落成式
「今日はいい天気でよかったですね」
「本当よ。折角の落成式が雨だなんて締まらないもの」
今日はいよいよ落成式だ。今は会場準備と簡単な打ち合わせが済んだところで、みんなで席に座ってまったりしている。
「あたしは別に出なくてもいいんだけどねぇ~」
「まぁまぁ、これもいい会場護衛の練習になるわよ。リュートはガッチガチに固まっているしね」
「ほんとだ。ただの神像のお披露目なんだから普通でいいのに」
「だ、だって最前列だよ。さっきから司祭様も打ち合わせでいるし」
「別に孤児院と同じシェルレーネ教の司祭だからって遠慮することないだろ?フェゼル王国からは離れてるんだし」
「そうですけど、まさかこんな場所に座ると思っていなくて…」
「ふふっ、リュートってば。燕尾服が慣れてないからじゃない?」
「それもあると思う」
「だらしないわねぇ」
「ははは、楽しそうだな」
「おじさま!どうしてここに?」
「いやぁ、ミスリルの件でね。息子がうるさいのでな」
「イリス様この方は?」
「えっとね。ちょっと言いにくいんだけど…」
「私はアレ…そうだな。ディアスと呼んでくれ」
「ディアス様ですか?」
「ああ。別にそんなかしこまらなくてもいい」
そうは言うけど、イリス様が様付で呼んでるし、どこか存在感がある。
「あっ、すみません。私はアスカと言います」
「で、本当におじさまがどうして来たんです?王都の方はいいんですか」
「さっきも言ったが息子がお前に送ったミスリルの塊でつまらぬことを言いだしていてな。あれがあれば戦力の増強ができると。新しく家名をもらって領地経営も軌道に乗ったから調子づいているのではないかとな」
「はぁ、そんな暇があったらもっと領民に還元します。どうしてそんなことに?」
「あいつはお前と歳も近いからな。ろくでもない噂に惑わされているのだろう。会った記憶も少ないだろう?」
「そういえば学園でもお会いしたことはありませんね。まあ、当時の私を見られても困るのですけれど」
「はっはっはっ。そういう訳だから私が直接出向いたということだ。何に使ったのかも一応確認したかったし、もうすぐ引退だしな」
「それにしても護衛はどうされたのです?流石にここの護衛ではまかなえませんが?」
「腕利きを2人忍ばせている。それ以外は馬車だな。物々しくすると逆に目立つ」
「またそんなことをおっしゃって…」
「あっ、だったらこれを使いませんか?私が…仕入れたブローチなんですけど…」
「うん?魔道具のようだが」
「はい。ファモーゼルの魔石を使ったもので、ウィンドバリアが込められてるんですよ。ちょうど私が魔力を込められますし」
「ファモーゼルか。風専用の高位魔石だったな」
「よく知っておられるんですね?研究者か何かなんですか?」
「ん?ああ、そういう面もあるな。最も普段は研究所にはいないが」
「それでイリス様も協力してもらって頭が上がらないんですね!」
「あっ、ええ、そんな感じかしら…」
「にしても楽しみだな。まさか、あれで神像を作るなんて」
「ちょうどいい機会でしたの。たまたま。そう、たまたま、いい知り合いを紹介してもらえて」
「そうか。まあ、もうすぐお披露目だろう?楽しみに待っていくよ。ああ、このブローチはありがたく使わせてもらおう。代わりに後で魔石のセットを届けさせよう」
「えっ、いいですよ」
「いやいや。受けた恩は返さないとね。この歳になるとすぐに返しておかないと返せなくなるからねぇ」
「おじさま…」
「あっ、じぃじだ~」
「おじさま、お久しぶりです」
「おおっ!かわいい子どもたち。元気にしていたかな?」
「はい!」
「はい。最近はとても楽しいです」
「そうかそうか。それはいいことだ」
「ちょっとフィル。失礼じゃないの、おじさまに対して」
「イリス、構わんよ。実の孫はもう反抗期でね。ちょっと課題を出しただけなのに文句を言ってくるんだよ」
「あの件でしたらしょうがないかと。あの歳でやるには大変ですから」
「そうは言うが当時のイリスならこなしただろう?そこは手本を見せてもらわないとな」
「…まあ、できなかったとは言いませんが」
「ご歓談中のところ失礼しますイリス様。こちらの準備が整いました」
「司祭様。分かりました」
いよいよ今から落成式の始まりのようだ。関係者も集まってきて一気に会場も静かになりだした。
「コホン。では、ただいまよりカーナヴォン領領主邸のシェルレーネ神像落成式を執り行います。始めに領主でありますイリス様からお言葉を頂きます」
「紹介にあずかりましたイリスです。今日は落成式に来てくれてありがとう。今回の神像はとても良い縁に恵まれて、今までで一番の出来になったと思っているわ。正直私が侯爵領にいた時も見たことがないかも?まあ、長々と話していても実物が気になるでしょうからここまでにしておくわね」
そういうとイリス様は壇上から降りて私の隣に戻る。
「堂々としていてすごかったです!」
「そう?あんなものならいつでもできるわよ」
「いやいや、私も推薦した甲斐があったよ」
「嫌ですわ。冗談ばっかりなんだからおじさまってば」
「続きましてはシェルレーネ教司祭様よりお言葉を頂きます」
「え~、本日は大変お日柄もよく…」
やばい!これは校長先生タイプだ。長くなりそう…。
「ちょっと司祭様…」
しかし、そこはイリス様が5分ほど話している時にちょいちょいと像の方を指さすことで終わりを迎えた。ありがとうイリス様。
「では、いよいよシェルレーネ様の神像をお披露目します。イリス様は左側、司祭様は右側の布をお持ちください」
「おじさまはいいの?」
「私はゲストだよ」
「分かったわ。それじゃあ、行ってきますね」
「ああ」
イリス様と司祭様が定位置について布を持つ。いよいよお披露目だ。
「ドキドキするなぁ」
「おや?緊張かね」
「はい。やっぱり自分で…紹介したので」
危なかった~思わず作ったっていいそうになっちゃった。
「そうだったのか。それはありがとう。あの子が頼み事なんて珍しくて、つい用意した甲斐があったよ。おっ、始まるみたいだね」
「では、1,2,3でめくっていただきます。1,2,3、…」
バサッ
司会の人の掛け声とともに布がめくられてシェルレーネ様の神像があらわになる。私も庭で見るのは初めてだ。
「おおっ!?」
「すごいわね!」
お披露目されたシェルレーネ様の像は右手に杖を左手には水がめを持っている。頭にはティアラを被っており、その中心にはアクアマリンがはめ込まれている。服装はローブでできる限りシンプルかつ、肌に添わせるように流線形で仕上げた。
「でも、見たことあるからこういう表現にしたけど、怒られないよね?」
アトリエでこもっている時にポロッとイリス様にアラシェル様つながりでシェルレーネ様にも会ったことありますよって言ったら、絶対そのお姿で実現してと言われたのだ。等身もお姿も限りなくリアルな神像なんて、あとはムルムルたちのいる中央神殿ぐらいなのかな?
「まあ、他の人が作ったのは別にあると思うけどね~」
「何の話?」
「あっ、いえ。モデルの話ですよ」
戻ってきたイリス様に説明する。イリス様とは反対に出席者の人がシェルレーネ様の像に近づいて、間近で完成した像を眺めている。
「まるで撮影会みたいね。メディア向けの」
「そうですね。まあ、私は想像でしか分かりませんけど」
「それにしてもあれがシェルレーネ様なのね。私は途中ちょっと見ていたけど、本当に神々しいわ。何といってもあの杖がいい味出しているわよね」
「頑張りましたから」
私が作った3本の杖のうち、今日は一番意匠に凝ったものを付けさせてもらっている。柄の方から杖の先まで細かい細工が入りながらも上品な本体に、杖の先から柄の方へと西洋の竜が降りていく様を描いている。
「それにあれってこの前手配したやつでしょ?」
「そうですね。この領地に高名な付与術師の人がいてよかったです」
実は今つけている杖には秘密がある。ミスリルの杖の先の部分が回して外れるようになっていて、そこにはイリス様に手配してもらったシーサーペントの魔石がはめ込まれている。水の専用魔石ではあるもののファモーゼルと同じ上位魔石だ。これに付与術師から魔法を付与してもらった特別仕様だ。
「これで何かあった時にも対応可能ですね」
「でも、普段からあの杖はねぇ。ゲストを招いた時だけにするわ」
「おや?何かあるのかい?」
「おじさま。いいえ、素晴らしい像だって話をね」
「そうだね。近くで見てきたけど、これほどのものは滅多にないよ。いやぁ、国庫にでも入ってもおかしくないね」
「そ、そんなことないですよ!それに、ここなら色々な人に見てもらえますし」
「…ふむ。そう言われるとそうだね。仰々しく仕舞われていてもしょうがないか。もう一度見て来よう。中々ない機会だと思うし」
そういうとディアス様は像を見に戻った。でも、なんだか像の周りが騒がしいなぁ。
「おおっ!?像が!」
「水がめが光ってるわ!それに杖も!」
「ええっ!?」
ええ…まさかシェルレーネ様こっちを見てたりするのかなぁ?ムルムルとよくいるから、自分の像の落成式を祝ってくれたんだろうか?
「嬉しいけど、これはちょっと迷惑かも…」
「アスカ、あんな機能つけていたの?すごいじゃないの!みんな驚いているわよ」
「ああ、いやぁ。あれは何というかご本人の力でして…」
「えっ?そんな機能ないの?」
「ありませんよ。大体、水がめの方はただのミスリルですよ。なんで水が流れてるんですか…」
「そういえばそうね。ってことはこれってシェルレーネ様の行いなの?」
「多分…聞けないからあれですけど」
「はぁ~、子々孫々伝えなきゃ!」
「そう…ですかね?」
まあ、仕様にない効果が出たしありがたい像なのかな?
「アスカもアラシェル様の像が光ったりしたらこうなるわよ」
うう~ん、どうなんだろう?嬉しいとは思うけど。そう思いながら落成式を眺める私だった。




