疲れとマッサージ
「ん~、昨日はシェルオークの加工でほとんど魔力を消費しなかったから、今日は元気いっぱい!頑張ろう」
昨日はひたすら木材加工にいそしんでいた。ただ、一日かかった理由というのがシェルオークの大きさだ。
「シェルオークは珍しいから、ミスリルでできたミネルナ様の像を包めるほどのサイズじゃないんだよね。基本は枝だし」
仕方がないので部分分けをして組み合わせるようにしたんだけど、組み合わせて削るから部分別に先に削るかでも悩んだから、精神的にはほんとに疲れた。
「ご主人様、今日はどうされるのですか?」
「う~ん、昨日は魔力消費が少なかったから思いっきりMPを消費して銀で2層目を作っていこうかなって思ってるんだけど…ティタは何か私に用事がある?」
「いいえ、それなら今日も修行を見てきていいでしょうか?」
「うん。ファラちゃんが困らないようにお願いね!」
「もちろんです。今後一切、甘えたことを言わないように調きょ…教えてきます!」
「う、うん。ほどほどのところでね…」
「はい、適度に」
ティタはそういうと朝ごはんを終えてすぐにファラちゃんに部屋に向かった。
「気づいたらティターニアも持って行ってる…。ほんとにやる気だなぁ」
ティターニアとはティタを肩口に違和感なく置ける道具のことで、滑らない工夫もされており、街中で微動だにできないティタを連れ歩くために必須のアイテムだ。
「まあ、ティタがやるなら安心だし、私は私のできることをしよう」
「おや、アスカはまた細工かい?」
「ジャネットさん。そうですね。これ以上滞在が伸びても困りますから」
「別にリックの事なら気にしなくていいのに…」
「あ、いえ、エディンさんたちもずいぶん領地に不在ですし」
「…そ、そっちね。はは、そうだよね。そりゃあ大変だな!おっと、リュートと訓練の予定があったんだった。ほら行くよ」
「ええっ!?昨日十分にやった…うぐっ、行きます」
「あっ、2人ともいってらっしゃ~い。さて、私は細工と…ミシェルさんにエディンさんはここにいていいんですか?」
「はい。昨日は村のことを手伝っておりましたが、目が離せないことが改めて確認できましたので」
「そんな~、大袈裟ですよ。ちょっとお昼を忘れただけですから」
「目線の先に私が手を出したことを覚えておられますか?」
「手?いえ、昨日は誰も部屋に入ってませんよね?」
「そういうところです。部屋には途中からミシェルがおりましたし、お昼にはお声がけもしました。しかし、どれに対しても『ん~ん』の一言でした」
「それはすみませんでした」
「私たちはアスカ様に仕える身。どのようなお返事、扱いでも構いません。しかしながら、あのようなお姿を見てしまっては心配で目も離せません」
「そういうことですので、今日は諦めてくださいませ。一定時間が経つごとに休憩の時間を設けますから」
「ええ~!進捗がぁ…」
「きちんとお菓子もお出しします」
「えっ!?ほんとですか?」
「はい。騎士たちに手伝ってもらい、ちょっとしたかまども作りましたので。この家から直通の通路で利便性も確保しました」
「アスカ様が以前に家を作られたという話を聞いてミシェルが思いついたのですよ」
「あっ、エヴァーシ村でのことですね。懐かしいなぁ」
私はフェゼル王国でのことを思い出しながら、細工の準備をしていく。
「よしっ!準備完了。まずはこの銀を変形させていってと…あっ、その前に今日はやることがあるんだった」
私は大量の粉末剤を取り出すと、そこに水を加えていく。
「アスカ様、そちらはなんでしょう?」
「これはゲル剤です」
「ゲル剤?」
「はい。シェルオークは木で細かい部分もありますから、銀との間の空洞部分にぶつかって損傷しないように間に入れてしまおうと思って」
「なるほど。しかし、乾燥とかは大丈夫なのですか?」
「ダンジョン産のやつなんで、かなりの熱が加わらないと乾燥しないみたいですね。なので、これを使って緩衝材にするんです」
「それは名案ですね」
「でしょう?思いついた時は自分でもすごいって思っちゃいました。それじゃあ、やっていきますね」
私は作ったゲルをミネルナ様の像に塗っていく。その状態で型取りをした銀を合わせたらいよいよ外観だ。
「さて、銀を頑張って削っていかないとね!とはいっても、デザインは一緒だしそれを引き延ばしていくだけだから慣れてきたけど」
これでミネルナ様の同デザインとしては3つ目だ。大きさが変わっても作業は同じなので気分は少し楽だね。
「ふんふ~ん♪」
「アスカ様、鼻歌を歌いながら細工されているけど、仕上がりがとても綺麗ね」
「ええ。魔道具の意匠も素晴らしかったし、職人気質なのですね」
「ただ、やはりもう声が届いていないのが…」
「そうね。お菓子や飲み物はできるだけ匂いの強いものにしましょう」
「分かったわ。持って来たシナモンを使って作りましょう」
「うう~ん。大きくなる分、ちょっとここは細かく細工しようかな?でも、どんな模様がいいかなぁ?あれ、なんかいい匂いがする…」
「アスカ様、お茶が入りましたよ。いかがですか?」
「わっ、もう休憩の時間なんですね。ありがとうございます。今何時ですか?」
「今は10時30分ごろですね。作業開始から3時間ほどでしょうか?」
「結構経ちましたね。あっ、クッキーもある!」
「はい。シナモンを混ぜていい香りにしてあります。冷ましておいたので食べやすいですよ」
「ありがとうございます!出来立てもおいしいですけど、熱々なのは苦手でこういうのもいいですよね」
「気に入っていただけて何よりです。さあ、どうぞ」
「いただきます。ん~、シナモンの感じがちょっと大人っぽい味ですね。おいしいです」
「ありがとうございます」
ほっとミシェルは胸をなでおろす。それもそのはず。匂いひとつでは集中力が切れないアスカのせいですでにお茶は5度入れ直し、クッキーは出来立てから30分が経過している。それを気づかせないためにとっさに嘘をついたのだが、ばれなくてよかったと思ったからだ。ちなみに、冷めたお茶はすべてエディンが飲み切っていた。
「ふぅ、休憩もおしまいですね。一息ついてアイデアが浮かびました」
「お役に立てたようでうれしいです。お昼にはまた呼びますね」
「はいっ!ふんふ~ん♪」
また呼ぶということを部屋から出ると勘違いしたのか、アスカ様は再び鼻歌を歌いながら作業を開始される。その光景をほほえましくエディンとふたり見ていた。
「確かに今日の朝、ずっと付いていますと言ったのですけれど…」
そう呟きながらも楽しく細工をしている主を見守った。
「ん~、なんとか足元はできたかな?」
「満足のいく出来になりましたか?」
「あっ、はい。エディンさんは?」
「今、お昼の件で少し席を外しております」
「へ~、ってもうそんな時間ですか?」
「はい。あと10分ほどですね」
「よかった~、ちょうどキリがいいところだったんです」
「では食堂に参りましょう」
ミシェルさんに連れられて食堂に向かうとまさに準備が進められているところだった。
「アスカ様!中断されたのですね。もうしばらくお待ちください」
「はい。座って待ってますね」
これが宿とかなら手伝うのだけど、家だと物の配置もよくわからないので手出しはしない。
「ん~!体が硬い」
「後でマッサージをいたしましょうか?」
「いいですか?細工にこれだけ集中するのは久しぶりで」
「もちろんです。では、護衛もジャネット様に代わっていただきましょう」
「えっ!?別にだれでもいいですけど」
「そうは参りません」
「アスカ様、食事の用意が整いました」
「あっ、それじゃあ、みんなを呼んで…」
「ああ、それなら人数も多いので少し遅らせると言っておりました」
「えっ?そうなんですね。分かりました。冷めてももったいないですし、食べましょう」
食事を終えるとミシェルさんに約束のマッサージをしてもらう。
「あっ、ああ~~~。いいです~、どこで覚えられたんですか?」
「村にいた時ですね。子どものできることなど知れておりますから。それから、お邸で働くようになってもっと才能を伸ばすようにと」
「ミシェルのマッサージはすごいのですよ。イリス様にも施術することがあるのです」
「ええっ!?それってほんとにすごいんじゃ…」
「はい。イリス様は元侯爵令嬢ですし、凄腕の施術士を知っておられますから」
「じゃあ、他の人にも良くやるんですか?」
「同僚にはたまに。他には頼まれればという形ですね」
「へぇ~、アレン様とかにもしてるんですね。確かに視察ばかりで苦労されてましたもんね」
「あ、いや~。アレン様にはできないんです」
「どうしてですか?肩がこらない人とか?」
「いえ、イリス様が嫌がるんです。その…アレン様に女性が施術することを」
「きゃ~!!!イリス様かわいいです!」
「ですよね。もう結婚してずいぶん経ちますが、今でも熱々なんですよ」
「全く、そんなガキみたいに…」
「ええ~!ジャネットさんはそう思いませんか?」
「全く思わないね。ほら、マッサージは済んだんだろ?さっさと作業を再開しな」
「…は~い」
むぅ、ジャネットさんには私たちの乙女心は理解してもらえないようだ。しょんぼりしながらも私は気持ちを切り替えて細工に戻った。




