30Fへの道のり
「それじゃあ、まずは20Fまで行こう。フロートはいつもどこまで潜っているんだ?」
「私たちは20Fか30Fまでですね。30Fまで潜る時はたまに泊まりますけど、大体は日帰りです」
「あら、案外早く攻略しているのね。30Fまで行くなら泊まりがけで行くパーティーも珍しくないのに」
「それだと時間がもったいないので」
「時間が?そんなに毎日潜っていたのか?」
「ん~、2,3日に一度ですね。毎日潜っても大変なだけですし、疲れちゃいますから」
「それなのに忙しいの?」
前を歩いていた戦士のリリアナさんから質問が飛ぶ。リリアナさんは大振りの剣を持った戦士だ。その剣は特徴的で長くて幅もある上、片刃の反対側の先は釣り針のように返しになっている。あれを振り回せるんだから相当な力がある人なんだろう。
「私、合間に細工もしてましてその時間を作りたいんです」
「そうなのか?多才なんだな。他のメンバーはそういう時にどうしてるんだ?」
「あたしらかい?思い思いだよ。本を読んだり、装備を見に行ったりね」
「へぇ~、自由そうでいいわね。私たちも人数が少ないからできるけど、縛りが多いところも結構あるのよ」
「リリアナさんもそういう経験があるんですか?」
「もちろん!戦士はケガも多いし、冒険に出ない日は体を休めろとか色々言われたものよ」
「じゃあ、うちは逆ですね。ジャネットさんとか暇だったら依頼を受けに行ってますから」
「あら、そういうのもOKなのね。パーティーメンバー以外と依頼をするのを禁止するのも普通なのに」
「えっ、そういうものなんですか?うちではそういうのはありませんね。みんな副業してた頃もありましたし」
「アスカ、あたしはしてないよ」
「あっ、そうでした。こっちのリュートと私は宿のお手伝いとかをしてました」
「あっ、その光景は簡単に想像できるわ。アスカちゃんは給仕よね?」
「分かります?お昼ぐらいしか入りませんでしたけど、結構頑張ってたんですよ。お客さんもいっぱい来てましたし」
「そりゃあ、来るわよね。私でも通っちゃうわ」
「おっ、もう10Fか。アスカ、悪いがボスの相手をしてもらえるか。君の実力を把握しておきたい」
「分かりました」
10Fに到着すると休憩も取らずにすぐにボス部屋に入っていく。
「あっ、これは大したことないですね」
今回、10Fで登場したのはゴブリンジェネラル2体だった。実力的には武器を使えるオークぐらいな感じだし、さっさと倒そう。
「ウィンドカッター!」
ヒュンヒュンと風の刃が舞うとゴブリンジェネラルたちの首を落とす。
「終わりました」
「そ、そうか。実力はそれなりにあるみたいだな。これなら、護衛はいらないか」
「それなら大丈夫です」
私の実力も見せられたことでどんどんダンジョン攻略は加速していく。
「そこだ!」
ブンッ
20Fのボスであるガーキャットたちに剣を振るうファイスさん。ひときわ大きい個体はすでにジャネットさんに討伐されている。
「さてと、後は宝を取るだけだな」
「じゃあ、開けますね」
私は連続して宝箱を開けていく。残念ながらこの3週間でもう20Fまでの宝箱の中身にはほぼ期待していない。
「ん~」
「アスカ、どうだった?」
「ファルシオンと毛皮ですね。ガーキャットの毛皮ですけど一番大きかった個体のですからちょっとは高いかも?」
「だが、敷物だな。ガーキャットの皮膚は硬い訳ではないからな」
「大きいから金貨2枚にはなるかねぇ」
「期待はしてませんでしたけど、がっかり」
「それじゃあ、少しだけ休憩してまた降りよう」
15分ほどの休憩を取り、21Fへと降りていく私たち。
「そらよっ!」
「こっちは大丈夫だ」
さすがに21F以降は魔物の量と質も少し上がり、みんなの動く量も増える。
「ローグウルフは厄介だな。どこからでも来る」
「ガーキャットは夜までは大人しいからねぇ」
パキッ
「あれ?この反応…」
私は一か所に光の魔法を使ってみる。すると、魔物の足が見えた。
「ブリンクベアー!?近寄られる前に!」
私は杖をしまい弓を取り出すと、頭があると思われる場所に矢を撃ち込む。
「アスカちゃん?」
トスッ
「あっ、ちゃんと当たった」
狙い通り、ブリンクベアーの頭に矢を命中させると、その姿があらわになった。
「とどめ!」
さらに矢をつがえると姿を現したブリンクベアーの脳天にとどめの一撃をお見舞いする。
ドスッ
「ふぅ、居場所が分かってよかった~」
「よくわかったわね。ブリンクベアーの位置は私たちでも中々見つけられないのに」
「あっ、ちょっと特徴的なんです。姿が見えない分、足元への注意をおろそかにするので、割と移動音はするんですよ」
「そうなのか?それにしても、俺は気づかなかったが…」
「前衛の人は後ろの音までは難しいですよ」
私も合同パーティーなのでそこまで探知魔法は使っていない。それでも分かったのはブリンクベアーの性格だ。見えないと思っていることをいいことに人に対しての警戒心は低い。特に野性と違う環境のためか見えないと思って大胆に攻めてくるのだ。
「さあ、脅威も去ったことだし、降りるか」
「それにしても、あなたの従魔たちってのんびりしてるのね」
リクターさんが横を歩きながら話しかけてくる。
「そうですね。みんな戦うために従魔になったんじゃなくて、それぞれ事情がありますから。でも、こんな調子ですけどちゃんと戦えるんですよ」
そう言いながら私は頭の上に乗っているキシャルを撫でる。
にゃ~?
何の用事?と聞き返すように鳴くキシャル。ここまで特に強敵も出てないし、キシャルは定位置から動いていない。
「こっちのアルナちゃんも静かよね。でも、私の肩にずっと止まったままだけどいいの?」
「あっ、大丈夫です。ひょっとしたらリクターさんの属性的に相性がいいのかもしれません。父鳥は水で母鳥は風属性なので」
「あら、混在種だったのね」
「はい。ミネル…母鳥を私が街に連れ帰って出会ったんです。本人は割と人見知りするんですけど、街の外に興味があったのでついて来ちゃったんですよ」
「じゃあ、本当に戦闘要員じゃないのね。まあ、私の風できちんと守ってあげるからね」
ピィ?
何々?と興味深そうにキョロキョロするアルナ。リクターさんの肩から肩へ、そして頭へと動き回っている。
「ちょ、ちょっと、そんなに動き回ったら迷惑だよ」
「あら、構わないわよ。普段こんなに小鳥に近づくこともないし」
「すみません」
「ほら、2人とも少し前と間が空いているぞ」
「ごめんなさい」
「いいじゃないの。前も少しペースを落としてるんだから」
「しょうがないな。だが、今日は30Fで泊まりだからいいか。40Fへは万全を期したいからな」
「やっぱり道中の魔物も強いんですか?」
前もって簡単な情報はジャネットさんたちからもらっているけれど、詳しいことを知りたいので、ファイスさんにもたずねる。
「31F以降か?そうだな…ソードウルフやディアトラも出るし、かなり攻撃に寄っている感じだな。特に注意して欲しいのは2種同時に襲ってくることもあるということだ。今だと他の冒険者が連れてこないと中々ないだろう?」
「言われてみればそうですね。戦場を移動していると、向こうから寄ってくるぐらいですね」
「そういう意味では魔物自体の強さが劇的に強くなる訳ではないが、危険性は跳ね上がる。冒険者によっては敵の種類が増えると対応できないものもいるからな」
「あ~、まあ、難しいですよね。群れ相手に戦うだけでも面倒ですし」
「そういうことだな。おっと、そろそろ急ぐか」
こうして、どんどん階段を降りていき私たちは30Fへと到着した。
「とりあえず、今日はここで休もうと思うんだが、見張りはどうする?」
「見張りねぇ。あんたらバリア魔石は持ってないのかい?」
「もちろん持っている。3人だけだからこういうものはないと不便だからな」
「じゃあ、交代でそいつを使えばいいんじゃないか?」
「あら、あなたたちも持ってるの?」
「まあね。そこまで大型じゃないけど、それなりには守れるやつだよ」
「それじゃあ、思っていたより楽だな。明日は気を張る場面も多いだろうから、君たちもゆっくり休んでくれ」
ダンジョンの中での天候の変化は階層変化以外ではないため、6時間ほど睡眠をとることになった。最初はこっちが3時間。続いて向こうが3時間の見張りだ。ただし、見張りのやり方は各々に任せられる。
「3時間寝れるならあたしがやろう」
「いいんですか?」
「ああ」
「なら、俺も付き合う」
「そこは変わるって言うもんだろ?」
「別に3時間寝れば十分だろう?階層も残り10Fだ。長くても半日前後で終わるだろう」
「ちっ、勝手にしな」
私たちの方針は決まったので、早速料理を作り始める。最初の見張りがこっちとはいえ、リラックスできる時間を多く取れるのは重要だからね。
「リュート今日はなんにするの?」
「今日は簡単にできるようにちょっと下ごしらえをしてきたんだ。ほら!」
そうやって私に鍋の中身を見せてくれた。
「あっ、これってロールキャベツ!久し振りだなぁ」
イリス様のところでお世話になっていた時はたまに食べられたけれど、こっちに来てからは全く食べられてなかったからうれしい。
「でも、どうしたの?」
「どうせ最後の滞在だって思って昨日のうちに厨房を使えるように頼んでみたんだよ。できた分の一部を味見させるって話でね」
「そうだったんだ。ああ~、楽しみ~」
「別にこの前食べたところだろ?」
「もう、2か月は前の話じゃないですか!」
「そこまで懐かしむもんでもないと思うけどねぇ」
私たちが食事について議論をしていると、興味深そうにこっちを見るホークスの人たちと目が合ったのだった。




