充実の午後
「それで、明日は細工に当てるのか?」
「はい。リックさんにも付き合ってもらいます」
「デザインは前に言ったものでいいのだが…」
「せっかく作り手がいるんですから細かいご要望にもお応えしますよ?」
「まあ、一度アスカの腕前を見てみなよ。きっと、リックの思ってる以上だから」
「それなら、俺も宿にいるか。ジャネットは?」
「あたしはそろそろ荷物が着きそうだからギルドに行ってくるよ」
「荷物?」
「届いてからのお楽しみさ。かくいう私もあんまり知らないんだ」
「なんだそれ?送り主はしっかりしているんだろうな」
「あんたよりはね」
笑いながら自分のベッドに腰かけるジャネットさん。反対にリックさんは気になるという顔をしている。
「リュート君は知っているのか?」
「う~ん、大体の見当は付きますけど、僕も確信は持てませんね」
「リュートを買収しようとしても無駄だよ。リックには手札がないだろう?」
「そうだな。実家まで帰れば人を世話してやれるんだが…」
「いりませんよ、別に…」
「だそうだ」
リュートの答えに満足してジャネットさんはベッドに寝転んで、胸に置いたキシャルを撫でる。キシャルはもう眠っているのでちょっとくすぐったそうだけど、起きる気配はなかった。
「ほら、明日の予定も決まったんだし、飯の時間までゆっくりしよう」
まだ時間はお昼前だ。私たちは昼までの1時間を思い思いに過ごした。
「ご飯、美味しかったですね」
「ああ。今日は早めに帰って来れてよかったよ。出前の店もリックが知ってて助かったしね」
「あの店はまだ開店して日が浅いからな。もう少ししたらうちになんて簡単には来てくれないだろうな」
「確かにこの街の標準的な値段より安い上においしかったですね」
「店を知ってもらうサービス期間なんだろうね。忙しくなったら出前も辞めちゃうかもね」
「それは困るな。俺も出前ができる店はあまり知らないんだ」
「じゃあ、また開拓しないといけませんね」
「待ってくれ!結構食べ歩きも大変なんだぞ?外れの店も多いしな」
「外れというか単価が高いだけの店だろう?」
「それはそうだが、店の前に書いてない金額を支払わされる店とか、街に不慣れな人間には厳しい店も多いんだ」
「それって取り締まりとかないんですか?」
「料理を注文する時にはちゃんと説明したと言われれば、後はお互い言い合いになるだけだからな。多少の金額なら面倒は避けたいだろう?」
「冒険者相手だからって狡いねぇ」
「それで、これからはどうするんだ?まさか昼寝とか?」
「あたしはそうしようかね。まだ、キシャルも寝てることだし」
ジャネットさんのベッドの上には食事前に置いたキシャルが寝息を立てている。まだ起きる気配はないから、きっと夕方近くまでこのままだろう。
「リュート君は?」
「僕は手入れをしておきます。20Fまでだとなぎなたも使いましたし」
「そうか。アスカは?」
「私は細工をしておきます。この街で細工をする時間はあまりないですから」
「細工は明日もやるだろう?」
「リックさんの分はそうですけど、他にも定期的に卸しているところがあるんです。今は大陸もまたいでますから在庫切れになる前に送らないと」
「思ったより大変なんだな」
「そういうリックはどうするんだい?」
「俺か?う~む、ジャネットと一緒に見たいものもあったんだが、無理ならしょうがない。ひとりで武器屋に行ってくる」
「武器屋に?」
「ああ、属性剣の安いものがないかと思ってな」
「あたしは自分の分があるけど、リックだって持ってるだろ?」
「もちろん持っているさ。ただ、刃こぼれが目立ってな。少し刃の長いものを使っていたんだが、ショートソードかレイピアぐらいになりそうなんだ。それで、ジャネットにどうかと思ってな」
「そういうことなら今見せな。サブで使いたいやつは長さが決まってるから」
「…分かった」
ちょっと残念そうにリックさんが剣をマジックバッグから取り出す。さては剣を作り変えるのに合わせて2人で出かけるつもりだったんだな。
「リックさん行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくるよ」
ジャネットさんから詳細な長さと幅を伝えられたリックさんはやや肩を落としながら部屋を出ていった。
「さっ、それじゃあ、私は細工をしようかな。ジャネットさん、結界張りますね」
「ああ、頼むよ。あたしは多少音が鳴っても寝られるけど、キシャルが起きちまうからね」
「ふふっ、そうしてるとお母さんみたいですね」
「へっ、変なこと言うんじゃないよ!大体、誰が父親なんだい」
「そりゃあ…」
ぶんぶん、一瞬浮かびかけた人物を頭から消し去る。まだまだ、お姉ちゃんを渡すわけにはいかないのだ。
「さあ!細工でもしようっと」
ごまかすように私は細工道具を取り出すと作業に取り掛かった。
ほりほりほりほり
「アスカ、アスカ~!」
「うん?」
細工をしていると横から声がかかった。どうしたんだろ?
「あっ、リュート。どうしたの?」
「もうすぐ夕飯だよ。キリが良さそうだったから声をかけたんだけど…」
「そうだったんだ。うん。この部分を終わらせたらもう終わりだよ。ちょっと待っててね」
「分かった」
「それにしてもリュートはすごいね」
私は手を止めずにリュートに話しかける。
「どうしたの?」
「だって、細工をしてないのに完成かどうかわかるなんて」
「あ~、それはジャネットさんが…」
ちょっとだけばつが悪そうにリュートが答える。
「ジャネットさんが?でも、ジャネットさんは普通にキシャルの相手をしてるよね」
ちらりとジャネットさんのベッドを見ると、キシャルも起きていて今は遊んでもらっている。
「ほら、寝る前にジャネットさんのベッドに音を遮断できる結界を張ったでしょ?だから、声が届かないんだって」
「そういえば、そんなこともしたっけ」
私は結界を解くとまた作業に戻る。
「リュート、また作業に戻ってるけどちゃんと伝えたんだろうね」
にゃ~!
そうだそうだとキシャルもジャネットさんに続く。もう、調子がいいんだから。
「アスカには伝えました。もう少しで終わるみたいです」
「ふ~ん。まあいいや。ほら、キシャル。続きだよ」
にゃ~
う~む。ああして見てると誰の従魔か分からなくなってくるなぁ。
ピィ
「おっと、アルナも遊びたいの?もうちょっと待ってね。これが終わったら時間ができるから」
ピィ~
どうやら、キシャルが遊んでもらえていることに不満があるようだ。明日も細工だし、食後にももうちょっと作りたかったけど、ここは我慢しよう。
「どうせしばらくはダンジョン暮らしだしね~」
ちょんちょんとアルナの頭をつつきながら今後の予定を少し考えて、また作業に戻った私は10分ほどで最後の部分を作り終えた。
「ふぅ~、今日の作業ももうおしまい!さあ、アルナ。遊ぼう」
ピィ!
ガチャ
「みんな居るか?夕飯の時間なんだが…」
アルナに伸ばしかけた手を夕飯の時間を知らせに来たリックさんの一言で引っ込める。
「ごめんね。直ぐにご飯の用意をしてあげるから!」
ピィピィ!
遊ぶのは?というアルナの抗議を受けながらも私は食事の用意をしてあげると食堂に向かう。
「アルナ、残念そうだったね」
「しょうがないじゃない。ご飯の時間なんだから」
この宿の食事は対外的に食事を提供しないこともあってちょっと特殊だ。4人掛けのテーブルが2つあって、その日に食事を取る宿泊客が2組ずつそこで食事を取る。待ち時間が少ない代わりに時間になったら行かないといけない。最悪、頼めば部屋に持ち込めるけれど、その時は宿の人に取りに来てもらうから別料金もかかるし、室内も確認されるからね。
「ん~、この宿の食事もおいしいね」
「そうだね。前もって時間も決まってるから作りたてだしね」
基本、街での食事は注文を受けてから作るんだけど、こういう前もって数が決まっているところなんかは作り置きだったり、近くの食堂から持って来てもらったりと出来立てじゃないこともある。そういう中で宿泊客だけのために料理人を雇うなんて大変だと思うのに。
「それで、明日は何時から細工をするんだい?」
「一応、予定では朝からですね。明後日はダンジョンですよね?」
「ああ。今回はほぼ雷皮の金貨4枚がせいぜいだったろ?ちゃんと潜らないと大変だよ」
「まあ、あれが出ただけでも良かったさ。俺の時はファルシオンでも儲けものだったことがあったんだからな」
「20Fの辛いところですね。ガンドンの皮って結局、いくらでした?」
「銀貨4枚。まあ、市場価格通りだね」
「え~と、ダンジョンの入場料が…」
「ストップ!それ以上はいけないよ」
「は~い」
手加減しながらボスと戦った成果というのがさらに重くのしかかるのか、ガンドンの皮の話はNGらしい。その後は軽く明後日の打ち合わせもしながら食事を終えて部屋に戻ってきた。
ピィ!
「アルナ、待ち構えてたの?そんなに楽しみにされちゃ、しょうがないなぁ」
お風呂の時間まで余裕があるので私はアルナと一緒に部屋で遊んだ。こういう時に下に音が響くと思われがちだけど、私は床に足をついているふりをして浮いているので大丈夫だ。
「宙に浮きながらごろごろするなんて行儀が悪いよ」
「ジャネットさんはベッドに寝転びながらじゃないですか、変わりませんよ」
「これは当たり前だろ?浮くなんて普通はできないんだから。なぁ、キシャル?」
にゃ~
ごろごろと喉を撫でられて嬉しそうに声を出すキシャル。うぬぬ、主人を差し置いてジャネットさんにつくなんて。




