湖の精霊
「それでどちらに向かわれるのですか?」
周辺にミネルナ湖がないか確認するため少し離れるとエディンさんがたずねてきた。
「実はこの前、ゴブリンの巣に行く途中に気になる場所があったんです。そこがどうしても気になって…」
「そういえば一度立ち止まられていましたね。少し先ですね」
「はい」
そして気になった場所まで向かう。
「ん~」
「おねえちゃん、どう?」
「ファラちゃん。最近雨が降ったのはいつ?」
「えっとね~。6日前かな?ちょっと降ったぐらいだけど」
「ありがとう。やっぱりここが気になりますね」
「少しぬかるんでいるようですが、何が気になるのですか?」
「雨が降ったっていっても窪地じゃなさそうですし、沼みたいにならないと思うんですよね。ほら、周辺の地面って固いじゃないですか。こういう地面だと沼にならないと思うんです」
「なるほど。ではここがミネルナ湖だと?」
「可能性はあると思います。そこまで村から離れていませんし。ただ、どうして水がないのか気になるんですよ。ミネルナ様って湖の精霊様なのにほとんど水がないだなんて」
沼といっても足が取られる程度だし、そこまでの水量があるとも思えないのだ。
「ミネルナ様が精霊…」
「あっ!?え、えっとね、気にしないで。読んだ本にはそう書いてあっただけだったから」
「ううん。ファラはもしミネルナ様が精霊でもいいよ。だってずっと村を守ってくれてたんだもん」
「そっか」
ファラちゃんの両親は村の外で魔物に襲われて亡くなった。それなのに強い子だ。きっと、ミネルナ湖を見つけないと!
「おや、あれは何でしょう?」
その時、エディンさんが何かを見つけたようで私たちは気を付けながら沼の方へと近づいていく。
「これは…」
「ひぃ!」
「ゴブリンの死体ですね。そこまで古くはなさそうです」
「ファラ様は少し下がっていた方がいいかと」
「そ、そうする」
魔物の死体なんて狩りで仕留めたものぐらいしか見たことがないからか、ファラちゃんは気持ち悪そうにゴブリンを見ている。
「アスカ様、死体を検分してもよろしいでしょうか?」
「いいですけど、何かあるんですか?」
「はい。アスカ様もおっしゃられていた通り、この沼はあまり深くありません。それならどこかに外傷があるかもしれませんから」
「ほ、他の魔物がいるんですか!?」
「ファラちゃん、大丈夫。魔物の反応はさっきから探してるけど見つからないから」
「そうなんだ。よかった…」
「安心してね。それでエディンさんどうですか?」
「変ですね。ゴブリンの背丈でも死ぬようなことがないくらい浅い沼なのですが…」
エディンさんが外傷を確認したものの、結果は水死だった。
「ひょっとしたらミネルナ様が村を守るために魔物を倒してくれたのかも!」
「ふむ。しかし、精霊様が人の生活にあまり手出しはしないはずですが…。アスカ様はどう思われますか?」
「どうでしょう。でも、ミネルナ村の信仰を得ていた精霊様ですからファラちゃんの言う通りかもしれません。ティタは何か感じる?」
「よろしいのですか?」
「あっ、うん。ここには3人だけだしいいよ」
「では…コホン」
「うわっ!?お人形さんがしゃべった!」
「失礼な子どもですね。ゴーレムなのですから話しますよ」
「ご、ごめんなさい」
「ティタ、さっきも人形扱いされたからって怒らないの」
「はい。ティタと申します。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしく」
ファラちゃんも話をするゴーレムは見たことがないようで驚きながらもあいさつを交わしてくれる。
「それでどうかな?」
「ん~、ちょうど私も水の魔力ですから確認していましたが、かすかにその先から神聖な水の力を感じますね」
「そうなの?よ~し!」
私は杖を取り出すと、早速ティタの指さした方向に魔法を使ってみる。
「ライトステラライズ!」
私は光の浄化魔法を沼に向かって放つ。
パァァァア
光が辺りを包み浄化魔法が効力を発揮する。
「沼が水たまりになった…」
「おねえちゃん、すごい!」
「流石はアスカ様です」
「あ、うん。2人とも褒めてくれるのはうれしいんだけどこれ明らかに小さいよね?」
できた水たまりは直径30cmほど。湖というぐらいなんだし、本来の姿を取り戻すにはどれだけの魔力と時間がかかるだろうか…。
「ティタ、ちょっと協力してもらえる?」
「分かりました」
私がライトステラライズ。ティタがキュアやアクアヒールで沼を浄化していく。しかし…。
「全然進まない。ここがミネルナ湖で合っているとは思うけど、これじゃあ何か月かかるか…」
「場合によっては年単位になりそうですね」
「そんな…せっかく見つけたのに」
がっくりと肩を落とすファラちゃん。他に何か手は…。
「ティタ、何かない?」
「そうですね。先ほどから試しているのですが、どうも私の水魔法よりご主人様の光魔法での浄化の方が効力を発揮するようです」
「私の方かぁ~。でも、私の光魔法ってLV1だしもっと上位の魔法が使える人がいればなぁ…」
そこまで考えてふと思い立つ。
「ねぇ、ティタ。シルフィード様にお願いしたらどうかな?」
「シルフィード様ですか?確かに以前にお聞きした話であればミネルナ湖を元に戻せるかもしれませんが…」
「何か問題でもあるの?」
「うう~ん。同じ精霊同士、果たして協力してくださるかどうか」
「えっと、そのシルフィード様って誰なの?その人がいればミネルナ様に会えるの?」
「うん。シルフィード様っていうのは泉の精霊でずっと遠くのフェゼル王国ってところに住んでるの。きっと力に成ってくれるよ!」
「しかし、どうやって呼び寄せるのですか?フェゼル王国はシュバル大陸ですが…」
「それじゃあ、ずっと先になっちゃうの?」
「ううん。見ててね、すぐに呼んで見せるから!あと、これはみんなには内緒だよ」
「分かった!」
私は持っていたマジックポーションをいくつか飲み、召喚に備えてMPを回復させた。そして、浄化した水たまりのひとつを使ってシルフィード様を召喚する。
「行くよ!我呼ぶは高位なるもの。清浄なりし泉に住み、多くの力を扱うもの。我が求めを聞き、その身をここに現せ!精霊シルフィード!!」
「ふわぁぁぁぁ~、今日も暇よね~。村人も少し前に来たばかりだし今日はなにしよっか?あれれ?」
「シルフィード様、お久しぶりです」
私は片膝を曲げ、うやうやしく頭を下げる。それを見たエディンさんたちもそれに続く。
「う、うむ。久しぶりね、アスカ。元気だった?」
「はい。シルフィード様もお元気そうで何よりです」
「あはは…。ところで今日は何の用で呼び出したの?」
「はい。あちらの湖なんですけど、ミネルナ様という精霊様がいらっしゃるはずなんです。ですが、見ての通り理由は分かりませんが汚れてしまっていて…」
「ふぅ~ん。ふむふむ、なるほどねぇ。よくやるものだわ」
シルフィード様は湖の端を少し飛び回ると理由も分かったようだ。さすがは精霊様だ。
「あ、あの…おねえちゃん。あれがシルフィード様?」
「そうだよ。どうかしたの?」
「アスカ様。精霊様は普通の者には見えませんし、声も聞こえません。私たちには青い玉が飛んでいるようにしか見えないのです」
「おっと、そうだったっけ。その青い玉がシルフィード様なんだけど、湖がこうなった原因を探してくれているの。見つかったみたいだけど」
「もうですか!?流石は精霊様ですね」
「うん」
「アスカ~、話は終わった?」
「すみません、シルフィード様。それで原因は何ですか?」
「それなんだけど、私が言うより本人に聞いた方がいいと思うのよ。その方が都合もよさそうだし。という訳で…さあ、目覚めなさい!ミネルナ」
シルフィード様の片手から水たまりに光が放たれるとそこから一人の女性が現れた。
「私を呼び起こすものは誰ですか?私には村を守る使命があります。余分な力を使わせないでください…」
「なに言ってるのよ。用事があるから呼んだの。ぶつくさ言ってないで目を開けなさい」
ミネルナ様に強気で行くシルフィード様。精霊様同士のやり取りってこんな感じなんだ。しぶしぶといった感じでミネルナ様も閉じていた眼を開ける。ミネルナ様は透き通るような水色の髪と目にやや濃い目の藍色の服を身に付けた天女のような姿だ。
「それであなたは誰ですか?」
「私はシルフィードよ!あなたを助けるためにそこのアスカに呼び出された泉の精霊よ」
「アスカ…?」
「ど、どうも初めまして…」
「おかしいですね。あなたからは私に対する信仰心を感じません。なぜ見えているのです?」
「さ、さあ、詳しいことは私にもさっぱりで」
「まあいいでしょう。それでどのような用ですか?あいにく私に残された力は少なく、このような高位精霊を連れているあなたにできることはありませんよ」
「いえっ!私がというか村の人たちがミネルナ様をずっと思っているんです。それでミネルナ湖を探してこうやってきたんです」
「そうですか…。あの村の者たちは今も私を思ってくれているのですね。よかったです…」
「それであんたはその村の人を置いてどうしてるのよ?」
「置いてなどいない!弱っていく中、なんとか魔物の侵入を防ぐためにこうして力を抑えていたのです」
「落ち着いてください。それより魔物ってゴブリンですか?」
「ええ。私は湖が支配域です。ですが、そのためここから遠くには力を出せません。そのためこうしてあの者どもを湖に引き込んでいたのです」
「やっぱり。自然の営みに反してそうやって魔物を倒しているから湖が穢れていたのね」
なんと、湖でゴブリンが死んでいたのはミネルナ様が村に魔物を寄せ付けないために行っていたのだ。
「アスカ様、御二方は何と?」
「どうやら、このゴブリンも他のゴブリンもミネルナ様が自分で湖に引き込んでいたみたい」
「えっ!?どうしてミネルナ様が…」
「ちょっと詳しく聞いてみるから待っててね」
私はもう少し詳しく話を聞くため、2人の会話に集中した。




