衣装作成
「ああ、行っちゃった…」
「お母様、どなたかいらしていたのですか?」
「ええ。アスカの友人が2人ほど」
「ああっ!?見たかったです。アスカさんのお知り合い」
「う~ん。まあ近いうちに会えると思うよ。私も用事があるし」
「本当?紹介してね」
う~ん、どうやらシャルちゃんは私の交友関係にも興味が出たみたいだ。まあ、ジャネットさんは子どもの面倒を見るのも上手いし、問題ないだろう。
「さてと。それじゃあ、ゆっくりしましょうか」
嵐のように去っていったジャネットさんたちにも動じず、優雅に紅茶を飲むイリス様。子どもたちも着席してお菓子とジュースを楽しんでいる。
「ん~、たまにはこういうのもいいですね~」
「でしょう?ここにいれば実現できるわよ」
「あはは。それでもやっぱり今は旅を続けたいので」
「そう。旅はしんどいと思うけどね」
「お嬢様の場合、旅は視察か外交などになりますからね」
「でも、子爵家で外交って普通なんですか?」
いくら土地持ちとはいえ、子爵は貴族の中では下の方だ。国の重要な事柄を任せるには位が低いのではないだろうか?
「こう見えても元侯爵令嬢だからね。礼儀作法はもちろん、血統だってその辺とは違うもの」
「それに皇帝陛下がお嬢様をかわいがっておられることは周知の事実ですから。他国としても賓客としてもてなしていただけます」
「そうそう。おじさまったら私に甘いのよ。まあ、だから私の代で色々終わらせないといけないんだけどね」
「難しそうな話ですね」
「なにの話ですか?」
「大人な話よ。シャルはお裁縫頑張りましょうね。ハンカチまだ完成してないんでしょ?」
「…うん」
「ハンカチ?」
「ええ。婚約者に贈るものよ。もう、2か月もやってるんだけど、中々ね」
「お母様、恥ずかしいですから言わないでください」
「ごめんごめん。でも、本当にどうするの?誕生日まであと少しなんでしょう?」
「そうだけど。本当にどうしたら…」
「うう~ん。大変なんだね。婚約者ももういるし」
「まあね。フィルもそろそろ決めないとね」
「ぼく?」
「そうよ。あなたも領地を担っていくんだから、それにふさわしい人を見つけないと。誰にしようかしら?」
「ケイト様のところでは?」
「いやよ。それに、ケイトじゃ血が近すぎるわ」
「ケイト?」
「うちの父親の若妻よ」
「お嬢様より年下なんですよ。子どもは年上ですが」
「うるさい、テレサ。だから、ケイトの子どもって私の姉妹になるのよね」
「えっ!?そんなに年が離れてるんですか?」
「まあ、後妻だしね。あっ、一応言っておくけど、夫婦仲はいいわよ。最近は一緒に遠出してるし」
「遠出って大丈夫なんですか?」
「侯爵家は鎮護の家だからね。隣国に接してるから騎士団もレベルが違うわよ。うちにも何人か来てもらってるし」
「それなら安心ですね」
「でもねぇ。ちょっと精力的って言うか、新興宗教みたいな感じなのよね…」
「何かあったんですか?」
「領地で私がやっていた孤児院や低所得者向けの救済処置を引き継いで広めてるんだけど、そのせいでね。今じゃ、現代によみがえった聖女か!?なんて記事まで出始めて頭が痛いわよ」
「どうしてですか?いいことじゃ…」
「聖女って言うのは聖王教のトップなのよ。当然聖王国の国内にいるからそういった存在が複数存在するのはね…」
「あ~」
それは大変そうだ。知らない間に国のトップに匹敵する支持を持った人が出ちゃうんだもんね。名前も一緒だし。
「まあ、新しい呼称を広めるように考えてはいるのよ。いいのが浮かんだらいいんだけどね」
にゃ~
「慰めてくれるの?賢い猫ちゃんね」
ピィ!
「あらら」
「おかあさん、アルナとった~!」
「ごめんごめん。さあ、返すから。でも、もうすぐしたら休みなさいよ」
「は~い」
お昼寝になるので子どもたちを部屋に返すと、庭はまったりとした時間になった。
「はぁ~、かわいい子たちだけど元気いっぱいなのがね」
「いいじゃないですか」
「元気なこと自体はいいんだけどね。将来を考えるともう少ししっかりしてもらわないと」
「しかし、お嬢様の子どもですからね」
「どういう意味よ、テレサ」
そんな感じで残りの時間は庭の案内と、改めて施設の案内を受けた。
「明日からはどうするの?午前中は帳簿の授業があるけど」
「そうですね。ちょっとやりたいことができたので、それに取り掛かります」
「そう?でも、まだ像の作成についてはデザイン案を考えてるからゆっくりしていいからね」
「はい!」
元気よく返事をすると一度部屋へと戻る。
「さあ、考えていたものを作るとしますか!」
私が考えたのはシャルちゃん用のワンピースだ。ハンカチの作成が上手くいっていないということだけど、きっと集中力があればできると思うんだよね。
「こういうのってひとつできたらスラスラできるものだし、私も頑張んなきゃな」
と言うわけで、銀の塊を取り出すと帰ってきてもらったティタにも手伝ってもらい目的のものの作成に取り掛かる。
「まず必要なのは銀糸だね。MPを使って細工用の魔道具で作るけど持つかなぁ?ティタも頑張ろうね」
「はい」
私とティタが交互に魔道具を使いながら銀糸を作っていく。そう、私が作りたいものとは銀糸のワンピースだ。アルバで購入したあれを真似すれば上手くいくと考えたのだ。
「私も最初の頃はずっとあの魔道具に頼ってたし、きっかけ作りには必要だよね」
「ティタ、どうかな?」
「ほぼ均一にできてます。これならいいものができますね。しかし、よく銀で我慢しましたね、ご主人様」
「ミスリルだと危険だからね」
自分でやっといてなんだけど、あの服を使うと消費もとんでもないからなぁ。そうだ!今回の像は貴族の依頼になるし、マジックポーションを使っていいものにしようかな?そんなことも思いながら、一度糸を巻き付けていく。
「後は機織りだけだけど、どうしようかな?結構時間がかかるから明日に回そうか?」
「それがいいと思いますよ。今日はもうかなりMPも使いましたし」
「しょうがないか。それじゃあ、このままベッドに…」
私はティタを持ち上げるとベッドでごろごろする。ん~、この時間がいいんだよね。頑張った後のご褒美って感じで。
「あの…見られてますが?」
「はっ!?」
自室と言ってもここはイリス様のお邸。ちゃんとメイドさんが2人、お世話係としてついている。2人とも信頼できる人ということで、ティタもある程度気を許している。
「アスカ様は先ほどまで頑張られていたのですから遠慮は不要ですよ」
「へへへ」
いたずらをするところを見られた子どものように照れ隠しをして、再びベッドでゴロンと転がる。
「でも、このお布団もいいですよね。普通の宿のとは違います」
「これもイリス様が探してきた魔物の毛を使っているんですよ。私たちはイリス様に感謝しかありません」
「この領地は少し前まで本当に貧しくて大変だったのです」
「そうなんですね」
イリス様がいろいろ発明品を世に送りだしたって言ってたけど、そうせざるを得ないほどだったんだな。あの隠し部屋を見た後だから余計にそう思う。図解もわかりやすいし、字もきれいで読みやすかったのに、それらすべてを封印するって言うんだもんね。
「それを一代どころか数年でここまで回復させてもらって、感謝の念を禁じえません」
「全くよね。元々侯爵令嬢だったってことだし、ここにきて苦労をする必要もないもの」
「そうよね。今ならまだしも当時のこの領地によく来てくださったわね」
イリス様の話からも感じていたが、ここの領地の人たちは前の領主や領地への評価が低く、反対にイリス様をとても評価している。来る時に通った道ではみんな一生懸命に農業に打ち込んでいたし、そんな苦労してるようには見えなかったのにな。そんな思いを受けつつも、その日はそのままゆっくりした。
「おはようございます、アスカ様」
「おふぁようございまふ~」
「相変わらず朝は弱いのですね。こちらをどうぞ」
「どうも~」
体を起こすとホットタオルを手渡され、それでゆっくりと顔をふく。
「今日はどうされますか?」
「午前はイリス様の授業がありますから、それに出ます。午後は昨日の続きをやりたいのでまた部屋で過ごします」
「そうですか。あまり外に出られないとお体に障りますよ」
「ああ~、まあそのうち出ます」
「「…わかりました」」
ふたりともなぜか微妙な顔をして納得してくれた。どうしたんだろう?気にはなりつつも、朝食をみんなで食べて授業に向かう。
「今日もよろしくお願いします」
「はい、元気のいいあいさつでよろしい。じゃあ、今日はどうしようかしら?ある程度使い方はわかっただろうし。そうだわ!誰かに見せるだけで覚えられるようにマニュアルを作りましょうか」
「マニュアル…ですか?」
「そうよ。私もアスカが来るまでは最初の数ページの説明書きでわかるって思ってたんだけど、メイドたちにも見せたら、難しいって子も多かったの。だから、この機会にわかりにくいところとわかりやすいところで単元を分けて、いいものを作りましょう。アスカにもいい復習になるわよね?」
「それはそうですけど…」
「なら決まり!よ~し、テレサ!紙とペンよっ!久しぶりにガンガン書くわよ!!」
「はぁ、まあここはお嬢様の部屋ですし、どちらも普通に置いてありますが?」
「こういう時はやる気を合わせなさいよ!」
「ですが、私は帳簿は触りませんから」
「あんたの旦那の残業時間も減るのよ?」
「……まぁ、やりましょうか」
イリス様の言葉を聞いてテキパキと動くテレサさん。そういえば、テレサさんもずっとお邸にいるけど、ご主人はどうしてるんだろ?そんな疑問を覚えつつも、午前中はイリス様の言われた通り、自分が難しく思ったところとつまらなかったところをより分ける作業が続いた。
「ふぅ、そろそろいい時間じゃない。お昼にしましょう!」
「おや、もうそんな時間ですか。では、私も用意してきます」
「頑張ってくださいね」
作業を続けているといい時間になったので少しだけ休憩をしてから、私たちは食堂へと向かったのだった。




