お手紙配達
シャルちゃんのお披露目も終わり、食堂へと向かう。
「あら、変わったワンピースね。どこかで買ったかしら?」
「今日おねえちゃんにもらったんです」
「えっ!?アスカ、裁縫もできたの?」
「そこまで得意じゃないですけどね。一応魔道具の類ですし」
というわけで、この流れでワンピースの効果の説明をする。
「なるほどね。よかったわね、シャル。これで刺繍も上手くいくんじゃない?」
「そうだといいのですけど…」
「きっとうまく行くよ。一度できたら次からはすぐだからきっと好きになれると思う」
「そうかなぁ」
そんな会話もしながら今日の報告をする。
「そうそう、明日はこれまでに編纂した内容を詰めたいから授業は休みね」
「へっ?いいんですか」
「まあ、土日みたいなものよ。好きに過ごしていいからね」
「じゃあ、遠慮なく…」
「ん~、きもちい~」
翌日。私は遠慮なくお部屋でごろごろしていた。細工も昨日で作りたいものができたし、今日はお休みの予定だ。
「アスカ様、街へのお出かけはよろしいのですか?」
「あっ、そういえばそういうこともイリス様に言われたっけ。でも、今日は休みます~。はふ~」
これだけ寝心地のいい布団も中々味わえないのだから、それも楽しまなくちゃね。そう思っていたのだけど…。
「アスカ様、来客があります」
「来客?今いいところなのに…」
「悪かったね。お邪魔で」
「ジャ、ジャネットさん!?い、いや~、これはですね」
「急にいなくなって駆けつけたらぴんぴんしてて、挙句の果てには5日も何の音沙汰もなしとか、あんたねぇ…」
「あっ、手紙送るの忘れてました」
2日目に街でおいしい食べ物とか本屋さんとか見つけたら行きたいですと書くだけ書いて、次の日に渡してもらおうと思って机の引き出しに入れたままだった。
「はい」
「なんだいこれ?」
「出すはずだった手紙です」
ポカッ
「痛い」
「つまらないことをしてないで行くよ」
手紙をしまいながらジャネットさんが答える。
「行くってどこにですか?」
「せっかく、この地方に来たんだから依頼を受けにだよ。まだまだ荒れた土地もあるって話だし、たまにはいいだろ?」
「ま、まあ、そうですね」
ちらりとベッドを見ながら私は答える。くぅ~、あっちの感触も捨てがたいんだけどなぁ~。
「ジャネット様、それでしたら一度イリス様にお目通り願えますか。明日からの予定もありますので」
「ん?ああ、そうだね」
「依頼を受けに行きたい?いいわよ別に。それでどんな依頼なの?」
「それはまだ決まってない」
「なら、隣の領地に手紙を届けてくれないかしら。ちょっと今手が離せなくて人を使いたいんだけど、信頼できる人だと時間がかかるのよね」
「報酬は?」
「往復1週間で金貨15枚。6日か5日なら20枚」
「いいね、気に入った。手紙は?」
「今から書くわ。持っていくのは隣のサーシュイン領に居るマルディン男爵夫人宛よ。夫人は元々、この領地の生まれで長女なの。今はサーシュイン領に嫁いでいて、いつも手紙のやり取りをしているのよ」
「旦那様の姉君に当たられるので、お互いの領地についてのことも相談しておられるのです」
「そうなのよ。あっちは男爵だって言うのに、結構魔物が強い地域でね。たまに、私の方からも練兵のために騎士を派遣するんだけど、そういった指南役をどうにか自前でもできないかってことでその返事が入ってるの」
「結構重要な内容ですね。私たちが持って行っても大丈夫なんですか?」
「さあ?漏らさなきゃいいんじゃない。漏らしたら…ここで働いてもらおうかしら?」
「絶対にもらしません!」
「あはは、まあそこは信頼してるから頼んだわよ。えっと、確かここに…あったわ。この紋章を邸の前までには服に付けておいてね。でないと捕まるわよ」
「分かりました」
「だからといって、むやみやたらに街中ではつけないこと。魔物が強い地域だからある程度は…わかるでしょ?」
「…わかりました。注意しますね」
こうしてイリス様の依頼を受けて出発しようとした私たちだったが…。
「ええ~!?アルナも行っちゃうの?」
「キシャルは残るわよね?」
急な1週間程度の外出にシャルちゃんもフィル君も不満気だ。おねえちゃんはいいのかなぁ?
ピィ!
にゃあ~
アルナは残ってもいい?とこっちを見てくる。う~ん、さすがに小鳥の成長は早い。お姉さんとしての自覚があるのかな。キシャルはどうせティタが付いて行くから自分はいらないだろうと自分が動きたくないのを精いっぱいごまかした返答だ。
「ふたりとも残ってくれるから」
「「ほんと?やったぁ!」」
「私のことはいいんだね…」
「アスカ様、お二人はアレン様やイリス様が視察などで抜けられることが多いので慣れていらっしゃるので」
「ありがとうございます」
ミシェルさんとエディンさんに慰められる。でも、もう二人ともこっちを見てないんだよね。
「ご主人様」
「どうしたのティタ?」
「私も今回は残ります。邸には気になる作りのところもありますし、この機会に調べてみます」
「あっ、うん。お願いね」
ティタまで珍しいな。でも、執務室近くの結界とかも気にしてたし、興味があるんだろうね。でも、さっきからいつも魔石を運んでくれるメイドさんを見てるのは気のせいだよね?
「そんじゃ、3人だな」
「待ちなさい。流石にここから冒険者だけ派遣するって言うのもメンツが立たないから、この人たちを連れて行きなさい」
そうイリス様が言うと、奥から三人の騎士さんがやってきた。
「左からフランツ、ブリッツ、セルバンよ」
「よろしくお願いします」
「「「こちらこそ、この旅の途中はよろしくお願いいたします」」」
片手に剣を持ち、片膝をついて私に頭を下げる三人。おおっ、そこまでしてもらわなくてもいいんだけどな。
「門の前には最新式の馬車も用意してあるからそっちに乗ってね。ああ、別に好意とかじゃなくてモニターだから、ちゃんと感想も後で出すのよ」
「はいっ!アスカ行ってきます」
「ええ。お土産、期待してるわよ」
「お土産」
「おみやげ~?」
お土産という言葉にぴたりと動きを止めてこちらを向く子どもたち。まあ、その辺は貴族といえど楽しみだよね。こうして、手紙を届けるという依頼を受けた私たちは邸の門前で最新型の馬車に乗り込み出発したのだった。
「揺れは大丈夫ですか、アスカ様?」
「はい。ここに来るまで馬車も何種類か乗りましたけど、これが一番です!」
「ははは、それは良かった。ブリッツの御者でも馬車がいいとな」
「フランツ先輩、よしてくださいよ。私の技術が誤解されます」
「騎士学校で最後に馬術を合格したのは誰だったかな?」
「そんなのもう10年も前ですよ」
馬車の左右に分かれたフランツさんとセルバンさんにからかわれながら、ブリッツさんの操車で馬車は道を行く。
「しっかし、アスカだけが乗るってのにでかすぎないかいこの馬車は?」
「いいえ、この馬車は他のパーティーの方々にも乗ってもらえるように手配されたものですよ。機会があれば席の方にも入ってください」
「まあ、見はするけどね。結局、護衛が5人じゃ中々機会もないだろ?」
「我々も少ないと言ったのですが、何分騎士が多くいては目立つので野盗が…」
「大丈夫ですよ。僕らも経験豊富ですから」
そう声をかけるのは馬車の後ろを守るリュート。まあ、豊富じゃない方がいいんだけどね。
「そういえば、お嬢様はCランク冒険者なんですね。イリス様から聞いた時はびっくりしましたよ。テラスでお見かけした時も、庭に出られた時も普通にデイドレスでしたし」
「あはは、恥ずかしいところを見られてますね。ドレスも、以前買っておいたものなんです。何かの拍子に着ることもあるかもって思って」
「いやぁ~、そちらの方が似合っていると思いますよ。護衛の方も貴族ではないようですが、うちの領地はともかく、これから向かうサーシュイン領は人も魔物もごついのばっかりですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。バルガドやディーバーンにアイアンゴーレムなど癖のある魔物がいます」
「アイアンゴーレム以外は戦ったことがないですね。というか、他は聞いたことがないです」
「ああ、ご出身の大陸にはいないかもしれないですね。バルガドは大きな4足歩行の魔物で、動きは早くないのですが、狙った相手を執拗に追う魔物です。どっしりとした短角を持った魔物ですね」
「ディーバーンはそれよりはるかに厄介ですよ。その名前の由来は悪魔とワイバーンの混合種という逸話から来ています。ブレスは吐きませんが、空も飛ぶし魔法も使う強敵ですよ。まあ、体色で魔法の属性がわかるのでまだましですけどね」
「へ~、結構厄介そうですね。空も飛んでるとなると」
「そうなんです。だから、向こうの冒険者も騎士たちも風魔法を使えたり、フライが使える魔道具を常に持ってるんですよ。アスカ様も使えるんでしたよね?向こうだったら引く手数多ですよ」
「アスカはパーティー内で引く手数多なんで結構だね。しっかし、本当に面倒そうだねぇ。アイアンゴーレムも弱くはないし」
「弱いどころか俺たちでも手間取る。硬いんでね」
「ふ~ん。まあ、騎士だと装備も限られてそうだしねぇ」
「ふっ、それでも任務は果たすさ。定期的にこうしてサーシュイン領に行って討伐もしているしな」
「そういえば、向こうの騎士さんにも稽古をつけてるんでしたよね?やっぱり、ビシバシ厳しく指導するんですか?」
「もちろんですとも!こと、命に関わることですから。甘くして若い騎士たちが死んでは意味がありません。私たちもそう思って行っているのです」
「最初は一番反対したのがフランツ先輩だったんですけどね。当時はこの領もまだまだ野盗がいて、他領まで気にかける余裕もなかったですから」
「それをイリス様が直々に、男爵領が防波堤になって我が領へ魔物が侵入するのを防いでいると説明されて。きっと、ご自分のご実家も他国との国境や魔物が多い地域にあるからなのでしょう」
「全く素晴らしい方だ」
私はうんうんという三者三様のうなずきを馬車から眺めながら、まだ見ぬ魔物についてメモを取ったのだった。




