一時の安らぎ
もうすぐロールキャベツが完成するところで、ホークスの人たちの視線に気づき話しかけてみる。
「どうかしましたか?」
「えっと、出先でそんな食事してるの?」
「まあ、ご飯は元気の源ですからね」
「それにしても豪華よね。Bランクの私たちの食事でもこうよ」
そう言って自分たちの食事を見せてくれるリクターさん。彼女たちの前に並ぶのは干し肉に簡単なサラダめいたもの。大皿に適当に盛っているところから、そのままマジックバッグに入れていたようだ。
「えっと、そんなので体持ちますか?」
「持つというかダンジョン内なんだからこんなものでしょ?」
「あっ、いや~。私たちも今日がアルトゥールでダンジョンに入る最後の日ですから、ちょっとだけ豪華ですけどもっと元気の出る食べ物の方がいいですよ」
「豪華って言われてもどうやって作ったらいいの?料理人を連れてくる訳にもいかないし」
「ホークスの人たちは料理人いないんですか?」
「ちょっとアスカ。うちには居るみたいに言わないでよ」
「えっ!?でも、リュートってライギルさんに直接料理教わってたし、店とは言わないけど、野外料理はすごいよね」
「だ、だけど、料理人とは違うよ」
「ほほを緩めていうんじゃないよ。全く…」
私に褒められたのがうれしかったのか、否定しながらもリュートの顔は笑っていた。素直じゃないんだからもう。
「う~ん、うちはちょっとね。リリアナも切って焼くぐらいしかできないし、ファイスも同レベルだし…」
「ちょっと、リクター!あなただって対してできないでしょう?自分だけは違うみたいに言わないでよ」
「でも、簡単なスープとかはできるもの!」
ふふん!と胸をそらせてアピールするリクターさんだけど、話を聞いてる限りだと味の再現性は低そうだ。上手くいくと美味しくて士気が上がるけど、失敗するとみんながっかりするんだろうな。
「アスカ、あんまり失礼なこと考えるんじゃないよ」
「かっ、考えてませんよ!」
「それより、食べないのか?そろそろ良い煮込み具合だと思うんだが…」
「そうでした!それじゃあ、器に盛りますね」
「ゴクリ」
私が木の器にロールキャベツを盛っていると、ホークスの方から音が聞こえた気がした。
「あ、あの、ひとつだけ食べてみます?」
ロールキャベツは巻いたりする手間とか、ひとつ当たりがそれなりに大きいのであんまり数は渡せないのだ。
「いいの!?」
「はい、どうぞ」
私は余っていた皿に一つだけロールキャベツを置いてリクターさんに渡す。
「うわぁ、端を切るとスープがあふれてくるのね」
「はい。そのまま食べると肉汁が口いっぱいに広がるんですよ。結ばれているひもも…これって食べられるやつ?」
「うん。市場で買ったやつを乾燥させて置いてたやつだよ」
「ちょっと固さはあるけど、食べられるので一緒にどうぞ」
「分かったわ。それじゃあ、遠慮なく」
そう言うと、すぐに何度も口に運びたちまち1つのロールキャベツを食べてしまったリクターさん。
「ちょっと!残しておいてよ!」
「あら、言われないからいらないと思ったわ」
「そんな訳ないでしょ」
「ううっ。なけなしのこのロールキャベツを…」
お鍋に入っていたロールキャベツは13個。4人で一つ余るからさっきはリクターさんにあげたんだけど、このままだと取り分が減ってしまう…。
「べ、別に構わないわ!ほら、レシピはあるんでしょう?」
「えっと、商人ギルドに登録はされてます」
「じゃあ、そっちを見るから今日は諦めるわ。ダンジョンの中で普段、そういうものを食べてないし、いつも通りがいいもの」
「そうですか?それじゃあ、遠慮なく…」
リリアナさんが大丈夫だというので残りのロールキャベツをお皿に入れると、念願のお食事タイムだ。
「いただきま~す!はぐっ」
ロールキャベツを一口、口に含む。そして、その外側を噛み切ると…。
じわぁ
「んん~~~~、肉汁がいっぱい溢れてくる!熱っ!!」
「ア、アスカ、大丈夫!?」
「う、うん。へへっ、久しぶりすぎて勢いよく噛んじゃった」
「僕のひとつあげようか?」
「えっ、でも、悪いよ。リュートっていつも一杯食べてるし」
「それはそうだけど」
「アスカ、もらってやったらどうだい。腹いっぱいだと前衛は動くのが苦しいからね」
「そういうジャネットさんは食べ終わってるじゃないですか」
そう。なんと、ジャネットさんはパクパクパクと3口ですでに完食済みだ。良い食べっぷりなんだけど、ちょっともったいないなとも思う。
「そりゃあ、自分の割り当て分はきちんと食べないとね」
「言ってることとやってることが違いますよ」
「まあ、リュート君の心意気を受け取るかどうかだな。ゆっくり食事をするより、さっさと食べて休んだ方が体にはいいと思うが」
「うっ」
リックさんはこういう戦場でのことには厳しい。まあ、元が騎士だからなんだろうけどね。
「そ、それじゃあ、ひとつだけ…」
「はい、どうぞ」
「ん~~~!美味しい」
リュートからもらったロールキャベツを口に含む。人からもらったものはさらに美味しく感じるのか。あっという間に4つとも食べてしまった。
「あの、アスカ。パンは…」
「はっ!?そうだった」
ロールキャベツ以外にもパンが添えられていて、一緒に食べるはずだったのについ夢中になって、メインを食べ切ってしまった。
「ま、まあ、まだスープも残ってるし大丈夫だよ」
私はパンをある程度の幅に切るとそのまま火の魔法を使って乾燥させる。
「これでなんちゃってラスクの完成!ふぅ、危なかった」
ザクッザクッと小気味いい音を立てて、パンを食べていく。
「えっと、器用に食べるのね」
「まあ、これでもCランクの冒険者ですからね!」
こうして残ったスープとパンを美味しく食べた私はガンドンのテントを開いて休むことにした。
「アルナはどうする?今日はリクターさんにお世話になる?」
ピィ!
「そっか。それじゃあ、お願いしてくるね」
私はリクターさんにアルナを預けて、テントの中に入る。
「ティタ念のため外で見張っててね。キシャルはもう眠たいからここね。リュートはどうするの?もう寝ちゃう?」
「う、うん」
リュートも今回は見張りなしなので、一緒に寝ることになった。自分のテントを持っているけど、このフロア自体そこまで広くないし、見張りの範囲が広くなるので私たちのテントも一つだけだ。
「それじゃあ、もう明かり消すね」
「分かったよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
私は天井に設置してある明かりの魔石のスイッチを切ると掛け布団を羽織る。今日はそこまで強い敵には遭わなかったけど、明日どうなるか分からないし、ちゃんと寝とかないとね。
「アスカ、まだ起きてる?」
「すぅすぅ」
「もう寝てる。ちょっと複雑な気分。はぁ、僕ももう寝よう」
そして翌日?
「アスカ、朝だよ」
「うん、朝?」
「そうだよ。もうすぐ見張りも終わるよ」
「ん~、分かった。キシャル、朝だよ」
にゃ~
私はキシャルに声をかけると布団をめくり、朝の準備をする。
「ス、ストップ!僕は外に出てるね」
「あ、分かった」
リュートを見送ると簡単に髪をセットしてテントの外に出る。
「アスカ、おはよう」
「あっ、ジャネットさん。おはようございます。朝早いですね」
「まあ、3時間寝られりゃ十分だからね」
「そうですか?私はもう少し寝ていられますけど…」
「アスカはリュート君と一緒だったんだろ?あの後どうだったんだ?」
「えっ?どうもこうも、2人ともすぐに寝ましたけど」
「話とかしなかったのか?」
「いやだなぁ~、早く寝た方がいいって言ってたのリックさんじゃないですか!お陰でよく眠れました」
「リュート君、済まない」
「謝らなくていいですよ。僕もよく眠れましたし」
「まあ、2人がいいならいいんじゃないか。それより飯を食いな」
「は~い」
今日の朝ご飯は昨日のロールキャベツに使ったスープに干し肉と野菜を入れたものだ。野菜から出た水分で薄まる味を干し肉に使った塩分が補ってとても美味しかった。
「あ~、やっぱり朝ご飯はいいですね。昨日のスープがいい感じで」
「あの…いつもそんな食事なの?」
「えっ!?そうですね。でも、今日は街で買った野菜があるからまだ豪華な方ですね。遠出してたりすると、お野菜はなくなりますね」
「まあ、そんな感じよね。でも、パンを美味しそうに食べてたわね」
「あっ、この街でも美味しいパンを売ってる店を見つけたので。今までと違ってやわらかいんですよ~」
私はこの滞在中に見つけたパン屋さんを紹介する。ホークスの人たちはこれからもしばらくいるそうだから、役に立つだろう。
「しかし、それだと腹にたまらなさそうだな…」
「お腹に?ひょっとして…」
「ストップ!その話は無しだよ。ほら、ボスを倒して降りよう」
「あっ、ああ、そうだな」
軽く準備運動をして部屋に入る私たち。さて、今回の30Fボスはなんだろうか?




