パレード?
「アスカ様、起きてくださいませ」
「う、う~ん。朝ですかぁ~」
「そうですよ。今日は街に出るのですから、それなりの準備をいたしませんと」
「準備?」
「はい。まずは御髪から」
まだ寝惚けまなこの私をよそに、そそくさとメイドさんたちが髪を整えてくれる。
「今日はハーフアップにしましょうか」
「お任せします~」
まだ昨日の疲れが抜けきっていないのか、生返事でどんどんと準備が進んでいく。
「さあ、髪は終わりましたから後はメイクですが…」
「メイク必要かしら?この肌につける化粧水なんてうちでは」
「…そうですね。でも、少しだけリップと艶出しだけやりましょう。アスカ様の魅力がぐんと増しますわ。…いえ、少しかしら?」
「そうですね。うらやましいです。この可憐さがうちの娘にもあればねぇ」
「娘さんがいらっしゃるんですか?」
「はい。10歳なのですがお転婆な子で困ってしまって…」
「元気に走り回れるなんていいなぁ~」
「えっ!?」
「あっ、すみません。私って昔はほとんど寝たきりみたいだったので、ちょっと思い出してしまって」
「まあ!そうだったのですか。これは失礼いたしました」
「いいえ。今は元気ですし、その時に身につけたことも役立ってますから」
絵がうまいのもベッドの上で練習したからだもんね。走り回ってばっかりだと身にはつかなっただろうなぁ。
「そういう話を聞くと、元気なのもいいのかしら?」
「そうですよ。でも、さすがにずっとはどうかと思うので、2回に1回は注意するとかでいいんじゃないでしょうか?」
「今度そうしてみます」
そんな会話をしつつ、化粧をされる。出来上がった状態を鏡で確認すると…。
「うわぁ~、すごくきれい!ほんとに私ですか?」
「もちろんですよ。普段はあまり化粧をされていないようですから、戸惑われるのかもしれませんが、簡単なメイクだけでもずいぶん印象が変わりましたよ」
「いつもはストレートか簡単に後ろでまとめるだけなので、新鮮です」
「護衛の方はどちらもそういったことに興味がなさそうですものね。まあ、男性の方に触らせるのはもっての外ですが」
「リュートですか?別に嫌な気分はしませんけど」
「ダメです!未婚女性が男性に髪を触らせるなんていけません!そういうのは婚約者のみですよ」
「うっ、わかりました」
ずずいっとメイドさんが顔を寄せてきたので、思わす返事を返してしまった。でも、よくよく考えたら当たり前のことだとも思うので、心にとめておこう。それから、衣装合わせをしてようやくの食事だ。
「おはようございます」
「おはようございます、アスカ様」
「おはようございます」
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「いいえ、それより昨日はあれから眠れましたか?」
「はい。ばっちりです。かなり、疲れていたみたいですし」
「それはよかったです。今日は街へ行きますから、元気な姿をお見せしたいですし」
「街ってアラシェル様の像を見せに行くだけですよね?」
「まあ、それもありますけど、流石に街の人たちも昨日の今日ですから、小さいですがパレードのようなものになります」
「ええっ!?」
「心配なさらずとも、我々も付き従いますから」
「フランツさん、戻られてたんですね!昨日はすみません。あれからお任せしてしまって…」
「何の。我々は護衛以外にもこういったことにも慣れておりますからな」
「そうですね。それに、アスカ様たちより後で来ましたし、体力はありますから!」
「お三方も無理をさせてしまいましたね。イリス様にもお礼状を書いておきましたので届けてください」
「ありがとうございます。主もこの領のために役に立てて喜ぶでしょう」
「では、少しお行儀が悪いですが、細かい打ち合わせをしながら食事をいたしましょう」
「はい」
後で聞いた話だけど、この打ち合わせも昨日済ませておきたかったものらしい。だけど、私たちが疲れているだろうから、細かいことは昨日のうちに文書化してこうして朝の短い時間でできるように気遣っていたとのことだ。マルディン様って本当に努力家だなぁ。きっと、昨日も遅くまで頑張られたんだろうし。
「という訳ですので、馬車にはアスカ様と私とが乗り、ディアス副隊長が先頭。フランツ様たちは知っている町の人間もいるので前方の護衛をお願いいたします」
「あの~、ジャネットさんたちは?」
「彼女たちには馬車の後ろを任せます。ただ、街のものにも分かりやすくするため、領地の騎士鎧に身を包んでもらいますが」
「へ~、ジャネットさんやリュートの騎士鎧姿かぁ~。あの!誰かに絵にしてもらえたりしませんか?」
「それは構いませんが、どうしてです?」
「いつも冒険者の姿ですし、私が貴族だとか言ってからかわれるので、この機会に見せつけたいんです!」
「まぁ!そういうことでしたら、すぐに手配をいたしますね。フィリップ!」
「はっ!すぐに手配します」
「すみません、面倒を掛けます」
「いいえ。姿絵を描けるのですから画家も喜ぶでしょう」
そんなわけで、打ち合わせも無事に終わり出発の準備に取り掛かる。
「これとこれは必要ですね。こちらは飾りっ気が多すぎます。戦勝ではありませんし、控えましょう」
「かしこまりました」
「あ、あの、このドレス変じゃないですか?」
「大変よくお似合いですよ。さ、このティアラもお付けください」
「か、過剰じゃないですかね?」
「そんなことはありません。ああ、杖の方はお持ちのもので構いませんので、一緒に持ってくださいませ」
「へ?持っててもいいんですか?」
「街を守られた方として紹介しますから、その方が分かりやすいですので」
「そういうことなら…」
「アスカ、準備はどうだ…い?」
「あっ、ジャネットさん。見てくださいよ、かわいいでしょ?」
「あ、ああ」
「アスカの準備できたんですか?」
「あっ、リュート。ちょっと待ちな…」
「リュートも準備できたの?騎士姿かっこいいね」
ちらっと見えたジャネットさんの騎士姿もカッコよかったけど、リュートの方もなかなか。
「う、うん。アスカは、その…か、可愛いね」
「へっ?」
ボンッ
か、可愛いだなんてリュートってば珍しいこと言うなぁ。
「あら、アスカ様お顔が赤いですわよ」
「そんなことありません!だ、大丈夫ですから」
「そうですか?昨日の今日ですから体調にはお気を付けくださいね」
「はい」
ふわぁ~、びっくりしたよ。リュートってば普段はかわいいとか言わないくせに、こういう時は言うんだから!
「アスカどうしたんだろ?」
「リュート、あんたもあんただね。はぁ、あたしは頭が痛いよ…」
「さあ、出発しますよ!」
「はい」
「アスカ、マジックバッグ忘れてないよね?」
「はい。ちゃんとこのバッグに入れてます」
「ならいいか。ほら、出発だよ」
「は~い」
私とマルディン様は馬車に乗り込んで邸を出発する。
「この馬車も昨日乗りましたけど、乗り心地いいですね」
「これもイリス様からの贈り物です。うちには少しもったいないですけど」
「そんなことはありませんよ。こんな馬車が当たり前になる日がくればいいなってずっと思っています」
「それはそうですね。疲れもたまりにくいですから」
「マルディン様、もう少しで予定地点です」
「分かりました。さあ、アスカ様。準備はいいですか?」
「緊張します…」
「着きました!」
「さあ、降りますよ」
「は、はい」
馬車の扉が開き、街の人に姿を見せる。
「おおっ!マルディン様だ!!」
「隣の人は誰かしら?」
「あの方が、街の外にいた人を守ってくださった方だってよ!」
「そうなの?まだ、小さいのにすごい人なのね」
「ほら、街の人もアスカ様のことが気になっているようですよ」
「えっと、どうすればいいんでしょう?」
「手を振ればいいかと」
「こうですかね?」
わけも分からずとりあえず手を振る。それから少し進んで、街の中央広場に出ると人々が集まっていた。
「皆の者、よく聞きなさい!昨日、3匹ものディーバーンが町の近くにやってきました。そのことを噂で耳にしている人も多くいることでしょう。しかし、ここにいるアスカ様と我らが騎士団が奴らをせん滅しました」
ここでマルディン様は言葉を区切る。街の人たちの中には驚いている人もいるから、みんながみんな知っているわけでもないんだな。
「じゃあ、昨日酒場で言ってた話は本当だったのか!」
「あんな小さな方が…」
「失礼だぞ!あの方は小さいが女神さまのような方なのだ。俺たちの目の前に現れて救ってくださったんだ!」
あ、いや、目の前には出てないかな。確かにウィンドウォールで防ぎはしたけど。ちょっと森も延焼させちゃったし。
「皆もよく知っているようですね。騎士団はもとより、こちらの方たちは隣のカーナヴォン領からの来賓でした。にも関わらず、街の者の身を案じ駆け付けてくださったのです」
「カーナヴォン領の来賓…領主様が変わられてよくなったと噂だけど、本当なのね」
「ああ、俺も商売にこの前行ったが、街の人間も明るくなっていたぞ」
「私はこの隣人に敬意を表し、交友を結ぶことになりました。皆もアスカ様たちを見かけることがあればそのように振舞いなさい。では、アスカ様も一言」
「ええっ!?」
思いもよらず、話を振られた私は困惑してしまう。話といっても特にいうことはないんだけどなぁ。
「あ、あのっ!私はマルディン様はとても良い方だと思います。そんな方が皆さんのために部隊を率いて出撃されるのを、黙ってみていられずに戦いました。でも、私やその仲間だけでは倒せない相手でした。だけど、騎士団の方が駆け付けてくれて、応援の方も来られてなんとか撃退できました。もしかしたら、今後もこのような襲撃があるかもしれません。でも、こうやって力を合わせればきっとどうにかると思います!…こ、こんなのでいいですかね?」
「ありがとうございます、アスカ様。皆の者!聞きましたね。我ら騎士団にも精鋭がいますが、一人では簡単には勝てません。それに、どこに魔物がいるのかも騎士団が集める情報だけでは足りないこともあるでしょう。今後も何かあれば詰所や門番に伝え、ひとりひとりが町を守るようにしていくのです!」
「「おおーっ!マルディン様、ばんざ~い。アスカ様にも!」」
「私はいいですよ…」
「ほら、手を振ってあげましょう」
「うう~」
恥ずかしながらも街の人たちの熱意に押され、私は10分ほど手を振り続けたのだった。
 




