ウルフの村
「おおっ!これは騎士様。お帰りですかな?」
「ああ、少し早いが昼はこちらで食べる。用意をしてもらってよいか?」
「はい。すぐに村のものに伝えます」
「前も思いましたけど、ここって他領なのにイリス様のところの騎士様にも優しいですよね」
「まあ、平民からしたら領地の垣根など大したことではありませんから。それに、彼らも我々がサーシュイン領の騎士たちに稽古をつけていると知っておりますので」
「へ~、結構大々的に知らせてあるんですね」
「まあ、この領地は魔物が強いですし、他領の援助はいつでも欲しいですからね」
「そうそう。この前じゃないですけど、やっぱり何年かに一度は大きな襲撃もありますし、その度に税金が上がりますからね」
「そうなんですね」
ワゥ!
「あっ、ウルフたちだ。元気にしてたみんな?」
ウゥ~
元気にしてたと何頭か私の周りに集まってくるくると回る。
「そっか。今日は前よりは滞在できるからよろしくね!」
アゥ
「あっ、おい!急にどうしたんだよ…あっ、すみません。こいつら悪気はないんです」
「大丈夫だよ。君がこの子たちを見てるの?」
「は、はい。でも、俺ってまだ言うことを聞かせられなくて…」
「ふ~ん。どうなの?」
ワゥ~
「ふんふん。なるほど」
ウルフたちが言うにはこの少年には威厳が全くないと。前の主人は大柄だし、声もよく通っていたから、指示も受け入れやすかったんだ。う~ん。でも、そこは別人だしなぁ。
「えっと、何を…」
「あっ、ちょっと待ってね。でも、前の主人とは違うんだからどうにかならないかな?ほら、彼だってみんなの世話を頑張ってるんだし」
ワゥワゥ
私がそう呼びかけるとウルフたちも、自分たちだってオークやオーガが来たら命がけで戦っていると主張する。確かに前にちらっと立ち寄った時の説明だと、普段はご飯をもらってるけど、魔物の襲撃には先陣を切らないといけないもんね。
「そこを何とか…えっ、ご褒美が欲しい?うう~ん、そう言われても何かあったかなぁ。そうだ!あんまり量はあげられないけどこれ食べる?」
ワゥ?
私はウルフたちの前にディーバーンの肉を出してみる。体の大きい魔物だったので、お土産用にちょっと持ち帰るといっても結構な量があるのだ。
ワゥ!
「おおっ、食いつきがいい。でも、これを食べたらちゃんとあの子の言うことを聞くんだよ?」
アゥ!!
私の周りにいた何頭かのウルフが一斉に返事をする。
「そ、そう。じゃあ、並んでね~」
私はエアカッターを使って、ディーバーンの肉を一口サイズに切って、順番にウルフたちにあげていく。
「おいしい?」
ワゥ!
「そっかぁ。私はまだ食べてないんだ。食べる時を楽しみにしてるね!」
ワゥ~ ピカッ
「へっ!?」
「ど、どうしたのみんな?」
ディーバーンの肉を食べたウルフから順番にぴかぴか光っていく。そして、光が収まると…。
「みんなの体毛が白く…ううん、クリーム色になっちゃった」
何と青黒かったウルフたちの体毛は次々とクリーム色と白の中間色のような色へと変化していった。
「アスカ~、何かあったか~!」
「い、いいえ!何にもありません。な~んにもないです」
「そうか。もうすぐ、食事の用意が終わるから早く来いよ~」
「は~い」
「み、みんな。また後でね」
「あ、あの…」
「あっ、お世話にしてくれてる子だったよね。こ、これは何でもないの。別に何かある訳じゃないから。ほら、みんなも言うこと聞くよ?」
ワゥ
クリーム色のウルフたちは一斉に世話役の子の横に並んでいく。
「わぁ、すごい!」
「今日からはちゃんと言うこと聞いてくれるから安心してね!それじゃ」
それだけ言うと、食事の時間なので私はそそくさとその場を離れた。
「アスカ様、どちらにいらしたのですか?」
「あっ、えっと、ちょっとその辺を散歩してました」
「そうでしたか。村長の家に食事の用意ができております。そちらへ」
「ありがとうございます!」
私は何食わぬ顔をしてそのまま家に入っていく。
「わぁ~、豪華な食事ですね!」
「そうですか、喜んでいただけて何よりです」
「でも、いいんですか?ボアって村だとごちそうだと思うんですけど…」
「いえ、アスカ様に喜んでいただけるのでしたら構いません。我々のことはお気になさらず、どうかお召し上がりください」
「ありがとうございます。それじゃあ、頂きます」
私は手を合わせると、テーブルに並んだ料理を食べていく。
「ん~、塩も良い加減でおいしいです。みなさんもどうぞ」
「あっ、いや、我々は…」
「ほら、主がこう言ってんだから食べればいいんだよ。それに、後で食ってたら、遅くなるよ。アスカは食べるの遅いんだから」
「ジャネットさんが早いんですよ」
「いやいや、最近はあたしとリュートは同じぐらいの早さだよ」
「そういえば、リュートも早くなったね。前はもっとゆっくりだったのに」
「まあ、野営してるとどうしても周りが気になるからね。そう思ってたら自然と…」
「う~ん。私はそこまで気にしたことないけどなぁ」
「まあ、適材適所だよ。アスカは僕らより魔力が高くて、探知とかでお世話になってるし」
「そうかな?」
「そうそう。気にせず食ってりゃいいんだよ」
「そんなに食べてばっかりじゃないですよ」
「まあまあ、今は食事に集中ですよ。このボアの薄切り肉なんておいしいですよ」
「どれですか?」
「これですよ。ちゃんと火は通ってますけど、内側は焼いてませんからやわらかくておいしいですよ」
「…ほんとですね!村ではこういう料理をよく作るんですか?」
「いいえ。ですが、カーナヴォンからやってくる騎士の方々がたまに教えてくれるのです。野営で試したらおいしくできたということで」
「野営中にそんなことができる余裕があったとは。次はもう少し厳しくせんとな」
「ダメですよ。食事は大事です。力が入りませんから」
「はっ!」
「全く、ちょっとは成長したかと思えば」
「何か言いました、ジャネットさん?」
「いんや」
それから食事も終えて、少し休憩したら出発することになった。
「さて、飯も終わったし、アスカはウルフたちのところへ行かなくてもいいのかい?」
「あっ、え~っと…」
「アスカ?」
「な、何でもない!じゃあ、行ってきます」
ジャネットさんやリュートから逃げるようにウルフたちの元へと向かう。
「あっ、お姉さん。ありがとうございます!本当に僕の言うことを聞いてくれるようになりました!」
「そっか、よかったね」
「でも、急に毛の色が変わったんですけど、大丈夫なんですか?俺…いや、僕心配で」
「あっ、大丈夫だよ。タブン」
「アスカ様こちらでしたか」
「セルバンさん。どうしました?」
「一応我らは護衛ですので。村の中といえど、一人は付かせていただきます。おや、そのウルフは…」
「こ、これは違うんです!何もやってません」
「ああ、いえ。確か前に見たことがありますね」
「ほんとですか?」
「はい。騎士の叙任を受ける前に修行の旅に出させてもらった時に。確か…ライトウルフでしたか。光属性の魔物ですねですが、少し高地で空気の澄んだ場所に生息していたはずなのですが…」
「か、家族で迷い込んじゃったんですかね~。生態とかは知ってますか?」
「生態ですか?高地住まいですからやや暑さに弱かったかと。後は、魔力がやや多いですね。まあ、ウルフ種にしてはですから、60とかその辺ですけど」
「結構高いですね。リンネが30でソニアは80でしたから」
「リンネ、ソニア?」
「ああ、すみません。私が前に契約していた従魔たちです。リンネがグレーンウルフで、ソニアがソニックウルフなんですよ」
「どちらも確かCランクの魔物ですね。ですが魔法が使えるソニックウルフでも80であれば、やはりライトウルフの60は高いですね」
「そうですね。そうだ!みんなにも使える光魔法を教えてあげる」
私はまだライトウルフになって使い慣れていないだろう光魔法を指導する。まあ、私もほとんど使えないけどね。
「じゃあ、行くよ~。ちゃんと見ててね。闇を貫く一条の光よ、我が敵を射抜け!シャイニングアロー」
フィィィィ ヒュン
「あ、あれ?なんで?」
私が使える光魔法ってディリクシルの魔石でできる、ライトとフラッシュだけなのに…。
「そういえばこの前もライトステラライズが使えたっけ。これは要調査だ」
ばきばきばき
「あっ、ご、ごめんなさい。村の木を切り倒しちゃった…」
「あっ、その木なら大丈夫です。今度木材にする予定でしたから」
「ええっ!?大変!それなら、加工しておかないと」
私はエアカッターを使い、ササッと木材の形に加工すると、ヒートブレスの魔法をやさしく使って乾燥を促進する。
「うん、これで良しと。村の人にはごめんって言っといてもらえる?」
「わ、わかりました」
「それでウルフ君たちはできそうかな?」
私はさっき見せたライトニングアローの魔法が使えるかみんなに聞いてみる。
アゥ!
「おっ、君が一番手だね。頑張って!その前に…アースウォール!」
私は両手を合わせて音を鳴らすと、右手を地面につけて土の壁を作り出す。これなら簡単には貫けないし、いい的になるだろう。
「それじゃあ、ここにペンで丸をするからこの中心に当てるようにね。仲間に当てちゃだめだからね」
こうして順番に魔法を使わせると、8匹いるうちの、3体が中央近くに残りの5体は大体的の周りに当てた。
「う~ん、まだまだだね。狩りに行く前にはみんなが的の中央に当たるようにね。ちょっと丈夫なのを作っていくから、練習しておくんだよ」
ワォン
こうして、ウルフたちの村での滞在を終えた、私は再びクレーヒルを目指して馬車に乗り込んだ。
「元気でねライトウルフたち…。あと、私のことはばらさないでね」
そう願いつつ、村を離れる私だった。




