ふたりの転生者
掲載順を間違えたため間の話を差し込みました。お手数ですがまだの方は以前の方をお読みください。
「さあ、入るわよ!」
イリス様に手を引かれて私は邸に入っていく。
「あっ、お母様!」
「シャル、ただいま」
「そちらの方は?」
「アスカって言って、私の昔の知り合いなの。一緒にご飯も食べるからね」
「は~い」
嬉しそうに返事をすると少女はトテトテと階段を昇って行った。
「かわいい子ですね。娘さんですか?」
「ええそうよ。本当にかわいいの!」
にんまりして返事をすると、少女を追うように階段を上らず、右に曲がる。
「さっ、ちょっとここで待ってましょう」
「あっ、はい」
通されたのは応接間らしく、広々としたソファに調度品が並んでいた。
「そんなに珍しいの?あなただって貴族でしょ?」
「い、いえ、私は…そうだ!それより聞きたいことがあるんですけど…」
「聞きたいのはこっちもなんだけど、まあいいわ。簡単なものなら聞くわよ」
「この本の作者が誰か知りませんか?」
私は商会用に購入した帳簿を取り出す。
「あら、これを買ってくれたのね。これは私が作ったのよ」
「ええっ!?」
領地の誰かだと思ったら、領主自らが書いたものだったとは…。
「あっ、でも正確には出回ってるのは写本が主だけどね。たまにストレス解消に手書きのも作るけど。手書きって言ってもサインだけだけど」
なんてことも説明してもらえた。一番の目的だった本の作者を見つけるという目的が到着早々果たされるとは予想外だ。
「そんなあっけに取られた顔しないでよ」
「はい、でも、こんなに早く見つかると思ってなくて」
コンコン
「なに?」
「失礼します。執務室の準備が整いました」
「分かったわ。さ、移動しましょうか」
「わかりました」
私たちは再び立ち上がり、今度はさらに右に進み奥の方へと向かう。
「ん?」
「どうかした?」
「いえ…気のせいです」
何か感じた気がしたけど緊張かな?と思い直し、あとをついて行く。
「ここよ」
「失礼します」
中に入るとさっきの部屋とは違い、調度品は少しだけ。パッと見てわかるのは花瓶ぐらい。あとは本だらけだ。
「すごいですね…」
「まあ、領地の記録なんかも置いてるからね。もちろん、古い記録に関しては書庫だけど」
「そうなんですね。こっちは書類がいっぱいですね」
「それ見たら、簡単には領地から出られないわよ?」
そういってにやりと笑うイリス様。
「ひえっ!?」
ちょっと興味があったので手に取ろうと思った手をピタッと止めた。危ない危ない、大変なことになるところだった。
「ほら、冗談はここまでにして座りましょう。あなたたちは下がっていて」
「はっ!」
イリス様が声をかけると、一人を除いて部屋から出て行った。
「あっ、この子は気にしなくていいわよ。私のことも知ってる長い付き合いだから」
「壁の置物と思ってください」
「置物だなんて…」
立っていてもしょうがないでしょと言われ、腰掛ける。こっちのソファーもとてもいい座り心地だ。
「どうかした?」
「いいソファーですね」
「そりゃあね。疲れたら意味がないもの。それじゃあ、本題に入りましょうか」
「は、はい」
「じゃあ、いきなりだけどあなたは転生して来たのよね?」
「あ、えっと…」
後ろに控えているメイドさんを気にする。イリス様は転生者みたいだけど、やっぱり後ろの人には聞かれたくないこととかもあるし…。
「テレサのことは気にしなくていいのよ。この子は私の昔のことも知ってるから」
「そ、そうですか、それなら…」
私は再び同じ問いかけに頷く。
「名前からして同じ日本人よね。あの本の最後の言葉も読めたみたいだし」
「そうですね。こんな感じで明日香って書きます」
私は用意された紙に自分の名前を書く。こっちの言葉は最初から分かったから、今じゃちょっと書きにくい。
「へぇ~、中々綺麗な字ね。でも、ちょっとこどもっぽいかも」
「一応、16歳だったので…」
「わ、若っ!」
「お嬢様はその頃、前はガリ勉、今は灰色でしたね」
「うるさい。私のことはいいんだから。それで、どこで生まれたの?」
「都内です」
「…へぇ、そうなの」
一瞬間があった気がするけど、気にせず話を進めた。簡単に生まれてからのことを話す。
「け、結構、大変な思いして来てるのね…」
「まあ、振り返ったらそうかもしれないですね。だけど、終わったことですし」
「それでこっちで生まれてどうだった?記憶とか何歳ぐらいから?」
「あ~、私ってアラシェル様に頼んでその辺りはどっちかというと記憶が戻るとかじゃないんですよね」
「アラシェル?そんな神様だったっけ?」
「えっ!?イリス様は違うんですか?」
「違うわよ。フォルディリアスって転生神よ」
「うう~ん、何人もいると思えないですし、世代交代とかあったんでしょうか?」
「それなら絶対アスカの言う、アラシェルって神様の方がいいわね。あいつ、全く人の話を聞かなかったし、絶対ろくでもないわよ」
「そ、そんなこと言っちゃだめですって!どこかで聞いてるかもしれませんよ?」
私はきょろきょろと辺りを見回す。
「そういってもアスカの方が後で転生してるんだから、大丈夫でしょ。きっとクビになったのよ、ク・ビ」
そんな風に切って捨てるイリス様。どうやら、今の環境がお気に召さないらしい。
「そんなに嫌な人生だったんですか?」
「えっ!?いやまぁ、今は悪くないというかいいというか…でも!若いころは大変だったんだから!貴族だっていうのに後ろ指さされたりしてたし」
「コホン。お嬢様、本題からずれております」
「あっ、そうね。それで、こっちでの生まれはどこなの?」
「う、生まれはその…その場でという感じです」
「その場?」
「はい。アラシェル様に体を作ってもらって、そのままこっちに来ました。送ってもらった時は13歳で、今は15歳ですね」
「そんなことできたのね。私もそっちが…いや、ないわ」
「お嬢様は貴族としての生活が染み出ていますし、まあ無理でしょうね」
「そんなことないわよ。私だってやればできるわよ」
「研究とかならともかく日常生活は無理でしょう」
「あの…お二人とも仲がいいですけど、そちらの方も転生者なんですか?」
「違うわよ。テレサはれっきとしたこっちの人間よ。でもね、やっぱり私たちみたいなのは自分の出自とか大本にあるものを知ってて欲しいものなの。アスカはそう思ったことはないの?」
「うう~ん。どうなんでしょう?言いたいとは思うんですけど、結構突拍子もないことですから」
「言いたいことはわかるわ。でも、さっきの人たちって護衛じゃないんでしょ?」
「ジャネットさんたちですか?そうですね。フェゼル王国からずっと付いて来てくれてます」
「そういう人にはいつか言ってあげなさいよ。別に旅の途中でなくてもいいわ。あの時なぜ旅に出たのかってね。大体、その人たちだってアスカが旅に出るって言わないとそこにずっといたんじゃないの?」
「そ、それは…」
「今はまだわからないと思うけど、その人たちがどうして自分に付いてきてくれたのか、もっとしっかり考えなさい」
「どうしてついてきてくれたのか…」
そう言われるとどうしてだろう?アルバは危険性が増したから、儲けるならそのままアルバにいても良かったし、2人なら王都にも行けただろうしなぁ。うう~んと腕を組んで考える。
「なんだろう…」
「ま、まあ落ち着いてまた考えなさいよ。それで、存在から作ってもらったってことは親とかはいないの?」
「いや、それは…ちょっと難しいんですけど、いるんです」
「えっ!?どういうこと?」
私は、存在が無理に生まれないように両親が選ばれたという話をした。
「なるほどね。確かに他の世界から異物のように入り込むより、可能性がある出会いを使った方が無理がないわね。でもよかったわね。アスカが生まれたおかげで、その夫婦にも子どもができたんだから」
「そう…ですかね?」
「そうよ。人妻で子持ちの私が言うんだから間違いないわよ。その二人の絆をあなたが繋いでいるのよ」
「そっかぁ」
記憶にもないお父さんと、記憶にはあるお母さん。2人が生きてたって証なんだな。そう思ったら晴れやかになった。この旅が終わったら一度、お母さんとお父さんの家族に会いに行こう。元は貴族だから会えるかはわからないけど。
「あなたの親は…まあいいか。それで、16歳まで生きたってことは20XX年生まれでしょ?」
「えっ!?違いますよ。その4年後です」
「どういうこと?私は26歳だったからそこから考えたらそうなるはずだけど…」
「死ぬタイミングは関係ないのでは?そもそも、お嬢様もアスカ様も別の方が担当されたんですよね?」
「そういえば、アラシェル様も100年なんて誤差だって言ってました」
「なるほど、今の年齢だって10歳の差じゃないし、そもそも生まれ方も違うわよね」
「お嬢様は今34歳ですから、その理論だとアスカ様も24歳でなければいけません」
「となると、アスカは私より4年間も未来を生きてるのね…色々変わってるんだろうなぁ」
「そんなに変わりませんって。せいぜいスマホが新しくなるぐらいですから」
「スマホ?ああ、携帯の代わりに新しく出てたやつね。でも、ちょっと不便よね。ノートパソコンとかの方が色々できるし」
「そうでもないですよ。動画とかも見れますし、ゲームもネットもできますよ」
「…アスカ。色々聞いておいてなんだけど、絶対に他の転生者に会っても前のことは軽々しくしゃべっちゃだめよ」
「どうしてですか?思い出話じゃないですけど、楽しくないですか?」
「そうね。でも、私たちはもう違う人生を歩んでいるの。それは過去のことだし、その中で自分が利用できることは利用しようとするのも人間よ。私の知ってるスマホはもっと不便だったわ。動画なんて、遅くてカクカクでね。その4年間の進化が大きくて、私の知ってるものは別物だわ。それに類似したものをこの世界で実現できたらすごく便利よね?」
「まあ、どこにいても会話できますし、メッセージも動画も送れますからね」
「その概要を話すだけでもお金になるし、魔道具のアイデアになるわ。延々と前のことを話させられるようになるかもしれないわよ」
「で、でも、別に仕組みとか分かりませんよ?」
「だけど、使い道や使い方はわかるでしょう?それなら、どういったものか情報を与えればあとは専属の人間が試作するまでよ。あなたは周りに恵まれたわね。うかつにしゃべったら本当に閉じ込められるわよ」
「気を付けます…」
「お嬢様、そろそろ食事の時間です」
「あらそう?まだまだ話したいけど、ちょっとゆっくりしましょうか」
「はい」
私たちはこれから食事ということで一度執務室を出て、食堂へと向かった。




