市場開場
市場に到着した私たちは早速、順番に商品を見ていく。
「まずは食べ物からですね。ここの朝市って宵のうちに漁に出た船のが並ぶって聞いたんですよ」
「それであんなに楽しみにしてたんだね」
「というわけでお店はどこかな~」
キョロキョロと辺りを見渡すと、串焼きのお店が見えた。
「あそことか良さそうですね!」
「はいはい。行くよみんな」
にゃ~
しょうがないなぁという感じでキシャルも返事をする。
「いらっしゃい、お嬢ちゃんたちも食べていくかい?」
「はいっ!何があるんですか?」
「いい返事だねぇ。今日はこのレッドスケイルがいいぞ」
「わぁ!おいしそう。これください」
「はいよ。焼き上がりを待ってくれよ。大銅貨2枚だ」
「は、はい」
ううっ、さすがに産地直送だけあって高い。まあ、宵のうちに出て朝市に間に合うように帰ってくるから、時間の制限も厳しいのはわかるんだけどね。前世のお祭りとかでも串は500円ぐらい、高くても1000円はしなかった。こっちで大銅貨2枚といえば定食2食は食べられる金額だ。さすがにこれは2本は無理だな。
「おっさん、また来週な」
「おう!またな」
周りにいる人たちも2本買う人は2人連れで、一人の人もさっきみたいに週ごととか何日か空けてじゃないと買わないみたいだ。そりゃあ高いものだししょうがないよね。
「リュート達も食べるでしょ?」
「うん。一本だけね」
「あっ、おじさん。焼く時にこれをちょっとだけ垂らしてもいいですか?」
「かまわないが、なんだそれ?」
「調味料です。お願いします」
私は渡された串にちょっとだけ醤油を垂らせておじさんに返す。
「ようし!やるか」
私のを含めておじさんが一気に6本を焼き始める。他のお客さんの分も一緒にするようだ。すぐに火によって香ばしい匂いが立ち込め、鼻腔をくすぐる。
「なんだ親父の店、今日はやたらいい匂いがするな」
「ちょっと焦げっぽいけどいつもよりいい匂いね」
火が入ってしばらくすると周りからも声がする。多分、醤油が焦げて出た匂いだろう。
「嬢ちゃん。この匂いは…」
「あっ、おじさん。そんなことより焦げますよ。もう表面は焼けたみたいですし、ください!」
「ああ…」
せっかくの新鮮な魚だし、表面だけあぶって食べたかったんだよね。おじさんから串を受け取ると、私はすぐに口に運んだ。
「ん~~~~!おいしい!これだよね。獲ったばっかりじゃないけど、この新鮮さはすごい」
皮のところが醤油の焦げで香ばしくて、身のところは外はホクホク、中はしまった身がこんにちわだ。
「アスカは本当においしそうに食べるね」
「だっておいしいもん!リュートも食べてみてよ」
「はいはい。…あっ、確かにおいしい。他の店で食べたやつって夕食とかが多かったから、全然違うね」
「でしょ?ジャネットさんたちも早く早く」
「大変だな、君も」
「ちょっとはわかってくれたかい?」
にゃ~
「はいはい。キシャルの分もあるからちょっと待ってな」
「ジャネットさんすみません。2つも頼むなんてと思ったらキシャルの分だったんですね」
「いいよ別に。こいつの世話は慣れっこだしな」
うっ、そう言われるのはちょっと複雑。キシャルってばすぐにジャネットさんのところに行っちゃうんだから。
にゃ~
「あっおい。ここは外なんだからブレスは下でな」
にゃにゃ
こっそり地面の近くで焼きあがったばかりの魚を凍らせると、キシャルはおいしそうに口に含んだ。
「おいしいか?」
にゃ~
おいしいのはいいんだけど、まるでジャネットさんが飼い主のようだ。
「あのよ、お嬢ちゃん」
「はい?」
「さっきの垂らしたやつってなんだ?できれば店で付けて出したいんだが…」
「醤油ですよ。多分、市場にいる商人さんなら扱ってると思います」
「醤油ってあれか。あの黒いやつだな。南の方の領地から最近よく運ばれてくるんだよ」
「そうなんですか。生産地が南にあるんですね」
今まで輸入品を買っていただけだから生産地まではわからなかったけど、この大陸から来てたんだ。
「これのレシピってあったりするのかい嬢ちゃん?」
「ありませんけど、必要なら登録してきますよ?大したことじゃないですけど」
「いやいや、この匂いにつられて絶対!客足が伸びる。頼むから今日中にやってくれよ」
「わかりました。とりあえず、今簡単に紙に書いて渡しますね」
「ありがとよ。ただ、垂らすのが難しそうだなぁ。うちは素材の味を生かす店だから、薄味に仕上げたいんだが…」
「垂らすのは難しいということならこれも渡しておきます」
ごそごそとマジックバッグをあさり、目的のものを取り出す。
「こいつははけ?」
「はい。ビッグターキーのはけですね。塗装用に買ったものですけど、ちゃんと洗浄してますから綺麗ですよ。これを使って醤油を塗れば、薄味にできると思います」
「なるほどな!それと一緒に登録しておいてくれ。お嬢ちゃんのアイデアを盗むわけにはいかないからな」
「じゃあ、おじさん以外にも登録する人がいっぱいいると思うのでそこそこの値段にしておきますね」
「助かるぜ」
といったものの、今回のアイデアと調理法はいくらぐらいが相場なのだろう?魚に醤油をつけるだけなんて成り立つのかな?まあ、登録に行けば分かるか。これが広まれば醤油料理も増えるだろうし、考えて登録しないとね。リュートは苦手だからちょっと嫌がるかもだけど。
「飯食いながら新しい儲けとはアスカもやるねぇ」
「たまたまですよ。それにこんな簡単なやつならお金にならないですって」
「どうかな?聞いたところまだ広まっていない調味料のようだし、行けるかもしれないぞ。まあ、10年ぐらいだろうが」
「10年でもすごいよ。銀貨1枚でも1000人が払ったら金貨100枚だからね」
「でも、それを10年で割ったら金貨10枚…結構いいかも?」
今は魔石とかでかなり支出もかさんでるし、一時の助けにでもなればいいな。そんな思いも抱きつつ、新たな店を求めて私たちは歩を進める。
「あの店もよさそうですよ」
「はいはい。そんなにすぐに寄ってたら財布がすっからかんになるよ」
「ううっ…確かに今、全財産は20枚ぐらいになっちゃったんですよね」
「出発前はもっとあったのにねぇ」
「でも大丈夫です!もうすぐ、細工の売上金が入ってくる頃ですから!」
「冒険者の食事はもっと適当なものだと思っていたよ」
「普通はそうだよ。リックはあの硬い保存食食べたことあるかい?」
「ああ、あの腹持ちだけはいいやつか。まあ、何度かは。積極的には買いたくはないが、安いしいつでも食えるからな」
「リックさんそれでも騎士なんですか?あんなおなかを満たすためだけのものなんて食べてちゃだめですよ」
「てなわけで、アスカは一度しかあれを食べたことがないんだ。もちろんそれからはあたしたちもね」
「だって、あんな味じゃ絶対栄養になりませんって!」
私のモットーは”まずいものからは栄養は取れない!”だ。これは絶対だと思う。
「それ以来、うちの最低の食事は干し肉だね。残りは大体、倒した魔物の肉だね。ここにいる間は覚悟しておきなよ」
「それぐらいなら問題ないさ。それにうまい飯自体は嫌いじゃない。ただ、優先するべきだとは思わなかっただけでね」
「とりあえず、朝も食べたしこれぐらいにして他の物を見ていくか」
「じゃあ、どこから行きましょうか?リックさんって見るものあるんですか?」
「まあ、多少は見るな。やはり剣は何本か欲しいし、値段に反していいものであれば誰の作か気になるしな。あとは魔道具か?ああいうのは高いが旅には必要なものも多くあるからな」
「確かにそうですよね。じゃあ、あんまり見るものって変わらないんですね」
「もっと、服や飾り物を見ないのか?」
「服はたまに見ますけど、あんまり市場では見ないですね。町の中央とかにあるお店に入ります。飾りは…そんなにいいのがなくて。魔石とかを見るついでですかね?結構、一緒に扱っている商人さんもいるので」
「ジャネットも同じなのか?」
「あたし?あたしは別に魔力だって高くないし、ついて回るだけだよ。外に行く時もこの格好なんだ、細工物なんていらないよ」
「なんともったいない!俺が買ってやる」
「だめですよ!」
「なぜだ?ジャネットに絶対似合うものを用意するぞ」
「いりません!ジャネットさんがつける細工は私が作りますから。今つけてるイヤリングもネックレスも私が作ったものなんです。そうだ!今度また作りますね」
「い、いや、対抗しなくていいよ…」
「そうはいきません。絶対に作って見せますから!」
むんっ!と力を入れると、私は敵情視察とばかりに市場を見回るのだった。
「あ~あ。また、ややこしいことに。あんた責任取りなよ?」
「ふっ、細工の材料費ぐらいは出すさ」
「その言葉後悔しないといいがね…」
アスカの職人気質をまだよくわかっていないリック。もうあと1週間でも一緒にいれば言わなかっただろうに。
「ほらほら、先に行っちゃいますよ」
「はいよ」
そんなアスカの背中を見ながらあたしたちは付いて行ったのだった。




