リュートの誕生日
「はぅ~、疲れた~」
「結局何作ってるんだい?わざわざ間にカーテンなんて引いてさ」
「秘密です。見せてもいいんですけど、完成したのを最初に見せたいんです」
「ふぅ~ん。ま、あたしは何でもいいんだけどね」
翌日、朝ごはんを食べた私は細工をしていた。今作っているのはリュートの誕生日プレゼントだ。別に見られてもいいんだけど、なんとなく最初に本人に見せたくて、ベッド横にテーブルを移動させて、そこから入り口にはカーテンを引いてもらっている。
「ジャネット様はこの後どうされます?アスカ様もしばらくは細工とのことですし」
「どの道、護衛は要るんだろ?このまま本でも読んどくさ。ただ、適当な本がなくてね。何かいい本はないかい?」
「本ですか…ジャンルは?」
「ジャンルねぇ~。この近辺の地理の本は読んだし、何にしようかな?」
「戦術書はいかがですか?ジャネット様は指揮能力に優れていると聞きましたし」
「別に優れてるって訳でもないよ。ちなみにそれはどこから?」
「あっ、いえ、ちょっと小耳にはさみまして」
「小耳にねぇ…」
ちらりとジャネットさんがカーテン越しにこっちを見てくる。
「わ、私じゃありません!」
「まあ、このぐらいなら別にいいけどね」
「ほっ、よかった~…あ!」
「本当に別にいいけど、他の場所じゃ注意するんだよ?」
「は、はい。すみません」
「でも、戦術書か…貴重なのあるかい?」
「イリス様の許可が必要なものもありますが、確認してまいります」
「頼んだよ。さて、その間は暇だしこれでも読むか」
「今は何読んでるんですか?」
「魔法付与の本だよ」
「魔法付与?魔道具師向けの本ですか?」
「ああ。前から気になってたやつを思い出してね」
「へぇ~、何か変わったやつでも手に入れたんですか?」
「…誰かさんのお陰でね」
「えっ!?私ですか?」
「あんたがいつぞや付与した剣あっただろ?フレイムタンとか何とかいう」
「ああ、ありましたね。懐かしいです、まだ付与に慣れていない頃で…あれがどうかしたんですか?」
「あれから何度か使ってるんだけどね。結局、刀身の色が赤から戻らないんだよねぇ。それの理由が何か分かればって読んでるんだよ」
「そうだったんですか。えっ!?それって大丈夫なんですか?大事な剣だったんじゃ…」
「いや、いい剣だったけど、今となっちゃメインを張るような剣じゃないからそこはいいんだよ。属性剣になったと思えば悪くないしね。ただ、理由が分からなくてちょっと気になってね」
「それなら、ティタに聞けばいいんじゃないでしょうか?金属とか魔力とか物知りですし」
「そうか!いや~、アスカもたまにはいいこと言うね」
「毎回ですっ!」
「まあ、それなら来てもらうか」
「そういえば、ティタあんまり見ませんね。どうしてるんだろ?」
「ティタ様ならキルラ様のところです」
「キルラ様?」
「私たちより上のメイドです。ティタ様のお世話係をしているんですよ」
「へ~、私もあいさつしようかな?」
「それより、アスカは手を動かしたらどうだい?さっきから止まってるよ」
「おっと、そうでした。デザインは…強そうなのがいいよね。でも、一緒に町に行く時にもつけて欲しいしな~」
「何悩んでるんだい?」
「ん~、身に付けるものなんですけど、やっぱり戦いで危ない目にはあって欲しくないから、強そうな見た目にしたいんです。でも、それだと街中で歩いてる時に目立つなぁって」
「ふぅ~ん。でも、どっちかしかできないんだったら、街中用に作るしかないね」
「どっちか…そうだ!」
うんうん、別にどっちかなんて決める必要はないよね。私は早速2つのデザインを描き起こす。
「反応が消えましたね」
「ありゃあ、もう何を言っても無駄だよ。静かに本でも読んでおくかね」
コンコン
「失礼いたします。ティタ様をお連れしました」
「ああ、すまないね」
「ジャネット様がお呼びでしたか?」
「ん?ああ、そうだよ。ティタに聞きたいことがあってね」
「ご主人様は?」
「細工モード」
「分かりました。お伺いします」
「ああ、とりあえずこいつを見てくれ」
あたしはマジックバッグからフレイムタンを取り出す。
「これは火属性の剣ですね」
「ああ、元々は普通の剣だったんだが、アスカが付与してから刀身も赤くなっちまってね。すぐに戻るだろうと思ってたんだけど、結局戻らずじまいでさ」
「ふむ、私は見かけたことがありませんが、いつ頃からこうなのですか?」
「えっと確か…フィアルとアスカで初めてパーティーを組んだ時だから…2年以上前か?」
「そんなに前からですか!」
「あ、ああ」
「では、間違いなく魔法剣になっていますね。普段魔力は誰が込めていますか?」
「込めるっていうか、切る時にあたしの魔力を使ってるけど?」
「はぁ~、ジャネット様。なぜ、鑑定にお出しにならなかったのですか?」
「いや、付与の練習でこうなったし、すぐに戻ると思ってね。結局戻らないからまあいいかと思ってずるずると…」
「これは魔法剣ですから、事前に火魔法の使い手。例えばご主人様に魔力を込めてもらえば、切った先から炎が噴き出すでしょう」
「そういや、付与した直後はそうなったね。あれっきりだったから、付与の影響だと思ってたけど、魔法剣に十分な魔力が込められたのか」
「そういうことです。それと魔法剣になった経緯ですが、これの元は銀の剣ですね?」
「ああ、確かそのはずだけど」
「では、原因は魔道具作りが不慣れなことでしょう」
「魔道具作りが不慣れだと起きるのかい?」
「ええ。付与と魔道具化には共通の工程も存在します。付与は属性魔力を一時的に道具に与えるものですが、与える先が魔力の通りやすいものだと、頭の中ではわかっていても魔道具化の工程になってしまうのです。特に直前に魔道具化を行ったり、付与経験が少なかったりすると起きますね」
「あ~。そういや、あん時のアスカって、矢には付与してたけどそれ以外は初めて見たいな感じだったねぇ」
「きっとそれですね。恐らく、銀の刀身を魔法剣化するぐらいですから、かなり疲れておいでだったのでは?」
「確かに疲れた様子だったね…」
「無意識にやる時は加減をしないことが多いですから、その時作れる一番いいものになることが多いのです。きっと、ジャネット様を思って良いものにしたかったのでしょう」
「そうかい。そりゃあ、嬉しいけどあんな新人時代にねぇ」
ちらりとカーテンの向こうにいる姿を見る。今はうんうんとうなりながらも、絵を描いているようだ。
「この剣には王都への護衛なんかでも世話になったし、今度また何かしてやらないとね」
「でしたら、旅に付き合っていただけたらと思います。ご主人様はまだまだ支えが必要ですので」
「それなら言われなくてもそうするんだけどねぇ。他には…」
「ジャネット様、本の許可が出ましたのでお持ちしました」
「ありがとさん。ひとまず今はスキルでも磨いておくか。アスカもそうだけど、今度リックに会ったらびっくりさせてやるかね」
あたしはそうつぶやいて、持って来てもらった戦術書に目を通し始めた。
「おふたりとも心ここにあらずですね」
「2人ともそれだけ真剣に取り組んでいますから。ご主人様の方はリュート相手というのが気になりますが…」
「そう言わずに」
「しかも、この調子だと出番が来そうで…」
「そうなのですか?」
「ご主人様の方は魔道具でしょうから。きっと今作れる一番いいものにするはずです」
「よくご存じですね」
「もちろん!さて、私たちは邪魔にならないようにしていましょう」
こうして、ご主人様のデザイン画が終わる時間まで、4人でゆっくりと過ごした。
「う~ん、これとこれを組み合わせてスライドさせてと。ロック機構も必要かな?となると…」
「ご主人様、もう夕飯の時間ですよ」
「ティタ!いつ来たの?」
「かれこれ6時間ほど前でしょうか。お昼も取られていませんから、夕食は絶対取ってくださいね」
「分かった。でも、もうそんなに時間経ってたんだね。気を付けないと」
「全くですよ。ジャネット様も同様なのですから」
「それじゃあ、一緒だね」
「誰が一緒だって?」
「あっ、すぐに行きますね」
カーテンの向こうからジャネットさんの声がしたので、私は道具を置いてそちらに向かう。
「それで、進んだのかい?」
「デザインはあと少しですね。そこからギミックを確認して、本番にのぞむだけです」
「そいつはよかったね」
「ジャネットさんの方こそどうなんですか?」
「あたしかい?まあまあっていったところか。結局のところ実践の本なんて、その時になってみないと分かんないもんだからねぇ」
「そう言っちゃったら身もふたもないですよ」
「でも本当だろ?」
そんな話をしながら夕食を取った私たちは部屋に戻ると再び各々の作業に戻る。
「さ~て、今日のうちにデザインとギミックだけは確認しないと!」
その日は少しだけ遅くまで私の部屋の明かりが灯っていた。
 




