ファラと修行
「で、結局もう少し村にいるんだね」
「すみません、ジャネットさん」
「別に謝んなくてもいいよ」
「だけど、もう長いことリックさんに会えてませんし…」
「ぶっ…な、なんでそうなるんだよ」
「えっ、だって仲良かったじゃないですか」
「誰があんな女たらしなんて…」
「女たらし?」
「ほら、あたしらと別れる前に女連れてただろ?」
「そうでしたっけ?よく覚えてますね」
「…。もういいや、ほらリュート。明日も稽古できるってさ」
「ええっ!?明日もですか?」
「ダンジョンに入る前に腕を磨いとかないと恥かくよ」
「分かりました。アスカは今日これからどうするの?」
「村の人からミネルナ様の像を作って欲しいってことなんでその下書きですね」
「ふ~ん。どんな像にするか決めてるのかい?」
「はい!マトリョーシカにしようと思って」
「マ、マト…なんだいそれ?」
「こう…最初は小さい人形があるんですけど、それに同じ形の型を被せていってどんどん大きくなっていくものですね。元はおもちゃのやつです」
「なんか意味あんのかいそれ?」
「う~ん。おもちゃじゃないので一見意味がないと思えますけど、中心の像に使う素材が少なく済むのが一番ですね」
「また変なの作ろうとして、この子は…」
「へ、変じゃないですよう。アイデアです。一番外の部分だけ安いオーク材にすれば欠けたりしても作り直しやすいですし、見た目安くできますからね!」
「アスカ、あんたまた『これは安い素材だから気にしないでください』とか言う気だね」
「しょうがないですよ。この村は最近まで魔物の脅威にさらされてましたし、お金だってこれからもかかりますから」
「まあ、そこは否定しないけどさ。リュートもなんか言ってやりなよ」
「えっと、僕ですか?」
「同じパーティーとして何か言うことがあるだろ?」
「うう~ん。ほどほどにね。ムルムル様からもらった印もあるし、あまり安くするのだけはだめだよ」
「わ、分かってるって!それじゃあ、描こうかな?」
私はスケッチブックを取り出すと、ミネルナ様のお姿を描いていく。
「確か髪は涼やかな青に服はシンプルなローブ。あんまり豪華にすると再現も大変だし、ここはこれで…。杖は何を持たせようかな?」
実物を参考に使用。今持ってる杖といえば…。
「ちょっとデザインが良かったから買ったやつと、昔から持っているやつか…うう~ん。もったいない気もするけど、ファラちゃんのためだしなぁ」
私は心を決めると杖も描いていく。
「もう片方の手は何か持たせた方がいいかなぁ。いやでもこっちは持たせるのはなぁ」
少し悩んだけれど、左手はものではなく光を放つエフェクトにした。ファラちゃんの中ではミネルナ様は光も扱う女神さまだからそういう部分も加えたいと思ったのだ。
「服装はシンプルだし、あとは色を塗って完成だね!」
描き上げたあとはいよいよ核となる像の作成だ。
「核はどれだけ高価でもいいよね。使う量も少ないんだし」
マトリョーシカにしたのはこの部分も大きい。私自身も素材は貴重だし、量を取りたくないのも事実なのだ。
「というわけでまず取り出したるはミスリル!神様の像を作るならこれだよね」
「ご主人様、ポーションを使ってはいけませんよ」
「えっ!?だめ?」
「日数を取れるのですから無理は禁物です」
「そうそう、っていうかまたミスリル使うのかい?仕入れが大変だってのに」
「でも、ミネルナ様の原型になるところですから。やっぱり持ってる中でもいいやつを使いたいです」
「巫女のこだわりってやつかねぇ。頑張り過ぎないようにしなよ」
「はいっ!」
ジャネットさんのアドバイスをもらいながら、私は細工を進めていく。
「おねえちゃん、今日もよろしくね!」
「うん。今日も午前中は魔法の練習だから頑張ろう」
「はいっ!」
意気込むファラちゃんだけどやっぱり威力が安定しない。
「うう~ん、ファラちゃんの魔力があればもう少し威力があるはずなんだけどなぁ」
「ごめんなさい」
「あっ、ファラちゃんは悪くないよ。でも、何か原因があるはずなんだよね。ちなみにファラちゃんって魔法使う時にどんなイメージで使ってるの?」
「イメージですか?えっと、前に見たことがある小川から水が出る感じとか、たらいとか井戸からくみ上げる感じです」
「ひょっとしてファラちゃんって大河とか海とか見たことがないの?」
「海?」
そっか、村から出ないまま一生を終える人もいるし、海を知らないのか。ひょっとすると水のコントロールができないのも、水量の多い光景を見たことがないからかも。
「でも、海を見せることはできないしなぁ」
「わらわに任せるのじゃ!」
「へっ!?」
その時、裏手の井戸から何かが飛び出してきた。
「ミ、ミネルナ様!?どうしてここに?」
「ふふふ…ファラたちのお陰でかなり力が戻ったからの。本体を湖に置いたままこうして分身体を送り込んできたのじゃ」
「あの、その変なしゃべり方はなんですか?前はもっと威厳のある感じでしたけど…」
恐る恐るだけど、どうしても気になるのでたずねてみる。
「うむ、それがな。シルフィードにこの前教えてもらったのじゃ。古くから存在しているものはこういったしゃべり方が威厳に満ちておるとな!」
うわぁ~、絶対騙されてる。そういえば、シルフィード様ってあれでも色んな人と会話してたけど、ミネルナ様ってミネルナ湖から出てないみたいだし、箱入りっぽいのかな?
「ん?どうかしたかアスカ?」
「い、いえ。その…話し方は戻したりは?」
「少なくともこの姿ではこれで行こうと思っておる。ちょっと楽しいしのぅ」
「素晴らしいです!ミネルナ様」
「ううっ、分身体で可愛らしいミネルナ様とファラちゃんが乗り気だ…」
せめて、ミネルナ様には分身体で村を動き回らないようにお願いしよう。村の人も戸惑うと思うし。
「それで魔法の件じゃが…」
「そうでした。水魔法を見せてくれるんですか!」
「うむ。巫女の頼みじゃ、行くぞえ…ラクア!」
「あっ、待ってください!」
私の制止も聞かずちんまいミネルナ様が両手を空へと突き出すと、その手からものすごい水量の水が空へと打ちあがった。
「うわぁ~!こんな大量の水、見たことないです」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
「はぁ…みんな用意はいい?」
ピィ
にゃ~
「はい」
「?」
暇だというので魔法の見学をしていたアルナとキシャルもいい返事を返してくれる。ひとり、ファラちゃんだけがこの後起こるであろう悲劇を感じ取れなかったようだ。
「はっ!」
ピィ~
にゃぁ
「水よ」
大量に空へと打ち上げられた水がどうなるか?答えは水滴となって落ちてくるのである。
ザァァァァッ
「つ、冷たっ!?」
私とアルナは半円状の風の膜を、ティタは水の膜、キシャルは空へと氷のブレスを吐いて壁を作り出した。
「あうぅぅぅ。冷たいです」
「なんじゃ、ファラ。お主防がなかったのか?」
「だって、急にでしたし…」
「アスカたちは濡れておらんぞ。経験が不足しておるのう。まあ、これで水に関して知識が深まったであろう。もう一度魔法を使ってみせい!」
「はいっ!」
ファラちゃんがティタにも教えを請いながら魔法の練習を続ける。
バンッ
「アスカ様!」
「村長さん、どうしました?」
「今、一瞬雨が降ってきたのですが、なにか知りませんか?」
「あ、いや~。それはミネルナ様がやったことなので…」
「な、なんと!」
あっ、余計なこと言ったかな?いくらミネルナ様のやったこととはいえ、急に雨が降ってきたら困るよね。
「神様からの恵みの雨だ!一刻も早く村人に知らせねば!」
「あっ…」
なるほど、信仰の深い村だとそうなるんだ。まあ、騒ぎにならなくてよかったかな?
「それにしても…」
先程からミネルナ様の魔法をもとにティタが教えているけど、結構いい教師みたいだ。
「これは私いらないんじゃないかな?細工もあるし、一度任せてみよう。ティタ、ファラちゃんのこと頼める?」
「お任せください」
「それじゃあ、私は細工に行ってくるから。ティタはこのバリア魔石を使って、ファラちゃんの訓練に役立てて」
「ありがとうございます、ご主人様」
ティタに任せて私は部屋に戻る。ミネルナ様の像は核の部分がミスリルだから極力日数を使いたいのだ。
「ポーションは使わないように言われたし、効率よく休みを入れていかないとね」
こうして私はファラちゃんをティタに任せ、細工を行ったのだった。
「アスカ様、行っちゃいましたね」
「ええ。これで気兼ねなく修行できます。ご主人様は手緩…優しいですが、あなたに必要なのは厳しさです。先ほどの雨を防ぐのも当然のように行わなくてはなりません」
「そ、そうですよね…」
「というのも、あなたは巫女であるとともにこの村の最大戦力です。何かあればあなたが村人を守らなければなりません。それなのにあの程度のことを防げないようでは誰も頼りにしないでしょう」
「分かりました!巫女としてミネルナ様の名を辱めないようにします!」
「いい覚悟ね。ついて来なさい」
「はいっ、ティタ先生!」
「先生…行くわよ!」
にゃ~(先生って呼ばれてやる気を出すなんて単純にゃ)
ピィ!(アスカの使い魔なんだから当然よ!)
にゃ(それはそれでどうかと思うにゃ…)
ピィ(でも、やる気は出たんだしいいんじゃない?)
にゃにゃ~(そうにゃね。私は眠くなったから寝るにゃ)
ピィ(おやすみなさい)




