こそこそ
「さてと、アルナたちが戻ってくる前に作っちゃわないとね。あっ、ティタ」
「何でしょう?」
「リュートが料理するのに水を使うと思うから手伝ってあげて」
「…分かりました」
ティタが私の方から降りてリュートの方へと向かう。
「あとはこれを作るだけだね」
肉は先に炙っておいて、食べる時に調節するからあとは薬草の組み合わせを考えてあげなきゃ。そして作業を進めていると、ある反応に気が付いた。
「リュート、水は?」
「あっ、スープに使うからこっちに…わぷっ!?」
はぁ、いくらご主人様の言いつけとはいえ、なんで私がこんな男の手伝いを…。適当に水をかけながらスープ用の鍋に水を入れていく。本当はもっとバシャッとかけてやりたいのだが、それをするとご主人様が作った鎧が濡れてしまうのでできない。
「全く、鎧ぐらい脱いで料理しなさいよ」
「しょうがないよ。ジャネットさんから料理中も気を抜かないように!って、言われてるんだから。それと、あんまり水かけないで」
「あんまりかけてないわ。もう必要ない?」
「あっ、大丈夫かな?でも、飲み物で使うからコップに入れといてくれる?」
「分かったわ」
小さい手で並べられているコップに水を入れていく。
「む、これはキシャルのね。少なくていいわ。こっちのアルナの水は多めにしておきましょう」
やることをやったら後は時間までお休みだ。いまさらご主人様の肩には戻れないので、テーブルの中央に鎮座する。ん?あれはご主人様。北側に行ってどうする気なのかしら?
「安全を期するため、ちょっと探ってみましょう」
水の魔力をうまく活用して北側の限定された地域に探知をかける。
「あら?1体だけ魔物の気配があるわ。はぐれて活動している魔物のようね」
普段から5体ぐらいで活動する魔物でも風変わりなものはいるもので、今回の1体もそういう輩なのだろう。特に目的もないようだから、森の北にあるという林から様子を見に出てきているのか?
「ん?そういえば、北の林にはオークが住んでいるんだったわね」
ご主人様は昨日のオーク肉に感激していたようだったし、まさかね…。
「一応、ジャネット様の耳には入れておきましょう」
ご主人様が怒られるのでは?とも考えたが、旅の途中は危険がつきもの。土地勘もない場所では安全第一だと切り替えてテーブルから降り、ジャネット様の元に向かう。
「はぁ~、見張りてったってこんなに眺めのいいところじゃね」
「そう言うな。2人で見張りをしていたら楽しいだろう?」
「うるさいよ、全く…ん?ティタ、どうしたんだい」
「ジャネット様、少しお耳に入れたいことが…」
「そうかい!じゃあな、リック。寝言を言う前に見張りをちゃんとやっとくんだよ」
「分かった。また後でな!」
「はいよ。それで、話ってなんだいティタ?」
見張りの位置から少し調理場に近づいてジャネット様が話しかけてこられたので、私は先程気になった情報を伝える。
「アスカが魔物らしき反応の所にねぇ。ひとりで行く理由は分かってるのかい?」
「お、恐らく、昨日のオーク肉かと…」
私は主を売るような感覚になり、声を小さくして自分の考えを伝える。
「オーク肉って昨日あたしらが食べたやつかい。まさかアスカのやつそれ目当てに一人で林に?」
「あっ、いえ。林にまでは流石に行く気はありません。ただ、1体だけ近くまで来ている個体がいるので、それを狩りに行ったのかと」
「ん~。まあ、それなら見回りの範囲か。悪いな、ティタ。教えてもらって」
「いえ、私も気になったものですから」
「じゃあ、ちょっとそっちの方角にだけ行っておこうかね。本当に一人だけ離れてたら怪しまれるからねぇ」
「お願いします」
「んじゃ、ティタは戻ってな」
「はい」
私はご主人様のことをジャネット様に託すと再びテーブルの上に登る。
「あれ?ティタ、ジャネットさんとはもういいの?」
「ええ、それより食事はできたの?」
「あっ、えっと、もうちょっとかかるかな?」
「そう。のんびりしててもいいわよ」
「どうしたの急に?」
「なんでも」
多分、ちょっと時間かかるからという言葉を飲み込んで、私は置物のふりをしたのだった。
ティタに気づかれているとも知らずに私はこっそり北に歩いていた。
「えっと、確かこの辺に反応が…サイズ的にはオークだし逃す手はない!」
昨日聞いた限りだと、積極的に狩りに行かない限りは問題ないみたいだし、資源的にも大丈夫だ。ならば、探知魔法を強めに出してやれば釣り出せる!
「探知を強めに…発動!」
私は範囲もオークと見られる個体に絞って放つ。結果は…来たっ!
「よしよし、このまま来てくれれば簡単に倒せる。でも、なんか反応がいいなぁ」
こういった探知魔法に魔物はいい反応をするんだけど、やっぱり種族差はある。魔力が少ないほど、感知も低い。ただ、ウルフ種みたいな群れで行動する種類だけは長が探知したらそれに率いられてくるから例外だけど。
「やっぱり、この森に満ちてる魔力が原因なのかな?」
通っている時も思ったけれど、森の端々から魔力の流れを感じたのだ。その魔力に当てられてちょっとした固有種になってるせいかな?
「確か、ウッズオークって言ったっけ?他では手に入ら無さそうだよね~」
スパッ
というわけで、向かってくるオークの首を落として私はマジックバッグに密かに入れた。
「アスカ、どこに行ってたんだい?」
「ジャネットさん!ちょっと気になることがありまして」
「ふ~ん、そいつは美味そうだね」
「はいっ!とっても美味しいと思うんです!あっ…」
「別に1体ぐらい構いやしないけど、抜かりはないんだよね?」
「も、もちろんです。きちんと確保してありますよ」
首を落として直ぐに入れたから、他の魔物も気づいてないだろうし。
「それじゃあ、飯ができるころだし戻るか」
「そうですね。アルナたちもそろそろ戻ってくる頃でしょうし」
「食べる時はあたしも呼ぶんだよ?」
「はい」
ジャネットさんと約束をして休憩場所まで戻る。アルナたちは…まだ遊んでる。
「街の外に出ると元気だなぁ。でも、さすがにもうちょっとかな?」
付き合いも長いし、そろそろだと思うんだけど。
「あっ、アスカの用事はもういいの?」
「うん。ご飯はどう?」
「もう食べられるよ。アルナたちが戻ってきてからにする?」
「うん。まだ時間はあるし、もう戻ってくるから」
「なら、あたしは先に食べるよ。見張りも交代がいるからねぇ」
「あっ、そうですね。それじゃあ、入れますね」
私は器にスープを盛っていく。パンは残念ながら硬いやつだけど、それもお皿において最後はメインの干し肉だ。
「はい、できました!」
「ありがとな。じゃあ、もう一つ頼むよ」
「もう一つですか?」
「ああ。見張りの交代って言っても一々戻ってくるのも面倒だろ?」
「…分かりました」
私はジャネットさんの言葉を聞いて、もう一つ同じものを用意する。
「持っていくの大変ですから、運びますね」
「ああ、悪いね」
2人で並んでリックさんの元に向かう。
「おっ、わざわざ持って来てくれたのか」
「見張りをしてたら取りにこれないだろ?」
「いや~、済まないな。腹が減ってきてたんだ」
「ちょっと、そっちはあたしのだろ!」
「そうか?どの道、2食分あるんだ。気にするな」
「あんたが言うことかい」
「ジャネットさん、こっちをどうぞ」
「ありがとう、アスカ。誰かさんと違って優しいねぇ」
「おいおい、ここまで見張りを頑張っただろ?」
「はいはい。なら、飯を食った後も頑張ってやるんだね」
「少しぐらい代わってくれ」
「少しならね」
その後も、2人は話しながら食べ始めたので私はリュートの方へと戻っていった。
「おかえり」
「ただいま」
「それじゃあ、僕らも食べようか」
「そうだね~って、アルナたちは?」
ピィ?
どうやら入れ替わりだったみたいで、アルナもキシャルもまだかとご飯の前にちょこんと座っていた。
「うんうん、うちの子たちはかわいいね。それじゃあ、私たちも食事にしよう!」
私が器を持ってそれにリュートが注いでくれる。
「いただきま~す」
「いただきます」
ピィ
にゃ~
私たちもお昼ご飯を食べ始める。
「あれ?このパンちょっと温かい?」
「うん。流石に時間も経ってるから硬いと思って。少しでも柔らかくなったらなって、簡単だけど火を入れてみたんだ。あっ、きちんと外側のところは取ってるから」
「ありがとう。はむっ…確かに砦で食べたものより柔らかい。ありがとう、リュート」
「どういたしまして」
ピィ!
「アルナも美味しい?ちょっと頑張って混ぜたからね」
にゃ~
「あっ、キシャルのは外だけ炙ってるんだけどもうちょっと焼く?」
にゃ!
焼けと言われたので、スライスしてから火を入れていく。
「は~い、焼けたよ~」
にゃ~!
「もう、調子がいいんだから」
カキーン
「そして、結局は凍らせるんだよね…」
どうしてこんな食べ方を覚えたのかと思いつつ、お昼は過ぎていった。




