捜索、ミネルナ湖
「実は私、旅をしながら世界各地の文化を調べて回っているんです」
「面白そう!どんなのがあるの?」
「これ、ファラ!」
「いいですよ。例えばこの本なんですが、読めますか?」
「なんじゃ、この文字は?ばあさんは分かるか?」
「いえ…とんと、見当もつきません」
「こちらはグランフォート大陸にかつて存在した、ガザル帝国の帝国文字によって書かれた本です。私は世界を巡りながらこういった古書や地域の伝承などを調べているんです」
全部が全部ほんとではないけど、こういう時にガザル帝国の本は役に立つなぁ。実際は帝国時代の庶民の暮らしぐらいしか書いてないんだけどね。
「我々もその知識がもとで知り合ったのです」
そこに騎士さんが援護をしてくれる。これで胡散臭い研究者から貴族付きの騎士に信頼された研究者にランクアップだ。
「それで!ミネルナ様のお話は?」
「えっとね、直接ミネルナ様のことについては載っていなかったの。ただ、とても興味を引かれることが書かれてあって…」
「興味を引かれること?どんなの?」
「この村ではミネルナ様が信仰されていますが、ミネルナ様がどんな神様…何を司っているか知られているのですか?」
「いえ、ミネルナ様はずっとこの土地を守る守り神だと伝えられているだけです」
「そうなの!だから、この村はおばあちゃんのひいおばあちゃんが子どもの頃までは魔物の一匹も来なかったんだよ!」
「そうなんだ。すごいね」
「はい。ただ、いつ頃からか魔物が村近くに来るようになって…。今はなんとか近づけないようにするので手一杯なんですじゃ」
「では、やはり伝承が途切れているのですね」
「伝承?」
「ミネルナ様のお名前というか司るものは湖なんです。だから、お呼びするとしたら本来は”湖の守り神ミネルナ”様になるんです」
「そんな、しかし村の周りに湖など…」
「それが失われてしまった伝承です。私も旅先で読ませて頂いただけで、本自体は持っていないのですが…」
実際にはアラシェル様からの又聞きなので詳しいことを聞かれても答えられないだけなんだけどね。
「その湖はどこに?」
「ミネルナ村の西にあるみたいです。大体の場所は分かりますが、何分詳細な情報がなかったもので、今回こうして滞在してみようかと思い来たんです」
「おねえちゃんはどうしてそんなにミネルナ様のことを調べたの?」
「え?それは…私も別の神様を信仰しているからかな?こんなに村で愛されている神様がきちんとした信仰を持っていないのって残念だって思って」
「それは貴重な情報をありがとうございます。みんなも知れば喜ぶでしょう。しかし…」
「どうかしたのおじいちゃん?」
「この村の西には最近、魔物がよくみられるようになりまして。村でその場所を探すことは不可能です」
「それなら心配いりません。私はその調査に来たんですから!」
「い、いいのですか?村からは何もできませんが…」
「構いません。さっきも言いましたが、私は世界中の文化や風習なんかに興味があるんです。別に人助けとかではなくて、研究の一部ですから」
「ありがとうございます。大したことはできませんが、せめてお食事だけでも用意させていただきます」
こうして、村の西側に行くことを許可してもらった私はささやかながらも食事を振舞ってもらい翌日の探索へと備えた。
「おはようございます」
「おはようございます。今日はいよいよミネルナ湖を探す日ですね」
「はいっ!戻ってくるまで長かったですからできるだけ早く探してあげないと!」
「なぜですか?湖を探して終わりなのでは?」
「いいえ。なんでもその書物に書かれていたことですが、信仰があってもその元となるものがなければいけないのだそうです。ミネルナ湖と言う存在が人々に忘れられて久しい今、一日でも早い方がいいんです」
「そうなのですね。アスカ様は博識でいつも感心させられます」
「ほ、本に書いてあったことなので…」
「では、朝食にいたしましょう。遅くまで探すと危険ですから」
「そうですね。善は急げです」
私たちは身支度を整え、食堂で朝食を取る。
「それで、ミネルナ湖の捜索ですが、全員で行かれるので?」
「いいえ。それは昨日騎士様たちともお話しさせていただきました」
「この村の防衛力を考えると全員で行くのは得策ではありません。我々の中からひとりとアスカ様のパーティーより1名が見張りとして残り、他のもので捜索いたします」
「メイドさんも行っちゃうの?」
「いえ、私たちもひとりは残します。非戦闘員ですので」
「そうですか。特に何もない村でご不便をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」
「いいえ、必ず見つけて帰ってきますから!」
「それじゃあ、アスカ。気を付けて行って来てね」
「うん。リュートも私たちが出発したあとは任せたよ」
「任せて」
私たちは村の西側からミネルナ湖を捜索するため出発する。その入り口にはリュートと騎士さんがひとり。村長さんの家ではミシェルさんが帰りを待ってくれている。ミシェルさんの胸元にはティタもいる。ティタの知識も欲しいところだけど、防衛力として残ってもらうことにした。
「きっと見つけて帰るからね…」
「アスカ、やる気を出すのはいいけど、まずは足固めからだよ。この辺は誰も土地勘がないんだからね」
「そうですね。村の狩人たちも罠を仕掛けているという話ですが、本当に入り口付近のみで目的も村へ入って来ないようにする程度のようですから」
「じゃあまずは草刈りからですね。エアカッター!」
私は地面すれすれに長い風の刃を作り出すと、それを一方向に滑らせて草を刈る。一方向が終わればまた次の方向に向きを変えて、周囲の見晴らしはうんとよくなった。
「これはお見事ですな」
「ええ。我々も剣を使って草を刈るのを手伝おうと思っていたのですが…」
「まあ、アスカならこういうことは任せておいて大丈夫さ。Cランク冒険者のすることじゃないけどね」
「さあ、先を急ぎましょう」
入り口付近の草を刈った私たちは森のようになっている村の西側を進んでいく。
「確か南側にあるって書いてあったので、今日はほとんど南を探しましょう」
「分かったよ」
「それにしてもすごい草ですね。村からそこまで離れていないのに…」
「それぐらい魔物が近くまで来てるんだろうね。普通の村じゃ、魔物の対処なんてできないし」
「確かにミネルナ村は30戸を切るぐらいの規模ですから、防衛に関しては難しいですね」
グルル
「ウルフ種です!」
「早速かい。行くよ」
「はいっ!」
草むらに姿を隠す形で獲物を待っていた群れのウルフ種と出くわす。
「隠れているなら…エアカッター」
私は先程の草刈りの要領でウルフたちを視認できるよう魔法を放った。
ワウッ
ピィ
にゃ~~~
ウルフたちが魔力を感知して一斉に飛び上がる。そこへ、私の肩に止まっていたアルナが空へ飛び立ち、キシャルはそのまま大きく口を開けそれぞれ風の魔法と氷のブレスを吐く。
ザシュ
カキン
見事な連係プレーでウルフを片付けるアルナとキシャル。私たちの出番がなかったな。
「2人ともありがとう。おいで」
私は戻ってきた2人をいたわると、そのままウルフたちを見る。
「特に変わった種ではないみたいですね。ただ、6匹の群れでした。村の近くに魔物がかなり近づいているみたいですね」
「ええ。このままでは近いうちに村の防衛力を越えてしまうかもしれません」
「ミネルナ湖を探すのは思ったより急がないといけないみたいですね」
村に差し迫った危機を感じ取った私たちは、ウルフたちをマジックバッグにしまい、すぐに南へと動き出した。
「結構進んできましたけど、それらしいものはありませんね」
「真南に来たけど、このぐらいの位置なら村人もこれそうかもねぇ」
「言われてみれば、近くに小川もありますし、領域を隔てるにはいい場所ですよね。じゃあ、戻りますか?」
「ああ。文献にあったのもそんなに離れてないんだろ?もう歩いて3時間だ」
「そうですね。では、戻りましょう」
草を刈りながらとはいえ、結構なペースで歩いて来たのに何もなかったので、一度この南のルートは外れと判断した私たちは道を戻っていく。ただ、少し戻ってからはもう少し西側にも探索の範囲を広げた。
「この辺もないですね~」
「そうだな」
ピィ!
「アルナが空から見てくれても見えないなんて、森の中にある湖なのかな?」
ミネルナ村の西側は未開拓の地区が広がっている。これは何日かかるか分からないかも。
「とりあえず、今はしらみつぶしに探していくしかないね。さっき通ってきたすぐ横はあたしたちが見ていくから、アスカは西側を頼んだよ」
「分かりました。アルナ、無理させちゃうけど、引き続きお願い。危ないと思ったらすぐに帰ってくるんだよ」
ピィ
湖ということでアルナに空から探してもらうのが一番だと思い、引き続き探索を頼む。しかし、その後の帰り道でもミネルナ湖は発見できなかった。




