クレーヒルへの帰り道
「アスカ、起きろ。朝だぞ」
「う…ん。朝ですか?」
「そうだよ。ほら!」
カシャっとジャネットさんがカーテンを開けると、もう日が昇っていた。こんなにゆっくりしてていいのかと思うかもしれないけど、今日の馬車旅は7時間ほど。8時に出てお昼休憩を取っても、16時には森を抜けて今日泊まる村に着く予定だ。
「それじゃあ、顔を洗ってきます…」
「待ちな。昨日も言っただろ?部屋の中に洗面化粧台があるから、出なくていいって」
「そうでした。ふぁ~」
「全く。だから昨日の夜言っただろ。もう寝ろって」
「ええ~、せっかくお話しできるチャンスだったんですよ」
「クレーヒルについてもできるだろ。ほら、髪を梳かすから鏡向きな」
「はい」
夜更かししてまだ眠たい私を鏡の前に座らせて、ジャネットさんが髪をセットしてくれる。
「あっ、せっかくだし顔洗っとこう」
「こら!髪をセットしてるんだから、動くんじゃないよ」
「そうでした。へへ…」
とりあえず、顔を洗うのは後回しにして髪のセットをしてもらう。
「う~ん。どうしようかねぇ~。村でも動きやすい恰好か…ツインテールかねぇ?邪魔にならないように少し後ろの方にしてと」
くるくるんとジャネットさんが髪を2つにまとめていく。意外にもジャネットさん、髪のセット上手いんだよね。本人曰く、『器用さを上げる練習』とのことだけど。
「ほい、できたよ」
「ありがとうございます!髪を濡らさないように顔を洗わなきゃ!」
「別にいいよそんなもん。プロじゃないんだしさ」
「ダメですよ。せっかくきれいにしてもらったのに」
「はいはい。顔を洗ったら飯だからね」
「分かりました」
それから、顔を洗うとそれに合わせるように朝食が運ばれてきた。
「うわっ!豪華ですね」
「まあ、昨日は他の客と一緒だったからねぇ。流石に朝ぐらいはって思ったんじゃないか?」
「それにしても多いですよ。こんなに食べきれません」
「なら残せばいいだろ?」
「もったいないですよ」
「いや、別に残ったらあたしが食べるけど?」
「そういえば、ジャネットさんの朝食は?」
「まだだよ。どうせすぐに食べ終わるし」
「それなら安心ですね」
私は安心して、ずらりと並んだメニューから、自分が食べたいものを選んでいく。
「それにしても多い。これって3人前ぐらいありません?」
「よくて2人分だろ?まあ、アスカにとっちゃそうかもしれないけど」
「そういえば、リュートもよく食べますよね」
「まだまだ、成長期だしねぇ。ノヴァだって旅が終わって帰ったら、こんなになってるかもよ?」
「げほっ!や、やめてくださいよ、ジャネットさん!」
ジャネットさんがいきなり立ち上がったと思ったら、自分の40cmは上を手で示す。ジャネットさん自体180cm以上あるのに、それより身長が低かったノヴァが220cm越えになるなんて想像できないよ。
「分かんないよ。あいつらだってまだ17歳だ。アスカは違うけど、この2年でかなり身長が伸びたからねぇ…」
「うっ、それは言わないでくださいよ」
私の身長は去年から伸び悩んでいる。140cmこそ越えているものの、150cm以降は届くかどうかというペースだ。でも、アラシェル様だって身長は高かったし、一気に伸びると信じているのだ。
「でも、もうすぐ新年ですね」
「そうだね。そういえば、孤児院のやつらって全員1月1日生まれだろ?何か用意してるのかい?」
「あっ!?」
「アスカまさか…」
「や、やだな~。ちゃんと覚えてますって!今日が12月26日だから…27日の夜にはイリス様の邸でしょ。そこから、デザインと制作で…」
「やれやれ、相変わらず困ったもんだ」
私は残りの食事時間をリュートへのプレゼントは何にしようかと考えながら終えた。
「お待たせしました!」
「いえ、食事は満足いただけましたか?」
「はい。といっても、ちょっと多かったのでジャネットさんにも手伝ってもらいましたけど」
「それはよかった。では、出発しましょう」
「分かりました」
私は今日も馬車に乗り込むとカードルスの町を出発した。
「よっと、邪魔するよ」
「あっ、ジャネットさん。今日は馬車なんですね」
「まあ、魔物が多い地域も昨日で過ぎたからね。それに、余裕があるって言っても流石にここにリュートを放り込む訳にはいかないだろ?」
「どうしてですか?」
「そりゃあ、同じパーティーといっても男だしねぇ。乗ってるのは貴族の馬車だし、そこから一緒に出てくるってのは…」
「あっ!も、もう、変なこと言わないでくださいよ」
「至極まっとうなことだと思うんだけどねぇ。ま、ちょっとは成長してるのかね」
「なにがです?」
「こっちの話だよ」
「それではリュート殿に探知をお任せして、もし何かあればお伝えください。ただ、余裕があればブリッツの経験になるようにしていただけるとありがたいです」
「分かりました。責任をもって探知を行います」
「ブリッツさん大変そうですね~」
「まあ、できるに越したことはないさ。今後もね」
「そうですね。相手に先手を取られないのって重要ですからね」
特に旅を始めてからはそう思う。アルバにいたころは魔物も弱く、出現しやすい場所や地形が頭に入っていたから戦いやすかった。だけど、旅をしていると街道沿いならともかく、少し奥まったところは平地なのか森につながっているのかわからないのだ。
「一番の課題は魔物か盗賊でもいないと位置を把握する練習にならないってところですね」
「あ~、そりゃあるね。適当に人を配置しても身が入らないだろうしねぇ」
「今もそうですけど、出てくるかもしれない。いるかもしれないって大きいですもんね。人を配置しちゃうといるってわかるから、私だったら絶対身が入りませんよ!」
「宣言するようなことでもないけど、まあそうだね。それより…」
「どうしました?」
ジャネットさんがちょいちょいっと手招きをするので、馬車の隣の席に着く。
「昨日のプレゼントの案、できたのかい?」
「し、知りません!もう!」
「あはは、悪い悪い。でも、重要なことだろ?」
「それはそうですけど…でも、意地が悪いですよ!」
「はいはい。それにしてももう年を越すのかぁ。早いもんだねぇ~」
「そうですね。私もアルバに来て2年。旅をして半年ですよ!」
「長いようで短いねぇ。後どれぐらい回るつもりだい?」
「どうでしょうか?でも、まだ回ってない大陸もありますし、すべての国とは言いませんけど、4大大陸は制覇したいです!」
「ま、それも後一つだけだけどね。そういえば、アスカは魔導王国はいいのかい?」
「う~ん。魔法系の書物は欲しいんですけど、売ってくれますかね?」
「あ~、外部持ち出し禁止の可能性もあるか…」
「それなんですよ。鍛冶の町とか細工の町とかそういうのって外に出さないじゃないですか。魔導王国もそうなんじゃないかなって」
「そう考えると寄らなくていいかね。アスカの歳なら学園にでも放り込まれそうだし」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ。ほんとにそうなりそうです」
「なるだろ。高い魔力に希少な魔物を連れて、高位の魔物との戦闘経験もある。学生になるどころか就職先まで用意してくれるよ」
「仕事を探してくれるのはいいんですけどね。家も補助が出るかもしれませんし、まったりできそうです」
「どうせ配属先は研究所か対魔物の前線だよ?それでいいのかい」
「ええっ!?それは困ります。そうならないように次の大陸を目指さなきゃ」
「次といっても当てはないしねぇ。次があればもうちょっと計画を作っておかないとね」
「それはそうかもしれませんね。行き先がいっぱいあると中々考えるのも難しいです」
「行ったり来たりも悪くはないけど、時間食っちまうしね」
「それなら、最初の町でその移動日数は細工をしときたいですね」
「アスカはそれがあるからいいけど、あたしらは依頼でも受けてないと暇でしょうがないよ」
「ジャネットさんも冒険以外で何か趣味ってないんですか?」
「趣味?う~ん、最近は本も読んでるけど、他に何かあったかな?」
そう首をひねるとジャネットさんは考え込んでしまった。
「わっ、いいです。ごめんなさい」
「いや、でもまあそういうのもこれからは必要だろうし、探していくとするか」
「そうそう。リュートみたいに料理の研究とか何か探すといいと思います」
「あれの半分は趣味じゃないと思うけどね」
「でも、楽しんでやってますよ?」
「そりゃあ、作る相手がいればね。ひとりなら絶対やらないと思うよ」
「そうかなぁ?」
毎日のように色んな組み合わせを試してるし、そんなことないと思うんだけどな。
「アスカ様、そろそろ村に着きます」
「あっ、そうなんですね。聞きましたジャネットさん!」
「聞こえたよ。何がそんなにうれしいんだい?」
「だって、来る時にはあんまりお世話できなかったウルフたちがいるんですよ!」
「そっちかい。お世話ってどうせすぐ離れるんだから、あんまり力を入れるんじゃないよ」
「分かってますって!」
「はぁ、本当かねぇ…」
出発から2時間とちょっと、私たちはウルフの村に着いたのだった。




