グローブを編む
「けぷっ、今日もおいしかった~」
満足のいく食事時間を終えると、早速昨日の続きだ。ちなみにみんなが暇しないように、アルナとキシャルは昨日と同じでシャルちゃんとフィル君に預けてある。
「さてと、今日はこれを使ってと…」
「あの…もしかして今から生地作りですか?」
私が機織り機を出すとメイドさんの一人がたずねてきた。
「そうですけど?」
「もし、問題がなければ私がやってもよろしいでしょうか?」
「まあ、生地を作るだけだから問題はないですけど、できるんですか?」
「はい!こう見えても農村で村人の服を作っていたので少しは自信があります。たまには町に卸してましたし」
「それなら任せてもいいですか?」
「お願いします!」
と言うわけで、私は生地作りをメイドさんのひとりに任せ、自分のために細工道具を取り出す。
「アスカ様?作業はなくなるのでは?」
「うん。だから、その間に細工を進めようと思って。今作ってるのはグローブですね。そうだ!お二人のうち、どちらか剣とかナイフを使えたり…しませんよね?」
「あっ、私は少し使えます」
おずおずと壁に立っていたメイドさんが手をあげる。
「そうなんですね!魔力はどのぐらいありますか?」
「3,30ぐらいなんですが…」
「30もあれば十分です!よ~し、やる気が出てきました。早速進めよう!あっ、ちなみに両利きですか?」
「いえ、左利きです」
「分かりました!」
「あの、アスカ様…」
ふたりの制止も耳に入らず、私は早速作りかけていたグローブに取り掛かる。グローブといっても普段使ったりするようなものではなく、ドレスなどに合わせるタイプのものだ。ちょっとしたドレスは私も持ってるし、それに合わせられるようにといくつか考えていたものの一つに取り掛かっている最中だった。
「ここの手首のところ近くに宝石をはめるようにしてたから、そこを魔石にしてと。あったあった、これこれ。魔力の関係でサイズは中だね!先にこっちの魔石の形を覚えておいて、同じ色の宝石はと…」
両利きなら両手に魔石をとも思ったのだけど、左利きだそうなので左手にだけ魔石をはめ、右手には代わりに宝石を入れ込む。
「後はドレス用に考えていたのをメイドさん用に変えてと…」
デザイン画を少し変更して、メイドさんたちが付けていても変じゃないようにする。
「後は汚れてきたら替えないといけないから魔石とその台座は外せるようにしないとね~」
「あの、アスカ様。一体何を作って…」
「だめよ、ミシェル。あれは集中している時のイリス様だわ。落ち着くまではそっとしておきましょう」
「…そうね。私は生地作りを頑張るわ」
「んん~!何とか片方はできたかな?あとはこれの対になるようにもう片方を作らないとね」
「あっ、終わりましたか?」
「うん、片方だけだけど。あれ?そっちはもう大丈夫なんですか?」
「あっ、いえ。流石に少し疲れたので休ませていただいてます」
「そうですよね。よかった~、そんなにすぐにできるものかと思っちゃいました」
「アスカ様こそ、もう片方ができたのですか?」
「うん。でも、ここからなんですよね。もう片方はこっちと大きさを揃えないといけないし、緊張します」
「分かります。服も袖口を作る時が一番緊張しますから」
「それにしても何を作ってらっしゃるのですか?」
「秘密。まあ、明日にはできると思うから」
「それにしてもこの出来上がりのグローブ、綺麗ですね」
「そうかな?ありがとう。でも、ここからもうひと手間入れるんだけどね」
「そうなんですか?」
「このままだと、魔石がテーブルとかに当たって傷がつくかもしれないからカバーをね」
ついでに輝石のくずを使った新しいコーティングを試してみよう。上手くいけば下にある魔石の魔力をごまかせるかもしれないし。
「アスカ様、お茶をどうぞ」
「ありがとうございます。いつもこんな高価なものを出してもらって…」
「いいえ、これもイリス様のおかげで何とか私たちでも手が届く値段になりましたから」
「あっ、やっぱり今でも高いんですか?」
「採ったものを濃縮して初めて製品になりますから。どうしても量が限られるんですよ。でも、他の貴族は甘いものを独占してしまっているので、食べられるだけでもありがたいですよ」
「そうよね。たまにここで試作品も出るし」
「そうなんですか?」
「はい。前はプリンというものも出まして。似たものをパーティーでは見たことがあったのですが、食べたのは初めてでした」
「へぇ~、意外です。パーティーの余り物とかもったいないから食べちゃうのかと」
「それは…そうなのですが、甘味は本当に高くて残るのもわずかで、出す時も飾り付けするので基本お代わりもありませんし」
「ああ、確かにそういうイメージかも。それにデザートだし余らないよね」
小麦とかいろいろ変えられるところはあるけど、結局のところ砂糖だけは必要だもんね。
「さあ、休憩も済んだしもう少し進めて…」
コンコン
「は~い!」
「アスカ様、そろそろ夕食の時間ですが、よろしいでしょうか?」
「もうそんな時間ですか?う~ん。まあ、キリもいいですしここで今日は終わっとこうかな?」
呼びに来てくれた人にお礼を言って道具を置き、みんなで向かう。まあ、食事は別なんだけどね。
「アスカ、来ました」
「あら、もう来たの?もう少し時間がかかると思ったから早めに呼びに行かせたのに」
「そうだったんですか?ちょうどキリがよくて。それに思わぬところで助けがありまして…」
「助け?」
ちらりとイリス様が私の後ろに立つメイドさんたちに目を向ける。
「はい。その…生地作りを手伝っておりました」
「生地作り?なんで?」
「ちょっと作りたいものがありまして。でも…」
「ミシェルです」
「ミシェルさんができるというので私は別のやりたいことを消化してました」
「まあ、あと数日はシェルレーネ様のデザインはかかるみたいだから、やりたいことがあったらそっちを優先していいわ」
「じゃあ、しばらくはこのまま細工をしてます」
「…ちょっと気になったんだけど、ずっとうちにいるの?いや、こっちとしては別にいいんだけど」
「まあ、元々そんな感じで生活してましたから。冒険する日に外に出て、あとは細工とたまに買い物ですね」
「そんなんでよく旅に出る気になったわね」
「アスカさんって変わってるね」
「そ、そうかな?普通のつもりなんだけど…」
シャルちゃんにもそう言われるとちょっと考えてしまう。子どもの意見って時にズバッと的を射ていることがあるからね。
ピィピィ
「アルナは私の味方だよね?」
ピィ?
なんでと返してくるアルナ。あれぇ~?君はこちらではないのか。誰かと一緒じゃないとあんまり出歩かないのに。いやでも、思い返してみれば誘いにはよく出かけてたな…じゃあ、やっぱり私だけなのかな?
「アスカ様、考え込んでしまわれましたわね」
「食事が並んだら戻ってくるわよ。それよりも、報告を聞こうかしら?」
「では…」
こうして考え込んでいる間にも他の人は仕事の話をしていたようで、食後にはもうお風呂に入っておやすみだ。
「今日もお疲れ様」
「お疲れさまでした。また、明日も編纂ですか?」
「ええ。この際だから簿記の検定みたいにレベルに応じて認定証も出すことにするわ!だ・か・ら・教科書作り頑張るわよ。ついでに教えたげるから」
「…は~い」
教えるっていっても、ほんとに厳しいんだよね。
「アスカ様、起きてください」
「うう~ん、今日はまだ時間があるはず…」
「もうお時間ですよ。えいっ!」
「さっ、さむい~」
ガバッと布団をつかもうとしたけれど、そこは優秀なメイドさんたち。すでに私の手に届かないところへと移動させていた。
「エディン、すぐにお召替えをしましょう」
「そうね」
私が目覚める前に2人はサササッと着替えをさせてくれる。ん~、朝は結構ずぼらだから助かるかも。パシャパシャと顔を洗った後は、いつものように朝食だ。
「お姉ちゃん今日は早いね」
「あはは、いつも早いよ」
ピィ!
「アルナは何て言ってるの?」
「私の言った通りだって…いたた」
ピィピィ
嘘はだめだとアルナにつつかれる。
にゃ~
それを気にも留めず、キシャルは足元で今日もステーキのかけらを食べている。実際は凍らせて食べているのだけど、周りには食べているところを見られたくない、シャイなキャット種だと思われているらしい。
「そうだ!アルナ、今日はお勉強があるから午前中は庭で遊んでてね」
ピィ!
「ぼくもいっしょにやらないといけないんだ。気をつけて」
ピィ
うんうん、アルナはシャルちゃんともフィル君とも仲がいいみたいだ。キシャルは…どうなんだろ?まあ、嫌われることはないだろうけど、マイペースだからな。
「さあ、食事を食べて今日も朝から教科書作りね!」
朝からやる気一杯のイリス様に連れられて私は今日も私室にお邪魔したのだった。




