大きな存在
「さて、そろそろ行くかい。みんな準備はいい?」
「はいっ!」
「大丈夫です」
「リックは?」
「もちろん大丈夫だ」
「ここのボスは何が多いんだい?」
「ん~、色々だな。だが、11Fからの地形を踏襲している。今まで出てきた魔物の特徴を掴んだ相手になるはずだ」
「そうかい。まあ、入ってみるしかないか」
「行きましょう!」
私を先頭にしてボス部屋の前までたどり着く。
「さて、陣形はと…そこまで強くないだろうし、あたしとリックが前。アスカの補助にリュートが付きな」
「はい」
「分かりました」
「んじゃ、行くよ!」
扉を開けて、打ち合わせ通りの陣形で挑む。全員が入ったことを確認して扉がスゥーッと消える。
「砂漠地帯!?」
「気を付けな!姿が見え…あれかい?」
乾燥地帯が広がるのかと思いきや、さらに一歩進んで砂漠の地形のようだ。目の前には大きなしっぽのようなものが一つ。
「ひょっとしてあれは…」
「リック、分かるのかい?」
「ああ。恐らくスコーピオン・キングだ。ポイズンスコーピオンの巨大なやつだな。動きも攻撃も基本は同じだが、毒が強力になっている」
「つまり…」
「猛毒治療薬を持ってる俺たちには問題ない相手ってことだな!」
そういうと一気にリックさんが距離を詰める。
「ジャネットさん、左から!」
「あいよ」
「リュート、後ろお願いね。私は中央から仕掛けるから」
「分かったよ」
後方の守りをリュートに任せ、私は開いている中央から攻撃を仕掛ける。
「アーススパイク!」
ドンドンドン
私はしっぽの位置から想定されるスコーピオン・キングに向かって放つ。砂漠地帯なので、地中の砂を集めて攻撃するとともに、本体近くの砂を使って姿を地上に出させる考えだ。
シャァァァ
「わっ!?こっちに来る?」
攻撃を仕掛けた私にスコーピオン・キングは意識を向けてきた。ただ、大きいもののリックさんの言う通り、思考パターンはポイズンスコーピオンのままのようだ。
「もらった!行くぞ、ジャネット」
「ああ!」
私に迫るスコーピオン・キングの側面からまずはリックさんが剣を振るう。それを肉眼でとらえはさみで防ぐスコーピオン・キング。でも、そっちに今度は意識を持っていかれ、次のジャネットさんの攻撃には無反応だった。
ザクッ
「ふんっ!」
頭部に突き刺さった剣を切り払うように剣を振るジャネットさん。
ギャアアァァァ
私たちの連携にスコーピオン・キングはまともに攻撃をできず、倒れた。
「終わりましたね」
「案外あっけなかったですね」
「まあ、こいつの特徴は毒針とはさみだからね。攻撃させる隙を与えなければこんなもんさ」
「そうだな。サイズこそ違うが、新しい攻撃方法があるわけではないからな。ここに来るまでに戦い慣れているだろうから、長期戦にならない限りは楽だろう」
「長期戦だと毒もありますからね」
「そういうことだね。アスカも中々分かってきたじゃないか」
「そうですか?」
「それより、宝箱はいいのか?」
「そうでした!すぐに確認しますね」
「あっ、行っちまった。リック、要らないことを…」
「悪いな。でも、時間はまだ惜しいからな」
「あっ、何かありましたよ!」
「そりゃ何かはあるだろうねぇ。で、何だった?」
「大きいしっぽです!!」
私は宝箱の中身としてはおかしなサイズのしっぽを取り出す。
「載せてみますね~。あれ?出ませんね」
「いいもんなのかい?」
「一応判定ではC以上みたいですね。しまってもらえます?」
「あいよ」
とりあえず、よくわからないスコーピオン・キングのしっぽなるものをジャネットさんのマジックバッグに入れる。
「後は、ボス部屋の宝箱だね。こっちはと…」
パカッ
「おっ、これはいいやつじゃないか!」
「ジャネットさん、何かいいやつでした?」
「こいつを見てみなよ」
ジャネットさんが私に中身を見せてくれる。
「これは…剣?」
「しかも、珍しい氷属性だよ。なんで草原のダンジョンで出るか知らないけどね」
「砂漠だからじゃないか?基本的に砂漠は熱いだろう?」
「それか寒いからかも」
「寒い?」
「砂漠の夜ってすごく寒いらしいですよ。そっちの方なのかも」
「アスカって相変わらず変な知識は豊富だねぇ。んで、これはどうだい?」
「じゃあ、調べてみますね」
私はジャネットさんから剣を受け取ると、本の上に載せる。
「ん~、これも出ませんね。ここに来ていいものばかりですね!」
「まあ、そうじゃないと困るんだよねぇ」
「Cランクで氷の剣なら金貨10枚行けますかね?」
「なんだいリュート。商人みたいになってきたねぇ」
「いえ、どうしても気になるので。滞在費も一日金貨1枚ぐらいかかりますし」
「まあ、こう何度もいいものが手に入る訳ではないだろうしな」
「みんな色々考えてますね。私はいいものが手に入ったな~で満足しちゃいます」
「アスカはそのままでいいよ。あんまり何でもできると、可愛げがなくなっちまうよ」
「そうですか?」
「その議論は後で。先を急ごう」
「そういえば、後もつかえてるんだったね」
私たちの後には2グループぐらいちらっと見えていた。恰好からするとCランクになりたてぐらいだったから、ここのボスを倒したら地上に戻るのだろう。
「それじゃあ、下に降りるか」
「念のため装備を確認してからだな。リュート君はまだそのままで行くのか?」
「はい。魔槍は出番が来たら言うって言ってます」
「それはそれで大変だな」
「さ、じゃあいこうか」
「はい」
準備も確認した私たちはいよいよ21Fへと足を踏み入れる。
「ここは…」
「思いっきり草原ですね。しかも、結構背が高い草も多い」
「ああ、これは外れだな」
「外れ?」
「ほら、草の背が高いだろ?魔物を視認しづらい上に、厄介な魔物が数を揃えてきやすいんだ」
「あ~、分かります。多分この地形って…」
「レディト東だね。多分、出てくる魔物も」
「来ます!」
早速、高い草を利用して魔物が移動してくる。この感じは…。
「ローグウルフ!来ますっ!」
「種類までわかるのか、助かる!」
「リュート、アスカ、分かってるね?」
「はい。回り込みに気を付けます」
「準備しておきます」
ローグウルフはその盗賊の名が示す通り、獲物をかすめ取るような動きが得意だ。正面から襲ってくるように見せかけて、大体は狩りの上手い個体が回り込んで獲物をしとめる。今ジャネットさんたちに向かっているのは陽動で恐らく体格で劣る私が狙いだろう。
「はっ!」
「せやっ!」
ジャネットさんたちが正面のローグウルフに対応するものの、向こうも陽動なので決定打を与えられない。そのうちに一つの反応が右後方からやってきた。
「リュート、お願い!」
「了解!」
きょろきょろと周囲を警戒するように見せかけて、私を狙うローグウルフに意識を集中したリュートが、なぎなたを振り下ろす。
ギャン
「これで!」
そのまま、リュートがとどめを刺す。そして、群れがその光景に戸惑っている瞬間を狙って私は魔法を放つ。
「いまだ!ストーム」
ギャン キャイン
相手の陽動につられるようにして、ローグウルフたちの距離を詰めさせていたジャネットさんたちのお陰で、私のストームは残った敵をまとめて宙に巻き上げることができた。
「終わりだね…」
宙に舞ったローグウルフたちに風の刃を受け止めるすべはない。そのまま戦いは終わった。
「鮮やかだったな。経験があったのか?」
「多分、ここの地形なら戦ったことがあるね。リックより上かもねぇ」
「ほう?それはいい。じゃあ、ジャネットに任せるとするか」
「なっ!?」
剣を納めてにやりと笑ったジャネットさんにリックさんはそう返事を返すと、後ろに下がった。
「ちっ、楽しようってのかい」
「まあ、途中で交代するさ。体力温存だな」
「しょうがないねぇ。ちょっとは仕事もするか」
こうして、21Fからはレディト東のような地形を動き回る。
「それにしても、やっぱり草原だからか隠し宝箱はないですね~」
「隠し宝箱?」
「ランダムダンジョンに行ってた時は、岩の中とかにあったんですよ。珍しいものも入ってたりしてよかったんですけどね」
「草原だと草の高さに隠れて…いや、そんなものは見たことがないな。岩は…少しはあった気がするが」
「そうなんですね!じゃあ、見つけたらバンバン壊していきましょう!」
「行きましょうって…」
「ああいいだしたら無駄だよ。まあ、後10Fだから好きにさせてやりな」
「それもそうか」
みんなの了解も得たので、ここからは色々と探しながら降りていく。
ピィ!
「アルナ、大丈夫?」
「全く、もう少し気を付けなさい」
ピィ
注意しているとはいえ、やはり草むらを進むので魔物に襲われた時のリスクも高まる。いるのは分かっても、飛び出すタイミングまでは分からないため、アルナも不安げだ。
「だからといって、飛ぶのも危険だしね。大人しく肩につかまっててね」
ピィ!
こうして進んでいくと何とか26Fまでやってきた。
「うん?少し木が増えたな。林とまではいかないが、止まり木のようなものが多くなった」
「あ~、これは面倒だね」
「リックさんも30Fまではあまり行ってないんですよね?」
「そうだな。他のパーティーに入ることも少なかったしな」
「じゃあ、気を付けな。ここはブリンクベアーやガーキャットが出るだろうから」
「ええ~、またあの集団なんですか…もう嫌ですよ」
「珍しいな。アスカが弱音を吐くとは」
「だって、夜だっていうのにバンバンやってくるんですよ!ねぇ、リュート」
「まあ、ガーキャットは夜行性の魔物だしね」
「そんなに頻繁に襲ってくるのか?」
「日に何度かね。リックも一度行ってみな。二度は行きたくなくなるよ」
「それはごめんだな。おっと、どうやらお出ましだ」
「この反応はガーキャットですね。ダンジョンだからか時間を気にせず出てくるのが、さらに疎ましいです」
20Fのボスを無事に倒した私たちだったが、どうやらそれ以上に厄介なところに足を踏み入れたようだ。




