森を抜けて
ウルフたちの村をあとにして、クレーヒルを目指す私たち。今日はこの先にある森を抜けた村に泊まる予定だ。
「森だと土属性の探知は難しいですから気を付けてくださいね」
「はい。ですが、どうしてです?」
「森だと木の上に陣取る魔物を探知しにくいんです。木から振動を伝えて枝の上にいる魔物を感じないといけませんから」
「なるほど」
「でも、最初から木に登ってる魔物なんて滅多にいないですけどね」
「それが来る時にいたんだよねぇ」
「そうですね。油断は禁物です。ただ、本当に珍しいとは思います」
「ま、今回はリュートもアスカもいるし、気楽にやるといいよ。気づけなかったら隊長からお叱りは来るだろうけどねぇ」
「うっ、やな言い方しないでくれよ」
「実際そうだろ?諦めな。それに、リュートに比べれば幾分ましかもね」
「リュート君に?」
「ああ、僕の場合は属性も一緒ですし、絶対先にアスカが気付くんですよ。急にぴたって止まったり、びくって動いたり。それで分かってはいるんですけど、僕じゃまだ捉えられる距離になくて…」
「それはつらいな…」
「後は、純粋な能力の差を感じます。最初に伝えた時もそうですけど、アスカは魔物の種類も体形で分かるし、位置取りで亜種の何かも分かったりしますから」
「慣れたらブリッツさんもできますって!」
「あ、そうですね」
「ほら、現に今も魔物が来てますし!」
「ええ、え?」
「えっ、本当?」
「うん。北側から、距離は…1kmぐらいは離れてるけど」
「自信ないです」
「そうも言ってられん。探知の練習は後で再開するとして、魔物の相手だ。アスカ様、数は分かりますか?」
「う~ん、多分6体ですね。ただ、これまで感じた魔物とは違うんですよね。オークほど太ってもないし、オーガより小柄だし…でも、初めてではないんですけど。なんだったかな?」
「ふむ、痩せているが人ではない感じですかな?」
「そう!そうです。どうしてわかったんですか?」
「恐らくそれはコボルトかと」
「コボルト…そっか!確かに一度戦ったことあります」
「ああ、そういや前に戦ったね。あれ以来か」
「フェゼル王国の方ではあまり見かけないのですか?」
「ああ。居るにはいるが、各地方の魔物って感じだね。居ないところはまるでいないし、いる地域は結構いるって感じだ」
「そうでしたか。この辺りでも生息数は多くないものの、珍しくはありませんでしたので」
「あっ、僕の方でも分かったよ。これがコボルトだね。位置は北だけど、やや先だね。馬車はとめて行った方がよさそうだ」
「それでは、ブリッツと私が残りましょう。フランツ様とお二方で相手をお願いします」
「分かったよ。リュートはどうする?」
「ん~、ディーバーンが強かったですし、久しぶりにこっちを使います」
そういうと、リュートは魔槍を背中にしまい。マジックバッグから薙刀を出す。
「変わった武器だな」
「ええ、でも使いやすいんですよ。相手も慣れてないですから」
「なるほどな。では、詳細な位置がわかるリュート君に先鋒は任せよう」
「分かりました」
「リュートたち、まだですかね」
「まあ、6体いて逃げるようなら追いかけている可能性もありますから」
「コボルトって逃げるんですか?」
「それなりには。オークやオーガはほぼ逃げないんですがね。オーガが逃げたことはなかったですかね?」
「あ~、言われてみればオーガは逃げたこと私も知りませんね。勝てる勝てない関係なしに向かってくるイメージです」
「コボルトはそこそこ知能もありますし、勝てないとわかったら逃げますね。ウルフもそうですし、賢いんでしょうね」
「でも、こっちからするとめんどうですよね」
「そうですね。我々が見回りに行く時も毎日ではありませんから、討伐しておきたいのですが…」
そんな話をしていると、リュートたちが戻ってきた。
「おかえり、どうだった?」
「あ、うん。逃げようとしたけど、なんとか。フランツさんに聞いたら、今日泊まる村の人に渡すから一応、マジックバッグには入れたよ」
「一応?ああ、そういえばコボルトって…」
「うん。持って行ってもろくなお金にはならないから、村で引き取ってもらおうって。それなら無駄にはならないから」
「そっか、そうだね」
あんまりおいしくないし、毛皮もウルフなんかに比べれば低品質だ。それでも、売り物としてではなく、住民が日常生活で着るには十分だもんね。
「はっ!やっ!」
「アスカ様、前に出ずとも」
「たまには戦ってないと不安になりますから!」
あれから2度目の襲撃だ。今度はオークが相手なので、私が空から先制の矢を放つ。こちらに気づいてもいないオークは、脳天を貫かれ地に伏せた。
「残り2体!お任せします」
「分かりましたよっと!」
ブリッツさんが左の、セルバンさんが右のオークを袈裟斬りにしてあっけなく戦闘は終わった。
「ふぅ、後は血抜きをするだけですね」
「そうですね」
「ん?」
「どうしたブリッツ?」
「いや、なんか変な反応が…」
「あっ、気づきました?多分これはオーガです。戦闘の気配を感じてこっちに向かってるみたいですね」
「そうなのですか?すごいじゃないかブリッツ。ちゃんと探知できるようになったんだな」
「そ、そうですか?先輩にそう言われると照れるな」
「で、位置はどこだ?」
「ちょっと待ってください…ここより東、数は4体です」
「分かった。アスカ様は後ろに」
「分かりました」
オーガ相手なので念のため私は下がる。さすがに突進されると厄介だからね。
ガァァァ
「来たぞ!」
「はぁぁぁ!」
木陰から一気に身を乗り出した2人が切りかかる。私はそれをフォローするために今度は風の魔法を使う。
「ウィンドブレイズ!」
風のつぶてはオーガに決定的なダメージこそ与えられないものの、気をそらすには最適だ。オーガの注意を引き付けたら、相手を観察しつつ逃げる。そうして追いかけてきたところを、ブリッツさんとセルバンさんに倒してもらうのだ。
「ふぅ、終わりました」
「お二人ともお疲れ様です」
「いえ、アスカ様が注意を引きつけてくれたお陰で楽でしたよ」
「じゃあ、素材だけ取ってしまいましょう」
オーガたちを倒した後は角と牙を取って埋める。そして血抜きを済ませたあとで、馬車に戻ってジャネットさんたちと合流した。
「えらく遅かったねぇ」
「追加でオーガが出てきたんですよ。それで遅くなりました」
「そうでしたか。けがは?」
「ありません。ブリッツさんが敵に気づいてくれましたし」
「ブリッツが?本当か?」
「はい。セルバン先輩にも確認してもらっていいですよ。まあ、アスカ様にオーガだということは教えてもらいましたけど」
「いや、この短期間で気づけるようになっただけでも上出来だ。イリス様にもいい報告ができる」
「本当ですか?」
「よかったですね、ブリッツさん」
「はいっ!」
そして、私たちはその後も進んで今日泊まる村に着いた。
「おおっ!騎士様、お帰りですかな?」
「ああ、そうだ。今回はささやかだが土産もあるぞ」
「土産ですか?」
「うむ。解体場に案内してくれ」
「はい」
私たちと村長さん他、数名の村人が解体場に向かう。
「では、ここに」
「はいよ」
ジャネットさんたちがマジックバッグからコボルトを出していく。
「おおっ!コボルトですか」
「ああ、こちらに戻る時に討伐してな。知っての通り、これは冒険者にも不要だから村で引き取ってくれぬか?」
「よろしいので?確かに村は助かりますが…」
「こちらの冒険者たちには了解を得ている」
「では、頂きます」
「あっ、それとこれもどうぞ」
私は自分のマジックバッグに入っているオークを一体出す。コボルトだけじゃ、いまいちだもんね。
「おおっ、よろしいので?」
「はい。道中、そこそこ出ましたから」
「では、遠慮なくいただきます」
「いいのですか?」
「おいしいものがないと寂しいですからね」
そんなわけで、私たちが出したものはすぐに解体を…ということはなく、今日はもうすぐ日暮れなので、引き渡しだけ済ませて作業は明日からだ。
「いや~、アスカ様たちのおかげで明日は男どもも村で過ごせます」
「いいえ。じゃあ、家族水入らずですね」
「そうですな。さあ、こちらをどうぞ」
またしても急になったけれど、村長さん宅でもてなしを受ける。
「あっ、今度はお野菜がたくさん!」
「以前来られた時に野菜を好まれていたようでしたので」
「ありがとうございます!どうしても旅の途中は肉中心になるからうれしいです」
こうして、その日は村長さんの家で泊まり、翌日…。
「お世話になりました」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「それじゃあ!」
村を朝早くに出発する。目指すはクレーヒル。
「もうすぐ出発してから1週間かぁ。早いなぁ」
「なに言ってんだい。まだまだ着いてないんだから気を抜いちゃだめだろ?」
「それはそうですけど、ほら!こっち側って魔物も弱いし、少ないじゃないですか。ブリッツさんが探知できるようになりましたし、楽勝ですって」
「うっ」
「だとよ。頼んだよ」
「分かった。アスカ様の期待に応えましょう!」
「お願いしますね」
再び、馬車にはジャネットさんも乗り込み馬車は進んでいくのだった。
 




