アスパルテス砦
「では、案内しよう」
もろもろの話も終わり、バルデルさんに砦を案内してもらう。
「それはいいけど、あんたは報告書を書かなくていいのかい」
「構わん。大隊長のあの雰囲気では今日は夜通しだろうしな」
「ええっ!?それじゃあ、少しでも早くした方がいいんじゃ…」
「はっはっはっ!心配しなくてもいい。どの道こうやって案内している間にも、考えはまとめるられるし、気分転換も必要だ。正直に言うと、俺もあの賢いワグナーが暴れるなんて夢にも思って無くてな」
そういうとしょげるバルデルさん。私も急にアルナやキシャルが暴れだしたらショックだよな~と納得した。
「それにしても、すごい砦ですね。これだけ年月が経ってもほころびがほとんどない」
「リュートだったか。よく見てるな」
「はい。建物も結構興味があって…。友人が大工をしていた時期もあるので」
「そうか。冒険者といっても町にいる間は一般人だもんな」
「まぁ」
「そうそう、2人いれば家だって建てちゃうんですから!」
「よく言うよ…アスカがいたら一人で全部できるくせに」
「でも、レンガの見極めとかは私、苦手だし」
「レンガの見極め?何の話だ」
「こっちの話だよ。それより、同じような通路が続くんだね」
ジャネットさんの言う通り、案内が始まってから同じような通路がずっと続いていた。
「まあな。万が一侵入された時、相手に今どの辺りにいるのかを分からなくさせるためだ。狭い砦なら効果はないが、これぐらいの規模になると、薄暗い上に緊張していて感覚が狂うものもいる。運よく隊長クラスがそうなれば儲けものと言う訳だ」
「軍隊だと指揮系統がしっかりしてる分、余計にって訳だね。でも通路の奥が見えないのはちょっと怖いねぇ」
「ジャネットさんでもですか?」
「ひとをバケモンみたいに言うんじゃないよ。先が見えないってことは明かりのない夜みたいなもんだからね。罠も見えないし、通路の横道から敵が出てくるまでわからないって訳だしねぇ。弓兵が左右から撃ってくる可能性を考えると地獄だね」
「そういわれるとそうですね」
「ふっ、会話をしていると君たちが冒険者なのがよくわかるな。おっと、ここが中庭だ。一部の区画には野菜も植えてあるぞ」
「へぇ~、意外ですね。花とかばっかりかと思いました」
「最前線になることも考えるとどうしても、こういう実用的なものになるな。敵に包囲された時の最後の食糧だ。食料庫には湿度が高くても発芽する種も常備している」
「そんなものまであるんですね」
「豆は特にな。勝手に生えてくれるのもある。緊急の時は助かるんだ」
「他には何があるんですか?あっ、これって…」
「あら、隊長。お戻りですか?」
「ああ。今は案内の最中だ。アスカ、気になることでもあるのか?」
「この花は育てているんですか?」
「ええ、こんな砦でも娯楽の一つがあればと思って。綺麗でしょ?」
「その…きれいはきれいなんですけど」
「なにかあるの?」
「それ、毒草ですよ。何かに使うんですか?」
「えっ!?」
「げっ!?お前、誰かに飲ませる気だったのか?」
「そんなことしません!でも、えっと…」
「アスカです」
「アスカちゃんはどうしてそんなことを知ってるの?」
「私はこれでも薬師の娘ですから」
こういうと大抵の人は納得してくれるので、こういう時はいつも薬師の娘だと言うようにしている。
「そうだったの。それで、この毒草は何て名前なのかしら?」
「シュロリナというやつですね。全草有毒でどこの部分を口に含んでもダメですよ」
「お前やっぱり…」
「やっぱりって何ですか!今ので隊長にだけは食べさせたくなりました」
「とにかく、使い道がないならすぐに引っこ抜くことをお勧めします。手袋は忘れずに」
「そうなのね。残念だわ、せっかくみんなが和むと思ったのに…」
「まあ、どんなものも使い方次第ですよ!それも麻酔薬になったりしますし」
「そ、そうなの!?」
「それならうちでも使い道はありそうだな」
「でも、元が元なので難しいと思いますよ。専属の薬師がいないと大変です。新人の兵士さんとかは知らないから管理も大変でしょうし…」
「そっか。それじゃあ、難しいわね。この砦も人員が限られてて、中々勤務希望者もいないのよね」
「大変なんですね」
「まあ、領地内で一番危険だからな。冒険者なら腕試し!と思うものもいるかもしれないが、大抵は家族もいて生活があるからどうしてもな」
「そんな中、隊長の家はすごいのよ。何年もこの砦で勤務するんだから」
「そういえば、ワグナーの主でしたよね。任期とか決まってるんですか?」
「一応な。俺たち一族の中で次の世代の配属が決まるまでだ」
「それって実質無期限じゃないかい?」
「そうともいうな。実際に先代は15年ほどやっていたからな。ある意味、よく生き残ったというべきか」
「バルデル隊長もよろしくお願いしますよ。大隊長に次いで長いんですから」
「あの人もそろそろ交代だな。年のほとんどがここだし、夫人もさみしいだろう」
「それはさみしいですね。私ならずっと一緒にいたいと思います」
「そうねぇ。私も好きな人とは一緒にいたいわね。それはそうと本当にどうしようかしら、これ」
「う~ん。せっかくですし、もらえませんか?」
「えっと、毒草をどうするの?」
「さっきも言った通り、麻酔薬にするんです。液体の方が即効性もあっていいんですけど、粉末なら長期間保存可能ですし」
「それってもらったらだめかしら?」
「どのぐらいできるかにもよりますが、別にいいですよ。ただ、成功しないかもしれませんけど」
「それなら、あとで必要なものを持っていこう。カーディ、こいつを摘んでおいてくれ。部屋は司令官付きの部屋だ」
「わかりました」
「あっ、必要なものはないです。一応、私も製薬をすることがあるのでセットは持ってますから」
「そうだったのか。それなら、町で店を持てばいいのにな。子爵領なら紹介するぞ?」
「あはは、それが私は特異調合持ちで…」
「それは気の毒にな。店を継ぐのもあきらめないといけなかっただろう。それじゃあ、他のところに行こう」
その後も砦を案内してもらい、一時間ほど経ったころに案内を終えて部屋に通された。
「良かった。片付いているんだな。ここが使ってもらう部屋だ。後ほど、カーディがさっきの毒草を持ってくるからのんびりしていてくれ。食事に関しても、士官用のものを用意しよう」
「ありがとうございます。楽しみにしてますね!」
「あ~あ、頑張るんだよ。これは相当いいのを出さないとね」
「うっ、頑張らせてもらう」
「そうだ!アルナたちはどうしよう…」
「ああ、君の従魔たちだな。いつも外ではないのか?」
「小鳥と小さいキャット種ですから部屋で一緒なんです」
「それは気づかなかった。ワグナーと今一緒にいるんだな?連れてこよう」
「はい。あっ、でも、一緒にいたいと言ったらそのままでお願いします。2人とも珍しいお友達で一緒に過ごしたいと言うかもしれませんから」
「あ、ああ」
「なんか、バルデルさん変な顔してましたよね?」
「まあ、急に従魔に聞いてくださいなんて言われたらあんな顔になるだろうさ。相手も従魔持ちって言っても会話なんてできないだろ?」
「そういえばそうでした」
う~ん。会話できるのが当たり前になっていたので、うかつだったな。早くみんなにもディースさんの魔物学が広まればいいのにな。
「すみません。シュロリナをお持ちしました」
「ありがとうございます。そこに置いてもらえますか?」
シュロリナを用意されていたテーブルの上に置いてもらうと、横にある小さい方のテーブルに器具を設置して、早速薬作りを始めた。
「やけに楽しそうだね、アスカ」
「まあ、塗料作成以外だと滅多にする機会がないからね。正直、シェルオークの葉を使わないのも久しぶりだし」
リュートにそう説明する。実際に、特異調合スキルのせいで新作ではないけど、新しいものを作るのは楽しかったのだ。
「えっと、最初の部分は他のと一緒で、抽出はここからちょっと変わるのか。珍しいタイプだな」
書かれていたメモから重要な手順を確認して独り言ちる。
「ふ~ん。これが毒草ねぇ。この時期に生えるものなのかい?」
「いいえ、これにも夏ごろってあるみたいですし、ここの気候がそういう風なのかもしれません。砦も中庭を囲む作りなところもありますから、季節外れのものかもしれませんね」
「季節外れって怖いなぁ。僕だったらもう生えてないはずって思うかも」
「あっ、でもこの毒草は多年草だからわかりやすいかも。形さえ正しく覚えてたら安心できるよ」
「本当かなぁ?アスカの簡単はあんまり当てにならないから…」
「疑り深いなぁ…。おっと、ここからは真剣にやらないと。窓も開けてと」
毒性の強いものだから慎重にやらないとね。ビーカーなど必要なものも順次用意していく。
「ティタ、そっちのやつ取って」
「これですね」
「ありがとう。あとはこっちのやつと混ぜて水を入れてまずは液体化と…」
粉末を作るからといってそのまま乾燥させるわけではない。もちろんそのまま使うこともあるけれど、今回扱うのは人も殺せる毒草だ。そんなものを麻酔とはいえ飲ますのだから薄目にして分量を調節できるようにしておかないと。
「う~ん、これでいいかな?あとは粉末にするために水分を少しずつ抜いて行ってと」
麻酔液は完成して、今度は粉末状にしていく。ここも気を付けないと分量を合わせても、効果に違いが出ないようにかき混ぜながら行う。
「ふぅ。これで良しと」
ひと先ず、半分ぐらいのシュロリナを処理し終え、私は残りの半分にも手を付け始めたのだった。




