砦の兵士
寄生生物のウィースが操るワイバーンと戦うことになった私たち。こちらからは思い切って手を出せず歯噛みをしているが、もちろん相手は全力で向かってくる。
「くっそ~、こっちが手を出せないと思って…癪に障るねぇ」
「だめですよ、ジャネットさん。傷をつけちゃ」
「わかってるけどねぇ。本当に面倒だよ、倒すんだったらすぐになのにさ」
「ま、待ってください!」
「わかってるっての!」
「この子が暴れている理由がわかったんです。口を開けさせるのに援護をお願いします!」
「無理をするんじゃないよ!こっちはそんな義務はないからな」
「…頑張ります」
ジャネットさんの言葉にそれだけ伝えると、私はつかんでいたワイバーンの首から手を放し、目の前に躍り出た。
「アスカっ!?」
「任せてください!」
それだけ返事をして目の前にいるワイバーンに集中する。
「よし、目の前に来るんだよ」
私は魔力の流れをつかむことと、その後の回避に意識を集中させながら相手の出方を待つ。
キィィィィィ
よしっ!思い通り。
突進してきたワイバーンが私に噛みつくように大口を開ける。ワイバーンにその指示を出したウィースの魔力を探った。
「見つけた!これで決める、ウィンド!」
私は見つけたウィースの本体に圧縮した風の弾丸を打ち込む。
ヴィィ
一瞬、そんな音が響いたと思うと、ワイバーンは地に落ちて行った。
「ふぅ。何とかなったかな?って、不味い、地面に落ちちゃう!」
全速力で地上へと向かうと風の魔法でワイバーンを包み込み衝突を回避する。
「ワグナー!」
衝突を回避し、その巨体を地面に降ろすと兵士の人がやってきた。
「何とかウィースは倒しました」
「ウィース…?ウィースと言ったのか今!」
「そ、そうですけど…」
「どうやってあいつを倒したんだ。これまで存在は確認されていたが、操っている間のあいつを倒した話は聞いたことがなかったぞ」
「えっと、何とか頑張ったというか」
いきなりのことであいまいな返事になってしまった。
「そ、そうか。まあ、君のような若い子がウィースを知っているだけで驚きではあるが…」
「アスカ、大丈夫だったかい?」
「はい、ジャネットさん。リュートも囮役ありがとう」
「ううん。無事でよかったよ。でも、ウィースって何なの?」
「ティタの話だと大型の魔物に寄生する特殊な魔物みたい。魔力を使って操ってるんだ」
「そんな魔物がいたのかい。それでワイバーンが暴れてたってことか」
「はい。でも、ウィースはもう倒したから安心してください。おっと、暴れまわってたからけがしてないか確認しないと」
私は再びワイバーンに近寄って傷を確認する。ウィースが操る前に抵抗したのか、結構皮膚には傷があった。それに私のウィンドによって口内も少しけがをしているみたいだった。
「すみません、兵士さん。ちょっと離れてもらえますか?」
「ああ。その前にウィースの回収をしてもいいか?こいつも無事なようだし、それだけは先にやっておきたいんだ」
「いいですけど、なんに使うんですか?」
「ウィースは倒されることも珍しく、体のどこに潜んでいるか分からないため大抵は焼却してしまうんだ。試験体として回収したい」
「わかりました。でも、口を開けるのは難しいですね…」
「手伝ってやるよ」
ジャネットさんの協力もあり、何とかワイバーンの口を開けるとそこに手を突っ込んでウィースを回収する兵士さん。
「ふぅ~、無事に回収できたよ。ありがとう」
「なんてことないさ。んで、その代金は…」
「もちろん支払うよ」
「そんじゃあ…」
交渉している2人をよそに私はワイバーンに魔法をかける。
「エリアヒール!」
キィィ…
「気が付いた?ウィースはもう倒したから大丈夫だよ。痛かったよね?」
よしよしと頭をなでてやると、ぺろりと舌で舐めてきた。
「わっ!?もう…」
それからしばらくはされるがままだったが、アルナやキシャルが止めに入ってきた。
「ちょっと、そろそろやめなさい。それと、あなたの主人はあっちでしょ」
ティタも何やら怒り顔でワイバーンを止める。それから、話をすると数日前から急に歯が痛み出し、気が付くと乗っ取られそうになり、いろいろな方法を試したが駄目だったとのこと。
「大変だったね~」
もう一度体をなでてあげるとキィィィとうれしそうに鳴くワイバーン。頑張ってよかったよ。
「ワグナーを助けてくれてありがとう」
「いいえ。ワグナーって言うんですねこの子」
「ああ、先代の隊長から引き継いだ飛竜なんだ」
「隊長?あんたどこかの衛兵じゃないのかい?」
「ああ、名乗ってなかったな。俺はバルデル、この先にあるアスパルテス砦の隊長をやっているものだ」
「へぇ~、隊長さんだったのか。それでちょっと豪華な鎧な訳だ」
「まあな。そしてこいつが相棒のワグナーだ」
キィィィ
さっきとはうって変わって元気に返事をするワグナー。もう大丈夫そうだ。
「それで済まないんだが、砦まで同行してくれないだろうか?」
「なんでさ」
「こいつと俺は砦の偵察隊所属でな。今回の一件をまとめないといけないんだが、砦の人間だけが報告書を書いても疑われるだろう?砦周辺だけならともかく、商人たちにも見られたからな」
「そういうことかい。アスカ、どうする?」
「う~ん。ちょっと遠回りになりますけど、困ってるみたいですし行きましょう」
「じゃあ、案内をお願いします。バルデルさん」
「ああ、護衛の君たちは悪いが徒歩でついてきてくれ、ゆっくりでいいからな」
そういいながらワグナーにまたがろうとするバルデルさんだったが、振り落とされてしまった。そしてワグナーはひょいっと私の前に首を持ってくる。
「乗せてくれるの?」
キィィィ
私がまたがると嬉しそうにワグナーは羽をばたつかせて飛び立った。
「あっはっはっ!あんたの従魔じゃないのかい!」
「う、うるさいな!ワグナー、俺を置いてるぞ!」
そういうものの、私に恩を感じているのか傷の確認を後回しにしたことを怒っているのか、一向に降りる気配はない。
「すみません。このまま案内してくれませんか?」
「うっ、そうだな。しょうがない、ついてきてくれ」
こうして私たちは一路、進路を変更して砦を目指すものの…。
「ほら、さっさと歩きなよ。アスカが空で暇してるだろ」
「無茶を言わないでくれ。飛んでいる向こうの速度と徒歩じゃ、相手にならない」
「あたしらには最初から歩けって言ってたくせに」
「ジャネットさん、そこまでにしてあげてくださいよ。確かにバルデルさんは軽装ですけどね」
「うっ…」
二人とも最初から徒歩で追いかけて来いと言われたことが気に食わなかったのか、ちょくちょく嫌味を言いながら付いて来ている。
「リュートまで。私に聞かれてないと思って…」
風の魔法で音を集めていることを気づかれないようにしながら、私はそのまま大空を進む。
「高いし、とっても風が気持ちいい!ちょっとだけ寒いけど…」
キィィィ
「楽しいかって?もちろんだよ。ありがとう」
病み上がりというか戦闘上がりなのに、私のことを思ってわざわざ高く飛んでくれるワグナー。先代から引き継いで従魔になってくれてるみたいだから人のことを大事に思っているんだろうな。
「ところで砦まではどのぐらいなんだい?」
「もう1時間ってところだ」
「へぇ~、バルデルさんって結構体力あるんですね」
「リュート君だったか。もう少し前の地点でワグナーが暴れただけで、来る時は飛んでいたんだ」
「通りで」
「…」
珍しく、リュートが刺々しい。何かあったのかな?
ピィ!
「えっ!?私とバルデルさんが相乗りしようとしてたからだって?それはないよ」
ピィ…
アルナがふ~んと気のない返事を返すとワグナーの頭にちょんと乗る。何かアルナには気づいたことがあったのかな?
「おかしなアルナだね、キシャル」
にゃ~
そんなことは知らないと言わんばかりにあくびをするキシャル。いつもより高いところにいるせいか、風が冷たくて気持ちよさそうだ。
「普段からもう少し、冷たくした方がいいのかな?」
「こいつはこのままで十分です。まただらけます」
「それはそうだけど…」
元々寒冷地住まいのキシャルを連れているのは私だし、たまには氷漬けの毎日もいいんじゃないかとは思う。
「カーナヴォン領の目的地に着いたらあげようかな?」
にゃ?
そんなことを考えながら飛んでいると、砦が見えた。
「あっ!きっとあれがアスパルテス砦だ」
砦というから100人ぐらいの住まいかなと思ったら、もう少し大きいみたいだ。
「見えたか?砦の近くに降りてくれ。俺が帰ってきたと思うだろうからな」
「わかりました」
私は名残惜しいと思いつつも砦近くに降りる。
「ほら、キシャルも降りて。もうお空の上じゃないよ」
にゃ~
気分がよかったのにとだるそうにしながら降りるキシャル。人の飛竜だからこればっかりは仕方ない。
「ん、偵察隊の飛竜か?」
「あっ、砦の方ですか?バルデルさんはもうすぐ来られますので!」
「あ、ああ」
私が乗っていると分かると驚いた顔をしながらも、わかってもらえたようで、私はしばらくそこで待ったのだった。
 




