ラストダンジョン
「はぁ~、あれからもう3週間ですよ」
「どうしたんだ、アスカ?」
「明日はいよいよアルトゥール最後のダンジョン探索ですよ!」
「まあ、そうなるな」
「それにしても、色々ありましたね」
そう、短いようで長い3週間だった。最初の頃はリックさんの実家に飾るシェルレーネ様の神像を作ったりしていた。
「ああ、そこはもう少し胸を強調して髪は短くしてくれ」
「リックさん、作り始めたら案外注文が多いですね」
「それは長く家に置いておくものだからな」
「でも、なんだかこの像ってジャネットさんっぽさがあって気持ち悪いです」
ジャネットさんがというわけではもちろんない。ちょっと似せた感じに要求してくるリックさんの方だ。
「いやいや、それは偶然だぞ。同じ神様といっても各地方によって少し違ったイメージを持たれるんだ」
「ほんとですか~?まあ、いいですけど」
「あの時はほんと~に何か危険を感じましたね」
「うん、何がだ?」
「シェルレーネ様の神像を作っている時ですよ。ジャネットさんに似てて…そういえば、その次の週にお2人で情報収集のために酒場に行ったことがありましたよね?」
「ん?ああ、あの時か…」
「リックさん、ジャネットさんが剣士だからってあんまり夜遅くまで連れまわしちゃだめですよ。私は寝ちゃってて、後でリュートに聞きましたけど、かなり遅い時間に帰ってきたんですよね?」
ぶっ
後ろで何か音がした。どうしたんだろ?
「あ、あれは…そうか、そういうことになっているんだな。いやぁ~~~、気を付ける。2人で飲んでいた酒が美味くてな!」
「結局、次の日にジャネットさんが体調を崩してダンジョン探索が一回流れたんですからね。まあ、別にそんなに毎日潜りたいわけじゃないですから構いませんけど、ジャネットさんは大人の女性ですからもっと紳士的に…」
「ア、アスカ、その話はもういいよ。リックも気を付けるって言ったしさ」
「そうなんですか?まああれ以来、体調も崩してませんし、今回は水に流しましょう。でも、次はダメですよ」
「分かった、分かった。ジャネットも済まなかった。今後は気を付ける」
「ばっ、馬鹿言うな!」
リックさんの言葉に大声で応えるジャネットさん。ほんとにどれだけお酒飲ませたんだろ?私はお酒苦手だから行かなくてよかった~。
「それより明日の準備はもういいの?明日は久しぶりに合同パーティーだからね」
「リュート。準備万端だよ!でも、ちょっと緊張するなぁ。明日っていよいよ40Fに行くんでしょ?」
「うん。あれから何度か30Fまで行ったけど、あの調子なら一度ぐらいは行けそうだったからね」
「念には念を入れて合同パーティーにしてるんだから大丈夫だよ」
「それにしても、あのパーティーがギルドで相手を捜していてよかったな。普段はダンジョン近くで募集することが多いんだが…」
「この前の張り紙が効いてるんじゃないかい?今回のパーティーは全員、Bランクだけど3人だけだろ?」
「そうだな。戦士と魔法使いと魔剣士だな。バランスは悪くないが人数としては少ないな」
「そんな中、31F以降で置き去りにでもされたらねぇ。前のパーティーと違ってそんなに多くパーティーも通り過ぎないだろうしね」
「40Fを目指すパーティーってBランク以上のパーティーですもんね」
「そうそう、あたしらでも最初は断られかけたからね」
「リックさんの知名度があってよかったですね!」
「ま、酒場でよく酒を飲んでる剣士ぐらいの認識だったけどねぇ」
「おいおい、それで覚えてもらってたんだからよかっただろう?」
「まあそうですけどね。ただ、問題はお宝ですよ!何が出るかなぁ」
「結局、あれからめぼしいものと言えばこいつだけだしね」
そう言いながらジャネットさんがマジックバッグからポーションを取り出す。そのポーションには”古傷ポーション(3)”と書かれていた。
「こいつも売れりゃあいいんだけどねぇ」
古傷ポーションは名前の通り、古傷に作用して傷跡を消してくれる有難いポーションだ。もちろん、深すぎたりすると1本じゃ足りないけどね。ただ、いくつか問題があってひとつ目は古傷以外への効き目だ。あくまで古傷を癒すので、できたばかりだと普通のポーション程度しか効き目がない。非常用としては役に立たないのだ
「売るにもルートが必要なんですよね?」
「そうだな。その辺の商家ならまだ売れなくもないだろうがな…」
ふたつ目は販売ルートの難しさだ。古傷を治すということはその人に既に傷があることは知られてしまっていることがほとんどだ。平民ならいいんだろうけど、このポーションを買うのは大体が貴族層。それも、内密に買いたいので多くは自前の商会を使う。商会の方も入手には慎重を期すので、流れの冒険者からは中々買ってくれないのだ。
「結局、どうしましょうか?売るにしても簡単に買ってもらえそうにありませんし」
「いっそのこと、イリス様にあげたらどうだい?この前来た手紙に色々ついてたんだろ?」
「う~ん、そうですね。イリス様なら使ってもらえそうです」
アルトゥール滞在中に2通の手紙が来ていた。1通目はムルムルからで、フェゼル王国の南の国で戦乱の兆しがあって、その関係でしばらく返信ができないという手紙と、イリス様からの近況報告の手紙だった。そっちは、アルナとキシャルの置き土産についても書いてあり、お礼にと最新デザインの髪飾りをもらったのだ。
「この髪飾りもとてもいいものですし、そうしましょうか。手紙の返事もまだでしたし」
「それがいいよ。この後はアダマスに行ってそのまま大陸を移動するからね」
「それじゃあ、追記して一緒に商人ギルドに持っていきますね」
「ああ。ひとりで行くなよ」
「分かってます。リュート、この後お願い」
「分かったよ。ついでに食料も調達しようか」
「そうだね。みんなの分もいるしね」
ピィ
にゃ
当たり前だと私の言葉に追随する2人。この前の事件から強気なんだから…。
「そういえばアスカ。明日はみんな連れていくのか?」
「そのつもりです。危ないかもしれませんけど、相手の人もランクが高いですし、ある意味ダンジョンは警戒しやすいですから。普通の時に思わぬ魔物に出会ったっていういい練習になるかと」
「でも、気を付けなよ。バリアに頼り切りも良くないからね」
「そうですね」
なんて言いながら、みんなに隠れてファモーゼルの魔石を使ってかなり強度の強いバリアが張れる魔道具を作ってるんだよね。出番がなければいいけど…。
そして、迎えた最後のダンジョン探索日。みんなのやる気も最高潮だ。ティタが左肩、アルナは右肩、そしてキシャルは頭だ。
「結局、歩くのはもうやめたんだね…」
やる気を出してダンジョン内で魔物討伐にしばらく明け暮れたキシャルは、ここのところぱったりと動かなくなった。やる気メーターを消費し切ったのか、最近はずっと頭の上が定位置だ。
にゃ~
「別にいいけど、危なくなったらちゃんと動くんだよ」
それには返事を返さず、私たちは待ち合わせの場所に着いた。
「おっ!早いな」
「いえ、お待たせしちゃいましたか?」
「俺たちが早く来すぎてるんだ心配ない。初めて組むパーティーにはいつもこうしてるんだ。今回は組めてうれしいよ。そっちの代表者は…」
「あっ、私です。よろしくお願いします」
「そ、そうか。よろしく頼む」
お互いリーダー同士で握手を交わして早速、陣形の話に移る。
「俺も入れて剣士は3人、戦士が1人、槍士が1人に魔法使いが2人か。前衛の中央は戦士、両翼をそっちの剣士2人が、その後ろに魔法使い。最後に槍士と俺が後方を固める。これでいいか?」
「はい。バランスのいい陣形ですね。今回のパーティーは非戦闘職もいませんし、安定すると思います」
「じゃ、決まりだな。陣形も決まったし、自己紹介をしようか。俺はホークスのリーダー、魔剣士のファイスだ」
「私は戦士のリリアナ」
「私は魔法使いのリクターよ」
「みなさんよろしくお願いします。私はフロートのリーダーで魔物使いのアスカです」
「あたしはジャネット。見た通り、剣士さ」
「俺はリック。ジャネットと同じ剣士だ」
「僕はリュートです。槍士をしています」
「お互いバランスのいいパーティーだな。それにしても、従魔は皆小型なんだな。大丈夫か?」
「はい。見た目以上にみんな強いですから!」
「そうなの?私は風魔法と水魔法が使えるからそっちの小鳥さんは危なくなったら守ってあげるわよ」
ピィ?
ほんと~?とアルナがリクターさんの元に飛び移る。前はかなり人見知りだったけれど、最近は人を見て大丈夫だと思ったら近寄るようになった。これも旅の効果だろう。
「わっ!?本当に来てくれたの?可愛いし賢いのね」
「そうなんです!みんな頭も良くてかわいいんですよ」
「そういえば、アスカは魔物使いだが他に武器はないのか?」
「あっ!一応、弓と魔法が使えます。魔法は火と風ですね」
「ダンジョンなら遠慮なく使えるな。最初はどんどん降りていくからある程度進んだところで、どれぐらいの威力か見せてもらえないか?」
「いいですよ」
「じゃあ、そろそろ入るとするか」
そのジャネットさんの言葉を合図に、私たち合同パーティーは40Fを目指してダンジョンへと入っていった。




