帰還クレーヒル
クレーヒルに向かって今日も馬車は進んでいく。
「君たちは働き者だね~」
ブルル
小休止を挟むところで、私は馬を撫でてやる。今はちょっとした草むらに体を預けているので、同じく座った私は今日の朝にもらった野菜をあげている。
「それにしても不思議ですね~。俺たちが餌をやろうとすると、ひったくるように食べるのに」
ブルルル
「そんなことないって言ってますよ?」
「え~、おかしいな」
ブルッ
「あっ、立っちゃだめだよ。休憩が終わったら、また馬車を引くんだから休んでないと」
私がそういうと、ちょっと不満げながらも2頭の馬は野菜をまた食べ始めた。
「それにしてもこの子たち、ちょっとワイルドですけど毛並みがいいですよね」
「まあ、騎士団に配属になる馬ですからな。それに、今回アスカ様を乗せるとあって、世話をするものも、一番いいのを選んでおりましたし」
「えっ!?それって大丈夫なんですか?もともと乗っていた人がいたんじゃあ…」
「御心配なく。我々はいかなる馬でも扱えますから。もちろん、団長クラスになると専用の馬はいますが」
「へ~、一度見て見たいですね」
ヒヒ~ン
「わっ、どうしたの?」
「ははは、こいつらもプライドが高いですからな。自分たちの方が立派だといっているのでしょう」
「そうなんだ。ごめんね。2人とも頑張ってくれてるのに」
私が交互にたてがみを撫でると、興奮も収まったのか再びゆっくりする。
「アスカを見てると、そのうち魔物軍団でも作りそうだねぇ」
「へ、変なこと言わないでくださいよ、ジャネットさん。従魔にするのだってMPがいるんですから」
「まあそりゃそうか。従魔にもせず言うことなんて中々言い聞かせられないもんねぇ」
「そうですよ」
「流石のアスカもそこまでしませんって」
「そうそう、リュートもいいこと言うね」
「えっ、そう?」
よしよし、ライトウルフの件がばれてなくてよかった。でも従魔軍団かぁ…ちょっとだけあこがれるかも。だって、右を見ても左を見ても色んな従魔がいるんだもんね。ミネルやアルナみたいな小鳥から、ウルフ種やキャット種。まだ見たことないけど、ドラゴンとかも…。
「いたとしてもさすがにないか。それ以前に魔力が高すぎて従魔にできなさそう」
ディーバーンでもかなりの魔力とMPだったし、それよりもっと高位の存在のドラゴンなんて、どんなステータスなのやら。下手したら魔力1000とかだよね。私の3倍近くかぁ~。そこまで行くと、想像もできないや。
「アスカ、何を考えてるのかな?」
「願望だろ?群体鳥の時も未練たらたらだったからねぇ。従魔に囲まれてる姿でも妄想してるんだよ」
「ジャネットさん。心を読まないでくださいよ」
「いつも言ってるけど読まれる方が悪いんだよ。そろそろ、準備しな」
「は~い」
休憩も終わりなので、最後に鼻先に触れて立ち上がる。
「さっ、行こう!」
ブルル
みんなで馬車の方に向かい、再びクレーヒルを目指して進む。今日は少し早く出たから、クレーヒルには午後に着く予定だ。最初に3時間ほど移動したから、魔物も出ないだろうし、ここからはゆっくりできそうだ。
「あぅ~、そう思ったのに…」
「どうしましたアスカ様?」
「何でもありません…はぁ」
「アスカ?あぁ」
「リュート君までどうかしたのか?あっ」
「なんだブリッツ?」
「魔物の反応です。数は2体ですね」
「この辺でか?種類は」
「えっとですね。そこそこ大きくて、人型じゃないな。これは…ボア?」
「多分そうですね。サイズは普通ですね」
「ボアなら騎士団のいい土産になるな。アスカ様、できればこの分は売っていただけませんか?」
「別にいいですよ。私たち、ここまで素材はもらってばかりですし」
「なら、仕留めるところまではやるかねぇ。ちょっとこっち側に来てから体がなまってるし」
「分かった。護衛は任せてくれ」
そんなわけで、ジャネットさんとリュートが気付かれないようにボアに近づいていく。
「どうします?最初に不意打ちで1体倒しますか?」
「それもいいけど、逃げだされたらあの図体だ。めんどくさいね。姿を見せて石でも投げるか」
「分かりました。僕は横に隠れてますね」
「後ろのやつは頼んだよ」
リュートに後ろのボアを任せて、あたしは手ごろな石を拾って前のボアに投げつける。
ブモォ!
注意を引くために投げたが、ボアはすぐに怒ってこっちに突進してきた。奥にいるボアもこっちを見てすぐにでも突進を始める勢いだ。
「ようし、いい子だ」
私は突進してきたボアを難なく避けると、そのすれ違いざまに短い剣を出して心臓を突き刺す。
「ほいっと。リュート、そっちは?」
「こっちも大丈夫です。すぐにしめますね」
「ああ、こっちも血抜きはしとくよ」
「お願いします」
リュートと一緒に処理を済ませると、後はブリッツに埋めてもらって馬車のところに戻る。
「ジャネットさん、どうでした?」
「何にも起きる訳ないだろ。ボア相手なんだから」
「まあ、そうですよね」
「それより、無駄に時間を食っちまったし、さっさと次に向かおう」
ボアの処理を終えて血の跡も埋めたら、また馬車を出発させる。
「そろそろお昼ですな。この辺で休みましょうか」
「分かりました」
あれからは何ごともなく進んだので、休憩がてらお昼にすることにした。
「今日のお昼は何かな~」
「アスカ、今日は出先だよ。そんなにいいのは出ないよ」
「うう~、わかってますよ」
「はい、アスカ」
「あれ?これってオークカツサンド!」
「うん。ちょっとだけ早起きして作ったんだ。ただ、パン粉が少なくてそれだけだけど」
「いいの?私だけ食べても?」
「うん。せっかく作ったんだし、遠慮なくどうぞ」
「やったぁ!」
「なんだいリュート。アスカに甘いんじゃないのかい?」
「し、仕方ないですよ。パン粉のストックがなかったんですから」
「へいへい。んで、あたしらの分は?」
「ほ、保存食です…」
「ちょい待ち。それはほんとに差がありすぎだろ」
「待ってください。ちゃんと野菜はありますから」
「はぁ、まったくリュートは。どうせ、カツサンドを食べるアスカでも想像してたんだろ?」
「してませんよ!」
「ん?」
「アスカはそのまま食べてて」
「うん」
2人でなんだか話していたみたいだけど、なんだったんだろ?
ブルル
「あっ、君たちには体に悪いからダメだよ。代わりにこっちをあげる」
私は村を出発する時に馬用にもらったご飯をあげる。
「おいしい?」
ブルッ
「よかった~。まだあるからね」
魔物こそ出たものの、ボアの一回だけだったので、ちょっと長めにお昼を取ることになった。時間もあるので、私はちょっと絵を描くことにした。
「そうそう、もうちょっと寄ってみて!いい感じだよ。しばらくそのままでいてね」
私は2頭の馬さんを並べてポーズを取ってもらうと、すらすらと描いていく。
「最近は動物や魔物を題材にした細工を作ってなかったし、これで帰ったら一つ作ろう。できたら君たちにも見せてあげるからね~」
ブルル
「楽しみにしてるって?待っててね」
そんな感じでお昼休憩も済ませて、いよいよクレーヒルが近づいてきた。
「あっ、あれって…」
「クレーヒルだねぇ」
「なんだか、久しぶりに感じますね」
「まあ、向こうで色々あったからねぇ」
「ここからならあと2時間ぐらいですね」
「ええ。もうひと踏ん張りです。馬車の中は窮屈でしょうが、お願いいたします」
「そんな!広いし、快適ですよ」
「そうそう、気が付いたらうとうとしてるもんねぇ」
「えっ!?」
「おや、気づいていなかったのかい?」
「まあ、この辺までくれば魔物も出ないですし、我々が対応しますから寝ていただいても結構ですよ」
「ね、寝ませんって」
すやすや
「結局寝てるじゃないかい」
「ジャネットさん、静かにしてあげてください。ここ数日は朝が早くて疲れてるんですから」
「しょうがないねぇ。お前らもゆっくり行くんだよ」
ブルル
返事をするように馬たちが顔をあげる。
「あ~あ、どいつもこいつも甘いんだから」
そう言いながらあたしは軽く髪をなでると、毛布をかけてやった。
「う…ん。いけ~、ドラゴン!そこでブレス攻撃だぁ…」
「本当に何の夢を見てるんだか…」
「ふわぁ~」
「ん、起きたかい?」
「あっ、あれ?寝てました、私」
「ばっちりね。まあ、ちょうどかな?今からクレーヒルに入るところだよ」
「すみません、寝ちゃって…」
「別に構わないよ。魔物も弱い地域だし、こんだけ乗り心地のいい馬車だしね」
「そ、そうですよね。乗り心地いいですもんね!」
「さてと、あたしは降りとくね」
「あれ?降りるんですか?」
「こっから先はこの領地からの代表だからね、アスカは。流石にあたしが乗ってるとまずいからさ」
「え~」
「おや、アスカ様。起きられましたか?」
「はい。すみません、寝ちゃって」
「いえ。我らの護衛を信用して頂いた証ですから。それより、手続きを取りますので少々お待ちください」
「分かりました」
それから、5分ほど手続きで馬車が止まる。そして、再び私たちはクレーヒルの町へと帰って来たのだった。
「今日はこのままイリス様の邸に向かいますので」
「はい。私も会いたいです」
「では…」
それから、町を進んでいき私たちは邸に戻ってきたのだった。
 




