マルカス商会
今日はこの町を発つ日だ。その前に私たちはセルダールさんのお店に行くため、朝から用意を済ませる。
「アスカ、そっちは大丈夫かい?」
「はい、リュートたちも終わってますかね?」
「あたしらより早く起きてるから大丈夫だろ。それより、アウロラの様子を見てみるか」
「そうですね。村から出てきて寝付けなかったかもしれませんし」
私たちは自分たちの荷物を持つと、アウロラちゃんの部屋に向かう。
コンコン
「は~い、今開けますね」
「アウロラちゃん、起きてたんだ。昨日はよく眠れた?」
「はい、おかげさまで。減っていた魔力も戻りましたし、いつでも行けます!」
「あはは、無理はしないでね。今日は一緒にこの町に来てた商人さんの店に行ってから、町を出るからね」
「分かりました」
アウロラちゃんを連れて部屋を出ると、リュートたちも出るところだった。
「あっ、アスカおはよう」
「リュート、おはよう!リックさんも」
「ああ、おはよう。ジャネットもおはよう」
「おはようさん」
朝の挨拶も済ませ、店に向かって出発する。
「それじゃあ、店に行きましょう。従魔でしたっけ?その子たちはどうするんですか?」
「この子たちはいつも私の頭とか肩に乗ってるよ。そこまで重たいものでもないし」
というのはキシャルとアルナだけで、ティタに関してはそれなりの重量だ。最初は木の板を改造したティターニアを使って肩に乗せていたけど、最近は輝石を使った魔道具に乗せることで、重量を大幅カットしている。
「ふ~ん、主におんぶにだっこだなんていいご身分ね」
ピィ!
にゃ~
その言葉に2人は抗議する。まあ、小鳥と子猫だからしょうがないよね。
「まあまあ、ティタは外では動かないでもらってるし、アルナとキシャルは寝ないとだめだから」
「そうですか?まあ、アスカさんがそれでいいならいいですが、面倒だったり重たかったら私が持ちますからね」
「そう?じゃあ、機会があったら頼もうかな?」
私が助かるというより、アルナたちとコミュニケーションが取れたらいいって思うしね。
「ふたりとも~、もう着くよ」
「あっ、待ってください!」
「はいはい」
話しているとみんなから遅れていたみたいで、慌てて距離を詰める。そうして着いたマルカス商会は結構大きい店構えをしていた。
「あら、いらっしゃいませ。開店までもう少しお待ちください」
「あっ、まだ時間があるんですね。待たせてもらいます」
「メイファ、店の前の掃除はどうです。おや?あなた方は…」
「昨日ぶりです、セルダールさん」
「当主様のお知り合いですか?」
「ええ、私の馬車を護衛してくれたフロートの皆さんです。ささっ、どうぞ」
「まだ、開店前なのにいいんですか?」
「ええ、構いませんよ。店内の準備はもう終わっておりますので」
セルダールさんが再びメイファさんと呼んでいた人と簡単に言葉を交わすと、私たちを店内に案内してくれた。
「こちらがマルカス商会の本店です。まだ、開店まで時間がありますので、お気軽に見ていってください」
「ありがとうございます。何から見ていこうかな~」
「アスカ、あたしはあっちの魔道具コーナーを見てくるよ」
「ふむ、俺も同行しよう」
「リックは必要ないだろ?」
「土産も必要なのでな。こういう店なら魔道具以外は見るものがないのだ」
「ちっ、邪魔だけはしないでくれよ」
「もちろんさ」
リックさんとジャネットさんは早々に魔道具コーナーに行ってしまったので、残された私たちは魔石や輝石などの素材コーナーに向かう。
「ここは結構魔石がありますね」
「そうみたいですね。でも、何がいいんですか?」
「う~ん、良いっていうより自分の使える属性が関係するからね。一概には言えないかな?」
「あっ、それならこれはどうですか?風の魔石ですけど、品質もいいですよ?」
そう言ってアウロラちゃんがウィンドウルフの魔石を指差す。でも、見た目少し小さくて出力は低そうだ。
「これ?でも少し小さいかなぁ」
「そうですか?そっちの一回り大きい魔石よりも安定して出力が出ますよ」
「えっ!?そうなの?ティタ、この魔石の魔力の強さってわかる?」
「えっと、申し訳ございません。一度でも発動しないと無理ですね…」
うう~ん、いったいアウロラちゃんって何者なんだろう?ティタでも分からないほどの魔力の流れが読めるなんて。
「まあ、それはともかく、良い情報をもらったからこれはキープと。アウロラちゃん、他にも気になる魔石があったら言ってね!」
「はいっ!」
元気に返事を返してくれるアウロラちゃん。今回の商いも上手く行きそうだ。
「アスカ、こっちはどう?」
「それは大きさだけで中身はスカスカよ。中程度のものと変わりないわ」
「そ、そう」
「リュート元気出して!普段あんまり魔石見ないからしょうがないよ」
「うん、そうだね。ちょっとあっちで見てるよ」
何故か元気をなくしたリュートと離れ、私たちは2人で魔石を見ていく。
「アウロラちゃん、こっちはどうかなぁ?」
「これはまあ普通ですね。もし、手持ちにないのなら買ってもいいと思います」
「そっか~、これは数に余裕があるからパスかな。あれっ?これは何の魔石だろう」
魔石を見ていくと、何やら見慣れない色のものを見つけた。
「これはなんだろう?すみませ~ん」
「おや、どうしました?」
「この魔石って何の魔石か分かりますか?」
「こちらですか。これはペックニノックスの魔石ですね。効果は連続突撃というものです」
「連続突撃?」
「はい。魔石が付いた武器や体ならその部分が連続して動作します。例えばレイピアにつければ、簡単に連続突きが放てるようになりますよ」
「なるほど、個人の技量に関係なく使えるってわけですね」
「まあ、それに耐えるだけの筋力などは必要ですが…」
「あっ、そうですよね」
何でも上手くは行かないらしい。思わぬ落とし穴もあるものの、全体的に見ればいい魔石だ。
「ちなみにおいくらですか?」
「こちらは金貨10枚です」
「思ったより安いですね。買います!後はウィンドウルフとかオークメイジの魔石ってないですか?」
「ウィンドウルフは最近高くなっておりまして、金貨10枚ですね。オークメイジは金貨5枚です」
「う~ん、オークメイジだけでお願いします。3つぐらいあると嬉しいんですけど」
「あの魔石なら今、5つはあります。ではひとまずお持ちいたしますね」
「お願いします」
一度、確認のために魔石を持って来てもらう。
「わっ!?オークメイジはちょっと大きいですね」
「そうですか?あまり大きさは気にしませんので」
「やっぱりそこまで売れないんですか?」
確かにアルバ周辺でも私が魔道具に使うまで安かったしなぁ。
「旅の商人は買っていくこともありますが、魔道具師は買いませんね。処分が大変な魔石なのが影響しているのでしょう」
「効果的に攻撃に転用できませんしね~」
私は興味がなさそうに返答する。実際、戦闘用魔道具としては下の下なので間違ってはいない。ただ、それも使い方次第だけど。
「最近は効果が及ぶフィールドの温度変化で局地戦において有利に立てるって案もあるんだよね」
「そうなんですね。さすがアスカさん!」
「いや~」
そのためにオークメイジの魔石の予備が欲しかったのだ。今のところはフリスビーみたいな魔道具にして、設置したい場所に投擲する形を取ろうと思っている。
「あんたら、なにしてるんだい?」
「あっ、ジャネットさん!もう見終わりました?」
「ああ、今の装備を変えるほどのものはなかったよ。でも、アスカに使えそうなものはあったけどね」
「へ~、どんなやつですか?ちょうど私もこっちを見終わったので、見てみたいです」
「分かったよ、ついて来な」
ジャネットさんの後について魔道具売り場に行く。そこには色とりどりの魔道具が並んでいた。
「うわぁ~、一杯ありますね~」
「アスカのも紛れてるかもねぇ」
「まさか!私のはほとんどアルトゥールでは卸してませんし」
まあ、あったところで買わないけど。
「それよりこいつはどうだい?」
「これですか?」
ジャネットさんが見せてくれた魔道具は小さい剣の形をしていた。
「何ですかこれ?」
「何でもこの剣に魔力を通すと、風の魔力で作られた分身が3つ出てくるらしいよ」
「へ~、それは変わってますね。ん、何か引っかかるような?」
3つの剣が出来る…それってどこかで。
「ジャネット!そんなの使い物にならない。それって、剣の形に変えたウィンドカッターよ?」
あ~、そっか。ウィンドカッターの形状を変化させたらそうなるのか。剣の魔道具には特殊な術式が組み込まれていて、通常半円のような刃を形状変化させるのだろう。
「あっ、そうなのか?」
「う~ん、アウロラちゃんって魔力関係はかなり優れてるみたいで、恐らく言う通りですね。面白くはあるんですけど、威力とかも考えると…」
魔法の威力は詠唱だけでなくイメージも影響する。イメージしたものを特定の形に強制変化させるこの魔道具は、子どもとかにはいいのかも。私はもうイメージが固定されてるから、形状変化に魔力を持っていかれて、威力は下がっちゃうだろうな。
「そうかい。面白そうだったんだけどねぇ」
「探してもらったのにすみません。でも、発動した魔法の形状を変化させるのってすごいアイデアだと思います」
ただ、ちょっと実用性が足りなかっただけで。
「それよりもこれを見て!」
ジャネットさんの商品紹介が終わると、いつの間に見ていたのか今度はアウロラちゃんが、魔道具を見せて来た。




