探知とカードルス
サーシュイン領の領都ディシュペアを出発した私たち。クレーヒルまでは2日間の予定で、今日は行きにも食事をしたカードルスの町で泊まる予定だ。
「ん~、いい天気ですね~」
「全くですな。見晴らしもいいですし、馬たちも喜びます」
「そういえば、この子たちって体力ありますね。毎日馬車を引いてますけど大丈夫なんですか?」
「もちろんですよ。カーナヴォン領は食糧が豊富な領地ですから、飼料も進んでいるんです。それに、馬といっても元々は魔物ですから」
「じゃあ、ウォフロホースみたいなものですか?」
「そうですね。ただ、あそこまで毛並みが美しい種類ではありませんが。あちらはシェルレーネ教で使われますからね。見た目も美しい馬が多いんです」
「こっちは野性的な見た目のやつが多いんですよ。その分、力と体力がありますよ。言うこと聞かないやつも多いですけどね」
「やっぱり調教とか難しいんですか?」
「馬は賢いですからね。おっかなびっくり乗る奴なんて毎年振り落とされてますよ」
「でも、私は落とされたことないですよ?」
「アスカは魔物とも仲がいいでしょ?馬たちもそういうのがわかるんじゃない?」
「そうなのかな?」
「大体、アスカを落とそうもんなら、ティタやアルナが黙ってないって」
「2人ともそんな乱暴じゃないですよ」
「いや、アスカのためならやると思うよ。特にティタは」
「そうかなぁ?」
ティタは聞き分けもいいし、従魔たちみんなのお姉さん的な感じだけどなぁ。
「おっと」
会話を楽しんでいたが、アンテナに引っかかるものがあった。そういえば、この辺ってディシュペアに行く時も結構出遭ったっけ。
「アスカ、どうしたの?」
「リュート、確認してみて」
「あっ、ちょっと待って。…あ~、いるね。オーガかな?」
「そうみたい。みんなに伝えてもらえる?」
「分かったよ。フランツさん、オーガです。前方に数は5体」
「なにっ!?相変わらず、すごいな。ふむ、それぐらいなら我らであれば敵ではないし…。ブリッツ!」
「は、はい!」
「貴様が探知をやってみろ」
「お、俺ですか?」
「この中で一番若いだろう?ここで習得すれば将来、領地の騎士たちに教えられるぞ」
「でも、俺は土属性ですよ?アスカ様たちは風属性でやっているんですが…」
「あっ、それなら大丈夫ですよ。私が色々教えてもらった人も土属性の人でしたし。ただ、空を飛ぶ魔物と同じ属性の魔物はわかりにくいって言ってましたけどね」
「うっ。ほ、ほら、空の魔物は厄介ですし、セルバンさんでもいいんじゃ…」
「私は構わないが、いいのか?昇進が遠のくと思うが」
「うぐ、わかりました。やりますよ!」
「急にやる気を出しましたね、ブリッツさん」
「ああ。前にも少し言ったと思いますが、彼の妻は同じ騎士でも良家の方ですからね。甲斐性を見せたいんですよ」
「それじゃあ、頑張ってくださいね。地面を這わせる感じってその人は言ってました」
「這わせる感じ…こうか?」
スィ~ッと地属性の魔力が大地を巡る。
「あっ、それ強すぎです。魔物は魔力に敏感ですから、それだと引き寄せちゃいますよ」
「げっ!」
ブリッツさんは慌てて魔力の放出をやめるものの、魔力を探知したオーガはこっちに一直線に向かってくる。
「気づかれましたね。こっちに真っ直ぐ来てます」
「す、すみません」
「何ごとも練習ですよ。別に大したことありませんし、みんなで倒しましょう!」
「そうそう。オーガが5体だろ?これぐらいなら練習で済むしねぇ」
「僕も前は同じ様なものでしたから大丈夫ですよ」
すでに位置を掴んでいるリュートが、ジャネットさんに伝えてオーガの襲撃に備える。こっちの位置はばれたものの、編成まで掴めるほどオーガは器用ではない。リュートは近くの木の上に陣取り、それを気づかせないようにジャネットさんが逆側の目立つ位置に立つ。
「じゃあ、私も…」
「アスカ様はそのままで。イリス様から頂いた護衛の仕事がなくなってしまいます」
「ええ~」
まあ、そう言われると仕方がないので引き下がる。う~ん、立場があるって大変だなぁ。私は馬車の中に戻ると、設置しておいたバリアの魔道具を発動させる。
「せめて、安心して戦ってもらいたいからね」
護衛は神経を使うし、つまらないケガをしてもしょうがないしね。残念ながら馬車の窓からは見えない位置からの襲撃なので、そのまま戦闘が終わるのを待つ。
「はぁ!」
「よっと」
ドスッ ザシュ
リュートがジャネットさんに気づいたオーガに向かって魔槍を投げ、ジャネットさんはそれで混乱した残りのオーガに斬りかかったみたい。こうしてみると探知の魔法って便利だな。見えてなくても状況が掴めるしね。
「ふぅ、終わりました」
「お疲れ様です」
ほどなく戦闘も終わり、素材をパッと取って魔物を埋めたらまたカードルスへ向けて出発だ。カードルスからディシュペアまではそこそこかかったし、あんまり時間的余裕はないんだよね。
「では、出発します」
「お願いします」
それからも2度ほどは襲撃があり、ブリッツさんも少しは探知の勝手がわかってきたみたいだ。
「ひょっとして、俺って探知の才能あります?」
「う~ん、どうでしょうか?サンドリザードとかロックリザードの土属性の魔物相手にできたら合格だと思いますよ。土属性の人もそういう魔物の探知には困ってましたから」
「だそうだぞ。自信はあるか?」
「精進します…」
「アスカ様は意外と厳しい方なんですね」
「あっはっはっ!違うよ。アスカはそれぐらいが常識だと思ってるんだよ。もちろん、あんたたちの実力を加味してね。だから、ブリッツもそれぐらいはできるはずって評価なんだよ」
「頑張ります!」
ジャネットさんの言葉を聞いて、ブリッツさんにやる気が戻る。馬車の中からジャネットさんを見ると、ウィンクしてる。ほんとに人をやる気にさせるのがうまいなぁ。
「まあ、今日のところはここまでだな。見てみろ」
「あっ、もうすぐなんですね」
フランツさんの言葉で前を見ると、カードルスの街並みが見えてきた。ほんの少し前に通ったのにしばらく振りって感覚があるのが不思議だ。
「止まれ!何の馬車だ?」
「サーシュイン領からカーナヴォン領へ帰還する馬車だ。これを」
「これは…失礼いたしました!どうぞお入りください」
身分証らしきものをフランツさんが見せると、すぐに一般口とは違う門から入れた。ここカードルスは町といってもそこまでの規模ではないからか、商人入り口と一般入り口が一緒だ。それでも、ちゃんと貴族用の入り口は用意されているんだなぁ。
「なに不思議がってるんだい?」
「いえ、わざわざあのぐらいの門でも貴族用の入り口があるんだなって。マルディン様だったら別に作らなくてもいいって言いそうなんですけど」
「それはそうでしょうが、町の建設時の当主がどう思うかもありますからな。それに、門の補修がある時には便利ですぞ。ああいうのがないと大回りしないと町に入れなくなりますからな」
「そっか、確かにそうですよね」
そのためだけに見張りを増やすわけにもいかないし、魔物がいる世界だもんね。町にちょっとシカが出るのとはわけが違うか。うんうんと納得して、私は街並みを眺める。前に来たときは食事をしてすぐ出発だったから、少しゆっくりできるといいな。
「どうされました?」
「あっ、いえ。もう暗いですけど、何があるのかなって…」
「そういえば、前に立ち寄った時は町を見ませんでしたな。明日は見学されますか?」
「いいんですか?」
「我らは構いません。ただ、明日中に森を抜けるとなるとかなり遅い時間の到着にはなりますが…」
「あ~、それなら仕方ありませんね。日数も増えちゃいますし」
「申し訳ありません」
「い、いいですよ。ちょっと気になっただけですから。買い物ならクレーヒルでもできますし!」
「そういや、アスカはまだ町を見てないんだって?」
「そうなんです。久しぶりに腰を落ち着けたので細工に夢中になっちゃって…」
「はぁ、普通旅をしてて新しい町に着いたら、観光だと思うんだけどねぇ」
「面目ないです」
「そういうジャネットさんの観光は武器屋ですよね」
「し、仕事道具を見るのは重要なんだよ。リュート、あんた日増しに性格悪くなるねぇ」
「フォローですよ」
「どんなフォローだい、全く…」
「フランツ様、宿の確保できました」
「できたか。アスカ様、ブリッツが宿の手配を済ませたようですので、行きましょうか」
「分かりました」
う~ん、こうやって返事をするだけで話が進んでいくなんて、ほんとに貴族になった気分だな。そう思いながら、また馬車に乗り込むと私たちは宿へと向かった。
「いらっしゃいませ、本日はお泊まりと聞いております。あいにくと料理の方は他の方と一緒になってしまいますが…」
「そこは構わん。我らも承知している。だが…」
ちらりとフランツさんがこっちを見る。
「いいですよ。別メニューとか、時間かかっちゃいますし」
「そういうことだ。ただ、料理を運ぶ際は我らに連絡するように」
「かしこまりました。それではどうぞ」
その日はカードルスでも高級で、貴族も泊まる宿に部屋を取ってもらった。相変わらず私の部屋だけ部屋もベッドも大きかったけど。食事は急なこともあり、変わったものはなかった。そんな中、一番うれしかったことといえば…。
「はぁ、その歳になってひとりで眠れないのかい?」
「護衛ですよ、ご・え・い」
女性の護衛がジャネットさんしかいないので、2人で一緒に寝られることだった。
「さあ、今日はいっぱいお話ししましょうね~。どうせ明日はそこまで移動しませんし!」
「はいはい。でも、寝過ごすんじゃないよ」
「分かってま~す」
元気よく返事をしてベッドに入るため、寝間着に着替えようとしてはたと気づく。
「私、ドレス姿のままなんですけど…」
「えっ!?今気づいたのかい?てっきり、お姫様気分を味わいたいのかと思ってたよ」
「ひょ、ひょっとしてみんなもそう思ってます?」
「だろうねぇ。ご丁寧にティアラまでしたままだし」
そういうとジャネットさんはピンッとティアラを軽く弾く。
「ど、どうしましょう!今からでも返した方がいいんですかね?」
「いいだろ別に。大戦果も挙げたんだし、何も言われないってことは問題ないってことさ。まあ、予想外ではあったかもねぇ」
そう言って笑うジャネットさん。くぅ~、言い返せない自分が憎い。




