寄生生物ウィース
「アスカ、細工頑張ってたみたいだね」
食事をしていると、不意にリュートからそう言われた。
「うん。買っておいたこの大陸の花の本とかを参考にして1個だけだけどハマカンゾウって言う花のを作ったんだ。こういうのは旅のいいところだよね。新しい素材に出会えるっていうか」
「そうだったんだ。そういえば、情報収集のついでにジャネットさんに他にも頼んでたよね?」
「そうなの。他には魔物辞典とかも頼んでたんだ~。食後にでも読もうと思って」
「明日もそこそこ早いよ。すぐに寝たらどうだい?」
「でも、この先急に魔物が強くなるかもしれませんし、ちょっと目を通すだけですから」
「朝はちゃんと起きてくるんだよ?」
「わかってますって!」
ピィ!
その横でご飯を食べながらアルナが私に任せてよ!と返事をする。ありがたいけど、そう自信満々に言われるとちょっと傷つく。
「ふぅ~、ごちそうさまでした」
「あ~、今日もなんだかんだ結構食べたね」
「はぁ~、そろそろ次の町を探さないと残りが…」
「そういえば昨日も大量に野菜使ったもんね」
「ここって村だろ?ちょっと分けてもらったらどうだい」
そんな会話をしていると玄関のドアがノックされた。
コンコン
「は~い」
「すみません、ご歓談中に」
「いえ、どうしたんですか?」
「良い匂いがこちらからしたものですから…」
「ああ、さっきまで食事をしてたんですよ」
「それでご相談なんですが…」
「相談ですか?」
話を聞いてみると、村の人は普段からあまり肉を食べる機会がなく、運よく魔物が罠にかかった時や、商人が来た時に買い付けるぐらいらしい。私たちの今日のメニューはオークステーキとその肉汁を使った温野菜で、その匂いが気になったそうだ。
「じゃあ、代わりに野菜をくれるかい?金はいいからさ」
「本当ですか!?すぐに持ってきます!」
やっぱり村暮らしは肉に飢えているのか、すぐに荷車いっぱいの野菜を持ってきてくれた。
「こんなもんですが…」
「すごいいっぱい!」
「えっと、分量とか部位とかの希望はありますか?」
リュートがそう尋ねるとおじさんがずいっと身を乗り出す。
「できれば、村で保存したいのでそのままの方がいいんですけど…」
「それなら、まだ処理をしてないオークの肉がありますから」
じゃあと2頭分のオークと大量の野菜を交換した。でも、途中で消費出来ない位になりそうだったのでお断りした。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
お礼を言って笑顔で帰るおじさんを見送る。
「ほんとに欲しかったんだね。アルナよかったね、明日からも新鮮なお野菜だよ」
ピィ!
喜ぶアルナと一緒にメイルとシルクたちとどうやって遊んでいたのか聞く。充実していたようで、楽しかったとのことだ。
「アスカ、もう遅いからそろそろ寝よう」
「もうそんな時間なんだ。お休みアルナ、キシャル、ティタ」
ピィ
にゃ
「お休みなさいませ、ご主人様」
みんなにも挨拶をして眠りについた。
「アスカ、朝だよ」
「は~い」
遅くならないように声をかけてもらったおかげで、今日もなかなかいい目覚めだ。
「はい、アスカ。折角だから今日はサラダ中心だよ」
「やった!アルナ、お野菜充実してるって」
ピィ!
アルナと一緒に喜びながら朝食を取る。
「ん、甘い!いいお野菜だよ」
「確かにこれは美味いな。これならもう少しもらっといても良かったかもねぇ」
「そうですね」
「二人とも昨日の分でも多いのに無理ですよ」
苦笑しながら返事をするリュートに私たちは料理を工夫すればいいと言い返した。
「でも、その料理って僕が考えるんだよね?」
「よろしくね!」
「ひとそれぞれ、長所を生かすのがパーティーだよ」
「ジャ、ジャネットさんもワイルドな料理は得意ですよね?」
「いいのかい?あたしに任せたら真っ二つに切っただけの野菜を出すよ」
「それはやめてください」
料理人のさがなのかそれは許せないようだ。
「サラダだって切るだけなのにね~、あっ…」
つい口をついて言葉が出てしまった。
「そう…だよね。これもただ切っただけ…」
リュートは私の言葉にショックを受け、しばらく放心していたが何とか意識を取り戻した。
「ほら、サラダだってメインの料理と合わせるのはセンスが必要だし」
「そうだね!そうだよね」
「まぁ、今日はそのサラダがメインだけどねぇ」
「ジャネットさん!」
そんなこんなで多少出発時間が遅くなりながらも私たちは村を出て行った。
それから2日。特に問題もなく街道を進んでいたのだが、向かい側から商人とその護衛たちが馬車ごとばたばたと走ってきた。
「あの~、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも…おいっ!置いてくぞ!」
「ま、待ってくれよ!」
私の言葉に反応はしたものの、半ば無視するような形で去っていく人たち。
「どうしたんだろ?」
「変な奴らだねぇ」
ジャネットさんも首をかしげている。この街道も基本的にはアルトゥールの周辺と同じく、大した魔物は出ないはずなのに…。そう思ってさらに進んでいるとまた同じような人に出くわした。でも、今度は冒険者のようだ。
「あ、あ、あ、あんたら!すぐに逃げた方がいい!向こうからやつが来る!」
「やつ?」
「あああ、だめだ。俺は逃げる!」
「あっ、ちょっと…」
再び詳しい事情を聴けずにぽつんと取り残される私たち。
「魔物か何かですかね?」
「みたいだね。リュート、念のため槍を用意しな!」
「はいっ!」
リュートも魔槍を用意して準備万端だ。そして、1分ほど待つと大きな気配がやってきた。
「この感じ…空から!?ジャネットさん、大きい反応が空から来ます!」
「空からだって!?フライを!」
「はいっ!」
ジャネットさんとリュートにフライの魔法をかけて、相手が確認できる距離まで来ると魔物の姿が視認できた。
「あれはワイバーン!?」
以前に出会ったワイバーンよりやや大きい。商人や冒険者が逃げていたのはこの子からだったんだ。
「アスカ、魔法を上に打てるように下がりな!リュート、両翼に出て注意を引くよ!」
「わかりました」
多少開けたところを進んでいたので、陣形を整えて相手を迎え撃とうとしたその時だった…。
「あ、あんたら、大丈夫か!?」
「はい。どうしました?」
声をかけてきたのはあわてて前方から走ってきた兵士風の男性だ。
「す、すまん。あれは俺の飛竜なんだ!だが、どうしたことか突然暴れてしまって…」
「そ、そうだったんですね。聞きましたジャネットさん」
「ああ。よかったね、あんた。言われなきゃこのまま倒しちまうところだったよ」
「た、倒す?あなたは彼女の護衛みたいだが…」
「あいつには勝ったことがあってね。その時もとどめは刺さなかったけどね」
「そ、そうなのか?頼む!あいつを大人しくさせてくれ」
「後でたんまり報酬はもらうよ!」
「分かった!」
「もう、ジャネットさんったら」
「しょうがないですね。まあ、空を飛んでいて戦いにくいですから、報酬はもらわないとですけど」
「リュートまで」
そんな話をしながらこっちに攻撃を仕掛けてくるワイバーンに対応する。
「こっち!」
キィィィ
体を空中でひねるワイバーンに剣と槍とで左右から攻撃を仕掛ける。次第にワイバーンは私の存在を忘れたように2人に意識を集中していく。
「よしっ!今なら…」
私はフライの魔法を使ってリュートに突進してきたワイバーンの隙をついて、その頭の後ろに飛び乗った。ほんとなら、この隙に攻撃魔法を加えて倒す予定だったんだけどね。
「よっと!」
「アスカ、気を付けて!」
「うん。まずは暴れた原因を探らなきゃ…」
私はワイバーンに呼び掛けてみる。
「ワイバーンさん、どうして急に暴れてるんですか?」
キィィィィ
尋ねるものの、全くその反応は言葉になっていない。どんな種族であっても魔物言語を習得してからは全く分からないなんてことはなかったのに…。
「むぅ、ティタ。どうかな?何かわからない」
ティタに尋ねてみると珍しく難しい表情をした。
「これは恐らくウィースですね」
「ウィース?」
聞きなれない言葉に私は聞き返す。
「ウィースというのは大型の魔物にのみ寄生する特殊な魔物です。口内や耳から侵入して、魔物を操るんです」
「ええっ!?それってすごい危ないんじゃない?」
「はい。まだ暴れだしてすぐということはウィースもそこまで主導権を握っていません。やつを見つけ出して倒せば元に戻るはずです」
「倒すのが遅くなっちゃったら?」
「その時はしょうがありません」
うつむいて小さくティタがつぶやいた。
「分かった、絶対ウィースを見つけ出して倒すね!」
とはいえ、倒し方がわからない。ティタの話からおそらく口内にいるとは思うんだけど、位置の特定をどうすればいいのか…。そういっている間にもワイバーンは空からジャネットさんたちに襲い掛かっている。
「ん?今…」
「どうかしましたか、ご主人様?」
「んとね、今ちょっとだけ魔力の流れを感じたの」
さらに集中していると、どうもワイバーンの動きが変わる度にその魔力の波長は流れてくるようだ。
「分かった!この魔力の波長がウィースのものなんだ!」
しかし、魔力の波長がわかったからと言って、どうすることもできない。
「何とか口を開けさせないと…」
そうは言ってもワイバーンは竜種の最下層。それなりに強い上に、音波ブレスさえ使わないんだから逆に口を開けることが滅多にない。
「しょうがない…危険だけどこれしかないか」
「アスカ!?」
「何を!」
私はつかまっていた手を離すと、軽く風魔法を放ってワイバーンの注意を引く。私ぐらいのサイズならきっと噛みつこうとするはず。
「さぁ!こっちに来て」
こうして、私とウィースの戦いが始まった…。




