過去を乗り越えた女性
「待て!ここから先は領主の邸だ。許可証を見せろ」
「おおっ!クライズ殿久しぶりだな」
「フランツ様!いらしたのですか?ですが、次の教練にはまだ時間があると思いましたが…」
「ああ、今日は別の用事でこちらの方をお送りしてきたのだ」
いよいよ私の出番だ。早速…。
「フランツ様が護衛する方には不要ですよ。どうぞお通りください」
「すまんな」
「あ、あれ?」
扉に手をかけていたところを引っ込めた。
「アスカ残念だったねぇ」
「な、なぜそれを…」
門を通り過ぎながらジャネットさんと小声で会話する。くぅ~、せっかく決めポーズも用意したのにな。そのまま、敷地の中に入っていき馬車が停車したので私も降りる。
「ふぅ、とりあえず無事に到着ですね」
「ではこちらに」
そのままフランツさんが先導して邸の方へと向かっていく。前を見るとこの邸の人が入っていくのが見えた。そして、邸の責任者に取次してもらい私たちも中に入る。
「おおっ!フランツ様ですね。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「今回、私はただの護衛です。さあ、アスカ様」
「は、はい。えっと、イリス様より依頼を受けて来ましたアスカです。こちらのマルディン男爵夫人にこの書状を渡して欲しいと…」
「イリス様からですか。わかりました。私はこちらの邸の管理を任されております、フィリップです。現在領主様は留守にしておりますが、ごゆっくりお過ごしください」
「フィリップ様、我々は書状を渡すのが役目でしてまたすぐに戻らねばなりません」
「そうですか、それは残念です。では、明日のお昼まで滞在してくださいませ。戻るにしても英気を養われませんと」
「かたじけない。では早速ですが、本日はもう遅い時間です。アスカ様のお部屋を用意していただきたい」
「すぐに…ケビン」
「はっ!」
「聞いていたな。そちらのお嬢様の部屋をすぐに用意だ。それと、護衛の方々の部屋もな。料理長にも連絡を」
「分かりました」
指示を受けた人がそこから、それぞれの係の人にテキパキと指示を出していく。仕事人って感じだ。
「そうです。もし、部屋を用意する間にお時間があるようでしたらマルディン様にお会いされますか?」
「えっと、いいんですか?」
「もちろんですとも。アスカ様はイリス様より信任を受けられているお方ですし、領主様が現在領地を離れておりまして、寂しい思いをしていらっしゃいますので、きっとお喜びになると思います」
「じゃあ…」
「領主様は不在なのは珍しいですな」
「はい。お坊ちゃまに王都を案内するため、2人で離れているのです。お嬢様もいらっしゃいますが、何分ここから王都は遠いですので」
そういうわけで部屋の準備と夕食の準備までの時間を私は領主夫人であるマルディン男爵夫人と過ごすことになった。
「あたしらは護衛用の部屋にいるからね」
「頑張ってね」
「分かりました」
ジャネットさんたちとも別れて私はマルディン男爵夫人の元へ。
コンコン
「失礼いたします」
メイドさんに連れられて私も入室する。
「あら、いらっしゃい。可愛いお嬢さん」
「は、初めまして、この度イリス様からの書状をお預かりしたアスカといいます」
「ふふふ、そんなに緊張しなくていいのよ。さあ、かけて」
「はい」
「今回は大切な書状をありがとう。いつもイリス様からの手紙を楽しみにしているのよ」
「そ、そんな。護衛の方々がいるから運んでこられただけですし」
「ふふっ。そうだけど、貴族って面倒だから信任できる人に手紙を託さないといけないのよ。本当はもっとやり取りがしたいのだけどね」
「貴族ってやっぱり大変なんですね」
「そうね…でも、領民の人に比べればなんてことないわ」
「そういえば…ええと…」
「マルディンでいいわ」
「マルディン様はイリス様と仲がいいんですね」
「そうなるのかしら?そうだといいんだけど、私が一方的にお慕いしている感じかしら?」
「へ~。やっぱり、領地つながりとかですか?」
「そうねぇ。でも、最初に手紙をいただいた時は驚いたわ」
「あれ?イリス様の旦那さんのお姉さんですよね?」
「そうだけどね。私は領地を捨ててここに引き取ってもらったようなものだから」
「領地を捨てて?」
「そう。もう10年以上前のことね…」
そう懐かしむように少し窓を見たマルディン様は語りだした。
「知っていると思うけど、そのころにこの国では大規模な飢饉が起きてね。うちの領地は大量の穀物を作っていたからお父様…いいえ、前の領主は食料を国に供出するのだと思っていたの。それが、値段を釣り上げて利益を出すことに走ってね」
「ひどい話ですね!あっ、すみません」
「いいのよ、本当のことだもの。それで、私と婚約していた家にも吹っ掛けちゃったの。当然、向こうは怒って婚約は白紙。もうあんな領主の娘だなんて一生結婚どころかまともな生活も無理だと思ってたの」
「うう~ん、相手の人の気持ちも分かりますけど、本当に大変だったんですね」
「それでも私はまだいい方よ。弟のアレンはそのころ王都の学校に行っていたし、妹のケイトはその後で行ったんだもの。私なら耐えられなかったでしょうね。でも、そんな時にここの今の領主であるウィラーが助け舟を出してくれたのよ」
「2人はお知り合いだったんですか?」
「もちろん!隣の領地だったしね。年も近くて、小さい頃はよく遊びに行ってたの。そのころはまだ先々代の祖父がいてね。領地の治安維持にも精力的だったし、2人で走り回ってたわ」
目の前にいるマルディン様からは想像できない。今は落ち着いた人に見えるのに意外だなぁ。
「それで、結婚したんだけど私はその時に決めたの。こんな私を拾ってくれたこの人の邪魔にならないようにって」
「邪魔にって…」
「だって事実だったもの。結婚することだって、この領地にはメリットもないし、ウィラーのお父様も反対されててね。『領民にどう説明するんだ』って。それを押し切ってまで結婚してくれたんだもの。これ以上の迷惑はかけられないって。それから、息子と娘が生まれて、その成長を邸で見守ろうって思っていた時にイリス様から手紙が届いたの」
「イリス様からですか?話からすると連絡もまったく取ってなかったんですよね?」
「ええ。本当にあの時は驚いたわ。別に弟と結婚するってだけで私に手紙をよこす必要はないもの。でも、イリス様のご実家には妹のケイトもお世話になっていてね。それで私も気になったと書いてあったわ」
「じゃあ、姉弟そろってイリス様と仲がいいんですね」
「そうね。ケイトは手のかかる妹って感じみたい。ご本人は否定しているけど。それで、手紙で何通かやり取りをしていよいよ会う時になったの。そしたら、イリス様が開口一番なんて言ったと思う?」
「なんだったんですか?」
「『どうしてこんな陰気な別館に住んでるの?男爵夫人なんだし、本館でもっと飾ったらいいのに!あっ、でも、この領地で着飾るなら魔物の皮の装飾か~、あれって地味すぎるのよね』って言われたのよ。思わず、黙り込んだ後で笑ってしまったわ」
「イリス様なら言いそうですね。でも、どうして別館なんかに?」
「当時はまだまだ私のことをあの領主の娘だって思われててね。ウィラーがいない時は結構ぞんざいな扱いだったのよ。だけど、イリス様と何度か話をして思ったの。別に私をどうこう思われるのはいいけど、子どもたちまでそんな扱いを受けて欲しくないし、殻に閉じこもってないであんな風に前向きに生きたいなって」
「確かにイリス様って前向きですよね。ちょっと強引ですけど…」
今やってる会計のまとめや私を邸に連れてきた経緯も結構ぐいぐい来てたし。
「ふふっ、アスカさんはイリス様ととても親しいのね」
「そ、そんなことありませんよ。出会ってまだ1週間ぐらいですし」
「それなのにそんな風に言えるなんてそれだけお心を許されているのよ。それでね、それまではよっぽどのことがない限り、式典などにも出なかったんだけど、それからは少しずつだけど出るようになったわ。そして、こんな風に手紙をやり取りさせてもらいながら、何とか私もこうやって領主代行をできるようになったの」
「苦労されたんですね…」
「苦労だなんて。これまで引きこもって何もしてこなかった分ね。これからはそれを取り戻していくんだってそう思うことにしたの」
イリス様もマルディン様もすごいなぁ。自分の境遇に左右されずに頑張っている。それも領民のためを思ってだ。
「面白いエピソードもあるのよ。あれは…」
コンコン
「なに?」
「お食事の用意が整いました」
「もう、いいところだったのに…しょうがないわね。行きましょうか」
「はい」
お話を聞いているうちにいつの間にか食事の用意ができたらしい。そのまま部屋を出ると、食堂へと私たちは向かって行った。




