ミネルナ村再び
「お料理をお持ちしました」
入ったレストランで注文を済ませ、料理が運ばれて来た。
「…やっぱりこっちもですね」
「昨日の今日ですから。野菜が充実するにはまだ数日かかるでしょう」
「くすん」
ピィ!
私の他にも肉類があまり好きではないアルナもご立腹だ。ほんとにあと一撃入れておくんだった…。
「ほらほら、要らないこと考えてないで食べなよ」
「は~い」
「アルナもたまには肉を食いな。ほら」
ピィ…
アルナも渋々ながら肉をついばむ。そして、一口食べるごとにこちらをチラチラ見てくる。
「分かったよ。それだけ食べたらあとで薬草入りのご飯あげるからね」
ピィ!
大好物のご飯が出ると分かったからか、さっきまでの元気のなさが一転して食事を再開するアルナ。
「ほんとに単純なんだから」
「全くだね」
なぜかジャネットさんがこっちを見ながら言ってくる。どうしてだろう?
「その点、キシャルは目の前にあるものを食べてくれるからいいよね」
「最低限の味があることが前提になりますが」
「邸ではご迷惑をおかけしました」
「いいえ。担当していたものも満足しておりましたので。ただ、今はさみしがっていると思いますが…」
にゃ~
「それなら対策をしてきたって?変なことしてないよね」
にゃにゃ
「ちゃんと考えたって。ほんとかなぁ~?あとで手紙を出して聞いてみよう」
イリス様は忙しい方だし、迷惑になってないといいけど。
「それにしてもアスカ様は面白い食べ方をなさいますね」
「そうですか?私の地域ではそこそこメジャーな食べ方なんですけど…。もちろん、貴族の方はしませんけど」
というか貴族なんていなかったし。今私はパンを上下に分けて、その間にステーキを半分に切ったものを重ねてその下には葉野菜を敷いている。いわゆる、ハンバーガースタイルだ。ちょっとだけ肉はかみ応えがあるけど、食べにくいとまでは言えない。
「そういえば、イリス様もそのような形でお召し上がりになっておりました」
「そうなんですね」
「ただ、すぐにテレサ様に叱られておりましたが」
「テレサさんとイリス様って仲いいですよね」
「もう30年近い付き合いですので。イリス様も一番に相談されておりますし、私たちも仲睦まじい姿を見ると安心できます」
「そうなんですね。私もそれぐらい長い付き合いの人ができるといいなぁ」
「ま、その前にもうちょっとしっかりしてくれないとねぇ。まずは約束の時間を守ることからだね」
「守れますよ!」
「待ち合わせはだろ?細工に夢中で飯を抜かなくなってから言うんだね」
そこを言われたらつらいなぁ。先日ももうちょっとでやらかしそうだったし。
「そろそろ出ますか。いい時間みたいですし」
早い時間から食べ始めていたけど、少しずつ客の入りが多くなってきた。確かに出た方が良さそうだ。
「それじゃあ、ミネルナ村に向けて出発ですね!」
「ええ」
「アスカ、その前に宿によること忘れんなよ。騎士を置いてきてるんだよ」
「あっ、そうでした」
レストランを出ると馬車を預かり所で受け取り宿に戻る。
「アスカ様、街はどうでしたか?」
「短い時間でしたけど、楽しめました。今着ている服も買ったものなんですよ。どうですか?」
「とてもよくお似合いです」
「お話はまた後で。皆さん、出発の用意は?」
「調えてあります」
「では、行きましょう」
時間も少し押しているので急ぎ早に宿を出る。そしてそのまま貴族出入り口から出発だ。
「あっ、盗賊団の件はどうしましょう?」
「あれ以上は報告待ちになりますので、帰りに私たちの方で詳細は手に入れておきます。報酬に関しては計算が終わっていれば、アルトゥールで受け取れるはずです」
「分かりました。それじゃあ、リムスの町を出ましょう」
こうして私たちはリムスの町を出発して、ミネルナ村へと向かった。途中、1つの町と2つの村を経由したけれど、強い魔物に出会うことなく再び私たちはミネルナ村へと戻ってきたのだった。
「はぁ~、長かったような短かったような…」
「アスカ様も道中出てきたリッカーコボルトだけは慣れませんでしたね」
「あうぅぅ、あれはもう思い出すだけでも…」
リッカーコボルトというのは2足歩行型のウルフ種である、コボルト種の一種だ。通常のコボルト種に比べ頭が異様に大きく、その口から伸びる長い舌で攻撃してくる。舌には麻痺毒もあるみたいだけど、あまりの気持ち悪さに毎回、即倒してしまうのでどの程度かはわからない。
「アスカはああいう見た目が駄目なのかい?」
「ダメというかなんというか…。別にコボルト種がウルフ種の2足歩行タイプというのはいいんです。ただ、あの大きい頭と舌を出してくるっていうのが…」
もちろん、ウルフ種も獲物や肉を前にすると舌を出してだ液もしたたる。ただ、あいつらは2足歩行で地に着くかどうかぐらいまで下が伸びるのだ。
「そ、想像しただけでも…。あの辺の固有種でよかったです。その辺に出てたら森ごと焼き払いますよ!」
「アスカ様。冗談になりませんから慎み下さい」
「は~い」
でも、絶対見たら万人が同じ反応を返すと思うんだけどな。
「おや、あんたたちは…」
「あっ、この前来た時に野菜をくれたおじさん!」
「覚えていてくれたんだな。ところで今日はどうしたんだい?騎士様と一緒のようだが…」
「え~っと…」
「アスカ様とは旅先で知り合い、我々も近くに用事があったので同行している。女性の多いパーティーだったのでな」
「確かに3人のパーティーをお見掛けすれば心配になりますな。流石は騎士様です」
「お父さん、聞いてばかりじゃなくて案内をしないと!」
「そうだな。しかし、どこで休んでもらうか…小屋は一つだしな」
「そういえば、ミネルナ村には宿ってないんですよね」
「そうなんだよ」
「村長様のところはどう?お孫さん一人だし」
「話してみるか。少しそこで待ってもらえますか?」
「我々は構わない」
「私たちも大丈夫です」
村の人が立ち去ると私は安どのため息をつく。
「ふく~、ありがとうございます騎士さんたち。とっさに嘘をついてくれて」
「騎士の任務で身分を隠すことは多いので、お役に立てて何よりです」
「それにしても特に何もない村に見受けられますね。宿もないようですし。本当にこのような村にご用事があるのですか?」
「はい。昔とっても偉かった精霊様がいらっしゃるんですよ」
「にわかには信じがたいですね」
「まあ、実際に行って見れば分かるさ」
「そうですね。今日は遅いですし、村の人とのやり取りもありますから泊まられると思いますけど、明日帰られるんですよね?」
「いいえ。ちゃんと送ってくるように言われていますから、ミネルナ村での用事が片付くまではご一緒しますよ」
「大丈夫なんですか?みなさんずいぶん一緒にいてくれてますけど…」
付いてきてくれるのはうれしいけれど、結構お仕事止まっているのではないだろうか?
「私たちのことは構いませんから、今は目的を果たすことをお考え下さい。イリス様より許可は得ておりますので」
「それじゃあ、もうしばらくよろしくお願いします!」
「はい」
「おや、話が弾んでおられるようですね」
「村長殿か?」
「はい。この村の村長をしております、ノルドと申します。こちらが妻のティガン。横にいるのが孫のファラです」
「ティガンです。お嬢様、ようこそいらっしゃいました」
「ファラです。よろしくお願いします」
「アスカといいます。こちらこそよろしくお願いしますね」
「では、こちらがお部屋になります」
村長さんの家は恐らく避難所を兼ねているのだろう。大きな造りをしていてとても3人で暮らすようなサイズではない。人が住む部屋だけでも6室はありそうだ。
「こちらがお嬢様の部屋になります。横は護衛の方が、向かいは侍女たちの部屋にお使いください」
「ありがとうございます」
「それにしてもこのような村にご用とは…」
「あっ、えっと…」
「そうですねぇ。ここはミネルナ様を祭っている以外には特に何もない村ですし」
「そのミネルナ様なんですけど、ちょっと気になる文献を見つけまして」
私はあらかじめ用意しておいた説明をする。
「ミネルナ様の?おもしろそう!おねえちゃん聞かせて」
「これ、ファラ…」
「いいえ。ちょうど村長さんに話したいこともありましたし、一緒にお話ししましょう」
「それじゃあ、こっちこっち」
ファラちゃんに手を引かれて私は食堂に向かう。食堂は部屋数に比べて小さい作りになっており、6人ぐらいがかけられるぐらいだ。
「私らは…」
「我々のことはお気になさらず。護衛が座る訳にはいきませんから」
部屋の留守を預かる騎士さんと私の両後ろに立つ護衛の騎士さんが2人。北側にはエディンさんとミシェルさんが立ち、席には私とジャネットさんとリュート。向かいは村長一家となっている。
「それじゃあ、文献で見たことをお話ししますね」
私はこの村での目的を話し始めた。




