アイス製作
「さあ!早速作っていくわよ」
「お~」
弱々しく腕を突き上げて、机に向かう私。昨日で簡単な用語辞典は作ったので、今日からはいよいよ実践編だ。
「まずは表の見方からね。表なんて線を引くだけだからここは昨日のうちにこっちで大量に作っておいたから」
そういうとドンッと紙の束を置くイリス様。
「こっちは大きい表ね。最初はこれを使いましょう。これに注釈をつけたり書き込んだりして、頭の中に入れていくの。それが終わったら、途中で必要な分だけを切り取ってある小さい表が載った紙ね」
やる気に満ち溢れているからかすぐに紙を拾い上げては書いていくイリス様。
「これ分かる?」
「分かります」
「初見でも?」
「あ、はい」
「じゃあ、こっちは?」
「う~ん。言葉は分かるんですけど、なんで支出になるか分かりにくかったですね」
「それじゃあ、ここはページを使いましょう。テレサ!」
「はい、お嬢様」
「ある程度枚数できたら教育が進んでいる子と進んでいない子に分けてやらせてみて。詰まる子が多いところはすぐに直すから」
「分かりました。では、孤児院のメニューを変更しておきます」
「あっ!でも、やりたい子には他のことをやらせるのよ?」
「もちろんです」
数分間テレサさんは部屋を出てテキパキと指示をして戻ってきた。その間にも私たちはどんどん単元を作っていく。
「あぅ」
「どうかした?」
「これ、難しいです。損なのに売り上げと一緒側だなんて」
「ん~、そればっかりはね。アスカは経験ないと思うけど、貸し損や支払い利息だって立派な費用なの。ちゃんと会社運営には必要なものよ。ただ、マイナスだから喜ぶべきものじゃないってだけ」
「イリス様は経験があるんですか?」
「ここに来てからはね~。私のじゃない分、余計に気苦労耐えなかったわ。お金を貸してくれた商会にもへ~こらしてさ!向こうは大貴族の紹介だから無下にもできないし」
「でも、イリス様も大貴族ですよね?」
「身分上はね~。でも、結局は女性って家に入るでしょ、こういう世の中だと。私は例外だけどそういう訳で入る家の身分になるのよね。向こうは公爵家お抱え、こっちは子爵だもの。私の侯爵家も武門だから商売の方は知れてたし」
「ほんとに苦労したんですね」
「ああは言ってますけど、そこは侯爵家ですよ。それなりのというかそこらの貴族より収入はありますし、向こうも実家を敵には回せませんからね。上手く使ってましたよ」
「まあその辺は腐ってもガイシよ!経験が違うわ。こっちは毎日何社に取引持ちかけてると思ってるのよ。あのぐらいじゃへこたれないんだから!」
「はいはい。手が止まってますよ」
「おっと、いけないいけない。今の内に進めておかないといけないのに」
「何か用事でも?」
「アスカがいるじゃない。あなたのためにもやってるんだし、ものにして記念すべき第1部は持って行ってもらわないとね」
「いいんですか?」
「もっちろん!それで世界中に広めてね。私の名前とこの本を!」
「は、はぁ…」
テンション高いなぁ。私はまだ眠気が勝っているのかのんびりと進めようとしたのだが…。
「甘いっ!もっとここは切り込んで細かくやるの。でも、損益を出すのと貸借対照表は分けないと混ざっちゃうわね。別に私がずっと付きっ切りで教えられる訳でもないし、表もページを分けて単元も離すか」
「そうしてください。流石にこんがらがっちゃいます」
「なに弱気になってるのよ。私がいるんだからどーんと構えなさいよ!」
「ええ…」
その後も編纂作業と並行して私への授業が続けられたのだった。
「今日もそろそろ時間ね。お疲れさま」
「お疲れさまでした」
「ああ、そうそう。家畜のミルクが手に入ったの。アイスお願いね」
「そういえば、そんな話もしてましたね。でも、私でやれるかなぁ」
「いつもはどうしてるのよ?」
「リュートに作ってもらいます。私は準備とかぐらいですね。材料の仕入れとか」
「まあ、作り方がわかるならそれでいいわ。こっちには優秀なシェフがいるから」
「じゃあ、厨房に行けばいいですか?」
「ええ、楽しみにしてるわよ」
「は~い」
そんなわけでメイドさんたちと一緒にイリス様の部屋を出て、厨房へと向かう。
「あなたがアスカ様ですか?」
「はい。でも、普通にアスカでいいですよ」
「いいえ、領主様の客人の方を呼び捨てになどできません。今日は珍しい料理を教えてくださるとか」
「珍しいかはわかりませんが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。それでは早速で申し訳ないのですが、材料を教えてもらえますか?」
「そうですね。まずはカブ糖と…」
私は材料になるものを順番に言っていくと、テキパキとテーブルにそれらが並べられていく。
「材料は以上ですね」
「案外少ないのですね」
「はい。ただ、新鮮でないといけないのと、香りを出すのには良質なものが必要です」
「それに関してはこちらで揃えられますので問題ありません」
「デスヨネー。市場だと結構するんですよ」
「そうですね。私たちもこの領地に来てからは新鮮な素材ばかりで、研究しがいがあります。予算も結構つくんですよ」
「予算があるっていいですよね。冒険者だと自分で揃えるので高くなっちゃうんですよ。まとめ買いできませんからね」
「大変ですね。おっと、時間が…そろそろ始めましょうか」
「わっ!?もうすぐ、お昼の準備になっちゃいます。始めましょう」
そして、順番にアイスを作る工程を教えていき、シャルパン草の分量のところになった。
「これは香りづけに入れますけど、味にも影響しますから慎重にです。甘い香りが強いと、実際より甘く感じますし、少なめにするとすっきりした仕上がりになりますから」
「分かりました。こちらでも試作を重ねていきたいと思います」
そして、あとは凍らせるだけになったので私はコールドボックスを取り出した。
「後は凍らせるだけですからここに入れますね。夕食には出せると思います」
「それがコールドボックスですか。貴族の邸にも冷やす魔道具はありますが、中々高価でサイズが…」
「それなら、解決策を用意してますから後々作ってくれますよ」
「本当ですか!?うちにも小さいのはありますが、冷蔵保存に特化しているんです」
「それでも助かりますよね!」
「ええ。では我々は食事の用意をしますね」
「頑張ってください」
流石に私が手伝えることはないので、厨房を後にして部屋に戻る。そしてお昼を頂いたあと、ゆっくりしてから時間を聞く。
「今は15時を過ぎたところです」
「夕食までは2時間ぐらいか。ちょっとだけ進めようかな?」
昨日から続いているグローブの作成を始める。これから2時間もあれば指のところぐらいはそこそこできそうだ。
「ここをこうしてと…」
「アスカ様、そろそろ夕食ですよ」
「えっ!?もうそんな時間ですか?」
「はい。そんなに急がなくてもよいのでは?」
「別に急いでいませんよ。ただ、作りかけたら途中で放っておくと気持ち悪くて。ミシェルさんはそういうことないんですか?」
「う~ん、私は村では片手間でやってましたから、中断するのは慣れてますね」
「そっかぁ。でも、ある程度集中した方がいいものになりますし、楽しいですよ」
「楽しいですか…生活のためだったのであまりそういう意識はありませんでしたね」
「それならここに私がいる間はそんなにお世話してもらうこともないと思うので、気ままに何か作りませんか?実は生地の材料はまだあるんですよ。自分でも欲しい生地とかあるので」
巫女服に使う生地は買うこともあるけど、色味がどうしても気に入らないこともあるかなと思って、糸も用意してあるのだ。ただ、当初の予定よりも各町での滞在が忙しく過ぎたので、あまり進んではいなかったけど。
「ですが、どういったものがいいのか…。村出身でデザインとか思いつきませんので」
「ん~。じゃあ、明日は何か一緒に考えましょう!私もそういうのがヒントになるかもしれませんし」
「お願いします」
「話もまとまったようですので食堂に向かいましょう」
「そうでした!今日は何か楽しみですね」
「はい。料理長は本当に料理が上手いですからね」
「では参りましょうか」
そうして再び夕食を取りに食堂へと向かう私たち。
「いただきま~す」
「「いただきま~す」」
ピィ
にゃ~
「いただきます」
それぞれが食事開始の合図をして食べ始める。
「そういえば、ここって肉料理とか煮込み料理も豊富なのにロールキャベツとかは出さないんですか?」
「ロールキャベツ?ああ、そういえばそっち系は出したことないかも。ひき肉が思ったより難易度高いのよね~」
「ああ、手間ですもんね」
「ろ~るきゃべつ?」
「こう、つぶした肉を丸めて野菜で包んであるのよ。スープを吸っておいしいの」
「たべたい!」
「う~ん。まあ、邸でなら食べられるかもね」
「アスカ様、そのろーるきゃべつというのは?」
「私の知ってるところで作られていた料理です。ひき肉を使うので手間はかかりますがおいしいですよ。ひき肉を作れるようになったら、魚肉の団子も作れますし」
「ただ、手間がね。そんな時間があったら適当に野菜を放り込んで野菜炒めにした方が楽だもの」
「ですよね~。私の住んでた町ぐらいでしか、肉屋さんでは見かけなかったですし」
「ん?アスカの住んでたところはひき肉が出たの?」
「でたというか出したというか。たまにはハンバーグとかも食べたいじゃないですか」
「ま、そう言われるとそうよね。別に高級料理って訳でもないし。ひき肉用の機械がないか探してみようかしら」
「それなら、個人製作のやつがあるはずですよ。あんまり知られてはいないと思いますが」
「それって…」
「一応自作です」
「ほんっとに器用ね。どうしてそんなに色々作ったの?」
「いや、さっきも言いましたけど、単純にハンバーグとかをもっと気軽に食べたくて」
「あなた、本当に食へのこだわりはすごいわね」
「ええ~、おいしいもの食べると幸せですよ」
「そりゃあ、そうだけど。何にせよ、それも導入しましょうか。登録はできてるのよね?」
「はい」
「明日の朝一に誰か商人ギルドへ行かせましょう」
「いやぁ~、悪いですね!」
「アスカ、ここにきて牛肉が出てるから言い出したでしょ?」
「えへへ、ちょっとだけ…」
「しょうがないわね。でも、私も久しぶりに食べられると思うとワクワクするわね」
「アスカ様は商人ギルドに用はありませんか?」
「私ですか?それなら一応、荷物が届いてないか聞いてもらえますか?フロート…じゃなかった。トリニティ宛で」
「承知しました」
何か届いているといいなと思いつつ、一日を終えたのだった。
「あっ!話に夢中でアイス忘れてた…」
にゃ~
「自分の分も?わかってるって明日こそは出してあげるからね」
 




