明日の予定と交渉
久し振りにアスパルテス砦へやってきた私たちは大隊長のコールドウェンさんと話していると、バルデルさんとカーディさんが入ってきた。
「アスカ、久しぶりだな…って大隊長!いらしていたんですか?」
「ああ。お前たちが留守だというのでな」
「大隊長、書類の方は?」
「それなら、何とか片付いた。ただ、王都の方からつがいの件で話が来るだろう。俺としてもこれはいい機会だ。これでドロデア伯爵にやり返してやれる」
「ドロデア伯爵って前にウィースをけしかけてきた貴族ですよね?」
「ああ。確実ではないがな」
「アスカ、あんたよく何か月も前の話を覚えてるねぇ」
「そりゃあ、従魔の事ですからね!許せませんよ」
以前、ドロデア伯爵にはウィースという寄生生物をワイバーンのワグナーにけしかけて来た。そんな相手をどうして忘れられようか。
「ともかく、そのドロデア伯爵にあの時のことを報告されてな。それに関してはアスカのお陰で何とか事なきを得た。ウィースの情報はわが国だけではなく、従魔を活用しているすべての国や、冒険者にとって非常に重要な情報だったからな」
「それで、ワグナーもこの砦に留まることができたんだ。アスカには本当に感謝している!」
バルデルさんが改めてあの時のことを思い出して、礼をしてくれる。だけど、あれもティタが教えてくれたことなんだけどな。
「それに加えてこの前の魔物襲撃の話は聞いたかしら?」
「はい。先ほどコールドウェンさんから」
「あの襲撃で従魔は魔物に対して有効だと今まで以上に証明できたからな。哨戒と簡単な戦いだけではなく、集団戦でも大きな力に成るという結果が出せた。これを機にベルヌ―ル子爵家としては従魔隊を組織していこうと考えているのだ」
「そこで、つがいの話が出るんだね」
「そういうことだ。一番手っ取り早いのは誰か魔物使いを連れてくることなんだが、アスカには断られてしまったし、新人を雇っても結果は出せないだろう?そこで、一番効果的な事は何か、と考えた時に行きついたのが、どこかからメスのワイバーンを連れてきて子どもを産ませることだ」
「それってちょっとかわいそうですね」
ワグナーにだってお嫁さんは選びたいだろうし、砦のひいてはこの周辺の人たちのためとはいえ、ちょっとかわいそう。
「そうだな。だが、このまま1頭でいるよりも考えようによってはいいことだ。子どもも生まれるんだから」
「でも、借りてきて産ませるのはいいが、その雌のワイバーンはどうするんだ?」
「貴方は?」
「おっと、失礼。私はジャネットたちと一緒に旅をしている、リックだ。以前こちらの砦に立ち寄った時は別行動を取っていてな」
おおっ!珍しくリックさんが騎士モードだ。ダンジョン内では見ることなかったし、久々の登場だ。
「アスカ、奇異の目で見るな」
「おっと」
「ワイバーンのメスは相手に返すことになるだろうな。最悪はというか相性が良ければこっちからも貸すという話になるかもしれん」
さすがは大隊長さん。私たちのやり取りもスルーして、真面目な回答だ。
「まあ、相手としてもワイバーンとなれば欲しいよねぇ」
「ああ。そこで交流が取れれば新人でも少しは理論を学んだやつを連れてこれるのではないかと期待している。こちらでも探しはするが、ウルフ一頭連れた魔物使いを『戦力の増強をしました』とは言えないからな」
「まあ、それなら普通の冒険者でも雇った方がましだねぇ」
「でも、こんな話を一冒険者パーティーに聞かせてもいいんですか?」
「良くはないな。だが、ウィースの件で世話になったからな。それに…」
「それに?」
「アスカは自分以外の魔物使いを知らないのか?いればぜひ紹介してもらいたいと思ってな」
「あっ、え~と」
いるかと言われればいる。しかも、ドンピシャでワイバーンを従魔にしている知り合いが。
「おっ、その顔は何かあるな?良かった。うちとしては従魔隊を持つバルディック帝国に依頼したいんだが、海も隔てているし難しそうでな」
「アスカ、別に無理に…」
「分かってます。でも、ワグナーも気になりますし」
「はぁ、分かったよ。でも、安く売るんじゃないよ?」
「了解です!」
私は全力でジャネットさんに敬礼をする。
「アスカ、どうした?」
「実はワイバーンに知り合いがいます」
「ワイバーンに?魔物使いじゃなくて?」
「あっ、ちゃんと魔物使いの人とも知り合いですよ」
「なんでそっちがついでなんだ。そっちがメインだろう?」
「あはは、色々ありまして…とにかくですね、ちょうどいい知り合いがいるんです。その人の従魔もワイバーンでして。ちょっと気は強いんですけどね」
「あっ、この子の言ってるのは従魔の方だよ。一応言っとくけど」
ジャネットさんの補足も入り、できるかどうかは分からないけれどバルディック帝国で従魔騎士をしているハーディさんに手紙を出すことになった。
「これって私からでいいんですか?大隊長の名前を出した方がいいんじゃ…」
「いや、急に他国の騎士の名前を出しても警戒されるだけだ。アスカの手紙の中に混ぜ込む方がいい。最悪、見られても困らんからな。ちょっと旅先で寄った砦の隊長に知り合いの魔物使いを紹介して欲しいと手紙を預かったとだけ書けばいい。あまり詳細に書くとアスカに迷惑がかかる」
「もうかかってるけどね」
「ジャネットさん!」
「構わん。実際、彼女の言う通りだ。我々が困っているだけなのだからな。ただ、これは両国の交流を考えてもいいことなのだ。うちとしてもウィースの情報を深く提供できるからな」
「じゃあ、後は料金だね」
「それなら俺に任せろ。こういうものの扱いは良く知ってる。それとアスカ」
「はい」
「何かそのワイバーンに付けられそうな細工か飾りはないか?紹介の手紙だけだと流石に怪しいからな。しばらく、会ってなくて何か贈り物を思ったと書いてあれば、まだましだろう」
「ましなんですね…」
「どの道、急な他国の貴族からの手紙だろう?怪しまれないのは無理だ」
う~ん、ワグナーやマグナには幸せになってもらいたいけど、2人が巡り合うだけでも大変なようだ。
「そういえばアスカちゃん」
「何ですか?」
「今回はどうしてこの砦に来たの?襲撃の話も大隊長から今聞いたのよね?」
「あっ、それはですね。このアスパルテス砦から森を抜けようと思いまして。実はその護衛依頼も町で受けて来てるんです」
「えっ!?ひょっとしてマルカス商会の?」
「そうです。お知り合いなんですか?」
「まあ、あの商会はこの砦じゃ有名人よ」
「いわくつきとかじゃないだろうねぇ」
「違うわよ。そうじゃなくて、この先のレザリークの森を通る商隊っていうのは珍しいの。襲撃があったって言ったでしょ?あれって3か月に1度ぐらいあるのよ。この商会はその合間にここの森を抜けるルートを使うの」
「ふ~ん。でも、討伐後なら他の商会もバンバン使うんじゃないのかい?この森を抜けるのがアダマスへの近道だろう?」
「そうなんだけど、それで短縮できるのって全部で2日ぐらいなのよね。それなら、ちょっと遠回りでも南下してそこからアダマスに入国した方が安全なの」
「なるほどその2日をどう見るかだな。時期を外したら損害が大きい」
「そうでしょ?だから、少しでも荷物を早く運びたい小規模な商会や、マルカス商会みたいに情報を集めて日程をコントロールできる商会ぐらいしか使わないのよ」
「じゃあ、明日が楽しみですね」
「ああ、事前に話が聞けたのは大きいね。それに、あたしらも砦の人間と知り合いだってわかれば警戒されずに済む」
「じゃあ、明日はよろしく頼むな。アスカ」
「あれっ?バルデルさんも一緒に行くんですか?」
「ああ、前にも言ったと思うがレザリークの森には貴重な薬草も多くてな。道中、勝手に採取されてはたまらんからな」
「それって護衛いらないんじゃ…」
「私たちの仕事はあくまで採取をしないかの見張りだから。それに、森を抜けてしばらくは平原が続くんだけど、私たちは森を抜けたら戻っちゃうからね」
なるほど。冒険者の仕事は奪わないようになってるんだな。冒険者からしたら草原に出てくる魔物次第では結構楽な仕事かもしれない。
「そういえば、ちょっと依頼料安かったですよね」
「ま、事情を聞けば納得だねぇ。受付のやつもこれぐらいがアダマス行きは相場だって言ったし」
「だけど、迂回ルートも同じようなものでしたよね?」
リュートが私も疑問に思ったことを代わりにたずねてくれた。
「ああそれはね…」
「それなら、明日の楽しみに取っておくといい。マルカス商会と話すいい機会だぞ?商人と仲良くなっておくのは大事だからな」
リックさんといつの間にか書類の話をしているコールドウェンさんがこちらの話に入ってきた。でも、確かに明日直接話せる話題があるのはいいかも。私たちはアドバイスを受け入れて、この質問は明日に取っておくことにしたのだった。




