルカリスで宿を探した。




