カーナヴォンを離れて
「いよいよ出発するのね」
「はい。ほんとにお世話になりました。ここで得た経験を生かしていきます」
「約束よ!あなたはうちの帳簿塾受講生の第1期生なんだからね!」
「えっ!?いつの間にそんな塾ができたんですか?」
「そりゃあ…いつにしたっけ?」
「勉強を開始された日ですね。ただ、完了日はおよそ60日後ですが」
「そんなに日付伸ばしても大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。残念ながらあなたと同じペースで進んでいる子はまだいないの。一応、余裕を持たせた日程だから。はいこれ」
そういうとイリス様は一枚の書状を渡してくれた。
「えっと、帳簿検定1級合格者第1号 アスカ。あなたを帳簿処理のエキスパート技能者と認めこれを証します。王国歴409年3月15日」
「という訳でよろしくね。まだまだ大衆まで広がるのは時間がかかるでしょうけど、貴族印も押してあるからちゃんと生かせるはずよ。署名も横にあるしね」
「ありがとうございます。こういうのってもらったことなくてうれしいです!」
「そう、作ってよかったわ。それじゃあ、元気でやるのよ」
「はい。色々とありがとうございました」
「アスカ様、お世話になりました」
「シャルちゃんも元気でね」
「はい!アスカ様に頂いたあの服で刺繍もきれいにできるようになりましたし、感謝しかありません。もっとうまくなったら完成したものをお送りします」
「楽しみにして待ってるね。あと、あの服は集中力を高めてくれるだけで腕が上がるわけじゃないから、自分にも自信をもって」
「はい」
「おねえちゃん行っちゃうの?」
「うん。もっと色んなところに行ってみたいんだ。フィル君も気に入りそうな町があったら今度来た時に話してあげる。マリーネ様とも仲良くね」
「うん。仲良くして、いつか一緒にいろんなところに行く!」
「旅先で偶然会ったりしてね。その時を楽しみにしてるよ」
「ちょっと、あんまり変なこと吹き込まないでよ。ジャネットにリュート。ふたりともよ~く監視してるのよ」
「分かってるよ」
「はい。全力で頑張ります」
「それじゃあ、旅立つアスカさんには僕らからこれを」
「これは?」
「マルディンお義姉様から頂いた手紙に書いてあったんだけど、あなた羽織るタイプのローブが焦げちゃったらしいじゃない」
「ああ、ディーバーンに焦がされたまだ新しかったやつですね」
「それの代わりよ。つけて見なさい」
イリス様から渡されたローブは深緑の色をしていて、さりげない刺繍がきれいだった。
「わぁ!とってもかわいいです」
「ちゃんと耐魔性能を持ったものよ。それと留め具のところには浄化の魔石を置いてるから、メンテナンスもしやすくしてあるわ」
「えっ!?浄化の魔石って高いんじゃ…」
「町の英雄よ。それぐらい当然だわ。代わりに前のローブをもらえるかしら?」
「いいですけどどうしてですか?焦げちゃってますけど…」
「マルディンお義姉様に渡して、今作っている像に着せるのよ」
「そ、そんな、焦げたローブなんて恥ずかしいですよ」
「恥ずかしがる必要なんてないわ。実際に前線でアスカが戦った証だもの。それにね、ただ綺麗な銅像を建てて『これだけの戦いがあって勇敢な人がいた』って紹介しても人は忘れてしまうものだわ。そこに当時のものを保存魔法で残していたら、未来の人も実感がこもるの。あなたのローブはそれにピッタリなのよ」
「そういうことなら喜んで渡します」
確かに戦争の悲惨さを写真で見るより、使っていた兵士の服の穴とかの方が生々しくて印象に残ることってあるもんね。
「それとうちからのお礼よ。馬車に魔石を組み込んでもらった分ね」
そういうとイリス様は小さい箱を手渡してくれた。中には品質のいい風の魔石が入っている。
「これ馬車に使ったものよりいいやつですよ?」
「当たり前よ。でも、この魔石があっても馬車に同じものは付けられなかったでしょう。あなたもそういうところはもっと誇りなさい。買ってくれる人のためにもね」
「…お世話になりっぱなしでなんだか申しわけないです」
「気にしなくていいのよ。それだけの価値を認めたってだけだもの。それじゃあ、名残惜しいけどそろそろね」
「そうですね。それじゃあ、行ってきます!」
「ええ、今度会う日を楽しみにしているわ。そうそう、乗船証と乗合馬車の札も忘れないように使うのよ」
「ほんとにお世話になりました」
私たちは邸の人たちに見送られながらその場をあとにした。
「よかったのかい、アスカ。あのまま、あそこに住まわせてくれそうだったけど」
「まだ旅の途中ですし、やっぱりちょっと私には合わないなって」
「そうかねぇ、リュートはどう思う?」
「合わなくはないと思いますけど、今は旅ですかね」
「ほら、リュートはわかってますよ」
「はいよ。んで、どこに行くんだい?」
「ステータスのチェックは昨日、イリス様に勧められてやりましたしダンジョン都市に戻ることですね」
「結局そうなるのかい」
「でも、その前に寄りたい場所があるので寄り道したいんですけど」
「寄り道?」
「はい。ミネルナ村に寄ってから戻りたいなって」
「ミネルナ村って村の名前と同じミネルナ様を祭っているっていうところだよね?」
「うん。ちょっと追加の情報があってもう一度行きたいの」
「まあ、行くも何も通り道だしあたしはいいよ。どのぐらい滞在するつもりなんだい?」
「ちょっと行かないとわからないですけど、4,5日はかかるかもしれないです」
「まあ、別に急ぐわけでもないし、いいじゃないか」
「それじゃあ、馬車に乗りましょう。せっかく、出発時間も合わせてもらったことですし」
「そうだねぇ」
私たちはイリス様が手配してくれた臨時の乗合馬車に乗り込むため、町の駅舎へと向かう。
「ここですね。立派な駅舎です」
「まあ、領都だしな」
「お待ちしておりました。アスカ様ご一行ですね。馬車はこちらでございます。用意が終わられましたらお乗りください」
「リュートは何かない?」
「僕は大丈夫だよ」
「あたしも問題ない」
「じゃあ、もう乗ります!」
「分かりました」
受付の人が馬車まで案内してくれて私たちはそれに乗り込む。
「お嬢様、行き先はどちらまで?」
「エディンさん!?」
乗り込んだ馬車で声をかけられたと思ったら、御者席に座っていたのはエディンさんだった。
「身の回りのお世話をと私もいますよ」
「ミシェルさんまで。お仕事はいいんですか?」
「私たちの仕事はアスカ様のお世話ですから、目的地まではご一緒しますよ」
「護衛は我々が担当いたしますので、安心してください」
「あんたら…」
護衛の人は冒険者風の格好をしていたけど、みんな邸で見かけたことがある。イリス様ってば気を遣わせないようにここまでしてくれるなんて。
「ありがとうございます。それじゃあ、ミネルナ村までお願いします」
「ミネルナ村ですね。かしこまりました。…ミネルナ村?」
「あっ、わかりにくいですよね。アルトゥールから1日ぐらいの距離なんですけど…」
「承知しました。ひとまず進路はアルトゥールに設定いたします。今日のところはディスティ村でお休みください」
「分かりました」
目的地も告げて、馬車は出発する。今日のところは正確な場所の確認も含めてディスティ村で一泊だ。
「それにしてもアルナとキシャルさぁ」
ピィ?
にゃ~
「お前ら太ったんじゃないか?」
ピッ!?
にゃ~~~
馬車が進み始めて数分、ジャネットさんが突然そんな一言を放った。
ピィピィ
「いや、あたしは何言ってるか分かんないけど、散々邸で飲み食いしてただろ。しかも、運動もせずに」
「そういえば、キシャルはシャルちゃんがアルナはフィル君がついてて、最初こそ動き回ってたけど、後半はベンチで休んでることも多かったよね」
ジーッと見て見ると確かにふっくらした気がする。主人も気が付かなかったことに気づくなんてさすがはジャネットさんだ。
「これを機に生活を改めなさい、あなたたち」
びしっとティタがアルナたちに指をさして宣言する。
「おおっ!ティタかっこいい」
「そうですか?照れますね」
にゃ~!
ピィ!
しかし、キシャルもアルナもティタに『ゴーレムが太らないだけでいっぱいティタも食べてた』と反論する。
「太らないものはしょうがないでしょう。あなたたちは違うのだから努力なさい」
おおっ!ティタも強気だ。でも、なんだか言ってることはおかしいようなそうでないような…。
「確かに食べすぎは毒ですね。私たちの方でも食事を調整してみます」
「お願いします」
ああ、ティタによってアルナとキシャルの食事が…。
「でも、ティタも2人のことを心配してるんだからしょうがないか」
ピィ!?
にゃっ!?
ピィ~
にゃ~
「あっ、いや、それはちょっと関係ないかな?」
「どうしたんだい?」
「それなら、主人の手本を見せてくれって。全く、あなたたちは自分の立場を考えなさい」
「いや、いい案じゃないか?」
「えっ!?」
「見本を見せてやるのも主の務めって言うのは筋が通ってるよ」
「な、なら、ジャネットさんたちも…」
「あたしらは邸にいる間も訓練してたし、十分動いてたよ。もちろんリュートもね」
「では、今日から滞在先の食事は野菜中心のメニューで通しておきますね」
「そ、そんなぁ~」
こうして私もアルナたちのダイエットに付き合うことになった。
「アスカ様ったら自身は細工をしておられたのだからそれを言えばよかったのでは?」
「ダメよ、エディン。そういうのも経験のうちなんだから」
今日は夕方にちょっとした短編を投稿予定です。お楽しみに!




