見えてきた底
30Fを越えてようやく初仕事を終えたキシャルはもう大丈夫だろうと判断したのか、再び私の頭で眠り始めた。
「本当によく寝るのねその子」
「はい。でも、さっきみたいに面倒な敵が現れた時はちゃんと戦ってくれるんですよ」
「賢いわね」
「というか、空中の敵に強いのはいいな。小さい従魔だから非戦闘型かと思っていたが。そうではないんだな」
「ん~。まあ、怪我はして欲しくないですけどね」
「アルナちゃんはかわいいのにね~」
ピィ?
ここまで属性の被りもあり、割とのんびりしていたアルナが不思議そうに頭をかしげる。
「そろそろ次の階層に降りるか」
「そうね」
37Fに降りるとやっぱりまた水辺が続いていて、敵もそれなりにいた。
「ファイアーボール!」
ギャオォォォ
クロックダイルがどんどん水中から姿を見せる。こうなると規則的に攻撃するこの魔物の特性は弱点だ。
「先手必勝!」
先頭集団はジャネットさんとリリアナさんが、後方に出た分はリックさんが追っていく。それなりに大きいワニ型の魔物だけど、どんどん討伐が進む。
「今回も簡単でしたね」
「それもこれも、アスカちゃんの火魔法のお陰ね。私たちももう一人パーティーに加えようかしら?」
「といっても、信頼がおける人が見つかるかどうかね」
「そういえば、Bランクなのに3人だけなんて大変じゃないですか?」
「まあ、合同パーティーの頻度も多くなるし、大変なのは確かね。でも、変な人がいないと楽ではあるのよ。護衛任務はちょっと大変だけどね」
「まあ、護衛任務は4人以上が多いですからね」
「特に大きめの馬車とか2台になるとね」
私たちは31F以降のペースにも慣れて来たので少し会話もはさみながら階段を目指して進んでいく。
「ふ~ん。それじゃあ、ロールキャベツの他にも色々登録されてるのね」
「そうですね。材料さえあれば、油で揚げるだけの物とかもありますから覚えたら楽ですよ。やっぱり旅には美味しい料理がつきものですから」
「そ、そう?」
「ほら、アスカ。旅の途中の飯はやっぱり店なんだよ。野営の飯なんて気にしないもんだって」
「ええ~!?やっぱり、食べるなら美味しい方がいいですよ!」
「それはそうだけど、経費もかさんじゃうわよ?」
「うちはみんなで割るか、パーティー資金から出たりしてます。調味料は大体、リュートが用意してくれてますけど」
「へぇ~、それはいいわね。だけど、戦えて料理もできる人材なんて簡単には見つからないわね」
「そうそう。結局、どっちか選んで料理ってなると、作り置きをマジックバッグに入れるしかないのよね~」
「それでも、出先でおいしい料理が食べられるのはいいですよ。一度試してみて下さいね」
「機会があったらだな。お客さんだ」
そういうファイスさんの前を見ると、ソードウルフの群れが見えた。水辺でもいるんだね。
「こっちは水を飲みに来たとかじゃないし、普通に戦わないと!」
「はぁっ!」
キン
「やれやれ、正面からだとこいつも手間だな」
「う~ん、ティタ行ける?」
(お任せください。スプラッシュレイン!)
ティタが大量の水流を操ってソードウルフの周囲に放つ。
キャウン?
「どうしたの?一つも当たってないわよ」
「そのまま攻撃してください!」
「お、おう!」
こっちからの攻撃を避けようとしたソードウルフたちは飛びのいた先で足を取られる。そう、ティタの攻撃は外れていたのではなく、ソードウルフたちの次の移動先をぬかるみにさせて、行動を封じ込めるためだったのだ。
「これじゃあ避けられないな!」
キャン
私たちはそのまま動けないソードウルフたちを片付ける。
「ふぅ、作戦勝ちか。しかし、本当に多様な戦い方をするんだな」
「パターンが少ないと大変ですからね」
まあ、パターンの半分ぐらいはティタ先生による考案だけどね。魔物目線というか、魔力の流れを読むのが得意なティタ先生は、目で見えない弱点を教えてくれる。ビッグフライタートルの件も以前に習ったところを生かしたものだ。
「ただ、厳しいんだよねぇ…」
私ならきっと答えを出せるはず!という熱血指導のお陰で全く手が抜けないし、一度の受講で精神的にもかなり疲弊する。この前もダンジョンの魔物と普段の魔物との大まかな差をインプットする授業があって、5時間続いたのだ。大まかな差といっても行動原理から始まって、攻撃の仕方や逃亡への意識など多岐に渡る。一緒に聞いていたジャネットさんも途中で出ていくほどだったのだ。
「おっ、なんか落としたよ。ああ、またこれかい」
ジャネットさんがドロップ品を拾い上げるとくるりと一回転させる。このダンジョンでお馴染みのファルシオンだった。
「ん?金貨1枚か。まあ、ないよりましだな」
「宿1週間ね」
どうやらファルシオンは人によって色々な呼び方があるみたいだ。全部ろくでもないものだけど。
「おっと、階段だな。次の階層に降りよう。準備はいいな?」
「はい」
それからすぐに次の階層への階段を見つけた私たちは降りていった。
「よしっ!後はこの階層だけね」
2階層を攻略して慣れてきたのでそのまま順調に探索が進み今は39Fだ。この階さえ終えれば次はいよいよ40Fのボスとご対面だ。
「ウィンドカッター!」
私は周辺にいる魔物へのけん制に風の刃を空に放つ。今はキャット種と見られる魔物がこっちを伺っている状況だ。
「どうしたの?いきなり魔法なんて使って」
「あっちでガーキャットらしき魔物がこっちを見ているんです」
「そうなの?ファイス、行くわよ」
「分かった。他の魔物が来るかもしれないから君たちはここで待機だ」
「了解です」
空に風の刃は待機させたままホークスのメンバーに対応を任せる。
「アスカ、他の方角はどうだい?」
「ちょっと待ってくださいね」
いつもより下げていた索敵の範囲を大きく周囲に広げる。
「ん?これって…」
「何か反応があったのか?」
「多分、オーガ系統かと。今回はもう出ないって思いたかったんですけどね」
「しょうがない。位置は?」
「ちょうど反対側ですね。今、こっちの戦闘の魔力を嗅いで来てる感じです」
「回避も不可能かい。どうする?」
「うう~ん、追加で来たら分断される恐れがありますし、ここは待ちましょう。その代わり、防御はしておきます。リュートも協力して」
「分かったよ」
私とリュートは共同でウィンドウォールを作る。といっても、2人で作るのではなくリュートが作った風の壁の後ろに私の作ったものを置くという形だ。いくら魔力の探知が得意な魔物でも、近くにある魔法をそれぞれ正確に把握できるわけではない。リュートの壁の強度に合わせた攻撃を私の壁が防ぐ構造だ。
「ガーキャットの方はどうですか?」
「もうすぐ終わるみたいだね」
そして、1分後には戦闘を終えてホークスのみんなが帰ってきた。
「お待たせ。あら、何をしてるの?」
「向こうからも何か反応があるんです」
「そうか。直ぐに迎撃の準備だ!」
「分かったわ」
既に戦闘の準備を終えている私たちの後ろでホークスのみんなも武器を構える。
ウォーー
「来たみたいね。あれはオーガバトラー!?ここに来て面倒な…」
「たまに26F以降でもいるみたいですし、しょうがないですよ」
「ああ、稀に報告が上がることがあるな。いつも結構な被害が出るようだ」
ヒュン
シュッ
「さっきのは?」
「どうやら弓使いがいるみたいですね。位置を把握してすぐに対応します」
私とリュートが斜めに張った2重の壁のお陰で1枚目の壁で勢いを削ぎ、2枚目の壁で空へと矢を逃がした。後はみんなをこの壁の後ろに退避させて少し待てばいい。
「ほらほら、こっちだよ。矢じゃ届かないけどね」
オーガ種には分かりやすい習性がある。1つは種自体にメイジ系がいないということ。2つ目は困った時は必ず前に進むということだ。1歩でも前にというのはこちらとしては恐ろしい部分でもあるけれど、裏を返せばからめ手に弱いということでもある。今回のように矢が通じなくても人なら別の場所から射掛けることを試す。しかし、オーガの場合は通じないと判断した瞬間に他のオーガと一緒に突撃してくるのだ。
ドドドド
「よしっ!これで矢の攻撃はなくなりました左右に分かれる準備を!」
「分かった」
ピィ!
「アルナがやってくれるの?頼んだよ」
ピィ
アルナがウィンドカッターを2度使って風の壁を避けるように左右からこっちに向かってくるオーガの集団へ攻撃を仕掛ける。
「あれじゃあ、すぐに無効化されるわよ?」
「いいんですそれで。見ていてくださいね」
ガァ!
舐めるなと言わんばかりに剣や斧を持ったオーガバトラーたちが武器を振るって風の刃をかき消す。
「今だ!いけっ」
私は先に作っておいた風の刃をオーガの空中から一気に落とす。オーガにメイジ系がいないのがこういう時には便利だ。魔物は魔力の流れに敏感ではあるけれど、何でも感じ取れるということではない。今みたいに前方に強い魔力で作られた風の壁があればそれに意識が持っていかれるのだ。
ザンッ ザクッ シュバッ
「ちぃっ!少し浅い」
私の放った刃は1体の首を、残り2体は腕を切り落としたのと胸を斬り裂いた結果にとどまった。もう1体ぐらいはとどめを刺したかった…。
「今です!左右から仕掛けてください」
「ああっ!」
「あいよ!」
私はみんなが左右から飛び出したのを確認して、改めてオーガの装備を確認する。
「弓使いは…あいつか!」
一度は突撃に切り替えたけれど、接近したことで再び弓を構えられても困る。私は空へと飛びあがり、まずは動きを封じるために魔法を使う。
「これで動きを…ストーム!」
手のひらから発生した嵐で弓使いを包み込み、動きを止める。
「リュート、今だよ!」
「任せて!はっ!」
魔槍を少し短くしたリュートは振りかぶってオーガに投げつける。
ドゥッ
リュートの投げた魔槍に腹を貫かれたオーガがその場に倒れた。
「残り4体!一気に行きましょう」
「了解だ!」
機先を制したこちらがその後の戦闘も有利に進めて、5分後には全てのオーガバトラーを倒すことに成功した。




