邸と冒険者と
皆が邸に入って少し休憩を取った。そのあとは、ちょっと早いけれど夕食だ。みんなも疲れているだろうと、作法も今日はお休みの軽いものになっている。
「いただきま~す!」
「どうぞ。それにしてもアスカ様はお元気ですね」
「う~ん。確かに疲れてはいるんですけど、それよりおいしい食事ですよ。食べないと元気が出ませんからね」
「うまいもんだけだけどね」
「それは当然です!まずいと栄養にならないんですよ?」
「そうなんですか?」
「マリーネ様、信じちゃだめですよ。アスカは特別ですから」
作法もなしなので、今はジャネットさんたちも一緒だ。うれしいけど、変なことは吹き込まないで欲しいなぁ。
「今日の聞きしに勝るお話の続きを聞かせてください!お母さまを待っている間、あまり聞けませんでしたから」
「え、えっと…」
「そういうのは騎士に聞いた方がいいんじゃないか…こほん。いいと思いますよ」
「でも、こういうのは実際に戦った方の感想が…」
「それなら、ディアスさんたちも戦ったので大丈夫ですよ。私よりきちんとしたお話になりますよ」
「ええ~!アスカ様からも聞きたいです」
「あはは、アスカでいいですよ」
「いけません!領地を命がけで守っていただいた方を呼び捨てなど!」
「それなら、騎士さんや兵士さんも同じですから…」
「彼らも頑張ってくれていますが、職務でもあります。アスカ様は違うでしょう?」
くっ!手ごわいなぁ。まあ、ちょっとだけならいいかな?
「~~~というわけでその時、精霊様の声が聞こえてきたの」
「すご~い!精霊様を見た人なんて私、初めてです!」
「ん?初めて…」
「はい!精霊様って普通の人だとそれぞれの属性色を持った玉のようにしか見えないんですよ。だから、見たって言った人も簡単には信じてもらえないんです」
「へ、へ~」
「アスカ様はどうやって見えたんですか?私はまだ見たことがないので知りたいです」
「あ、えっとね、悪いんだけど精霊様の方から声をかけてもらったの。だから、私が見えてるわけじゃないんだ。ごめんね」
「…そうなんですか。でも、それはそれですごいです!一体どんな成り行きで?」
「ただの話し相手だよ。たまたま迷い込んだところにシルフィード様がいて、人と会うのは久しぶりだったからお話ししようって声をかけてもらったの」
「いいなぁ~。私も見たかったなぁ~。お母さま、精霊様はどんなお姿でした?」
「そうね。とても可愛らしいというと不敬かもしれないけれど、可愛かったわ。体色は様々だったから、かなり高位の精霊様かもしれないわね。少なくとも3つ以上の属性をお持ちだわ」
「多属性だなんてますます見たかったな~」
「見たかっただなんてマリーネったら。危険な目に合うのよ?」
「それはそうですけど。でも、結局は領地のみんなのために戦うなら変わりません!」
「またそんなことを言って。今回のことで諦めたのかと思えば」
「諦めません!むしろ、お父さまたちが留守の時こそ私たちの出番です!それが今回分かりました」
「マリーネ様のやる気がどんどん上がってる気がする…」
「アスカも一役買ってるよこれは」
「ええ~、そんなつもりはないんですけど」
「じゃあ、さっきの話ももう少し抑え気味に話せばよかったのに」
「はっ!?その手があった!もっと早く言ってよリュート」
「どこに言うタイミングがあったんだよ、アスカってば」
コンコン
「なにかしら?」
「おくつろぎのところ申し訳ございません。ディアス副隊長が帰還されました。報告をお聞きになさいますか?」
「…そうね。明日の打ち合わせもしたいし、このまま通してもらえる?アスカ様たちもよろしいですか?」
「今日は早めの食事ですしいいですよ」
私はマルディン様の提案をすぐに了承した。明日の街行きの話もしとかなきゃだしね。今日はこのまま寝たらぎりぎりまで寝てそうだし。
「ディアス副隊長、入ります」
「ディアス、今日はご苦労でした」
「いえ、先行部隊やアスカ様たち、それにフランツ殿たちに比べれば何ということはありません」
「ですが、毎回のように出撃しているでしょう?隊長が帰ってきたら休みなさい」
「はっ!ありがとうございます。それで、報告ですが…」
ちらりと私やマリーネ様を見るディアスさん。領のことを話してもよいか気になっているのだろう。
「構いませんよ。今日の功労者ですし、明日の打ち合わせもあります」
「では。破損した砦ですが、すぐの復旧は難しいと思われます。近くのガーブディオ砦に一旦、機能を移す他ないかと思われます」
「あの砦では小さいのでは?」
「資材の関係もありますし、町周辺の状況確認を優先させると他の砦を使うのは難しいかと」
「仕方ありませんね。ウィラーが帰ってくるまであと8日でしたね。帰ってき次第、対応しましょう」
「次にディーバーンの素材ですが、そちらの女性剣士の方用の鎧の分は確保いたしました。槍士の小手についても同様です。その他2名の分については明日以降となります。それと、ディーバーンの肉の件なのですが…どういたしましょうか?」
「ディーバーンのお肉?あれは毒があって食べられないんじゃないの?」
「はい、マリーネ様。これまではそうでした。しかし、アスカ様から毒素を消す方法を出して頂いたのです。問題なければ今後はよりディーバーンから収入が得られるようになります」
「本当ですか?」
「うん。ただ、簡単かどうかはわからないけどね。特定の属性が必要そうだから」
「そういえば、アスカ様はあの魔法をどうやってお使いに?」
「あれはディリクシルの魔石でできますよ。魔法自体は中級ですけど、そこまで難しいものではないですし」
「そうですか…どうですマルディン様?」
「あの巨躯から取れる肉の量を考えたら有用ですね。味はまだわかりませんが、食料になるというだけで価値があります。特に今回のように被害が出た場合にそれを振舞うという行為にも価値を出せそうです」
「なるほど。確かにそうですね。騎士たちはもちろん、町や村で出せばある程度は溜飲が下がるやもしれません」
「これは即決しないといけませんから、私の方で決めてしまいます。ウィラーには後で直接伝えることにします。アスカ様、これから用意させるものでディーバーンの肉から毒素を取り除く方法の権利を売ってくださいませんか?」
「えっと、それって今決めても大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ、アスカ様。こういう時のための領主代行の肩書ですから。フィリップあれを」
「かしこまりました」
執事さんが出て行って少しすると小さな箱を抱えて戻ってきた。
「アスカ様、こちらをどうぞ」
「これは?」
「開けてみなよ」
「あっ、そうですね」
ジャネットさんに促され、私は箱を開けてみた。
「これは銀貨?でも、見たことないやつですね。それにいつも見るやつより大きいような…」
「それは白金貨です」
「初めて見ました。そんなのあるんですね。大金貨はあるのは知ってましたけど」
大金貨とは金貨10枚分の価値があるものだ。ただ、取り扱いをする店が少ないので、大きな商会と取引があるようなところ以外では使用されていない。もちろん私も持ってはいない。興味はあるけど、それで持つには高いからね。
「この白銀貨は大金貨の10倍…つまり金貨に直すと100枚分の価値があります。それとは別にここに記載があるでしょう?」
そういってマルディン様が白銀貨の一部に指を置く。
「確かに…えっと、リディアス王国サーシュイン」
「はい。これは各領の領主交代の際に王国から発行されるもので、どの領主に対しても10枚配られるものの一枚なのです。貨幣としての価値もそうですが、これを持っているだけでその国の領主から信任を得た人物であるという証明にもなるのです。どうか先ほどのディーバーンの肉の加工の権利とこの度の働きの報酬のひとつとして受け取ってください」
「そんな貴重なものをもらってもいいんですか?」
「もちろんです。ディーバーンの肉の加工もそうですが、今回の襲撃は近年でも大規模なもので、こちらは主力であるウィラーと騎士団長以下精鋭を欠く状態でしたから。このようなことが起こらないよう事前に討伐も行っていたのですが…」
「だってさ。素直にもらっておきなよ。どうせあたしらじゃ、ディーバーンと戦う機会なんてそうそうないんだしさ」
「じゃあ、もらいますね。でも、絶対に使ったりしませんから!」
「ちなみに換金はどの国でもできますよ。記載の国以外でも可能です。デザインとどの領主からもらったかが変わるだけですので」
「えっ、そうなんですか?それは見た目に反して便利ですね」
「アスカ、使わないんじゃなかったの?」
「そ、それはもちろん!でも、この領地か国でしか使えないと思ってたから便利だなって」
「使えるのも本当に一部のところだけですが。簡単な目印としてはその地方の領主の旗を掲げていたり、領主からの免状があったりするところですね」
「せ、説明はもういいです」
「これでまた復興が近づきますね、マルディン様」
「ディアス副隊長もご苦労様です。これで少し肩の荷が下りました。そうそう、護衛の方たち…パーティーの方でしたね。あなたたちにはこれを」
再び、フィリップさんが小さい箱をジャネットさんとリュートの前に置く。
「これは金貨かい?」
「そのようなものです。価値としてはこの領地であれば大金貨相当。他の領では…単純に金としての価値とはなります。しかし、白金貨と同様に信任を得たものにしか渡しませんから、それなりの身分証明にはなりますよ」
「まあ、今回の討伐の記念品って訳だ。ありがたくいただくよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、討伐の協力ありがとうございます。領主代行として、被害を抑えられ感謝しております。それで、明日のことなのですが…」
それからは明日の街行きの予定を決める時間となり、10時ぐらいから出発して軽くマルディン様が町の人にあいさつをすることが決まった。
「どこかで、アラシェル様でしたか?アスカ様の信仰しておられる女神さまも紹介しますね」
「よろしくお願いします」
明日の予定も決まり、後は寝るだけ。さすがに今日は疲れたので、すぐにベッドに入って眠った。
「ああ~、ふかふかだぁ~。おやすみなさいアラシェル様…明日は頑張ります」
 




