ミネルナ村最後の夜
あれから2日。細工に集中したおかげで像が完成した。全高は150cmほどで幅は80cm。ミスリルで作った本体とそれを覆うシェルオークの部分は精密に。そのカバー部分には間にゲル剤を仕込んで、銀で再び囲った後は最後にオーク材で閉じた。
「ううっ、頑張った。私」
「うん、昨日は追い込みだ~!って言ってすごい勢いだったよ」
「恥ずかしいなぁ。聞こえてたんだ」
「聞こえてるも何もみんな居たけどね」
「えっ!?」
「アスカ様は集中しておられましたが、あの時間は皆さんお揃いでしたよ」
「気づかなかった…」
「それで、これに合わせるアラシェル様の像も作るんだろ?」
「あっ、はい」
「村の人もミネルナ湖を探してくれたお礼に一緒にあがめたいと言ってくれたので」
「でも、用意してるのってオーク材だけじゃないの?」
「まあ、ミネルナ様の信仰が根付いてるし、あんまりいいものでもね」
「アスカがいいならそれでいいさ。それより、準備は進んでるかい?」
「はい。もうすぐこの村ともお別れですからね」
今日のうちにアラシェル様の神像を作ったら、いよいよ明日は出発だ。残念ながらここまでずっと付き添ってくれたエディンさんやミシェルさんともお別れかと思うと寂しい。
「私たちも付き添えればよかったのですが…」
「ミネルナ村にずっと滞在してくれただけでもありがたいですよ!私の面倒ばかり見てもらって悪いぐらいです」
「いいえ。アスカ様のお世話をさせていただいて大変光栄でした」
「ほら、もう明日の話をしてるけどまだできてないだろ。手を止めてたら間に合わなくなるよ」
「おっと、そうですね。滞在もかなり伸びちゃいましたし、頑張らないと!」
というわけで、村の人が切ってきてくれたオーク材を私は加工していく。
「ふんふ~ん♪」
「アスカまた…」
「ほっときなよ。本人がやりやすいんだろうからさ」
「そうですね」
「それより、ファラのやつはまた外かい?」
「みたいですね。今日もエルスマンさんがついて行ってるみたいです」
「ティタも飽きないねぇ。新人を教えるのがそんなに楽しいのかね」
「ファラちゃんは前向きですからね。ただ、ほとんど経験がない中で魔物退治に行かせるのはどうかと思いますけど」
「経験はそのうち嫌でもするだろうからね。考えは分かるけど、かなり急だよねぇ。エディンもついて行ったことがあるんだろ?」
「はい。昨日は私がついて行きました」
「どうだい?」
「正直よく付いていけているなというのが本音です。あの訓練を一般的な騎士に課したとしたら、ほぼ残らないでしょう」
「そんなに厳しかったんだ…」
「ファラ様に魔力が220ほどあるからできることですね」
「前より増えてないかい?」
「巫女による上昇分が150で増加した20は自身の魔力の伸びでしょう」
「そうか、まだ小さいもんね。伸びるってことはいいことだよ」
「それにしてもアスカってば、僕らがこれだけ話してても気づかないんだね」
「これはもう誰かが見とくしかないねぇ、リュート」
「なんで僕に言うんですか?」
「そりゃあ、ここにいる中であたしとあんた以外はもうすぐ別れちまうからね。別にあたしでも構わないよ?」
「僕が見ておきます」
「よしよし、それはそうとこの完成した像はどこに置く気だい?」
「村の中央部を今、村人が整備し直しています」
「村長の家に置いておくとかしないのかい?」
「誰でも見れるようにということです。これまで見られなかった分のようですね」
「いい考えですね。それなら皆覚えておけるでしょうし」
「そうだね。さて、あたし達も自分のことをしようか」
「では、最後にお手合わせお願いできますか?」
「いいのかい?手を抜くのは苦手なんだけど」
「構いません」
「じゃあ、ちょっと行くか。対人戦も重要だしね」
「それでは私はお菓子を作りに行ってまいります」
「あっ、僕は…」
「さっき自分で見とくって言ったろ?ちゃんと見ておくんだよ。変なことはしないように」
「し、しません!」
「声が大きいよ」
「あっ…」
「やれやれ、先が思いやられるよ。じゃあね」
そんな感じでみんなが出ていったことにも気づかず、私はずっと細工に打ち込んでいた。
「…スカ、アスカ!」
「わっ!?なんだ、リュートか。どうしたの?」
「どうしたじゃないよ。もうすぐお昼だよ」
「ええっ!?休憩は?」
「えっ!?普通にお茶飲んでたじゃないか」
「そ、そうだっけ?」
「ちゃんとクッキーもつまんでたよ」
「覚えてないなぁ」
「はぁ…もうちょっと息抜きをしながらやろうね」
「努力する」
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
リュートと一緒にお昼を食べに食堂へ。
「あら、今日は時間通りですね。リュート様ですか?」
「はい。時間になったって知らせてくれたんです!」
「それは良かったです。今日は冷めてしまうとあまりおいしくありませんでしたから」
「そうなんですね。よかったです」
出てきた食事はシチューに近いものだった。ミルクは高いので、固形にしたチーズっぽいのが少し入っているだけだけど。
「ん~、おいしかった。さあ、作業再開だ!」
現状、完成度は6割ぐらい。夕食前には終わらせておかないとね。
ほりほり ほりほり
「アスカ、ちょっと休憩しない?」
「えっ!?今何時ぐらい?」
「15時前後かな?」
「そうなんだ。分かった」
それなりに進んでいたのでリュートの言葉に従って休憩を取る。
「アスカ様、こちらをお持ちしました」
「ありがとうございます、ミシェルさん。あっ、クッキー焼かれたんですね」
「?」
「アスカ、朝と一緒のだよ」
「あっ、そういえば食べたんだっけ?へへっ」
「どこか気のない返事だと思いましたら…」
「今度はちゃんと味わいますから」
「では、先にお茶をお入れいたしますね」
とぽぽぽとミーシャさんがおいしいお茶を入れてくれる。
「はふぅ~、やっぱりこのお茶が落ち着きます」
「ありがとうございます」
「もうすぐお別れなんて寂しいですね」
「ご一緒したいのですが…」
「ダメですよ。イリス様の元に帰らないと」
「そうですね。では、残り少ない時間を精一杯お仕えさせていただきます」
「よろしくお願いします!」
その後、休憩を終えた私はアラシェル様の像を作り終えるまで細工に没頭した。
「ぷはぁ~、できたぁ~」
「オーク材だから手を抜くって言ってたのに、いつも以上の出来じゃない?」
「そうかな?でも、やっぱりアラシェル様を作るんだから手は抜けないよね。もしかしたら、スキルも上がってるのかも?」
「なんだかんだ作ってるからね」
コンコン
「は~い」
「アスカ様、晩餐の用意が出来ました」
「あっ、夕飯ですね。行きます」
そして、リビングに向かうと…。
「わっ!?すごいごちそうですね!どうしたんですかこれ?」
「運よくボアが狩れたのでせっかくなので料理したんです」
「へ~、この周辺にも居るんですね」
「少し北側になりますけどいるんです」
「あっ、ファラちゃんお帰り。今日も裏手で修業?」
「あ、はい。杖、ありがとうございました」
「あの杖使いやすいでしょ?」
「はいっ!いつもより疲れにくくて助かりました」
「ちょっとしたものだから大事にしてね」
「本当にいいんですか?大事なものなんじゃ…」
「大事だけど、ファラちゃんにならいいかなって。アラシェル様も分かってくれるよ」
「アラシェル様が?」
「あ、いや~、ちょっとだけ加護みたいなのがあるというかなんというか…」
危ない危ない。本人からもらったものだっていうところだった。
「じーっ」
「ティタ、どうしたの?」
「私にも杖…はっ!なんでもありません」
「う~ん、ティタにはあの杖は大きいからなぁ。そうだ!今度、フィーナちゃんからシェルオークが届いたらそれで専用のものを作ってあげる!」
「本当ですか!?」
「うん」
「はいはい。それもいいけど、飯も食べな。冷めるよ」
にゃ~
「そうでした、頂きま~す!キシャルとアルナもはい」
私たちは獲れたばかりだというボアの肉を食べる。キシャルも元気よく、アルナは肉がそこまで好きではないのでサラダに少し乗っている程度だ。
「ん~、ボアって意外に生息域が狭いから久しぶりに食べたけど、おいしい~」
そう、ボアって初心者冒険者が戦うにはそこそこ厄介なんだけど、一定以上の魔物がいると生き残れないのかその地域には居ないんだよね。だから、こうやって食べられる機会は思ったより少ないのだ。
「こっちは何かかけるの?」
「これは薄めに切って塩こしょうしてるからこのままでも行けるよ。そっちのはソースで食べるようにしてる」
「ひょっとしてリュートも手伝ったの?」
「味付けのところだけね」
「そっか。それじゃあ、まずはこの薄切り肉から食べてみようかな。ん~、ちょっと甘みもあっておいしい」
「本当?僕も食べよう。あっ、おいしい」
「でしょ?他のも食べようよ」
こうして、みんな一緒にボアの肉を使った晩餐会を楽しんだ。
「アスカ様はいよいよ明日、旅立たれるのですね」
「うん。まだまだ見てない場所があるからね」
「気を付けてくださいね」
「ファラちゃんもね。あの杖があるとしても無理はしないでね」
「はいっ!アスカ様やティタ様のこと絶対忘れません!」
「大袈裟だよ。ミネルナ様をよろしくね。私が言うのは変だけど」
「いいえ、アスカ様のお陰でミネルナ湖も見つかりましたし、感謝しかありません」
「そういってもらえるのはうれしいけど、大したことはしてないし、私はおねえちゃん呼びの方がうれしいかな?」
「じゃあ、おねえちゃん。本当にありがとう!!」
「うん!いつかまた来るからね」
「その時はもっといい村にして見せるから!」
「頑張ってね」
にゃ~
「うん?キシャルってばもう眠たいの?」
「ふふっ、キシャルちゃんもまたね。それじゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ。ファラちゃん」
私はファラちゃんと最後の夜のあいさつを交わし、眠りについた。




