従魔と中庭
リュートと出かけて1週間が経った。あれからリュートは毎日ブレスレットを付けてくれている。
「うんうん、せっかく力を入れて作ったんだし、嬉しいなぁ」
それとは別に従魔たち…と言ってもアルナとキシャルなんだけど、とは帰ってきた翌日から丸2日間かけてたっぷり遊んだ。そのあともアルナはちょこちょこ構って~って感じで来たけど、キシャルは満足したのか、メイドさんたちにマッサージを受けてごろごろしている。
「すぐに平常運転に戻ったのはちょっと悲しかったなぁ。サーシュイン領に行ってて、私も結構会ってなかったし。まあその分、あの2日間はすっごく動き回ってたけど」
ほんとにキシャルかと思うぐらい中庭に裏庭にとぴょんぴょん動き回っていた。私も追いかけるのに必死で、途中からは風魔法を使ったぐらいだ。
「最初は5日ぐらい空けるだけのつもりだったけど、結局は1週間まともに遊べてなかったもんね。今度からはもう少し気遣わないとね!」
「アスカ~、そろそろ時間よ~」
「は~い」
新年の行事が終わったイリス様が私を迎えに来る。新年の用事が片付いて2日前から帳簿の勉強が再開したのだ。
「今日も頑張るわよ。ついて来なさい!」
「分かりました!」
イリス様と一緒に部屋に向かう。
「さあ、今日は最終仕上げよ。アスカのために練習問題も一杯用意したからどんどん解いていきなさい!」
「あ、えっと、それはちょっと遠慮したいな~って」
「いいからさっさと解きなさい。そうしないと…」
「しないと?」
「お昼のメニューを削っていくわよ」
「やります!」
イリス様が転生者だからというのもあるかもしれないけど、ここの邸の料理人さんはほんとにおいしいものを出してくれるんだよね。何といっても、まだリュートが苦手にしてる醤油とかを使った料理もバリエーション豊かなんだよね。
「それにたま~にだけど、こっちの創作料理っぽいのがまた嬉しいんだよね~。向こうじゃ体験できない味だよ」
ほんとはどこかにあるのかもしれないけど、旅行を自由にできる環境でもなかったしね。そうと決まれば早速机に向かわないと。
「…」
「ふふっ、集中したわね。それにしても、アスカってあんまりモニターに向いてないわね」
「そうですか?ひたむきないい生徒だと思うのですけれど…」
「そうなんだけど、優秀すぎるのよね。知識も最初からあるから一から教えた結果としてはね。結局、他の子にやらせたら倍以上の時間がかかってるもの」
「確かに孤児院や学校の卒業生でもつまずくところはつまずいていますからね。アスカ様は多少苦労したところはありますが、比較的スムーズですし」
「あれを基準にして〇日でマスターできます!とは宣伝できないわね」
「最初で最後とは言いませんが同じ速度で上達する人は中々いないでしょうね」
「まあ、当初の予定とは違うけどその分、参考書の出来が良くなっているからよしとしましょう。上級者でも勘違いしそうなところとか、時間がかかるところが分かったしね」
「イリス様は最初から知っておられましたし、私たちも個別指導でしたからね。それにしても…」
「本当に集中しているわね。私たちの話なんて一切聞こえてないみたい」
「私たちも気を使わなくて助かってはいるのですが、細工中はお食事の時間になっても気づいてもらえず、大変です」
「まあ、それでいい作品ができるのだからしょうがないといえばしょうがないわよね。そうそう、依頼していたシェルレーネ様の案が届いたから見るように言っておいて」
「イリス様は?」
「どうせほっといてもやるだろうし、アレンとどこか出かけてくる」
「左様ですか。では、楽しんできてくださいませ」
「ええ!」
そんな会話をされているとはつゆ知らず、私は目の前にぶら下げられたニンジンのごとく、料理につられて一心不乱に問題を解いていた。
「終わった~!あれ?イリス様は?」
「イリス様なら今日はその問題集を終えたら終わりだと言われて出ていかれました」
「そうなんですね。一言言ってくれればいいのに」
「そうですね。それより、今日の分は終わってしまわれましたが、これからどうされますか?」
「今って何時ぐらいか分かりますか?」
「10時過ぎですね」
「じゃあ、ちょっと遊んできます」
私はぴょんと椅子から降りると、キシャルの住んでる部屋に向かう。
「キシャル~、遊ぼう」
んにゃ~
こっちを向くけど、特に反応を返してこないキシャル。うう~ん、ほんとにあの日以来、遊んでくれないなぁ。
「ほらほら、中庭に行こう。動き回らないから」
にゃ~…
しょうがないなぁと言わんばかりにとことこ歩き始めるキシャル。
ピィ
「アルナも一緒に来るの?じゃあ、窓開けるね」
「アスカ様、お昼ごろまでご一緒で?」
「その予定ですけど…どうかしましたか?」
キシャルとアルナの面倒を見てくれているフェンナさんに答える。
「それでしたら、私は少し席を外させてもらいますね。少々、洗い物もたまってきておりますので、おふたりが中庭に行かれている間に部屋を清掃しておきます」
「分かりました。よろしくお願いしますね」
「お任せください」
「それじゃあ、2人とも行くよ」
にゃ
ピィ!
こうしてミシェルさんとエディンさんも連れて私は中庭へと向かった。
「さあ、今日は何をしようかな?この前みたいに追いかけっこでもする?」
にゃ~
私の言葉にすぐ反応したキシャルはベンチを指さす。
「えっ、ベンチで何するの?」
とりあえず、私は指定された通りベンチに座る。すると、すぐにキシャルはひざに座ってきた。
「ええっ!?もう休憩?早いよキシャル」
にゃにゃ~
「そういってもまだ眠いって?うう~ん、そう言われると急に来ちゃった私も悪いなぁ~」
ピィピィ
「甘えさせすぎだって?でも、キシャルってまだ子どものキャット種だし」
種としては進化したかもしれないけど、その分寿命も延びて体も小さくなっちゃったしね。
「それにしても最近毛並みがよくなったよね?そんなにここの食事がいいの?」
にゃ!
「へぇ~、フェンナさんの調合したご飯がおいしいんだ。あとはブラッシングがうまいって?そっか~、私もそこまで真剣に習ってないしな~。いい機会だし、ここにいる間に教えてもらおうかな?」
にゃ~
私がそういうとふりふりとしっぽを顔にすり当ててくるキシャル。やっぱり女の子だし、毛並みも気になってたんだね。私はキシャルの毛を撫でながらベンチで過ごす。最初はアルナもちょんと乗ったりしてたけど、途中で飽きて飛んで行ってしまった。
「残念だけどキシャルが膝に乗ってるから動けないんだよね。ふわぁ~、ちょっと眠くなってきたな…」
集中して問題も解いたし、勉強が再開するまでも結構細工頑張ったからなぁ。
「ちょっとだけ休もうかな?」
そう思って私は目を閉じた。
「う…ん?」
私は意識を取り戻し目を開ける。
「今何時だろ?」
きょろきょろと周りを見渡しても人の気配はない。でも、エディンさんたちが席を外すことは珍しいからすぐに戻ってくると思いそのまま待つ。
「アスカ様、起きられたのですか?」
「あっ、ミシェルさんにエディンさん。それは?」
「いつ起きられるのかわかりませんでしたので、今料理人にいつでも食べられるものを作ってもらって持って来たところです」
「そうだったんですね。すみません」
「いえ、それよりも今すぐ召し上がられますか?」
「いいんですか?」
「はい。ミシェル、お茶を頼むわ」
「分かった。アスカ様、すぐに持ってきますから」
「ありがとうございます」
「では、食事の準備をしますね」
「あっ、ちなみに今は何時ですか?」
「もうすぐ14時です」
「結構寝ちゃってましたね…」
「ええ。ですので、ミシェルと相談して食事の用意をしてもらっていたんです」
「お手数かけます」
「いいえ。キシャル様もフェンナの用意したご飯を用意していますからね」
にゃ!?
ご飯と聞いてキシャルが耳を立てて体を起こす。
「もう、現金なんだから。そんなに寝て食べてばかりじゃ太るよ?」
にゃ~~~
「太ったら歩けないからずっと私の頭に乗るって?そうなったら、私の頭じゃ支えきれないよ」
にゃ!
それならもう少し動くというキシャル。これで今日も動いてくれるかな?そう思っていたけど、食事のあともキシャルが動くことはなく、結局15時をめどに部屋に戻ることにした。
「ふ~、遊んだ…とは言えないけど、いい気分転換になったな。さて、今日も残った時間は細工に…」
「アスカ様、お伝えが遅れましたがイリス様より伝言です」
「なんですか?」
「シェルレーネ様の像のデザインが決まったのでお見せするとのことです」
「あっ、決まったんですね。分かりました。それじゃあ、今日中にかかってる部分は終わらせないとですね」
「いえ、急がなくとも…」
「でも、私ももうすぐ町を離れないといけませんし。約束してる予定があるんです。ちょっと寄りたいところもありますし」
「…そうですか。では、よろしくお願いします」
「任せてください!というわけで、今日は頑張るぞ~!」
リフレッシュもできたし、私は残りの時間で作りかけの細工を完成させた。




